時々ボソッと淫夢語録をつぶやく隣のアーリャさん   作:ほろろぎ

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原作は買ったけどまだ読んでる途中なので、なろうの短編の方をベースに作りました。


時々ボソッと淫夢語録をつぶやく隣のアーリャさん

「なあ、アーリャ。悪いんだけど教科書見せてくれない?」

「なに、また忘れたの?」

 

 授業開始の数分前に、俺は自分が教科書を家に置き忘れていたのに気づいた。

 なので、隣の席のアーリャ──フルネームはアリサ・ミハイロヴナ・九条──に頼み込む。

 

 アーリャはあきれ顔を浮かべつつ、仕方ないと言った風に自分の教科書を広げて見せてくれた。

 

「しょうがないわねぇ……【ほら、見ろよ見ろよ~】」

「ん?」

 

 ん? アーリャさん、今なんか……なんか変なこと口走りませんでした?

 

「えっ、な、なにかしら?」

 

 なんか見るからに動揺してるな。

 彼女は普段のクールな振る舞いから、周囲から「孤高のお姫様」なんて言われている。

 

 そんなアーリャが今、わずかに冷静さを崩しつつあった。

 なんとかこらえている様だが、ここは一つ()()してみよう……。

 

「いや、なんでもない。……『ありがとな』」

「ん? 【ありがとナス】?」

 

 小さく、非常に小さく発された彼女の、独特な言葉使い。

 あっ、(察し)ふーん……。

 

 間違いない。お前、「淫夢厨」かよぉ~!?

 俺こと久世政近は、喜びとも落胆ともつかない感情に心中を支配された。

 

 

 

 

 

 「淫夢」──正式名称を『真夏の夜の淫夢』という一連のアダルトビデオは、男同士の同性愛──つまり『ホモ』を取り扱った作品である。

 この淫夢はガバガバすぎる撮影シチュエーションと、ぶっ飛んだセリフの棒読みっぷりから、インターネット上で爆発的な人気を誇った色物エロ動画なのだ。

 

 俺もまた、この淫夢を愛好する一人なのだが、まさか……アーリャという絶世と呼んでも差し支えのない美少女までもが淫夢の(とりこ)になっていようとは……。

 

 彼女はロシアからの転校生でありながら学年一位の成績を誇る、淫夢で言う所の「野獣先輩」レベルのトップオブトップな存在である。

 

 そんなK(金)! B(美貌(びぼう))! S(秀才)!を兼ね備えるアーリャさんともあろう人がクソホモビマニアとか、親が知ったら泣きますよ。

 俺は親なんかいないけど……。(意味深)

 

 まま、人の趣味なんてどうでもエアロ。

 さっきのつぶやきも、ついうっかり語録がチラチラはみ出ただけみたいだったし、かくいう俺も同族だしま、多少はね?

 

 なんか親近感が湧いちゃっ……たぁ! ので、さっそくアーリャを昼食に誘ったのだが……

 

「仕方ないわね、たまには一緒に食べてあげてもいいわよ。【やっぱ……お財布に優しい、学食を……最高やな!】」

 

 食べてる最中も小声で「【うん、おいしい】」とか、「【久世くんもうまそうやな~ほんま】」とか独り言もれてるし、授業で分からない所さんを聞けば

 

「こんな問題も解けないの? 【そんなんじゃ甘いよ】」

 

 答えを教えてもらう時も、「この公式を使えば簡単でしょ? あとは【コイツを斜めにすりゃいいわけだ】」

 

 と、たびたび語録を連発する始末。お前……実は隠す気ゼロかよぉ!?(呆れ) 警戒力の穴が広がってないか?(懸念)

 そりゃ淫夢は魅力的だけどさぁ……。

 

 そういう俺は、最初から淫夢に肯定的だったわけじゃない。きっかけは、俺の父方の祖父にある。

 俺のじいちゃん、あろうことか……ナナちゃんの知り合いだったんだよね。(絶望)

