死兆星の彼女   作:粗茶Returnees

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5話

 

 目を覚まして体を起こす。隣を見ると白い髪が美しいディアトが眠っている。日中の彼女は魔法で生成した服を着るが、寝る時はパジャマを着用するようになった。

 放課後に買いに行こうとディアトからの提案があり、それを黒璃(くろあき)が快諾して2人で買いに行った。髪色とは反対の黒を貴重としたパジャマだ。他にも数着購入したが、それらはまだ眠っている。これからのお楽しみだ。

 黒璃はディアトを起こさないように、静かにベッドから出ようとしたところで腕を引かれた。振り向くと、ディアトが赤い瞳を微かに覗かせながら黒璃の手を握っている。今起きて掴んだのだろう。

 

「おはよう?」

 

「うぅん」

 

 このまま起きるのか。それとも二度寝するのか。黒璃としてはどちらでも構わないため、疑問形にして挨拶をした。

 ディアトはまだ眠そうな様子を見せながらも体を起こす。共同生活の中で黒璃が気づいたことは、ディアトが朝に弱いということ。いつも眠たそうにしながらも、黒璃と同じ時間に起きたがる。

 朝に弱いと言っても、黒璃は同年代に比べて早起きだ。自分で弁当を作るために起きる時間が早くなっている。「ディアトは朝に弱い」は黒璃の感覚であり、一般的には弱くない。

 

「おはよぅ」

 

「うん。朝ご飯用意するから、リビングのソファでゆっくりしていてくれ」

 

「てつだう」

 

「朝は大丈夫だって」

 

 このやり取りも何度目なのか。世話になるだけは嫌だというディアトの気持ちが前面に出てる。しかし朝は簡単なものしか用意しない。わざわざ手伝ってもらう必要もないし、寝ぼけている相手に任せるのは少し怖い。仮に食器でも壊して怪我をされたら、その方が困ってしまう。

 そんなわけで黒璃はディアトをリビングに連れていき、ソファに座らせた。テレビの電源を点けておき、リモコンはディアトの目の前に置く。

 

「ん」

 

 重たそうな瞼が、テレビを見つめるとだんだん開いていく。何か興味のあるものでも映っているのか。黒璃も目を向けてみると、ただの朝の子ども向け番組だった。

 

「櫛って自分でするんじゃないの?」

 

「自分でする人が多いってだけ。子どもがやってるのは、誰かのためにやりたいって気持ちが強く出たからじゃないか?」

 

「ふーん。誰かのために……」

 

 ディアトがこの家に来て数日は、櫛を使わなかった。それも魔法で解決するからだ。ドライヤーを使わずとも髪は乾き、櫛を使わずともきれいに整えることができる。

 それを使うようになったのもテレビの影響。ドラマを見て、同様のものがこの家にもあると知り、魔法を使わない生活に変えている。

 そんな彼女の視線が黒璃に向けられた。話の流れから、言われずとも言いたいことは伝わっていた。

 

「おれはいいよ」

 

「なんで?」

 

「必要を感じないかな」

 

「……時間はあるよ? 土曜日だから、お弁当も作らない」

 

「そういう話じゃなくて……。……わかった。お願いするよ」

 

 「やってみたい」と目にはっきり書かれていた。ディアトが意思の固い人なのはもうわかっていて、諦める理由を用意できなかったら黒璃が折れるしかない。

 黒璃が椅子に座ると、櫛を用意したディアトがその後ろに立つ。見た目年齢は黒璃に近いのに、時折中身が幼くなる。

 

「髪を伸ばしてないし、やりがいはないと思うぞ」

 

「ううん。少しでも返せるなら十分」

 

「……」

 

 返すとか返さないとか。黒璃は気にしていないことだった。どうしてほしいという要求はない。貸し借りを気にせず、ディアトが好きにしていればそれでいい。放任主義だ。

 そんなことを思って、黒璃は合点がいった。ディアトが好きに行動したら、借りと感じたことを返したがるのだと。

 

(おれが受け入れたらWin-Winになるわけか)

 

