世界には神秘がある。
世界には幻想がある。
現代ではそれが見えづらくなっているだけで、この星は何も変わっていない。人智の及ばぬものは今までも、それしてこれからも在り続ける。
そこに一石を投じる者がいた。常識を異常だと捉え、あらゆる万物はすべからく人が活用できるものだと謳った。神秘だろうと幻想だろうと生命だろうと、この世のすべてが研究対象であり実験材料なのだと。
”地球が生んだ奇跡”だろうと同じ。
捕らえ、調べ、干渉する。
ある者は説を唱えた。ただの魔力である”地球の生んだ奇跡”に、意味を付与するべきだと。従わせられないただの塊に、概念を与えて指示を可能にすると。ただの塊ではなく、AIのような存在にしてしまえばいいと。
それは非常識な行いだ。禁じられている領域だ。
だがその者は鼻で笑いながら踏み込み、そこに手をかけた。
魔力の塊に複数の概念を与えて混ぜ込む。それでは安定しないことは想定済み。それらを1つに束ねる枷として、オプションが埋め込まれた。
はたして”それ”は誕生した。次元の違うものを引きずり下ろし、人が従えられるものに作り変えた。行ってはいけない手段で、生まれてはいけない存在がこの世に放たれる。
「それでこの国は滅ぼされると思うの。王族の私も殺されるでしょうね」
既に戦は起きている。王都は次々と火の手が上がっていた。
とある塔の1室で、一部だけが赤く染まっている黒髪の彼女は、誰もいない空間に向かって話している。
いや、そこにはいる。見えない存在が、姿のない概念がそこにいる。
「あーあ。あっち側にも行ってみたかったのにな〜。勝手に忍び込んで勝手なことしてた”博士”がいなければなー」
王女という肩書きを投げ捨て、原因を生み出した人物へのヘイトを口にする。
事情を説明して、”博士”を突き出せば回避できたかもしれない。
だが”博士”はすでに行方をくらませている。これは少女の想像に過ぎなかった。現実は少女が知らなかっただけで、大人たちは把握していた。禁忌を犯すことを黙認していた。周囲から攻められるのも至極当然だった。
「私ね。貴方に罪はないと思うの。赤ちゃんも同然だもの。だから貴方に、これからたくさんのものを見てほしい。体験してみてほしい」
見聞を広めていい。生きていい。その先ですべてを壊すことがあっても、それはそれでいい。
「形のない貴方に私の体をあげる。弱い私の体だけど貴方ならきっと大丈夫だから。生きてみてディアト」
□
「十分楽しんだから、お姉さんはもうお役ごめんで」
「ならとっとと死ぬか裏に帰りなさい!」
舞台は城址公園の広場から森の中へと移った。空は雲に覆われ、夜闇はより深さを増す。
視界に補正をかければ問題ないところだが、こはくの残存魔力を考えると抑えられる部分は抑えたい。幸い魔力光が明かり代わりにはなる。こはくはそれを頼りにしながら、迫る攻撃をくぐり抜けて立ち回っていた。
誠治の戦い方は基本的に周囲の利用。地面や空気を動かして戦っている。誠治は魔力光を見せない手段を取ることで、常に優勢な立場を維持していた。
「お姉さんにそれができるかな? 足元がお留守だ」
「っ!? この……!」
森が、この山が誠治のリソースになる。木の1本1本も、その枝たちも。
形を変え、長さも変えられた枝が伸びる。音もなく差し向けられたそれがこはくの足に絡み、逆さで宙に吊り上げた。突然視界が反転したことに驚くも、すぐに魔力で生成した剣を使って枝を切断する。
ドサッと音を立てて地面に落ちる。大した痛みもない。こはくは魔力を体に張り巡らせると、その場から跳躍した。魔弾を1発強引に弾けさせ、控えめな閃光弾を炸裂。光が照らした数秒で周囲の状況を把握。
「チっ!」
舌打ちを1つ挟み、常に移動することを心掛ける。
周囲の木はすべて誠治の制御下。枝がそれぞれ動物のように動き、標的であるこはくを捕らえようとする。こはくは移動し続け、差し迫ったものを最低限だけ切り裂いていく。
(万全な準備はできてないけど、やるしかない)
迫る枝を迎撃しながら、誠治にダメージを与える算段をつける。元々は対ディアトを想定して準備したものだが、魔人想定で用意していたことに変わりはない。対象がディアトから誠治に変わっただけだ。
草案も草案。机上の空論に等しい作戦。詰め込みきれてないが、その時はもう訪れた。選り好みする余裕ももはや無い。
(空のアレをどうこうされる前に)
上空は誠治の支配下だ。地上も周辺の草木を誠治が支配している。
(地下は意識外でしょ!)
