あの子あれでしょ?気性難で扱いづらい子。
またあの子勝てなかったんだって。
もう諦めたらいいのにね。
身の程弁えたらいいのに。
でもスカウトはされてるみたいだよ。この前もスカウト受けてたのに断ったんだって。
そうなんだ。あーあいいよねー、スカウトしてくれるくらいの実力あるからさー。
でも目標はG 1レース勝ちまくるだっけ?無理でしょ。G 1勝つとかもう天才の領域じゃん。あいつじゃ無理。そろそろ心折れて辞めるんじゃない?
早く諦めて欲しいよね。
うん。あの子がああやって、必死にやってるのを見ると私達が惨めになる。
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「ほな、トレーニング始めよか」
「はい、お願いします」
私は現在、担当のウマ娘であるタマモクロスさんとトレーニングをしている。
場所はトレーナー室。本日は知識付けるために必要な資料を用意してトレーニングに望む。
険しい顔をするタマモクロスさんは必死に思考を巡らせ、目の前の問題を解決すべく忙しなく本を読み込んでいる。
勉強熱心なのは喜ばしいことです。
さて、私も目の前の課題に取り掛かりますか。
「えっと、道に迷ってる女性がいたらどうするかですか?これは難問ですね」
ちなみに今は私のトレーニングの時間です。
タマモクロスさんのトレーニングの後は彼女の厚意で私の対人スキルを磨いて下さっています。
「ほんまコミュニケーション下手やな!ようそんなんで今まで生きて来れたな!」
「すいません」
「なんやねんこの回答!」
タマモクロスさんは〈無視する〉という回答が書かれた用紙を突きつけながら怒鳴りつけてくる。
「いえ、スマホありますよね?無くても交番行けばいいでしょう。あえて助ける必要無くないですか?ぶっちゃけ今の時代不審者扱いされますよ?」
「そうかもしれんけど!違うねん!そこは一旦置いといてや」
「はあ………」
「もういい!次行くで、女の子の私服を褒めてみい。シチュエーションはデートにオシャレしてきた女の子を褒めるようにや」
「質問が」
「あん?」
「何故褒める必要があるんですか?」
「は?」
「その人が好きで着てる服ですよね?褒められるために着ているわけではありませんよね?」
「……可愛く見られたい一心で着飾って来た女の子に対してその反応はエグくない?」
「ファッションは周囲にどう見られるかも大切だと思いますが、ほとんどの場合は己の好みに合わせるはずですよね?」
「デートや言うてるやん。女の子は多少なりとも好きな人の好みに合わせようとする生き物やで」
「デートとは男女が予定を合わせて会うことですよね?そこに恋愛感情は含まれているとは限りません」
「……」
「そもそも私を好きになる人いませんよね?」
「壊滅的やな。ここまできたら笑えてくるわ」
「一応カウンセラーの資格持ってますし、本など読んで知識としては分かりますよ?」
「知識だけあるタイプかいな。しかもカウンセラー持ちとか何かの冗談か?」
「ウマ娘を育成する上では必要になるかと思いまして」
「ウマ娘に対する情熱だけは本物やな。もうええわ、今日はもう終わろか」
「ありがとうございました」
今日の私のコミュニケーションのトレーニングが終了した。
「はあ…、まだ数日やけどアンタのこと分かってきたわ」
「あまり面白みのない性格で申し訳ありません。ですがこれでも少しは改善したほうです」
「それで改善したほうなんか⁉昔のアンタどんだけやったや!友達とかおったんか⁉︎」
「想像の通りかと……」
「……なんかごめんな」
「謝られるほうが傷つきます」
年下の本気で哀れみ視線を向けられるのは堪えますね。初めての経験です。
「そんなことより!明日は予定してたレースや!」
「そうですね」
「テンション低いな!ここは盛り上げていこや!」
「頑張ります」
「それ頑張ることなんか?まあええわそんなことより、明日のレースなんか作戦あるんか?」
「いえ、ありません」
「はあ?作戦ないってどういうことや!」
「明日のレースについては特に作戦は考えていません。全力を尽くして勝利を掴んでください」
「いやいや、そんなんで勝てるんか?」
「現在のタマモクロスさんの実力なら高い確率で勝てると思います」
「ほんまかいな。うちの戦績知っとるやろ。レース舐めてるんだったら今のうちに考え改めときや」
「相手の情報ならしっかり調べてあります。どんな走りをするのかという基本的な情報から、弱点や交友関係、趣味嗜好などの細かい情報まであります。お望みであれば不安要素になりうる人物をレース不参加に追い込んできましょうか?」
「マジで怖いわ!あんたストーカしとんか⁉」
「各ウマ娘を研究して資料にまとめる行為をストーカー行為というのであればほとんどのトレーナーはストーカーになるかと」
「いや、やりすぎやろ。交友関係とか必要ないやん」
