「おはようございます」
「ひぃ!」
私が挨拶すると何故か怯えられてしまいました。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさいごめんなさい。見逃してください〜」
……何かしましたかね?
ひとしきり謝り倒した彼女は全速力でその場を立ち去ってしまった。
「トレーナー!小さい子虐めんなや」
担当のタマモクロスさんが背後から肘打ちをしてきました。物凄く痛いです。
「挨拶しただけですよ?」
「そんな覇気のない顔してたら怖いわ。ぶっちゃけ人殺しそうな顔してるでアンタ」
「人間がウマ娘相手に勝てるわけないじゃないですか。もしやるなら相応の準備しないと」
「悪意は無いんやろうけど、それ言うとほんまにやりそうな気がするから言うのやめとき」
「なるほど、勉強になります」
「ホンマようこの社会で生きてこれたな」
「人との関わりが最小限だったので特に問題になることが無かったからですね」
「…………」
今日も変わり映えのない1日が始まりました。次のレースに向けて準備しますか。……その前に保健室でさっきやられたところ見てもらいますか。
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『特別配信をご覧の皆様、こんにちは!月刊トゥインクルの乙名史です』
「なんやこれ?トレーナー、なんか始まったで」
「なんでしょうか」
その配信は唐突に始まった。重大発表とのことでとりあえず見てみることにする。
『早速ですが本題を。私、乙名史悦子と月刊トゥインクル、そしてウマ娘を愛する全てのメディアは、ここにトゥインクルスタークライマックスの開催を宣言いたします!』
「なんや新レースか?」
「そのようですね」
「どんなレースやろか?」
『このトゥインクルスタークライマックスは【最強】のウマ娘を決めるためのレースです!』
「最強のウマ娘を決める?」
タマモクロスさんは興味を持ったらしく食い入るように配信を見てる。
『この番組をご覧の皆様は【最強】という言葉からどういうウマ娘を想像されますか?』
「最強はどんなウマ娘かですか。タマモクロスさんはどんなウマ娘を想像しますか?」
「うーん、G I勝ちまくれるウマ娘か?」
「タマモクロスさんらしい回答ですね」
『我々は今回、"最も安定して強いウマ娘''を最強と定義しました』
『トゥインクルスタークライマックスでは、ポイント制を採用します』
『選び抜かれた実力派ウマ娘たちが同じ条件のレースを3度行い……着順によって獲得できるポイントで競い合います。加えてレースには短距離、マイル、中距離、長距離にダート……ありとあらゆる部門を用意してます』
『つまり、このレースでは何よりも何度でも上位に食い込める安定した強さが求められるのです』
「このレースは今まで出来んかった"対策"が出来る。運も関係あらへん、ハッタリもきかへん。純粋な地力の競い合い」
「興味持ちましたか?」
「あぁ、面白そうやな」
「では関係者に話を聞きに行きましょう」
「関係者って、誰か知っとるんか?」
「とりあえずたづなさんでいいでしょう。このような大規模な話は間違いなくトレセン学園が絡んでるはずです」
「なるほどな。ウチも行くわ」
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「あら?タマトレさんやっぱり来ましたか」
「そのタマトレって呼ばれ方慣れませんね。今やってる配信について聞きにきました」
「そうですか。でも残念ですがウチは関わってないので分からないんですよ」
「あれ、関わってないんか?トレーナー当てが外れたな」
「……」
聞く人間違えたなぁ。
