死兆星の彼女   作:粗茶Returnees

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4話

 

 熊谷こはくは感情をあまり隠さない。機嫌の悪い時は露骨にそういう雰囲気が出る。その素直さが彼女の魅力でもあり、悪く働くと欠点にもなる。

 そんな彼女は絶賛不機嫌な状態であり、クラスメイトも「触らぬ神に祟りなし」と近づかない。それが周囲が学習したことだ。

 

(やれやれ。これまで以上に不機嫌だな、ありゃ)

 

 クラスメイトの1人、西園寺克也(かつや)は呆れながら様子を見た。その原因が親友の黒璃に起因することなら、多少は干渉しようかと思う。しかしまったく別のことなら、一切関わりたくない。

 行動を起こすべきか、様子見で済ませるべきか。克也個人としてはまだ様子見でいいのだが、クラスの空気感のことを考えるとそうもいかない。

 生徒会長という立場も、こうなると損なものだ。

 

「熊谷」

 

「……なによ」

 

「虫の居所が悪いのは勝手だが、露骨に出し過ぎだ。こっちが授業に集中できない」

 

「……それは悪かったわね。気をつけるわ」

 

 そうは言っても瞬時に切り替えられる人間はいない。こはくも例外ではなく、深呼吸をするもやっぱり顔が怖い。目が合うと睨み殺されそうなぐらい鋭い。

 

「何に対してそんな腹立ててるのかは知らねえ。話せる相手がいるなら話してみたらどうだ。少しは整理もできるだろ」

 

 踏み込まず、それでいて的外れでもないアドバイスだった。こはくは克也の言葉に食いつこうとしたが、一理あると踏みとどまった。

 

「話せる相手、ね。それならあんたの友人借りるわよ」

 

「え゙」

 

「なに?」

 

「……いや……まぁ、お手柔らかに?」

 

「私をなんだと思ってんのよ」

 

 

 

 

「そんなわけだから、ちょっと付き合いなさい」

 

「なるほど。克也の斡旋か」

 

「斡旋てなによ斡旋て。波期くん今日買い出しは?」

 

「ないぞ。長時間の拘束じゃなければ問題ない」

 

「なら早速行きましょ」

 

 放課後。教室の外で待ち伏せされていた黒璃は、経緯を理解するとこはくに同行した。どこに向かうかはこはく次第。今回も主導権を握っているのは、黒璃ではなくこはくだ。

 校門を出て、歩道を並んで歩く。通行人の目にはカップルに映るかもしれない。学校関係者ならそうはならない。「あいつ何したんだ(かわいそう)」になる。

 2人の間に会話はなかった。波期家の方向でもなく、熊谷家の方向でもない。完全な寄り道で、しばらく歩いている内に周囲に他の生徒はいなくなっていた。

 

「やっと生徒がいなくなったわね」

 

「なんかした?」

 

「してないわよ。人払いもしてない。わざわざ魔法を使うまでもないわ」

 

 黒璃の漠然とした質問も、こはくには予想の範疇。求められた回答をしてみせた。

 その答えに納得した黒璃は、口を開かずにこはくを見た。用があるのは彼女なのだから、彼女が話を始めるのは待っているのだ。ここまで黒璃が無言だったのも、こはくが話し出すのを待っていただけ。

 

「そこで買い食いでもしながら話しましょ」

 

 こはくが指差したのは、老夫婦が経営する駄菓子屋だ。小中高、どこからも少し離れている場所。近くに公園があるわけでもない。お世辞にも立地がいいとは言えないが、その店は長くこの街で親しまれている。

 公園がなくとも駄菓子屋の横に空き地はある。近くの集合団地にファミリー層が多く住んでいた頃は、よく繁盛していたとか。

 今では遠足や修学旅行時に子どもたちが買いにくるか、あるいは今回みたいに、若者がふらりと気まぐれに来るかだ。

 

「あら、もしかしてこはくちゃんかしら」

 

「わかるんだ? 久しぶりに来たと思うんだけど」

 

 成長したからわからないものだと、こはくは思っていた。体つきとか、いろいろと変わったのだから。

 