 黒璃が口を閉じるとディアトも話さなかった。それでも気まずさが生まれることもなく、そのまま時間が過ぎていく。

 気難しいことを考えることもやめると、黒璃が自然と意識するのは今施されていることになる。「髪を梳くのは初めてだな」という気づきもある。

 自分ですることもなく、誰かにされることもなかった。この家に櫛があるのは、母親が使っていたからだ。

 

「こんなところ?」

 

「わからない。けど、ありがとう」

 

「うん」

 

 どちらにとっても”髪を梳く”のは初めてのことだった。どの程度すればいいのかも知らない。終わりがどこかわからない。すべてが感覚頼りになる。

 人に施されると、返そうと思うのが黒璃だ。そうするものだと思って生きている。だが、異性に気安く触れていいとも思わない。椅子から立った黒璃は一度ディアトと目を合わせるも、朝食を用意しようと台所に向かう。

 

「いいよ」

 

「?」

 

「私にも、やってみて」

 

「……」

 

 黒璃は手を掴まれて引き止められた。その手に櫛を持たされ、ディアトが椅子に座る。

 

「それじゃあ。失礼して」

 

 本人からの許可は出ているも、一言断りを入れてから髪に触れた。

 

「気をつけるけど、何かあったらすぐ言って」

 

「わかった」

 

 さらさらの白い髪に触れる。これまでの人生で一度も触れたことのない異性の髪。それを慈しむように、何よりも大切に扱うように気をつけて櫛を通す。

 癖のないストレートの髪だ。比較的櫛を通しやすい。髪と櫛が絡まないように、慎重に手を動かす。無心で、集中して。流れているテレビの音声は黒璃の耳に入らない。入る情報は目の前のことだけだった。

 

「今日の夜は?」

 

「……え?」

 

 集中していて反応が遅れた。一瞬止まった手を、すぐにまた動かす。

 

「お昼は出かけるでしょ?」

 

「うん。克也の弟の誕生日会に行ってくる。お昼ご飯は何か用意しておくから、温めて食べたらいい」

 

「大丈夫。買って食べる」

 

「わかった。あとでご飯代を渡すよ。遅くても夕方には帰ってくるから、夕飯は家で食べるか、外食って手もある」

 

 帰宅時間によっては、家で料理すると夕飯を食べる時間がいつもより遅くなる。そこを考慮しての外食の案も提示した。

 

「家で食べる。遅くなってもいい」

 

「なるべく早く帰れるように心掛ける」

 

「うん。待ってる」

 

 黒璃は気づいていないが、ディアトのお気に入りの時間の1つが料理だ。まだ1人ではできないが、協力して作る時間を好んでいる。外食を選んでしまうとその機会が消えるため、ディアトから「外食にする」という言葉は出ない。1人で食べる時にのみ現れる選択肢だ。

 

「魔人はどう?」

 

「全然進捗はないかな。おれは一度も見たことがない存在だし、見分けもつかないし」

 

 角が生えてるとか、耳が尖ってるとか、そんな視覚的特徴はない。見た目での区別は不可能だと、こはくもディアトも黒璃に伝えている。

 ヒントもとっかかりもなく、特定の相手を見つけ出せなんて無理難題もいいところだ。不老不死の方法を掴んでこいと命じられるくらい、難易度が高くなっている。

 

「尻尾も出さないんじゃないかな」

 

 これまで音沙汰がなかった。こはくが担当してから7年。魔人は息を潜めていた。それなのに今回は一度だけ浮上している。しかも召喚した獣はこはくが対処済み。なんのために召喚したのかも不明だ。

 狙いがわからない。次に何をするのかもわからない。わかることは欠片ほどしかない。

 

「……彼女は、アンテナを欲しがってたんだと思う」

 

「熊谷さんのこと? ……あー、なるほどね」

 

 こはく1人では隅々までは見きれない。魔人が潜伏しているのだから、見つけ出すのも困難だ。そのためこはくが本当に欲しがったのは、魔人が動いた時にいち早く察知して行動するための補助装置だ。

 黒璃の行動範囲を広げさせ、何か察知したら報告させる。こはくが張る網の範囲も少しはマシになるため、負担の軽減も狙える。

 

「期待に応えられるかは別だけど」

 

「どうなっても非はない」

 

「そうかもな。でも手を抜く理由にはならないし、やれることはやるよ」

 

「そう」

 