「相手のウィークポイントになりえます。例えばレース当日に友人に何かあれば動揺させることができます」
「鬼畜か!」
「担当を勝たせるためならば手段は問う気はありません」
「いや躊躇せえ!社会的に死ぬで!」
「自分に失うものはありません」
「マジで失うものなさそうやからタチ悪いな!」
「大丈夫です。仮とはいえ今は貴女のトレーナーです。何かやらかせば私だけではなく、タマモクロスさんにも被害が出てしまうので打つ手がなくなった時の最終手段です」
「できればやらんとってほしいんやが」
「では強くなってください。そうしたら姑息な手を使わなくてもよくなります」
「うちはG1勝って最強になりたいだけやのになんで己の名誉のために走らなアカンねん。嫌すぎるでホンマ」
タマモクロスさんは半ば悲鳴のような叫び声をあげる。
「時間です。そろそろ会場へ行きましょう」
「はぁ、いつもよりグダグダや。こんなんでいいんか」
「……頑張ってください」
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今回の舞台は愛知県にある中京レース場。
タマモクロスさんはレース準備を整えるために一旦別れた。
「さて、どうしましょうか」
少しの間暇になった。この時間ではまだ場内にウマ娘は居ないだろう。控え室に行くにしても今行ったら着替え中に遭遇してトラブルになる可能性が高い。
「……とりあえず何処かに座って時間を潰しますか」
近くのベンチに腰を下ろした。
しかしやる事もない為、持参した資料をもとに今回のレースについて考えることにした。
「さて、今回のレースは高い確率で勝てるでしょう」
手元の資料をパラパラめくり出走者のレベルや調子などの事前情報に目を通す。
「、しかし彼女の弱点を考慮するとかなり厳しいかもしれませんね。今回もいい選手が揃ってる」
「あら?こんにちは」
「たづなさんですか、お疲れ様です」
振り返るとかなり目立つ緑の制服を着た女性が立っていた。その人はトレセン学園の理事長の秘書である駿川たづなだ。
正直あまり会いたくない人ではあるが、出会ってしまった以上は仕方ないですね。
「担当の子のレースですか?」
「一応そうですね。まだ仮なので担当では無いかもしれませんが」
「貴方の選んだ子ですからどんな走りするのか楽しみです」
「才能はありますよ。運が良ければ世代の上位に食い込むかもしれません」
「貴方がそこまで言うなんて珍しいですね。ますます興味湧きました」
「たづなさんはどうしてここへ?」
「理事長が来たいと言って聞かなくてですね。なんでも地方に面白そうなトレーナー候補がいたのでとりあえず中央のレースを見せるみたいです」
「要するにスカウトですか。学園長自ら動くなんて珍しいですね。ウマ娘以外にも興味向けることあったんですね」
「そんなことないですよ。長い目で見たらウマ娘のレベルアップに繋がるので意外と力入れてますよ」
「結局ウマ娘のためなんですね」
「一貫してていいと思います」
幼いのに将来を見据えて動けている。さすがとしか言いようがありませんね。
「ちなみにどんな人か気になりませんか?」
「いえ、興味ありません」
「そう仰らずに」
「嫌です」
「どうしてですか?」
「今の私はトレーナーです。スカウトなら担当の人に頼んでください」
「去年までスカウト専門の仕事してましたよね?」
「…………」
本当に勘弁して欲しいです。
「とは言ってもまだ大丈夫ですよ。あくまでスカウトに難航したら頼むかもしれませんとだけ」
「それなら死ぬ気で頑張ってください」
「そうしたいんですが、少し素行が悪く性格に難がありまして」
「なんでわざわざそんな人を?学園にはお嬢様とかいるので、素行が悪い人が来ると万が一があるかもしれませんよ」
「でも優秀なんですよ。あの賭け事の競バをやってるみたいなんですが、的中率9割超えですよ」
「……マジすか?」
予想困難なレース結果を9割当てる?化け物ですね。
「マジです。噂だとある程度観察したらどんな走りするか分かるみたいですよ。貴方の上位互換ですね」
「私のは情報収集です。あくまで確率論から導き出される可能性を予想してるだけです」
「そうなんですか?よく分かりません」
そうですか。
「そういうことなので、何かあったらよろしくお願いしますね」
「…………嫌だなぁ」
「ありがとうございます」
去年までの激務を思い出してきた。あの時もこんな感じだったな。
「もう時間なので行きますね」
「はい、頑張って下さい」
「失礼します」
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「遅かったやん」
控え室に入ると明らかに不機嫌そうな顔をしたタマモクロスさんが出迎えてくれた。
「知り合いに出会いまして、少し話してました」
「知り合いおったんか⁉︎」
「……まあ一応」
タマモクロスさんは目を丸くして驚いてた。確かに少ないですが、そこまで驚くことですかね?