「きれいになったね〜。でも、その顔は変わらない。やさしくて、真っ直ぐで。いい顔してる」

 

「ありがとう。鶴ばあちゃんの笑顔には負けるけど」

 

「嬉しいね〜。横の子は彼氏さん? クラスで4番目くらいにカッコよさそうな子だね」

 

「違うし何その例え」

 

「お爺さん。こはくちゃんが彼氏さん連れてきたよ〜」

 

「聞いてないし」

 

「仲いいんだな」

 

「仲いいというか、鶴ばあちゃんは誰にでも人当たりいいのよ。知ってるでしょ?」

 

「いや。初めて来た」

 

「は??」

 

 お爺さんを呼ぶために、店の奥に引っ込んだお婆さんに、こはくはバッと素早く振り向いた。

 衝撃だった。信じられなかった。

 何故なら、この鶴岡駄菓子店は”長らく街に愛されている店”だからだ。この街のどの小学生でも、一度はこの店に来る。遠足等でおかしを買う時に「鶴岡駄菓子店がおすすめ」とどの先生も紹介する。立地に少々の難があっても、親が協力してくれる。子どもと大人からの信頼が厚い店で、他校の生徒ともここで知り合うなんてザラだ。

 その店に黒璃は来たことがないと言う。

 

──横の子は彼氏さん?

 

 あの言葉は、成長した黒璃をわからなかったからではなく、本当に初見だったから出た言葉。

 

「じゃあ波期くんは──」

 

「おや、本当だ。こはくちゃんだ。大きくなったね」

 

「鶴じいちゃん。2人とも元気そうだね」

 

「それでこの子が彼氏くんか」

 

「だから違うって」

 

「男勝りでお転婆なとこがある子だけど、寂しがり屋な子でね」

 

「また聞いてないし。ていうか何言い出してるの!?」

 

 恥ずかしい昔の話まで引っ張りだされそうだった。というか湧き水のごとく溢れ出ていた。こはくは強引に話に割って入ると、そのままの勢いで話題を変えていく。

 

「来月修学旅行あるから、うちの生徒とか結構来るんじゃないかな」

 

「そろそろそんな時期だったか」

 

「早いわね〜。去年も何人か来てくれたかしら」

 

「何人かって……」

 

「駅前のデパートの方が若い子は好きだからな。コンビニも便利になった」

 

「そう、だけど」

 

 経営は聞くまでもなく、赤字になっているだろう。残っている資産での火の車経営。むしろ、この時代になってもまだ残っている方が珍しい。

 傷心しているこはくの横で、黒璃もお爺さんの話に納得した。居候しているディアトは、コンビニのフライドチキンの虜だ。ここを紹介しても、コンビニを選ぶだろう。売っているものの種類も数も違う。おおよそ万能な便利なお店を。

 

「こはくちゃんが来てくれただけでも嬉しいわ〜」

 

「こはくちゃんはこれ好きだったよね。サービスでつけとくよ」

 

 駄菓子屋で各々食べたいものを購入。主人のご厚意でつけられたサービスは、こはくだけでなく黒璃にもつけられた。

 2人は駄菓子の入った小袋を手に持ち、隣の空き地に移動した。公園ではないためベンチなどない。遊具はもちろんない。無造作に倒れている、捨てられた銅板。それをシート代わりにして、並んで座った。

 

「はぁぁー。私ってバカね」

 

「どうした急に」

 

「さっきのことよ」

 

 「さっき」というのは、つい今しがたのことだ。駄菓子屋での会話だ。

 

「時代の流れ、日常の変化。当たり前のことなのに、理解してなかった」

 

 一昔前の個人経営が難しくなる。駄菓子屋に限った話じゃない。商店街だってシャッター通りへと全国的に変わっている。便利な大型施設。便利なチェーン店。それらは人々の生活を便利(豊か)にする一方で、人々の生活を不便(貧相)にしている。

 

「私だって、中学の修学旅行以来に来たっていうのに」

 

 みんな訪れていると思っていた。変わらず、これまでもこれからも”ある”と思っていた。

 