 会話もそこそこに、髪を梳くのもそろそろ終わりでいいだろう。ディアトのきれいな髪が、より一層きれいに整った。わからない人間なりに、黒璃はそう思うことにした。少なくともディアトから不満は出ていない。

 

「それじゃ、朝ご飯を食べようか」

 

 

 

 

 

 西園寺家はただの一般家庭だ。両親がいて、長男に克也。次男に誠治がいる4人家族だ。

 克也は黒璃と小学校入学以来の友人である。親友と言っても過言ではない。その弟である誠治とは年が5つ離れている。学年は今年で小学6年生。来春には中学生になる。黒璃も昔から知っている相手だ。それこそ赤子の頃から。

 西園寺兄弟の仲は良好だ。年が離れていることもあってか、喧嘩することがない。

 付き合いの長い黒璃も、誠治から慕われている。誠治からするともう1人の兄といったところか。一番近い表現だと従兄弟かもしれない。

 

(家に行くのは入学式以来か)

 

 波期家から西園寺家までは、徒歩20分弱。両家のほぼ真ん中に行きつけのコンビニがある。

 慣れた道のり。何十回と通った道で、何十回と行ったことのある家だ。到着してすぐにインターホンを鳴らすと、玄関のドアが開いてスリッパを履いた克也が出てくる。

 

「よっ。来てくれてサンキューな」

 

「誕生日会に招待されたらさすがにな。これ、手土産のお菓子」

 

「なくていいって言ったろ……」

 

「プレゼントは必要ないって聞いたな。手土産は言われてない」

 

「一休かよ」

 

 スナック菓子の入ったビニール袋を克也は受け取り、黒璃を家に通した。玄関から廊下へ。奥に進めばリビングだ。克也に続いてそこに入ると、黒璃に気づいた少年が駆け寄ってくる。

 

「黒璃兄ちゃんだ! 来てくれたんだ!」

 

「誕生日会と聞いたら来るよ。また身長伸びた?」

 

「去年より2cm伸びたんだぜ! 兄ちゃんは中学生になってから成長期来たって言ってたから、俺の成長期も来年からだと思う!」

 

「黒璃の身長を超すかもな」

 

「ありそうだな」

 

 克也は身長が180cmを超えている。黒璃は170cm中盤。誠治が兄のように身長を伸ばしていけば、黒璃よりも大きくなるだろう。

 

「黒璃くん来てくれてありがとう」

 

「いえ。呼んでいただいてありがとうございます」

 

「母ちゃんお昼ご飯食べよ! 早く遊びたい!」

 

「なら準備を手伝ってちょうだい」

 

 誠治が母親とともに台所に入っていく。料理は終わっていて、あとは運ぶだけの状態になっていた。黒璃も運ぶのを手伝おうとしたが、父親に止められた。ゲストは手伝わなくていいと。それを言うと今日の主役が仕事をしているのだが、そこは気にしないようだ。

 運ばれてきた料理はサンドイッチをはじめとした軽い洋食だった。メインがケーキだから、それに合わせた昼食になっている。

 

「誠治は真ん中に座って。両脇に克也と黒璃くんが入ってくれ」

 

「わかりました」

 

「タイマーセットするぞー」

 

 テーブルに並べられた料理。真ん中にはケーキ。それが正面になるように誠治が座り、左右の席に克也と黒璃が座る。母親は2人の息子の間に立ち、カメラのタイマーをセットした父親がその横に駆け込む。

 カウントダウンを示す点滅が消えると、フラッシュを炊いて1枚の写真が撮られた。父親はカメラの記録を確認し「よく撮れてるな」と頷く。

 

「次は蝋燭の火を消すところを撮るぞ。誠治は1回で消せるかな?」

 

「余裕だって父ちゃん。ちゃんと撮ってよ」

 

「任せろ!」

 

 父親がいきいきと楽しそうにカメラを構える。誠治も自信満々の笑顔を見せると、大きく息を吸っていっきに蝋燭に吹きかけた。

 蝋燭に灯っていたすべての火が消える。それを確認して、「おめでとう」と口々に誕生日を祝う。  

 身内での誕生日祝いは黒璃の生活にないものだ。こうして呼ばれない限り発生しないイベント。克也とは口頭で祝い合うだけ。新鮮な感覚だった。

 