「そんなはずないでしょう。あれだけのイベントです。必ずメディア以外のウマ娘のレース関係者が関わってるはずです。特にトレセンは日本でもトップの育成機関であり優秀なウマ娘が揃ってます。そんな場所をメディアが放っておくとでも?ほぼ間違いなくトレセン学園が一枚噛んでます。それにあの理事長ですよ?嬉々として協力すると思いますが?」
「正解です♪まあこのくらいなら当然ですよね?」
本当に面倒です。悪魔なんでしょうかこの緑は。
「アンタら仲ええな」
「そんなことないです。以前スカウトマンとして勤務してる時にこき使われたことがあるので少し話す機会が多かっただけです」
「うふふ、とても優秀でしたよ?」
「トレーナーの昔のこと気になるな。どんなだったん?」
「無理難題を押し付けてもキチンと仕事をこなしてくれるのでとても便利でしたよ」
「…………」
「懐かしいですね。ヤクザの家のご令嬢を勧誘させられたり、ワガママな孫娘を押し付けられたり、走ることしか興味ない子をほぼ無理やりトレセンに拉致することもやりましたね」
「うわ〜」
「ちなみにワガママな孫娘って子はスイープトウショウって子ですよ」
「そいつって前のデビュー戦で2着だったやつか⁉︎」
「理事長のお気に入りのトレーナーさんが担当についたみたいでメキメキ実力を伸ばしてるみたいですよ?」
「それはそれは、連れてきた子が活躍できてるようで何よりです」
「負けていられませんね」
「興味ありません。そんなことより今はこの新レースの話を」
早く帰りたい。
「わかりました。この辺はまだ極秘なので口外しないでください。配信でも言っていた選考基準なんですが、各レースの着順によって決まります。例えばG Iなら1着は100ポイント、2着は50ポイントとかですね」
「なるほど、レースに出走してポイントを稼げばいいわけですね。でもそんなにレースに出れるもんですか?」
「本来なら担当との契約を結んだトレーナーは契約期間中の出走予定レースを担当と話し合って事前に提出していただきますが、このレースに参加表明したウマ娘は事前申請なく走ることが出来ます」
「え?走るレースって事前に決めなアカンの?」
話を遮ってタマモクロスさんは驚いた声を上げる。
「ええ、本来はウマ娘とトレーナーのモチベーションや体調管理を円滑にするために事前に決めておきます。あくまで予定なのでその時のコンディションや他に走りたいレースがあればそちらを優先させることは出来ますが」
「そうだったんか。知らんかったわ」
「昨日決めましたよ?」
「アレがそうだったんか。不器用なりにトレーナーが世間話しようとしているんかと思っとったわ。あれはそういうことやったんな」
言ってた思うんですけどね?よっぽど私から話しかけたのが衝撃的だったんですかね?思い返してみればずっと微笑ましいものを見る顔してましたね。
「話を戻しますね。今回レースは"安定して強いウマ娘"が評価されます。これまでのような事前に決めたレースに標準を絞って走るのではなく、走りたいレースを好きなだけ走っていただいて問題ありません。そして3年間通して優秀な成績だった者にトゥインクルスタークライマックスの参加権を得られます」
「なるほど。好きなレースを好きなように走れるんですね」
「はい。より多く走れば走るほど安定した強さを示せます。従来のレース出走基準では安定性を示すのは難しいのでこれは特別ですね」
「それだと極論G Iだけ走っても問題ないってことですか?」
「問題ないですよ。勝てるのであれば」
「もちろん新レース参加するためには申請していただいてこちらで審議しますよ?目標レースを決めないため故障のリスクはかなり高いです。高水準の管理能力が必要となりますので、トレーナーの経歴や実績などを考慮して参加の可否が決まります」
「私ほぼ新人ですが大丈夫ですか?」
「たぶん難しいかと」
「やっぱりそうですか」
「でもやる気があるなら頑張ってねじ込みますよ?」
貴女が言うと誰も逆らえないんですよ。職権濫用では?