「けど現実はそんなことなくて。いつ店を畳んだっておかしくない」

 

 続いているのは、経営を続けたいのではなく日常を変えたくないから。これまでの習慣を変えたくないから。

 

「身勝手よね。普段から来てるわけでもないのに、もしなくなったら寂しいって思うのは」

 

「身勝手かもな」

 

「っ……」

 

 女心どころか、人の心がわかってない奴だなと思いつつ。そういえば変な人だったと克也の話も思い出した。何よりも、悪意があっての発言ではない。それは間近にいるこはくも理解していた。

 

「でも、そんなもんじゃないのか。思い出の場所は、変わらずにそのままであってほしい。保管されていてほしいって思うのは、間違ってない」

 

「……」

 

「あくまでおれの所感な」

 

「わかってる。……うん、でもありがとう」

 

「意外だな」

 

「なにがよ」

 

「しおらしいところ」

 

「なっ! う、うっさいわね! 私だってセンチメンタルになることくらいあるわよ!」

 

 ふいっとそっぽを向いて、こはくはお気に入りの駄菓子を開封。やけ食いさながらに次々と口に運んだ。それを見て黒璃も自分で買った駄菓子を食べ始める。今日もどこかへ出かけていそうなディアトの分は持ち帰るつもりだ。

 

「はー。懐かしさもあって、2人にペース乱されちゃった。……波期くんはなんで来たことないの? 学校から勧められるのに」

 

「遠足とかでおかしを買ったことがないな」

 

「は!? なんで!? 醍醐味なのに!?」

 

「メインではないだろ」

 

「メインよ」

 

 そこは人それぞれだが、こはくのように”おかし”のウェイトを広くしている生徒もいたことだろう。黒璃と意見が割れるのは、ただの価値観の違いだ。

 

「両親に連れてきてもらったりとかは? ないの?」

 

「ないな。10年前には死んでたし、それ以前も揃って出かけることもなかった」

 

「……両親が多忙だったってこと?」

 

「たぶん?」

 

 10年も前というと、小学校1年生の年だ。6才もしくは7才。親の仕事を知らなくても不思議じゃない。自ら言わない親もいるだろう。子どもから聞かれなかったから教えてない。そんなパターンもある。結果的に、黒璃は親の仕事を知ることなく離別した。

 プライベートに踏み入った話だ。こはくはそれ以上は聞かず、開封していたお菓子を食べきる。

 

「話を変えるわね。本題のことなんだけど」

 

「うん」

 

 思いもよらなかった展開を経たが、今日の主目的はこれじゃない。黒璃を呼び出し、人気の少ないこの空き地に呼んだのは他人に聞かれたくない話をするためだ。

 熊谷家に招くという選択肢はなかった。あの魔女が口を挟んできたらややこしい事になる。そして波期家という選択肢もこはくにはなかった。ディアトを警戒しているのだから当然だ。

 

「あんたが協力するなら、あの魔人は後回しにしてあげる」

 

「……というと?」

 

 ディアトは魔人でない。その訂正を黒璃はしなかった。いつもならするところを、今回はしなかった。黒璃自身が内心驚いていることでもある。

 その情報はディアトの不利に働くからなのか。その真意は誰にも、本人にもわからない。

 こはくはそれに気づくこともなく、話を先に進めて行く。

 

「今回の件。考えてみたらおかしいところがあったのよ」

 

「?」

 

 通例すら知らない黒璃には、当然理解できない話だ。そのため、こはくも順を追って説明した。

 

「裏世界からこっちに来る時の反応を感知できることは覚えてる?」

 

「そういう魔法があるらしいな」

 

「そう。私はそれに従って展望台で待機してた。それなのに、別の地点で魔獣が現れた。あ、魔獣って言うのは裏世界から来た獣の俗称ね。主人のいない野良犬みたいなのをそう呼んでる」

 

 主人がいれば呼び方も変わるが、それは今はまったく重要でもない話だ。

 重要なのは、結界の反応地点と出現位置がズレていたこと。結界に不備が生じたわけでもない。それは再確認した。

 