 

「いつ食べても美味しいですね」

 

「そう言ってくれて嬉しいわ。多めに作ってあるから、どんどん食べてちょうだい」

 

「ありがとうございます」

 

 感謝しながら食事を堪能する。西園寺家の家庭の味。それを食べ盛りの若者が3人口にしていく。中でも誠治はまだ成長期でなくとも、よく運動してよく食べる少年だ。次から次へと手を伸ばしては口に運んでいる。

 

「ちゃんと噛めよ」

 

「かんでるって」

 

 兄弟のそんなやり取りもありながら、会話に花を咲かせて食事を楽しむ。

 誠治はサッカー少年だ。毎日必ずボールに触れるくらいサッカーが好きだ。その成果もちゃんと出ていて、4年生の時には高学年に混ざって試合に出場していた。今ではチームの要となっている。

 

「この前の練習試合でもゴール決めたんだぜ!」

 

「うまいなー。サッカーで毎試合ゴール決めるのって難しいだろ」

 

「もっとみんなのレベルが上がったらそうだと思う。中学生とか高校生とか」

 

「育成チームとかじゃない限り、小学生の試合は点の取り合いが多いな。俺たちが小学生の時もそんなもんだったしな」

 

「そうだっけ? 克也は勝敗くらいしか言わなかったぞ」

 

「あん? ……たしかにあんま細けー話はしなかったか」

 

「黒璃兄ちゃん、次の試合見に来てくれよ!」

 

 在りし日を懐かしむ雰囲気が出たのを察知して、誠治はその流れが起きる前に潰した。昔ではなく、これからの話へと。

 黒璃は誠治に慕われているが、毎試合見に行ってるとか、サッカーがうまいとかではない。チームがトーナメントを勝ち上がり、克也が誘った時に見に行っているくらいだ。

 

「次の試合っていつ?」

 

「わかんない! 明日コーチに聞いてみる!」

 

 公式戦がいつあるのか。小学生なら把握していなくても不思議ではない。学校行事がいつあるか把握していない高校生だっているのだ。

 

「ご飯のあとは何して遊ぶのか決めてる?」

 

「ゲームして、サッカーする!」

 

「わかった。遅くても夕方には帰るから、それまで遊ぼう」

 

「えー。泊まっていってよー。父ちゃん母ちゃんいいよね?」

 

「黒璃には黒璃の都合もある。夕方までなら5時間くらいか? それぐらい遊べば十分だろ」

 

「兄ちゃん。5時間は短いよー」

 

「いや長いだろ……」

 

 

 そんなこんなで、食後にまずはゲームから始まった。両親に見守れながら、3人でのパーティーゲーム。克也は手加減することなく遊び、黒璃は上手とも下手とも言えない絶妙なプレイングスキルを発揮。誠治が克也を狙い撃ちしながらデッドヒートを演じた。勝者はAIである。

 

「足の引っ張り合いすりゃこうなるよな」

 

「ぐっ……! もう1回!」

 

「次でラストだな。サッカーする時間が減るぞ」

 

「ターン短くする」

 

 短縮版となった第二回パーティーゲーム。ターンが短くなれば、当然できることも少なくなる。妨害もミニゲームも減る。運要素が先程よりは増した。

 

「運要素が増すと黒璃って弱いよな」

 

「不思議なことにな。大吉を引いたこともない」

 

「そうなの? 俺は2年連続大吉だったぜ!」

 

 ゲームを終えると休憩にジュースとお菓子をいただいた。その後に誠治はサッカーボールを抱え、黒璃と克也を外へと連れ出した。

 それなりの広さがある公園までは歩いて5分ほど。ドリブルしながら公園に行こうとした誠治を、克也は叱ってやめさせる。

 

「なあなあ黒璃兄ちゃん」

 

「どうした?」

 

「うちの兄ちゃんって彼女いたりしねーの?」

 

「いねーって言ってるだろ」

 

「こう言ってるけど、いい人いたりしないの?」

 

「克也に? どうだろ」

 

 誰かいたっけなと考える黒璃を見て、克也も「ほらな」とドヤ顔を見せた。彼女がいないことをドヤれるのは、揶揄う口実がほしい誠治の浅ましき野望を粉砕できるからである。

 