「なにか?」
「心読むの止めてください。どうします?タマモクロスさん」
「何となく話の流れ的にそうだろうと思うとったけど、ウチこれ参加するん?」
「G I勝ちまくるという目標を掲げる貴女には丁度良いかと思ってます。話聞く限りこのレースに参加した方がより多くのG Iに参加しやすいかと」
「案外ちゃんとウチのこと考えてるんやな」
「さすがタマトレさんですよね」
「馬鹿にしてます?」
「見直したんや。手段を選ばない最低な人間でもウマ娘への愛は本物なんやなって」
酷い言われようですね。
「タマトレさんの取り柄はそれだけですよ」
「喧嘩売ってます?」
「売ってませんよ。でももしそうだったとしたらどうします?権力に勝てますか?トレセンのNo.2ですよ?」
緑の悪魔はニヤニヤと権力を振り翳して聞いてくる。
「すいませんでした」
悪い笑顔の中に反抗を許さない圧を感じて思わず謝ってしまいましたが、仕方ありません。
「ふふふ、タマトレさんとは戦いたくないので良かったです」
「よく言いますよ」
「本当ですよ?あなた何するか分からないので怖いです」
「分かるわそれ」
悪魔と担当は視線を合わせてからジトっとした目でこちらを見てくる。この人と話させるとタマモクロスさんに悪影響が出てしまいそうだ。
「タマモクロスさん帰りましょう。これ以上話しても意味ないです」
「それでは申請通しておきますね」
「よろしくお願いします」
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トレーナー室に戻り、先程の話を踏まえた上で昨日決めた今後のレース予定を修正することにした。
「タマモクロスさん。早速ですがレース予定を組み直します」
「あのままじゃダメなん?」
「ダメではないですが、制限が無くなるのでもっと走るレースを増やせます。改めて説明しますね。レース目標は事前に何を目標に走るかを決めます。例えば代表的なのはクラシック三冠ルートかトリプルティアラルートですね。この事前に決めた通りに走る場合よほどなことがない限り他のレースは走れません。何故なら目的のG I以外のレースは回数制限があります。レースは調整する目的もありますので、無駄に走るレースはありませんから」
「案外面倒なんやな。つまりクラシック三冠ルートだとトリプルティアラは諦めんとあかんのか」
「そうなります。中にはG 1で調整してそれで勝つ化け物もいますが、例外中の例外なので気にしないでください」
「だけど、今回の新しいレースは両方取れる」
「はい。レースの出場回数制限などの制限はありません。問題なければ全てのG 1を走れます」
「なら走る。全部1着取ったるで」
「一応忠告します。こういった制限が無いのはメリットではありません。制限が出来た理由は故障を避けるためです。これまでのトレーナー達の経験やデータに基づいて無理なく輝かしい栄光を掴むためのものです。ウマ娘の身体を守るための制限が無いということはタマモクロスさんが故障して走れなくなる可能性は他のウマ娘より高いことを覚えておいてください」
「分かった。絶対に無理せん」
「お願いしますね。休憩しましょう。何飲みますか?」
ひと段落したところで私は冷蔵庫から冷えたコーヒーとお茶を取り出してコップに注ぐ。
「今更ですが、良かったのですか?勝手に決めてしまって」
お茶の入ったコップをタマモクロスさんの前に置き、気になってたことを聞く。
「ほんと今更やな。でもウチもこのレースが1番良いって思ってたからええで」
「どうしてですか?」
「トレーナーは分析が得意みたいやから、対策ありの勝負だったら誰にも負けんと思ったんや」
「なるほど、タマモクロスさんの力だけでなく私の力も利用して勝つということですね」
「2人で勝つって言ってほしいわ」
「ですが、残念ながらお力にはならないと思います。私は人並み以下の能力しかないので」
「そうなんか?……例えそうだとしても今こうしてデビューさせてくれたんはトレーナーや。どんなに無能でも最後までウチを面倒見てな」
「最後までというところは保証できませんが、貴女が走り続ける限り出来るだけの支援はさせていただきます」
「あんなそこは最後まで面倒見るっていうもんや……はぁ、もうええわ」
「すいません」
「嘘付かない人間なんやろなって思うことにするわ」
「ありがとうございます。もう良い時間ですね、帰りましょう」
「そうやな。お茶ありがとな」
「いえいえ」
タマモクロスさんは空いたコップと片付けて鞄を持ってドアに向かう。
「明日は走り込みをするのでグラウンドに来てください」
「分かったわ。じゃ帰るな」
「お気をつけて」
タマモクロスさんは元気よく腕を振り上げてトレーナー室から出て行った。
「私も帰りますか。次のレースの対戦相手のデータをまとめてましょう」
持ち帰る予定の資料を鞄に詰め込み廊下に出る。夏も近づいてきてら影響で夕方でも少し暑い。
トレーナー室の鍵を閉めて歩き出す。
「……この時間でも病院やってますかね?」
痛む脇腹をさすりながらゆらゆらと病院を目指すのであった。