「私は魔獣を片付けたわ。でも解決じゃなかった。結界の反応地点にはやっぱり現れてた。あんたのとこに住み着いてる魔人がね」

 

「つまり?」

 

「魔人が獣を呼んだ可能性も考えたけど、先に魔人がこっちにいる必要がある。じゃないとあの呼び出し方はできない」

 

「パターンがあるってことか?」

 

「指定した座標に呼び出す召喚。これが普通のやり方。もう一個は、弾丸よろしく戦法。狙った場所に先に送り出す射出。けど射出なら、魔力光で軌道が見れる」

 

「その軌道がなかったと」

 

「そういうこと。召喚自体、正確な座標の数値が求められる。遠隔召喚も予めその場所を調べとかないと無理。こっちのことを知らない魔人が、遠隔召喚する線もない」

 

 呼び出したはいいものの、いきなり生き埋めになりました。なんてことが起きかねない。召喚が基本的に実施者の目の前になるのは、座標の指定が最も楽だからである。戦闘するならなおのこと、手短に行える目の前での召喚だ。

 なにはともあれ、こはくが何を言いたいのかを黒璃も察することができた。

 

「魔獣を呼んだ奴がいると」

 

「理解が早くて助かるわ。……最悪のことだけど、波期くんの言ってたことが起きてる。この町には、前から魔人が潜んでた」

 

「確認だけど、熊谷さんが協力してほしいのはおれ?」

 

 協力関係を結べるのなら、ディアトの力を借りてこの町にいる魔人に対処できる。

 そういう狙いなのかと黒璃は問い、

 

「当たり前よ。魔人の力は借りないわ」

 

 こはくはそれを即答で否定した。

 

「魔人探しの協力を頼みたいのよ」

 

「いいけど、どう手伝ったらいいんだか」

 

「あの魔人を一旦無視できるだけでも大助かりよ。彼女、波期くんに危害が及ばない限り動かなさそうだし?」

 

「あの子の気まぐれだと思うぞ」

 

「……」

 

 「そんなわけないでしょ。バカね」という言葉は飲み込んだ。こはくは先日の一連のやり取りでしか面識がないが、逆に言うとそれ以外の目立った動きをしていない。噂に聞くのは、夕暮れ時に湖畔公園によくいるということぐらい。基本大人しいものだ。

 決定づけるには少ない根拠だが、こはくの直感が正しいと言っている。

 

「ややこしいから、彼女を白魔人と仮称するわね。髪が白かったし。で、私たちが探すのは謎魔人」

 

「わかった。ところで魔人って魔力多いんじゃないのか? 熊谷さんの家のあの地図で絞り込めそうなものだけど」

 

「私も地図を見直したわ。でもわからなかった」

 

「なんで? 白はわかったのに」

 

「白魔人は外から来たから。色が違うから追えるの。でも、色違いは1つだけ」

 

「変装しても魔力なら追えるのか?」

 

「当然よ。外が変わっても中身は同じでしょ」

 

「たしかに」

 

 どんな変装をしようとも人は変わらない。役者だってその役の仮面を被るだけで、その役そのものにはならない。同じ人生を歩むわけじゃない。役者は役者。役は役。どれだけ重なって見えたとしても、根本的には別なのだ。

 それなのに魔人の反応は1つだけ。だが、もう1人いる。この謎を解く糸口が見えていないことが、こはくの機嫌の悪さに直結していた。

 

「そういえば、魔人と魔法使いの違いは話したけど、魔力周りのことは言ってなかったわね」

 

「周りの魔力を扱うか、地球の力を使うかじゃないのか?」

 

「それもあるけど、それ以外にも違いはあるのよ。魔法使いはゲームと同じで魔力切れがある。自分自身の魔力量は決まってるし、周りの魔力を使うにしても、そのための自分の魔力が必要になる」

 

 周囲の魔力を9。自分の魔力を1にして、燃費を良くすることはできる。だが、その1すらなかったら何も行使できない。

 

「魔法使いが周囲の魔力を使うのは、燃費と効果拡大のためよ。魔力の出力も個人差があるから」

 