魔法使いは周囲の魔力を扱う。星の力は身に余るから手を出さない。
この常識があるからこそ、地下に仕掛けている魔法に魔人は気づかない。
こはくが足元に手を叩きつける。魔力を流し込み、用意していたものを移動させる。地下に仕込んだ魔法は、町中のどこでも活用できるように備えてある。電車が走るような、魔法のためのレールがある。
誠治はその自信から動かない。座標は確定された。
「足下掬われなさい!」
「おっ?」
誠治が立っていた地面に突如穴が開く。大人だろうと手を伸ばしても縁に届かない。直径3mはあり、何十mと落ちていく大きさの穴だ。
誠治は重力に従い自由落下していき、落ちながら穴の壁に魔法陣が大量に描かれていることに気づく。
「へー? やるね」
その言葉をかき消す勢いで、一斉に魔法陣が起動した。魔力による砲撃、魔力槍。いくつもの魔法があらゆる角度から誠治に襲いかかった。
こはくが作った穴を中心にクレーターが形成される。仕掛けられていた魔法が一斉に放たれ、その衝撃で地盤が崩れたからだ。崩れた地面は穴になだれ込み蓋をする。
(少しは効いてなさいよ)
動いていた周囲の木々は止まっている。誠治の制御から外れたのだろう。だがそれが勝敗を示すわけでもない。
こはくは警戒を怠らず、
「今のは驚いたよお姉さん」
蓋をしていた土砂を吹き飛ばしながら出てくる誠治に魔弾を放つ。それは弾かれたが、今のは確認のための攻撃だ。灯りとして放った魔弾で見えたのは、誠治にダメージが通っていたこと。服はボロボロになり、負っていた傷は見る見るうちに塞がっていく。
「でも本気で倒したいなら、これじゃ足りないな」
「フン。でしょうね」
「ま、そのチャンスはないけど」
「! しまっ……!」
木々は動いていなかった。地面も空も変わらない。動いていたのは草だった。厳密には、その辺の雑草だったものだ。地面に生えていた草たちが蔓に変えられ、音もなくこはくの両足に絡みついた。
ダメージをちゃんと確認しようと、注視するために足を止めてしまっていたのが運の尽きだ。魔人戦の経験の無さがここに出てしまった。
その反省を待つことなく、止まっていた複数の枝が再度動く。こはくの両腕にも絡みつき、こはくは大の字になって持ち上げられる。
「記憶を弄るって手もあったんだけど、お姉さんはそれでも追ってくる?」
「当たり前よ」
「じゃ、危険なお姉さんは始末か。首絞めか胸を刺されるか、他でもリクエストに応じるけど」
「最悪道連れね。それかあんたが自殺」
「最後まで強気なの気に入った」
誠治が片手を上げると、束になった枝がドリル状になっていく。
「ひと思いにやってあげる」
串刺しどころかぽっかり体に大穴が空きそうなサイズだ。言葉通り、誠治は一撃でこはくを即死させる気だった。
この環境が”死滅”するその直前までは。
「なに……!?」