「そんなことより準備はいいですか?」
「まあまあや、コンディションは悪くないで」
「そうですか」
「……」
「……」
なんでしょう?
「なんかないんか」
「はい?」
「気の利いたこと一つ言えんのかい!緊張ほぐしたり、テンション上がるようなこと言ったり!」
「緊張してたのですか?」
「……もうええ、期待したウチが馬鹿だった」
なんとも難しいですね。
「とりあえず、いつものように頑張ってください。貴女なりの走りを見せてください」
「うーん、まあそれでいいわ。次はもっと気の利いたこと頼むわ」
「善処します」
「行ってくるで」
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メイクデビュー戦 中京2000m
5番人気 タマモクロス
「ふぅ」
『いつものように』
「いつものようにって、それでいつも負けてるのに何を考えてるんや?とりあえず今は目の前のレースや。ここからウチは上がっていくんや!」
ゲートに入り、開くのを待つ。
深呼吸したのちゲートが開く。タマモクロスは勢いよくスタートダッシュを決めた。
(よし!スタートはまあまあや!)
悪くないスタートを決め、いつものように先行策で走る。
現在先頭から3番目。先頭の様子を伺いながら走る。
(向こう正面。そろそろか?いやまだや……。でも先頭から離れてるんや。少し上げる)
まだ早い。頭では分かっているのだが、先頭との差に焦りを感じ、タマモクロスは速度を上げていく。
〈ここでタマモクロスがジリジリと上がってきた!〉
「勝つんや、このレースで勝つんや!」
ラストの直前に差し掛かる。他のウマ娘達もラストスパートを掛ける。
「くっ」
しかしここでタマモクロスは早くからスパートをかけてしまったためスタミナ切れを起こす。
〈残り400!先頭との差、3バ身のまま変わらず!このまま逃げ切れるか!〉
(くそ!まだや!)
タマモクロスは必死に喰らい付こうするも先頭集団から離されていく。
致命的なまでに離れた距離。もはやここから挽回できることはない。それどころか後続のウマ娘まで追い抜かれていく。
またもやタマモクロスは勝つことが出来なかった。
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「くそ!また勝てんかった!」
結果は9人中6着。お世辞にも良いとは言えない結果である。
「お疲れ様でした」
「……トレーナー。ウチ才能無いんかな?」
あの強気なタマモクロスさんからは想像付かないような弱気な姿だった。
しかしここでどのような言葉を掛けるべきなのか分からなかった私は
あえていつも通りにすることにした。
「知りません」
「は?」
「貴女に才能あるかどうかはなんて私が分かるわけないじゃないですか」
「いやいや、あんたトレーナーやろ?それを見抜くのも仕事のうちじゃないんか?」
「私に才能を見抜く力はありません」
「なんやそれ」
「でも、才能があるかどうかはそれが開花してから分かる事だと思ってます。いくら才能あっても結果残さなければ才能無しと言われ、才能無くても運良く結果を残せば天才だと言われます。悩む気持ちも分かりますが、才能が有る無しで己の可能性を狭めるのは愚策かと」
「……そうやな。すまん!ちょっと柄にもなく持ち込んどったわ!」
「いえ、元気が出たなら良かったです」
「ついにトレーナーも不器用なりに励ませるようになってくれて嬉しいわ」
「これで良かったですか?」
「普通の人としては最低だけど、アンタにしては最高だったわ」
「とりあえず一歩前進出来たようですね」
「ウチなんで負けたん?」
タマモクロスはいつもの調子に戻ってきたらしく、唐突に本題に話をもどした。
「分かりません」
「なんでや⁉︎そこの分析してたんちゃうんか!」
「いえ、正確には見当はついてます。もしこの予想が合っていれば、その答えは貴女が自分で気づくべきです」
「?」
「逆に質問しますね?なんで負けたんですか?」
「なんでって、ウチが弱かったからやろ?」
「いえ、タマモクロスさんは弱くはないかと。むしろ勝てる可能性は十分にありました。それなのに何故か負けました。一体なぜですか?」
「分からんわ!分かってたらとっくに勝ってるねん!」
……確かに。
「質問が悪いですね。申し訳ありません」
「アンタ何考えてるかホンマ分からんわ」
「すいません。性分なので諦めてください」
私はポケットから手帳を取り出し、次の予定を見る。
「次のレースは来週です。明日は休みで、明後日から練習しましょう」
「いやいや、休んでる暇ないやろ。明日もやるで」
「ダメです。オーバーワークになります。疲労が蓄積すればパフォーマンスが低下します。休んでください」
「……分かったわ」
「ちなみに私は普通に出勤するので隠れて練習しても分かりますよ?もし隠れて練習してたらタマモクロスさんのトレーナーとしてあらゆる手段を使用してでも、全力でサポートしますね」
「あっ、絶対やりません!」