 水鉄砲なのか、ホースなのか、放水車なのか。自身の素質だけだと個人差は激しい。それを縮めるのが、周囲の魔力の使用だ。低い出力も外付けで強引に補える。魔法使いにとって、この術の習得は必須科目だ。義務教育レベルだ。

 

「魔法使いは総量が多くても出力を抑えないといけないの。じゃないと即息切れしちゃう」

 

 上限の決まった水をどう扱うか。魔法使いはそこを考えながら、魔法を行使する必要がある。

 

「魔人は別。魔人は総量がそのまま出力になる。なにせあいつらは、地球から魔力を補充できる。出力の違いもそういうこと」

 

 魔法使いよりも魔人の方が魔力量が多い。魔力を貯めるための器が大きい。そしてその器をそのまま出力に変換できる。それが魔人の強みであり、魔法使いが正面切って戦うと勝てない理由だ。

 

「そんなわけで、あの地図で魔人の割り出し自体は本来簡単なの。色に限らず、反応の大きさでも違うから」

 

「それなのに反応は1つだけか。地図外にいる可能性は?」

 

「なくはないけど、それはそれで反応があるはずよ。魔人とか、裏世界からの来訪者を見逃す気はないの。だから地図外から来たとしても、痕跡が残るように仕込んでるし、追跡できるようにもしてる」

 

「それも反応しなかった。もしくは、気づかれて対応された説」

 

「追跡は消せても、痕跡は地図に残る」

 

 外から来て、また外に出ていったという線は薄い。追跡反応がないことから、こはくの中でその可能性は低くなっていた。こはくの予測では、何らかの手段で潜伏をバレないようにしている線が濃厚である。黒璃に指摘され、見落としがあるのならそこではないかと考え直したのだ。

 

「町の中にいると見てほぼ間違いない。でも誰かまではわからない。候補も絞れてない」

 

「捜索にマンパワーを使いたくて、多少は魔法のことを知ったおれに白羽の矢が立ったと」

 

「そういうこと。恨むなら西園寺でも恨んでおいて」

 

 授業の合間になんか意味深なことを言われたのも、こはくに放課後に待ち伏せされたのも、全部こはくへの克也の発言が発端だ。あのアドバイスをこはくが素直に受け止めた結果、黒璃が駆り出されることになった。

 克也本人は「たまには良いことしたな」とでも思っていることだろう。生徒会の手伝いを1回パスすれば見合うなと、黒璃は無言で精算した。

 

「それっぽいと思ったら熊谷さんに連絡する。それでいい?」

 

「十分よ。謎魔人の方からまた動きがあれば楽なんだけど、また沈黙されてる。根比べになるかもしれないわね」

 

「折れないんだろ?」

 

「当然」

 

「熊谷さんはなんでそこまで、裏世界を敵視してるんだ?」

 

「……そうね。あんたのこと聞いたし、私も話さないとフェアじゃないわね」

 

 本題自体はもう終わった。協力関係を結ぶこと。それに伴い、必要な情報の提供。それらは済んだ。

 こはくは立ち上がり、いくつかまだ駄菓子が残っている小袋を手にした。黒璃もそれに続き、2人並んで空き地から家へと帰っていく。途中までは同じ道だ。

 

「うちも両親はいないのよ」

 

 長い髪が風に揺れる。それを手で軽く抑えるこはくの目は、過去を懐かしむ優しい目になっていた。揺らぎはない。芯の強さは依然としてある。

 

「私が10才の時。今から7年前ね。その時に2人は亡くなったわ」

 

 熊谷家はこの町では知られている名家だ。代々続いている家だ。その役割が何なのか。なぜ有力なのかは、今の黒璃ならわかる。

 

「熊谷家は裏世界からこの町を守る家なの。守護が役割。何百年と続いてて、両親も魔法使いだった」

 

「両親が亡くなったのは」

 

「そう。裏世界関係。よっぽど強力な生物が来たのか、もしくは魔人が現れたせいなのか。それはわからない」

 

「その時の相手は、今はどうなってる?」

 