「……厄介だな本当に」
こはくを縛っていた蔓も枝も消えた。それどころか、周囲一帯の草木がすべて消滅した。一瞬のうちに枯れ、朽ち果て、霧散した。
それを瞬時に理解できたのは誠治とそれをやった本人だけ。
その本人は急ぐ様子もなく、マイペースに戦場へと足を踏み入れる。
草木が消えたことで、空の光を遮るものも消えた。月明かりはないが、空で渦巻く魔力の光がその代わりになる。それに照らされながら歩んでいるのは、なにひとつ憂いのなくなったディアトだ。
「環境破壊もいいとこなんだけど?」
「それはお互いさま。自然を武器に転用した人が言うことじゃない」
「口が達者になったじゃん。キメラ」
「好きに呼んだら? わたしはもう気にしない」
(話についていけないんですけど。キメラって何よキメラって)
ついさっきは狼狽えていたのに、今のディアトには何を言っても響かない。たった1人の存在が、ディアトの精神の支柱となっている。
「クマガイだよね?」
「……なに?」
横に並び立ったディアトの確認にぶっきらぼうに答える。ディアトはそれを気にせず話を続けた。
「アイツに有効打与えられた?」
「仕掛けてたのは使い切った。通ったやつも回復されたけど」
「竜が出たのはいつ? 気まぐれ?」
「さあ? 私が思っきし撃った時だったけど、回復できるのに出したのなら見せたがりなんじゃない?」
「それもう1回撃って。魔力集められるんでしょ?」
注文を言うだけ言うと、ディアトは誠治に接近戦を仕掛けた。こはくのように魔力で剣を生み出したりはしない。自身の肉体をベースに魔力を活用している。見た目以上に拳のリーチがあったり、爪で引っ掻く動作をすればその軌跡に合わせた斬撃が生まれたりと、そういった具合だ。
「2つ……いや3つかな? まだ概念の隠し玉あったりする?」
「教える義理はないよね」
ディアトの一撃一撃を誠治も同出力で相殺する。拳には拳で。斬撃には同出力の盾で。
相性を考慮すればディアトに勝つのは難しい。それは誠治に限った話ではない。ディアトが”死神”として力を振るえる以上、命ある存在は不利になる。ディアトが攻撃に”死”を織り込むだけでいいのだから。
それを理解しているからこそ誠治も相応の対処を行う。出力は同じにし、魔力が衝突する瞬間に自分の体とは切り離している。そうすることで、”死”が魔力を伝ってこないようにしている。
「殺す気満々じゃん」
「人を殺そうとする人なら、同じ目に遭ってもいいと思う」
「死神らしいこと言うなぁ」
防戦に徹すれば死にはしない。だがそれはなんの解決にも繋がらない。ディアトに体力切れは訪れず、現実的に魔力切れが起きない誠治であれば、現状維持のまま何日だって戦いを継続できる。
そんな展開を広げる気は誠治にはない。そしてそれは、魔人を見逃す気のないこはくも同様だ。
(また何かする気かな?)