「最近は熊谷さんと話すこと増えたんじゃないか?」

 

 そんな克也の顔が、ドヤ顔から信じられないものを見るような目へと変貌した。

 

「くまがいさんってだれ! ねえねえ教えて!」

 

「おっかねえ女だよ! てか、熊谷とはお前のほうが話すだろうが!」

 

「兄ちゃんたち……三角関係!?」

 

「ちげえわ! 恐ろしいこと言うな!」

 

 克也は熊谷こはくを異性として1ミリも見ていない。「生物学上は女」とだけ判断している。この現場をこはくが見聞きしたら「西園寺を殴ってもいいわよね」と笑顔で言うことだろう。

 兄の鬼気迫る訴えにより、誠治も「あ、本当に嫌そう」と言葉を呑み込んだ。この世には許容してもらえる揶揄いと、許されない揶揄いがあるのだ。誠治はそれを身内で学んだ。

 

「あ、そういえばクラスの」

 

「まだ何か言う気か黒璃?」

 

「誰だっけ。……名前忘れた。いいや」

 

「気になること言うだけ言って引っ込めるなよ!?」

 

「黒璃兄ちゃん。思い出したら俺にも教えて」

 

「わかった」

 

「了承するなよ……」

 

 公園に着いたら誠治がリフティングを開始。何連続と続けていくと、途中でドリブルへと切り替えた。克也をディフェンスへと見立てて、ドリブルでの突破を図ろうとする。

 

「まだ負けるわけにはいかないな」

 

 進行方向を切り返すも、克也がそれに反応して防ぐ。身長などの差は当然あるが、克也の反応速度はそれに甘えたものじゃない。克也の中では身長差など度外視だ。意識を切り替えて、誠治を同年代として見ている。

 フェイント、突破のための技。誠治が身につけている技術を総動員し、その1つ1つに克也も対応する。

 

「2人ともうまいな」

 

 黒璃は横からそれを眺めていた。運動能力は低くない。だがサッカーの経験は体育の授業と遊びだけ。

 そのレベルなので、こういった本格的な練習になるような内容にはついていけない。

 

「兄ちゃんうますぎ!」

 

「ははは! あと3年は負けるつもりないぞ!」

 

「いーや! 中学生の間に超えるから!」

 

「そりゃ楽しみだ。今の調子で頑張っていけ。それと、黒璃がついてこれる遊びでもするか」

 

「もう少し2人で練習してもいいんだぞ?」

 

「挑戦する時は1回までって決めてる。今からは黒璃兄ちゃんも混ざって」

 

「あー。今の挑戦だったのか」

 

 定期的に行われているらしき挑戦試合。それは克也が負ける時まで続くのだろう。

 

「そう! それで今からやるのは──」

 

 

 黒璃が決めていたタイムリミットは日が暮れるまで。夕方5時を過ぎれば、そろそろやめ時かと雰囲気ができあがる。

 

「兄ちゃん先に帰ってて」

 

「まだ残る気か?」

 

「兄ちゃんに勝つための秘密の特訓を、黒璃兄ちゃんとするから」

 

「秘密って言っちゃってるぞ。あと、時間制限あるのは黒璃の方だぞ」

 

「ちょっとだけ! 10分くらい!」

 

「それくらいならおれは大丈夫」

 

「甘やかすなよ……。まぁ本人がいいって言ってるなら、これ以上俺からは言わねー。母さんには言っとくから、遅くはなるなよ」

 

「ありがとう兄ちゃん!」

 

 先に公園を出た克也の背中が見えなくなると、誠治が黒璃に駆け寄ってこそこそと小さな声で話しかける。いかにも秘密の話らしいやり方だ。

 

「兄ちゃんに勝つには、必殺技が必要だと思うんだ」

 

「必殺技か。たしかにあると良いな」

 

「だろ! それを黒璃兄ちゃんにも考えてほしいんだ。俺だけじゃ思いつかないと思う」

 

「考えてみるけど、今すぐに思いつくかはわからないぞ」

 

「それはもちろんわかってる。でも黒璃兄ちゃんなら、兄ちゃんに勝てそうなの思いつく気がするんだよな」

 