「討伐されたわ。両親が死んで、すぐに”組織”の人たちが相応の戦力を揃えて派遣されて、その時の相手は討伐されてる」

 

 その時に派遣された人員の1人が、こはくに魔女と呼ばれている者だ。当時小学生だったこはくは、両親の死と家の役割の喪失。その2つを受け入れられなかった。抗議し、駄々をこね、両親が死んだのだとしても、家の役割までは奪わせないと叫んだ。

 それを聞き届けた魔女がこはくを気に入り、魔女がこの地に残ることを条件にして熊谷家の役割の存続を認めさせた。蓋を開けてみれば、魔女は自由奔放に生活しているだけなのだが。

 

「熊谷家と世界の組織ってのは別?」

 

「同じ役割を持つ家は、世界のどこにでもあったわ。手を取り合って連携しよう。その動きが世界中に広まって組織という形になってる。日本は4割が非加盟って聞いてるわ」

 

「加盟した方が良さそうだけどな」

 

「メリットだらけよ。でも、外から見る役割も必要ってことで非加盟もいる」

 

「なるほど。それもたしかにそうか」

 

 世界を股にかけている組織は1つしかない。最大にして最強の集団だ。だが、完全に1つになるわけじゃない。健全性を保ち続けられるかは結局人次第。だから外から見る人たちも必要になり、熊谷家もそちら側だ。

 非加盟でも、まったく協力しないわけじゃない。最大の目的は全員同じ。その表れとして、裏世界から何かが現れる時の感知も、加盟していない熊谷家だって活用している。

 

「私が裏世界側を敵視する理由も、基本的に単独で行動する理由もわかった?」

 

「理解した。恨みつらみで固執してるわけじゃないってのもな」

 

「当然よ。ま、2人を殺した相手がもし生きてたら、復讐目的になってたと思うけどね」

 

 すでに討たれているからそうなっていない。殺意を持たず、忠実に役割を全力でこなしたいだけだ。

 

「合点もいった。改めて、微力ながら協力する」

 

「よろしくね、波期くん」

 

 

 

 

 

「そう。それで協力することにしたの?」

 

「うん。ついでに駄菓子も買ってきたよ。そっちは?」

 

 駄菓子の入った袋を渡すと、ディアトは早速中身を取り出し始める。夕飯前に食べるつもりはないが、興味津々のようだ。

 

「ドラマ見てる。7日間のストーリー」

 

「人気らしいね。これ」

 

 今日は湖畔公園には行っていないらしい。気になったシリーズもののドラマを鑑賞中のようだ。

 主人公が人生の中で最も幸せだと感じた7日間。それを回想風に見ていくらしい。その7日間はたしかに密度の濃い時間であり、満足度が高い作品としてわりと好評だ。

 ディアトも気に入ったようで、ワンシーンも見逃すものかと視線が固定されている。これだけ見入っているのなら、制作陣の努力も報われることだろう。

 

「それあとどれくらい? 夕飯作っちゃっても大丈夫?」

 

「時間経つの早いね」

 

「あ、止めなくてもよかったのに」

 

「ううん。手伝う」

 

 ソファから立ち上がったディアトは、自分用のエプロンを手に取った。今日の服装は部屋着がコンセプトだ。寝間着ともまた違う。着心地の良さそうなスウェット。その上からエプロンを身に着けた。

 このエプロンはディアトがお小遣いで購入したものだ。テレビから「料理する時はエプロンを着用する」と学んだらしい。気にしない派だった黒璃のエプロンも一緒に購入され、今では2人並んで着ながら料理している。

 

「魔人のことってわかったりする?」

 

「無理。近くにいたらわかるかもしれないけど、普通はわからない」

 

「それもそうか」

 

 人と変わらない。探し人は簡単に見つかるものじゃない。

 黒璃はディアトに細かな説明はしていなかった。話したのは概要だけ。こはくが魔人捜索をしていること。それに協力することになったこと。その2点だけだ。

 

「私は?」

 

「熊谷さんと衝突しなければ大丈夫。魔人とは手を組まないから、不干渉がベストなんだって」

 