誠治が視界に捉えたこはくは立った状態で目を閉じ、伸ばした両手を地面に向けて集中していた。全身に魔力が回っているのも見抜けた。と言ってもその量は少ない。白銀の竜を相手に足掻き、本人の力で延命措置までしていた。その後も誠治と戦闘している。こはくは残りカスを懸命に運用しているに過ぎない。
(無視でもいいレベルだけど、あのお姉さんだしな)
ディアトの助けがあったとはいえ、白銀の竜を相手に生存したこと。想定外の手を打ってくること。
それらだけでも一応の注意を払う理由になるが、それだけじゃない。誠治がこはくを無視できないのは、こはくが全力で放ったあの一撃があったからだ。自分の魔力による盾ではなく、魔力の塊である白銀の竜を壁として引っ張りだしたのも、逆に言えばそうするしかなかったと言える。
残りカスの魔力でまたできるのか。ブラフか本当か。
「よそ見厳禁だよ」
「ならそれができるようにする」
ディアトの攻撃を避けた誠治が上空に飛んで停滞する。
誠治はこの僅かな時間でディアトの弱みを理解していた。死神としての力はたしかに脅威だが、それを扱う本人がまだ慣れていない。戦闘自体が素人で、フェイントも牽制もない。真っ直ぐで素直なスタイルである。
誠治が知る由もないことだが、ディアトがそうなのは致し方ないことだった。複数の概念が混ぜ合わされたモノに、感情という名の意思が付けられ、ある日突然体が与えられた。
事実として、体を動かすということ自体、ディアトは10日も経験していない。赤ん坊も同然だ。
(黒璃兄ちゃんは近くにいないか。好都合だ)
空に上がってしまえば情報が取りやすい。しかもディアトが一帯の草木を死滅させたことで、隠れられる場所が限られる。上からは見えない位置、即ち木々の下。こはくやディアトから最低でも100mは離れている。
黒璃がいると魔法での攻撃が遮られる。だが近くにいないのであれば、初動を遮られない。
「始めよっと」
誠治が手を振り下ろすと、渦巻いていた空が一変する。魔力は雷へと変化し、何本もの竜巻も形成された。それらが今まさに降り注ごうとしている。
それはまさに天災そのものだった。
自然発生では起きえない現象を作り出し、それを完全に制御下に置いている。その気になれば、簡単に町の1つや2つは消せるだろう。
その天災をこはくは肌で感じていた。目は閉じたまま。魔力の運用に集中している。今更防御や回避など間に合わない。であれば、”何か”が起きることに賭けて自分の役割を遂行するだけ。
まさか敵視していた相手と協力することになるとは、今日の日中まで想像もしなかった。それでも不思議と後悔はない。嫌気も感じない。それは一命を取り留めてもらった恩があるからかもしれない。
「いけそう」
ぼそっとディアトが呟く。こはくの耳に届いていたが、ディアトの声は聞き流されていた。耳に入っても頭には入っていないのだろう。こはくは極限状態になっている。
竜巻が2人を取り囲むように何本も降り立つ。一見竜巻同士の間隔は開いているが、それは罠だ。竜巻同士が潰し合わないギリギリの距離感。その間は吹き荒れる風が万物を薙ぎ払う。仮に耐えられたとしても、
全方向どこにも退路はない。上には誠治が待ち構え、本命の雷がまさに降り注ごうとしている。
「来て。クロ」
ディアトがある方向に手を伸ばす。その先は竜巻で遮られているが、そのさらに向こう。100m以上離れた先には、身を潜めながら見守っている黒璃がいる。
人が走ったところで間に合わない。世界最速の人物でも間に合わない。仮に時間は足りても、人間は災害に勝てない。阻む竜巻はこの場において最強の壁となっていた。
「遅いよ」
魔力で生成された30本の雷が降り注ぐ。自然の雷と同じで音を置き去りにする。視界が光に遮られた。夜闇を駆けた轟音は一度しな鳴らず、この一撃の密度を物語っている。
「……粘るなぁ」
着弾点が煙で見えなくなっていても、魔力の反応を見れば生存の確認ができる。誠治はそれで生存を確認すると、すぐに次弾を構えた。弾自体は魔力だ。用意した雲は砲台であり大砲だ。雲がある限り何度でも撃てる。なにせ魔人に魔力切れの心配はないのだから。
煙の中、雷を防いだ本人は驚いた反応を示していた。自分が雷を防いだことではなく、一瞬でこの場に来れたことに。