当分この脅し使えそうですね。
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次の日、タマモクロスはトレーニングがない日にいつも子供達と遊ぶ公園に来ていた。しかし珍しいことに今日は誰も居なかった。
せっかく来たのにこのまま寮へ帰るのもつまらないと感じ、ベンチに腰掛け昨日のレースについて考えることにした。
「トレーナーが言ってたうち自身が気づかないといけないことってなんやろ」
スピードが足りない?それともスタミナ?練習方法は?走り方は?考えれば考えるほど足りないものが見えてくる気がする。
「ウチ足りないもんばっかやな。こんなんじゃ勝てんわ」
「タマねえちゃんどうしたの?」
よく公園でタマモクロスと一緒に遊んでいる少年が立っていた。考え事をしていて気づかなかったようだ。
「久しぶりだね。タマねえちゃん最近公演来てなかったよね?」
「最近トレーニングが忙しゅうてな」
(そういえば最近来れてなかったな)
「あっ!タマ姉ちゃんだ!ねぇねぇ、久しぶりに走ってるとこは見たい!」
「俺も俺も!」
続々と子供たちが集まってきてタマモクロスに走って欲しいとせがむ。
「なんやアンタらは、しゃあない、ほな少しだけ見せたるから離れとき」
子供たちの要望に応えるべく走り出す。
(やっぱ走るの楽しいなぁ)
「もっと上げるで!」
「すげぇ!タマ姉ちゃん前より速くなってる!」
「かっこいい!」
公園を一周して足を止め汗を拭う。
「どうや?満足したか?」
「凄かった!」
「それにすっごい楽しそうだったね」
「最近のタマ姉ちゃん元気なかったもんな」
「うん、特にレースの時はいつもと違って怖かったよね」
「ウチレースの時そんななんか?」
「うん。走るの楽しそうじゃないように見える」
もしかしてトレーナーの言ってたことって…………。
「そうか、変に気張りすぎたんやな」
実力不足でもなんでもなかった。ただ自分が自滅してただけやったんや。
『なんで負けたんですか?』
今ならその答えが分かる。
「もっと楽しくやろ。ウチは誰よりも楽しく速く走る白い稲妻なんや」
「どうしたの?」
「いや、何でもないで」
「タマ姉ちゃん鬼ごっこしよう!」
「ええで!んじゃ最初はウチが鬼や!」
こうして日が暮れるまで子供達と遊んだのであった。
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あれから1週間。本日はレースの日です。
タマモクロスさんは憑き物が落ちたかのように楽しそうにトレーニングしてました。ですが今日はいつものようにずっと考え込んでますね。
「どうですか?」
「絶好調や」
「それなら良かったです」
「なあ、トレーナーはウチの何を信じとんや?」
真剣な顔で私に問いかける。意図は分からないですが素直に答えますか。
「そうですね……そう遠くない将来到達するであろう、未来の貴女の姿ですかね?」
「なんやそれ」
タマモクロスさんは相好を崩して笑う。その表情はさっきまでのとは違って晴れやかなものです。
「準備はいいですか?」
「なあ」
「なんですか?」
「アンタならどう走る?」
「ウマ娘じゃないのでなんとも」
「もしもや、もしもの話。アンタがウチの体で走るならどうする?」
「そうですね」
「後ろで様子を見ます。隙を見つけて一気にぶち抜いて勝ちたいですね」
たぶん貴女の脚質的にも現状の最善は差し・追込。
「……ウチもそう思ってたんや」
「…………」
「行ってくるわ」
これは期待できそうですね。
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「天気は晴れ。ターフは悪くない。今日はいい走りが出来そうやな」
ゲートに入って深呼吸する。観客の声援や隣のウマ娘の息遣いが聞こえる。
「勝つで」
ゲートが開く。
〈今、各ウマ娘一斉にスタートしました〉
タマモクロスは完璧なスタートダッシュを決めて作戦通りに後方で様子を伺う。
「スタートは完璧や」
いつもの緊張とは違う鼓動の高鳴りを感じる。
「この走るのが楽しいって感覚、久しぶりやな。風の音。地面の感触。心臓の鼓動。今なら全部わかる」
レース中盤に差し掛かる。タマモクロスは依然として後方で待機する。
『タマモクロスが突っ込んでこない⁉︎』
観客たちは異変に気付き始める。
「そろそろ行こか。ぶっちぎるで」
〈ようやく上がってきた!先頭は3人のウマ娘がしのぎ削っています!〉
「何やこいつらウチは眼中無しか。ええ度胸やな」
先頭でほとんど並走してる2人を見る。2人はお互いの動きを探り合いながらタイミングを測ってるようで背後のタマモクロスには気付いてない。
「最終直線。そろそろ勝負を決めないいかんとマズいか?でも前が塞がれてるから無理や」
(どうする?強行する?……いや、あのトレーナーなら絶対にそんなことしない。必ずチャンスを待つはずや)
「こういう駆け引きも楽しいな」
(さあチャンスはどこにある?)