「魔人じゃない」

 

「知ってる。でも熊谷さんは魔人だと思ってる」

 

「……私のこと言わなかったの?」

 

「言った方がよかった?」

 

「……どっちでも大丈夫」

 

 言えば誤解を溶けたかもしれないが、先に衝突することになったかもしれない。ディアトは負ける気もなかったが、無駄な争いをしたいとも思わない。黒璃が現場で判断したのなら、それに合わせるだけだ。

 

「姿を変えられるのは前に聞いたけど」

 

「うん」

 

「中身って変える方法ある?」

 

「中身? どういうこと?」

 

 黒璃の知っている範囲だと、魔法での変装が可能ということ。ただし変装したとしても、魔力自体は変わらない。中身が変わらない。だから継続して探知ができるということだ。

 その点から黒璃がディアトに聞いたのは、その探知を逃れる術が存在するのかどうか。

 その質問に対して、ディアトは料理をしていた手が止まった。黒璃の補足説明を聞いている時も、それが終わって数秒経ってからも、料理の手が止まったまま沈黙していた。

 その珍しい反応の意味を黒璃は知らない。可能かどうかを考えているのかなと想像するしかできない。

 

「できるよ」

 

「できるんだ?」

 

 そうして破られた沈黙は、黒璃の当たってほしくない予想が的中したことを告げる。

 なぜ当たってほしくないかは言うまでもない。捜索の難易度が跳ね上がるからだ。熊谷家の地図で魔力反応の小さい市民さえ、魔人の可能性があることになる。候補者の母数が跳ね上がってしまったのだ。

 この町の人間全員が容疑者。なんのあてもなければ、途方に暮れて投げ出したくなる話だ。協力関係を結んだ以上、決して取れない選択肢なわけだが。

 

「方法は知らない。可能ってことしか知らない」

 

「いや、それだけでも収穫だ。ありがとう」

 

 捜索の前提条件が間違っていれば、いくら探しても決して見つけられない。そこを早い段階で着実に押さえられた。

 

「……見つけたらどうするの?」

 

「おれの役割は捜索と報告。見つけたら熊谷さんに伝えるだけだよ」

 

「そう」

 

「戦えって言われても無理だからな」

 

「知ってる。絶対勝てない」

 

 ディアトのはっきりとした物言いに黒璃も素直に頷く。魔人は魔法使いよりも強い。その魔法使いにすら対抗できない黒璃では、どう転んでも勝ち目などない。できることは、何秒生き残れるかの延命行為だけ。

 ふと黒璃は純粋な疑問を口にした。魔人ではないディアトはどれくらい強いのかを。黒璃の予想では、魔人と魔法使いの間である。

 

「わからない。わたしは戦いとかしたことないから」

 

「そうなのか? ……そっか。向こうでも戦いは普通じゃないんだな」

 

「人によると思う。わたしはない」

 

「了解。別に戦ってほしいわけじゃないから。好きに過ごしていてくれ」

 

「ん」

 

 止まっていた手を動かす。料理を再開して、2人で協力して作った夕飯を食べた。

 

 

 

 生活していく中で、黒璃の日常は変わっている。ディアトとの擦り合わせの結果、落ち着いた形がある。2人にとっての当たり前、日常が新しく生まれた。

 夕飯を2人で作るようになったのもそうだ。食後の食器洗いも2人で行う。お風呂は入る順番が日替わりで変わる。黒璃が諦めたことで、寝るときも一緒になった。

 ディアトがテレビを見ることが多いため、会話もそこから生まれることが増えた。その会話から予定が生まれることもあったりする。

 

(コスモスを見るなら庭園がいいか)

 

 風呂から上がり、寝間着を着ながら黒璃は新たな予定について考えていた。

 時期も時期である。コスモスが咲き誇る季節であり、テレビでそれを見たディアトが興味を持った。町中を散歩しても見かけることはできるが、テレビで紹介されたようなコスモス畑となると、川津町では庭園に行くのがベストになる。

