Rex Tremendae   作:穢銀杏

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ベールの癇癪を抑止など、ついに如何ともなし得なく。
星の自転を止めるに等しい、無謀な試みだったのだ。




外伝
竜の中の竜


 

 ただ、不快だった。

 とても胸糞が悪かった。

 百万匹もの蛆虫が、足元から一斉に這い上って来る感だった。

 

 誰かに従う、──他者を己の上位と認め(こうべ)を垂れるその行為。急所をみずから差し出して屈服を示す姿勢こそ、あまりに、あまりに堪え難い。仮令一時の弥縫策、決して心の伴わぬ、形だけの真似事だろうとベールにとっては我慢のならぬ、屈辱の極みであったのだ。

 

 ──痴れ者め。貴様は誰を見下ろしている?

 ──貴様ふぜいが、なにゆえ我を見下ろせる?!

 

 人の言語に当て嵌めるなら、そんなところであったろう。

 何人たりとも自己の頭上に居座ることなど許さない。

 竜も、王も、神であろうと。──斯かる不遜を為したが最後、誰であろうとすべからく、撥ね除け、引き裂き、噛み砕き、駆逐せずにはいられぬ気質。

 

 生れたときからずっとそう(・・)

 そう(・・)いう風に出来ている。

 宿痾の類といっていい。

 暴竜と呼ばれる所以であろう。

 

 だから挑んだ。

 だから背いた。

 竜たちの王、プラキドサクスに。

 時すら歪めて君臨していた、「生命(いのち)」の最高傑作に。

 

 理由など本当にそれだけだ。竜王の統治に不公平があったとか、身内を理不尽に殺されたとか、大義めかしい言い分は皆無。ベールの叛意の源は、偏に彼が仮初にも誰かに屈従不可能な性情ゆえに尽きている。

 

 挙句の果ての共倒れ。

 挙句の果ての族滅の危機。身体を砕かれ、(ソラ)を奪われ。プラキドサクスの放った刺客に血を同じくする者どもを次々討たれる事態となって。──それでもベールの心中に「後悔」という湿り気は、少しも這入(はい)り込まなんだ。

 

 思慮を占めるは、ただただ真っ赤な嚇怒のみ。

 

 ──次こそは。

 ──あの老いぼれめを、次こそは。

 

 次こそあいつの多頭を余さず喰い千切り、灰すら残さず消し飛ばす。完全に息の根を絶ってやる。

 

 その殺意のみを(よすが)とし、変わらず己を沸騰させて、再誕を企図し続けた。ギザ山の(いただき)、天地の精気の凝る場所で、闘争の夢に微睡んだ。

 

 時として、プラキドサクスの刺客ども──竜の心臓を喰うことで竜の力を身に宿す、「竜餐」なる冒涜的高揚を、かの竜王より啓蒙されたる人間ら──が彼の意識を揺り起こしたが、そのほとんどがベールの鱗一枚たりとて削ぎ落とすこと叶わずに、虚しく骸と成り果てた。

 

 翼を破られ、左脚を失って、尻尾を用いて辛うじて移動を実現させている、満身創痍もいいところな(てい)でなお、ベールは圧倒的だった。

 

 もはや緩やかに朽ちてゆくべき運命にすら抗って。──彼こそまさに叛骨の化身、誰にも御せない不羈の竜。

 

 律を掲げず、王ならず。ただ荒れ狂い壊すだけの暴虐も、しかしここまで純粋に徹しきってしまえれば、それはある種の崇敬を招き寄せるものらしい。

 

 いつかギザ山を仰ぎ見て、ベールの飛翔を待ち侘びる倒錯者まで出現(あらわ)れた。

 

 

  …ベール、我が暴君よ。まだ傷は癒えぬのか

 

  お前の滾りは、まだ満ちていないのか

 

  はよう、はよう、壊しておくれ

 

  すべてを! 思い上がった、尊大と傲慢を!

 

 

 竜餐の徒とはまた異なったベクトルで、狂人といっていいだろう。

 むろんベールは、彼を目して奏上されたその声に、一切注意を払わない。

 

「祈り」という概念自体、理解できない精神構造だったろう。

 万の怨嗟も、万の冀望も、等しく彼の本質を寸毫たりとも変えられぬ。

 

 (ベール)(ベール)であるだけだ。

 

 これまで通り、これからもずっと……。

 

 いつの日か、決定的な敗北を喫し、とどめを刺される刹那まで……。

 

 否、よしんば誰かに敗れ去り、心臓を抉り出されても……。

 

 服従を拒む在り方は、決して変わらないだろう。

 

 それはある意味、他のどんな竜たちよりも竜らしい、悠久を貫き聳え立つ偉観なのではなかろうか。

 

 

 なればこそ、竜餐の徒もまた絶えぬ。

 

 

 巫女に唆されるまま、至高の贄を追い求め、ギザ山を登り続けるだろう。

 そうして赤い花になる。

 異様に熱い赤血を花弁に宿す謎の花。──竜熱花へと化するのだ。

 

 炎雷轟く密雲の下、岩盤露出し錯雑した山路(やまみち)に、異形の花が咲き誇る。

 

 端的に言って魔界の景色。にも拘らず、その有り様は美しい。

 

 皮肉にも、竜餐の儀式自体が如く。──美とおぞましさが絶妙な配分のもと入り混じり、名状しがたい妖しい魅力、引力で、後人を誘うのであった。

 

 






久々に影の地へ向かった結果、無性にベールを讃えたい衝動に取り憑かれた次第です。
ええボスやお前は……(恍惚)



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