 

 そこ経由で淫夢を見たじいちゃんがドはまりして(困惑)、まだ幼い俺にビデオを見せ始めたのが不幸の始まりだったんだ。

 孫にホモビ進めるとかこのじいさんあたまおかしい……。

 

 まあそっから俺は、俺の意思でなんだかんだ淫夢に傾倒(けいとう)することになったんだが、それはまた別の話。

 

「大丈夫、久世くん? なんか顔色が悪いわよ? 【保健室に行っちゃいますか? 行っちゃいましょうよ!】」

 

 ふと授業中に昔の思い出に囚われた俺の横顔を、心配そうにのぞき込むアーリャ。

 

 「【そのための早退? あと、そのための保健室?】」と心配しつつも、しっかり語録は欠かさない。

 この頃になると隠す素振りも無くなってきたな……。

 

 本当は気づいてほしいんだら?

 といぶかしみつつ、アーリャのような周囲から浮くレベルの才女がホモビのセリフを改変して遊んでるなんて知られてもいい、と思っているはずもないだろう。

 俺は自分の願望を、頭を振って追い払った。

 

 それにしても、なんだろう。最近、彼女の俺に対する当たりが、やわらかスマホレベルで柔軟になってきた気がする。

 最初はだれに対しても壁を作って孤↑高↓を貫いていたアーリャだったが、恐らく語録を使っても俺が普通に接してるからかな。

 ……そりゃ全部気づいてるからねぇ道理でねぇ!

 

 しかし、こうもマジメくんな顔で語録を連発されると、中々どうして、笑いがこらえきれない。

 けど今更、「俺知ってるんですよぉ~↑」なんて言い出すことも出来ず、今日も俺はニヤける頬を懸命に抑えて彼女の前に立つ。

 

 おそらくアーリャは、ネット上に淫夢ブームが来てからその波に乗ったんだろう。

 俺はネットの晒し者になる前から知ってたが、こんなチョー美少女が淫夢厨とか、地球の未来は暗いな、拓也!

 

 といいつつ。彼女がリアルで語録を発するのは、やはり聞いていて面白い。

 

 しかし、そのおかしくも楽しい日々は、ある日突然終わった。……アーリャが転校してしまったのだ。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 寒空の元で()いたため息が、白い霧のように空気中に(ただよ)って、消えた。

 

 私、アリサ・ミハイロヴナ・九条はこの冬に、突然故郷であるロシアへと帰ることとなった。理由を言えば、親の都合の一言だ。

 

 これまで滞在した日本は、いい国だった。人の優しさ、温かさ……なにより、「淫夢」というおもしろネットコンテンツを生み出してくれたことには、感謝の念が絶えない。

 まあ……淫夢にハマったおかげで、無意識に日常でも語録を使うようになってしまったのは、自分でも考えものだけれど。

 

 周りの人たちは皆、その独特の言い回し、奇妙な日本語に顔をしかめたものだ。

 けれど、たった一人だけ……私の隣の席の、久世くんだけは違った。

 

 私がついもらしてしまった淫夢語録を聞いても、顔色一つ変えることなく、普段通りに接し続けてくれた。

 そんな彼に親近感を抱いた。ちゃんとお別れを言いたかったけれど……残念なことに私は、彼の連絡先を知らなかったのだ。

 

「いまさら言っても【しょうがねえなぁ(悟空)】」

 

 私は暗くなる気分を変えて、()()()()()を視界に納める。

 

「こ↑こ↓が、あの伝説の『野獣先輩の家』なのね……!」

 

 そう。私は今、淫夢の民の間で聖地と認定されている、かの「野獣邸」へと来ていた。

 故郷のロシアへ帰ってしまえば、おそらく再び日本の地を踏むことは無いだろう。

 その前に一目この伝説の地を、伝説の出発点を、瞳に納めておきたかったのだ。

 