 今週末は克也の弟である誠治(せいじ)の誕生日会がある。それが土曜日。最速で行くなら、翌日の日曜日になるだろう。

 

「日曜日?」

 

「そう。次の日曜日なら予定ないし、1日中時間がある。平日だと放課後になって時間限られるだろ?」

 

「わかった。日曜日ね」

 

 ディアトの表情に変化はないが、雰囲気が和らいだ。楽しみにしているのだろう。軽くなったように見える足取りで、ディアトは風呂場へと向かっていった。

 その数秒後。テレビのチャンネルを変えようとした黒璃は、ふと視界の端に白を捉えた。

 

「……誰?」

 

 そこにいたのは白猫だった。うっすらと青い光を纏った白猫がリビングにいた。ペットを飼っていないし、ディアトが勝手に拾ってきたとも思えない。窓も玄関も閉まっている。隙間から入ってきたわけじゃない。

 視覚的にも状況的にも、明らかに普通じゃない猫だった。黒璃はその猫を見つめて、もう一度同じ質問をする。「誰?」と。

 

「やはりキミもおもしろいね」

 

「そうか?」

 

「驚かないんだね。慣れたのかな」

 

「裏世界とか魔人とか魔法使いとか。そういうのがあるなら、猫が喋ることもあるだろう」

 

「順応できるのはいいことだ」

 

「何しに来た? あと誰」

 

「こはくには魔女と呼ばれているよ。キミもそう呼ぶといい。ここに来たのは、キミと話をしてみたくなったからかな」

 

 声、話し方、魔女という呼ばれ方。目の前の猫の中身が女性だと黒璃は推測。直接会わないと確定しないが、女性だと仮定しておいた。中身がどうのこうのという話を、ディアトとしたばかりなのも大きい。理解を早める助けとなっている。

 それはさておき、黒璃には理解し難い点がある。面識のない相手に、話をしてみたくなったと言われても困るのだ。ストーカーを疑う。

 

「キミは魔法のことも、裏世界のことも興味ないだろ?」

 

「ないね。関わらなくても困らない」

 

「その通りだ。けど、キミはこはくに協力する。それはなぜかな?」

 

 なぜ魔女はその件を知っているのか。こはくのことを知っているのなら、情報が共有されたのかもしれない。その可能性は、なんとなく低そうだと黒璃は感じたが、そこを解明するつもりもなかった。

 どこからともなくリビングに白猫の姿で現れた魔女だ。何かしらの手段を持っていてもおかしくない。

 

「あぁこはくからは聞いてないよ。この国は野良猫が多いだろう? 私はいろんな猫の視点や耳を拝借してるだけだよ」

 

 「今は体自体借りてるけどね」と言いながら、魔女がわざとらしく毛づくろいをしてみせた。ぎこちない動きになるのは、本来人が行わない仕草だからだ。

 

「魔女と呼ばれるだけあって、やれることが多そうだな」

 

「ふふっ。それなりにね。それで、キミはなぜこはくに協力するのかな? メリットはないと思うけど」

 

 こはくが提示した黒璃側のメリットは、ディアトとの対峙を延期するというもの。根本の解決にはなっていない。先延ばしにしただけ。

 しかもディアトとこはくなら、ディアトの方が勝率が高い。黒璃がその条件をのむ理由にしては弱いと魔女は感じているのだ。

 

「熊谷さんと争わずに済むのなら、それに越したことはない」

 

「そうなるかな? こはくは真面目な子だよ?」

 

「そうなるようにする」

 

「うまくいくといいね。それで、他に理由はあるのかな?」

 

「? 助けを求められたら力を貸すもんだろ? できる範囲で」

 

「……なるほどね。キミという存在が視えてきたよ」

 

「不思議なことを言う魔女だな」

 

 面と向かって話しているのに。なんて黒璃の考えは、魔女の発言の意図とは大いに外れている。それに黒璃が気づくことはなく、魔女もわざわざ指摘しない。

 

「おもしろい話ができたお礼を1つしよう」

 

「?」

 

「なにも怪しいことじゃない。キミの知らない情報を1つ、追加してあげるだけさ」

 

 

 

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