 運動能力の勝負では基本的に克也が勝つ。だが、ところどころで黒璃が勝つ。完敗することはない。それは他の分野でもそうで、誠治からは最強に見える兄を相手に、引けを取らずに食らいつける黒璃はかっこよく映っている。

 今回の誠治の意見も、そういった部分が根拠となっていた。

 

「兄ちゃんはすげー。本当はもっとすげーのに、怪我で試合に出れない。だから兄ちゃんに勝って、超えて、俺が兄ちゃんの分までもっと強くなるんだ。それが俺の目標!」

 

 西園寺克也はサッカー選手として優秀だった。この町で一番だと断言できるほど上手かった。小学生ながら、中学や高校の監督にも一目を置かれていた。「早く年が経って入学してくれ」と望まれていたのも事実。

 だがそうはならなかった。小学生の間に利き足を怪我し、後遺症が残った。激しい運動ができなくなり、サッカーもできなくなった。力を抜いてプレーするのが限界。そんなプレーに納得できなかったのは本人であり、克也はサッカーをやめた。

 そんな兄の想いを背負い、超えていきたいと語っているのだ。それは簡単なことではない。兄弟は余計に比較される。それを理解しきれてなくても、誠治は投げ出さない覚悟を持っていた。

 

「そうだな。誠治ならそう言うよな」

 

 頭を撫でてやり、誠治からボールを受け取る。少し離れて行ったリフティングは4回で失敗。「難しいな」と思いながらパスを誠治に出すと、「聞きたいことがある」と黒璃は声をかけた。

 

「なに?」

 

「最近この質問をすることが増えたんだけどさ」

 

「? うん」

 

「──”お前は誰だ”」

 

 ボールを手に持ち、黒璃を見つめている誠治が首を傾げた。

 

「なに言ってるの黒璃兄ちゃん?」

 

「おれが知ってる西園寺誠治は、7年前に死んでるんだよ」

 

 黒璃は自分の背後に指を差しながら、「そこの道路で交通事故にあった」と補足した。そしてその事故こそ、克也が利き足に後遺症を持つことになった事故でもある。

 

「俺生きてるよ? どうしちゃったのさ黒璃兄ちゃん」

 

「どうかしてるのはお前の方だよ。死んだ人間の体を使うのは楽しいか?」

 

 躊躇いもなく断言した。誠治を名乗る”誰か”を蔑むように、黒璃は少年を見下ろす。

 間違っていないという確信があってのことだ。そして、それを”誠治”は認める。活発な少年の雰囲気が変わり、黒璃を見上げながらヘラヘラと笑みを浮かべた。

 

「いつからわかってた?」

 

「強いて言うなら、最初からかな。おれがどうかしてるならそれでよかった。そう思ってた」

 

 その当時、黒璃は集合時間に遅れて公園にやってきた。妙に騒がしくて、他の子どもたちが泣き叫んでいた。目にしたのは真っ赤な光景。事故を起こした運転手は住宅の壁に突っ込み気絶。被害者の誠治と克也が血を流していて、黒璃は救急に電話した。

 

「おばさんに連絡したのもおれだ。救急車に乗って病院まで行った。病院に着く前に誠治が事切れたのも、おじさんとおばさんのショックを受けた顔も覚えてる」

 

 だが、翌日にはおかしなことが起きていた。死んだはずの誠治は無傷で元気だった。入院することになった克也のお見舞いに皆で行った。誰も誠治のことを疑わず、先日の事故の内容も”小学生が1人大怪我をした”という内容に変化。

 周囲がそうだとしているのだから、黒璃は自分が違うのだと思うようにした。なんか妙にリアリティのある夢だったと思うことにした。

 

「おれだけが違う。間違ってると思ってた。けど、どうやらこの世には魔法があるらしい。そういうことを知って、今日接して疑いは確信に変わった」

 

「なるほどねー。黒璃兄ちゃんには効いてなかったわけだ」

 

「みんなの記憶も、何もかも改変してたのか」

 

「そうだね。訂正点は、誠治の体は死んでなかった。死ぬ前にオレが貰って、一時的に仮死状態にした」

 