 私が野獣邸の前をうろうろしていると……、不意に私を呼び止める声が上がった。

 

「あっ、おい待てい!」

「!?」

 

 現代に使われることのない江戸っ子口調は、明らかに淫夢の語録だ。

 反射的に振り返ると、声の主は想像だにしない人物……隣の席の久世くんだった。

 

「く、久世くん!? なんでこ↑こ↓に!?」

 

 ビックリして淫夢のイントネーションが出てしまったが、彼はいつものように気にすることなく、私に歩み寄る。

 

「なんでって、お前を探しに来たに決まってるんだよなぁ」

「下北まで私を!? 探しに……?」

「そうだよ」

 

 彼の便乗するようなセリフを聞いて、私の脳は急に冷静さを取り戻した。

 

「え、あの、久世くん……?」

「なんだよ、おう。言いたいことがあんならあくしろよ」

 

 私の頭の中はどんどん冷えてきた。

 彼の言葉づかいはとても身近なもので、ぇこれ……うせやろ?

 

「も、もしかして、久世くんも……淫夢を?」

「当たり前だよなぁ?」

「……ファッ!?」

 

 ファッ!? 久世くんも淫夢を(たしな)んでいた? ってことは、SってことはMってことなんじゃないかな?(錯乱)

 

「い、いつから?」

「淫夢がネットで流行る前から」

「歴が深すぎィ!」

 

 予想外のベテランでおっp……おっぱげた!

 

「じゃあ、私が秘かに語録を使ってたのも、気づいてた……ってコト!?」

「あれで隠してたつもりだったのか。(呆れ) ぜんぜん隠せて ないです」

「もーやだぁ~もうむーりぃ~(幼児退行)」

 

 これまでドヤ顔で語録を使っていたであろう私の姿は(久世くんにとって)お笑いだった(ことだろう)ぜ!(的中)

 

 聖地で頭を抱えてうずくまる私の肩を、そっと久世くんは叩く。

 

「まま、そう落ち込まないでよ。ここらで気分を↑るイベント一発、イクゾオオオオオ! オエッ」

「イベント? なんすかそれ?」

 

 あ、なんかもう普通に語録使っちゃってるわね……。でも、人目を気にせず堂々と語録言えるのいいゾ~、これ。

 

 と、こんなフザケた空気の中で表情だけは真面目にして、久世くんは私に対して

 

「お前のことが好きだったんだよ!」

 

 と叫んだ。

 ふーん、久世くんって私のことが好きなのか、と他人事のように感じながらも、何だか今やっている現実と語録を使って会話するこの空気感がアタマの中で整合しない。

 

 久世くんと私のさ、子供ができたらどうする? 久世くんと私と……え? クォーターの誕生か?

 とか考えていたら、空気の冷えもあってだんだん、私の神経は冷静になっていった。

 

「あっ、そっかぁ……」

 

 そして私は、不思議とすんなりこの状況を受け入れることができた。

 さっき妙に眩しかっったのは久世くんの笑顔だな、この動悸(どうき)は私の心臓だな、このエロさは3だなとかガタイで分析しながら、結局一番つらい時ってのはこんなにチョーいい雰囲気に出来上がっているのに一人で悶え狂ってるシチュエーションだとわかったぜ。

 

「答えを、聞かせてくれるか?」

 

 久世くんは、ケツマンおっぴろげて待っているような神妙な表情で、私の返事を待っている。

 こうして真っすぐに彼の顔を見つめると、結構イカしてるじゃんアゼルバイジャン。

 

「アーリャ……?」

 

 彼の瞳が不安げに揺れる。

 同じ趣向をもつ者として、私の出す答えは、最初から決まっていた。

 

 

 

 

 

「申し訳ないけど淫夢厨はNG」

「お前もじゃい!」

 

 私たちの間に、下北沢のさびしい空気が吹き流れていった。

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