その時先頭2人の間に僅かにスペースが空いた。片方のウマ娘が勝負を決めるために動いたのである。
しかしこの僅かなチャンスをタマモクロスは見逃さなかった。
(……あっ、道ができた)
「ここや!!」
己の本能に従い、最後のスパートをかける。いつもと違って今日は身体が軽い。
〈ここでタマモクロスがスパート!先頭争いをしていた2人の間をすり抜けて一気に先頭に躍り出た!〉
「「え?」」
先頭だった2人は驚きの声を上げるもその声はもはやタマモクロスに届かない。
〈もはや独走状態!これは決まったか⁉︎〉
なおも加速し続け、後続のウマ娘達を引き離し、その勢いのままゴールした。
〈先頭はタマモクロス!タマモクロスが勝利を掴みました!〉
勝利を自覚した瞬間、集中して狭まってた視界が開けた。そこにはどこまでも澄んでいる青空と鼻腔をくすぐる土と芝の匂い。
前回までのレースでは前にいるウマ娘を悔しそうに見てるだけだった。視線の先には勝利を喜ぶウマ娘が写っていた。
しかし今日は視線の先には誰もいない。これこそ先頭でゴールした者だけの景色。
「これは……この感動と景色は何度でも見たいって思ってまうな」
歓声が響くレース場にてタマモクロスはしばらくの間動くことはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「トレーナー!見とったか⁉︎ウチ勝ったで!」
「デビュー戦勝利おめでとうございます」
「もうちょいテンション上げぇや!アンタ仮にもトレーナーやろ?」
興奮したタマモクロスさんとは対照的にテンションの低い私の労いにタマモクロスさんは不満気にぼやく。
「今回の勝因はノーマークだったからです。2着のウマ娘がタマモクロスさんを一切警戒せず、己の走りやすいように位置取りをした結果、チャンスを与えてしまいました」
「えーっとつまり?」
「あの時のタマモクロスさんは正直どう頑張っても3着でした。あのまま2着のウマ娘が進路を塞ぎつつ先頭を追えば勝てたでしょう。しかし彼女は多分こう思ってんでしょう。"圧倒的な差をつけてやる"とその結果その隙をつかれて負けてしまいました」
「レースに運は付きものです。今回に関しては最後まで冷静さを保ち、己の走りが出来たから勝てました」
「あのレースは奇跡的に勝ったってことでええんか?」
「はい、実力で考えるならスイープトウショウが今日の最強でしょう。彼女はいつデビューしてもおかしくありません」
「マジか、トレーナーがそこまで言うなんてどんだけヤバいんや」
「私なら次のレースはGIにでも出走させますかね?」
「まじ?そこまでなんか……」
「化け物です」
「なにはともあれタマモクロスさんの弱点を克服して、勝利を掴めたことが収穫です」
「……なあトレーナー。この選抜レース勝つまでは仮契約っていたよ覚えとるか?」
「はい。もちろんですよ」
「そのことなんやけどな。もしアンタが良かったら本契約結んでくれんか?今のウチじゃ力不足かもしれんけど」
「こちらからもよろしくお願いします。貴女を誰よりも強いウマ娘にします」
「ホントか⁉︎それならこれからもよろしくな!」
「こちらこそよろしくお願いします」
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あの子勝てたって。
え?デビューするの?勝てるとは思わなかった。
私達も……いや止めよう。もう諦めたんだし。
どうせなら夢叶えてもらわないとね。
私達と住む世界が違うって思えるくらいになってもらわないと。
惨めすぎる。
……………………………。
やっぱり羨ましいなぁ……。