 本来なら死ぬ出血量だった。それを魔法で阻止することができる。だがそれでは科学的な証明ができない。面倒事を避けるため、一度仮死状態になり、人目を盗んで息を吹き返す。そこから記憶改竄を全体的に行った。

 

「だからこの体はちゃんと成長してるってわけ」

 

「なるほど。おれの思い違いはあったか」

 

「いやー、記憶が残ってる人がいるとはね。あれ以来魔法を控えてたから気づかなかったよ」

 

「最近使ったみたいだけどな」

 

「実験も兼ねてね。それはともかく、気付かれちゃったのはさすがに計算外だ、な!」

 

「っ!」

 

 黒璃へと接近した誠治の手には、いつの間にか刃物が握られていた。下から振り上げられるそれを、黒璃は腕で守りながらバックステップで距離を取る。

 

「思ったより反応できるね」

 

「死にかけたら動くものだろ」

 

 胴体を狙われていた。咄嗟に腕を壁にしたことで、傷がついたのは右腕だけだ。手首から肘にかけて斜めの切り傷ができている。傷口から赤い血が流れ落ち、ぽたぽたと公園の土に染みていく。

 

「ポケットにでも入れてたのか?」

 

「まさか。魔法は便利だから、繋げて取り出しただけだよ」

 

 距離を無視した力だ。刃物がある空間に繋げ、取り出してすぐに閉じた。魔法の行使は瞬時に終えたが、反応は結界に拾われる。そう時間が経たない内に、こはくが駆けつけることだろう。

 

「本来ならそうなるんだろうね」

 

「……」

 

「おかげさまでオレも7年この町にいるし、最近は実験もした。どういう仕組みの結界か慎重に分析できた。だから、五感で把握しづらいような規模の小さい魔法なら、いくら使っても気づかれない」

 

「魔人って凄いんだな」

 

「こっちの人間がショボいだけだよ。そんなわけで、時間稼ぎとか意味ない。黒璃兄ちゃんにはここで死んでもらって、また改竄しておこうかな」

 

 お手玉のように刃物を振り回しながら、誠治が黒璃へと近づいていく。どう足掻いても誠治の優勢は覆らない。強弱は入れ替わらない。だから誠治は焦る必要も急ぐ必要もない。

 そして、だからこそ横槍が入る。

 

「ここで終わってもおもしろくないね」

 

「使い魔……じゃないな」

 

「魔女と呼んでくれたまえ」

 

 どこからともなく現れた白猫が、誠治と黒璃の間に悠々と歩いて入る。誠治は迷いもなくその白猫を先に殺めようとするも、機動がそれて白猫に何も当たらない。手にした刃物も、作り出した魔弾も。どんな手段でも当たらなかった。

 

「幻術か」

 

「正解。魔人にはこれ以上通じないだろうから、別の手を使わせてもらうよ」

 

 桜の花びらの形をした無数の桃色の魔力の光が誠治を包み込んでいく。それは攻撃でもなく、拘束でもない。

 

「花びらはただの演出さ。キミには少しの間別の場所にいてもらうよ。ああ、ご家族のことは気にしないでくれ。私の方で幻術でもかけておこう」

 

「いい性格だなー。魔女を名乗るだけはある」

 

「お褒めに預かり光栄だ。それじゃあよい時間を」

 

 花びらが誠治を完全に包み込むと、光とともに誠治が完全に消えた。魔女の力により別の場所へと飛ばされたのだ。

 魔法の極一端しか知らない黒璃からすると、目の前で起きたことは偉業に思えた。魔人は魔法使いよりも強い。その前提から考えても、どうして魔人に抵抗させずにこんなことができるのか。

 

「うん? 何か聞きたそうな顔だね。魔人が抵抗しなかったのは、それが無意味だと理解していたからだよ。彼、私に攻撃を当てられなかっただろ? 私の術にすでに嵌っていた。だから穏便に済んだわけだ」

 

 白猫はぐっと体を伸ばし、「次はこう簡単にいかないよ」と付け足す。

 今のは、相手が初見だから通用した手品でしかない。警戒する相手に嵌めるのは一筋縄じゃない。魔人は魔法への理解が高く、分析力もある。魔女の今のやり方もすぐに分析される。

 

「関わることあるんだな」

 

「今回は特別サービスさ。今はキミに死なれると、ちょっと困るからね」

 

「?」

 

「こっちの都合だよ。それより、早く帰って手当をするといい。私は見ての通り猫だからね。手当はできないよ」

 

「たしかに。なんにせよ助かったよ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 傷口を手で抑えながら公園の出口へと歩いていく。血は流れ続け、腕が痙攣を始めている。病院に行った方がいいなと思いつつ、だがディアトに何も知らせないわけにもいかない。何にせよ一度帰宅しようと黒璃は考えていた。

 

「そうそう。聞き流してくれてもいいのだけど」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「こはくにはキミの代わりに私から伝えておくよ。怪我の治療に専念していい」

 

 

 

 

 

 

 いつも通りテレビ番組を見る。ソファに座り、ソファの前にあるテーブルには飲み物と駄菓子がある。自堕落に思える構図なのに、綺麗な姿勢のおかげでマイナスの印象が一切ない。

 玄関が開く。その音はテレビの音声でかき消されたが、ディアトは血の匂いで気づいた。すぐに立ち上がり、リビングから出て玄関に駆け足で向かう。そこには右腕から血を垂らしている黒璃がいて、その腕の色が悪くなり始めている。

 

「どうしたの?」

 

「転けたら裂けちゃった」

 

「うそ。何があったか隠さないで」

 

 声が普段より強くなっていた。明らかに怒っているディアトは、足早に救急箱を取りに行き、玄関へと戻ってくるとガーゼを使いながら消毒を始める。

 

「イッ! つ……!!」

 

「我慢して」

 

 不慣れな手つきで、だが手順は正しく応急処置が行われる。この家にあるものでは、殺菌消毒をすることと傷口にガーゼを押し当てて包帯を巻くことが限界だ。すぐに病院に行くべきなのは、誰の目から見ても明白だった。

 

「ありがとう。それとごめん。この腕じゃしばらく料理できない」

 

「それはいいよ。何があったか話して」

 

 ディアトは救急箱を元の場所に戻しにいく。黒璃は使い捨ててもいいタオルを1枚用意し、それを包帯の上からさらに巻いた。血が少しでも家に落ちないようにするためだ。

 2人はソファに座り、ディアトが真っ直ぐ黒璃を見つめる。心配と怒りと悲しみ。いくつもの感情を潜めて。

 

「克也の弟の誠治が魔人だった。そうなんだろうって思いながら指摘したら当たってて、それでこの怪我ってわけ。すぐに助けが入って帰ってこれたけど、魔人自体はまだ無傷」

 

「そう。……まだ狙われる?」

 

「そうじゃないかな。おれが生きてると都合悪いみたいだし」

 

 心配されていることがわかっても、”なぜ”心配されているかを理解できない。黒璃は根底を理解することなく、状況把握のために推測を話していく。

 魔女が介入したことで難を逃れたが、誠治の目線だと黒璃が繋がりを持っているように見える。本当はそんなことないが、誠治がそれを確かめる術もない。増援でも来たら厄介だ。

 そうしないためにも、誠治は黒璃を標的にするだろう。この町にいる魔法使いも纏めて一度排除する。そうしてまた改竄を行えば、潜伏を続行できる。

 

「熊谷さんは、戦うんだろうな」

 

 スマホを取り出してみると、負傷させたことへの謝罪と、特定したことへの感謝の言葉が送られていた。これ以上は首を突っ込まなくていい。対応するとも言っている。

 聞くまでもなく、熊谷こはくは自分の使命のために動く。魔人を対処するために、今夜にでも挑む。いや、もう向かっているのかもしれない。

 

「……行く気なの?」

 

 スマホに視線を落としていた黒璃に聞く。無謀なことをするつもりかと。

 

「なんで行くの? 勝てないのに。死にたいの?」

 

「死ぬつもりはない。勝てると思わない。でも、熊谷さんを1人にさせるのも違う」

 

「あの人は大切なの?」

 

「どうだろ。ただ、協力するとは決めたから。その相手に死なれてもな」

 

 寂しがり屋らしい熊谷こはく1人に、すべてを任せる気にはなれない。

 

「わかった。なら私はこうする」

 

 意見を変えないと察したディアトは、黒璃の両肩に手を添えると首筋に噛みついた。

 

 

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