「ディアトがやった?」
「うん」
「どうやって」
「魔力じゃなかったら遮られないから」
黒璃に魔法は通じない。今の雷も自然発生のものではなく、誠治の魔力だったから防げた。
その黒璃をどうやって瞬時に、しかも竜巻という障壁を無視して呼んだのか。ディアトの答えは彼女の中ではシンプルだ。「魔法が駄目なら魔力を使わなければいい」と、彼女にしかできない理論を用いている。
黒璃とディアトが契約したことの大きな利点は2つある。1つが存在の固定。黒璃という楔を作ることで、ディアトの存在が安定化された。もう1つが死神としての権能の解放。元の体の持ち主の良識に引っ張られ、ディアトは自らその力を封じていた。
それが黒璃との契約により放たれた。万全な状態となり、その力を振るうことに躊躇いもない。
「距離も竜巻も無視してクロをここに呼べるように、邪魔なのを一時的に殺した」
「すぐには理解できないな。それでおれは今何したらいい?」
「クマガイをアイツの魔法から守って」
「わかった」
話している間にも第二撃が到来する。それも黒璃によって遮られ、ディアトにもこはくにも危害が一切及んでいない。
誠治は狙いを定めている。こはくとディアトに向けて放っている。それらの雷が2人には行かず、黒璃に吸い寄せられ消滅していた。自然の雷が避雷針に引き寄せられるように、黒璃の存在が魔法を吸い寄せていた。
「わたし上に行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけろよ」
「ありがとう」
跳ぶのでもなく、飛んだわけでもない。まばたきをすればそこにディアトはおらず、見上げれば空中で誠治と闘い始めていた。
「
「お?」
空での戦闘が始まって数秒の後に、集中していたこはくが動く。全身から琥珀色の魔力が溢れ、こはくが右手を上げると一直線に魔力が伸びた。
闘う2人を越え、雲を貫き、さらに高く伸びていく。制限を設けず、宇宙に飛び出しても止めない。こはくの意識はもうそこには向いていない。どこまで伸ばすかの管理を捨て、伸びている魔力の線の周囲から魔力を吸い寄せる。
「最大……集束……!」
「熊谷さん」
「うるさい! ここまでお膳立てされたら、やり切るしかないのよ!」
魔法使いは本来魔力をすべて出し切ることはない。そういう場面が来ないという現実的な話ではなく、出し切ってはいけないからだ。
魔力は誰にでもある。生まれた時からある。それは体力や活力といった、人が人らしくあるために必要なものだ。生気と言っていい。それを空にして死ぬことはなくても意識は失う。次にいつ目を覚ますかは個人差が出る。ひと月眠っていた事例も過去にはある。
それを覚悟してこはくは限界を無視していた。ディアトなら誠治に勝てるだろう。現実的なのは任せることだ。
だがそうできない。こはくのプライド、使命がそうさせない。その意地をディアトに汲まれ、チャンスが作られている。
「決めてやるわよ。私の全身全霊全魔力を掛けて!!」
「そうされると困るな」
「抵抗はさせないよ」
誠治を逃さないように距離を保ちながら、ディアトは誠治が用意した雲を消滅させる。その余裕を見せられたことに舌打ちし、展開していた竜巻を再度操りディアトにぶつける。
「ごめん。もう慣れた」
「……怪物がッ!」
自身の力の使い方を急速に理解した。何をされようと、認知さえできていればディアトはそれを殺せる。命があろうと無かろうと関係ない。竜巻だって殺して霧散させられる。
しかもこれが魔法ではないというのだ。笑い話ならどれほどよかったか。魔法使いも魔人も頭が痛くなる話だ。
「お前の存在は許されないぞ? こっちの連中も向こうの人間も、お前を否定する。存在が異端そのものだ!」
「別にいい。クロが一緒にいてくれるから。一緒に生きてくれるって」
「あの人はほんっとに!」
言いそうだと思えた。7年という時間はそれなりの理解度を得るに十分すぎた。事の重大さをわかっていなくても、存在を肯定する人物だ。「みんな違ってみんな良い」を地でいく人間だ。あらゆる可能性を許容する。だからディアトのことも受け入れられる。
それを誠治は否定する。世には許容されるべきではない生まれもあるのだと。認めてはいけないものがあると。
「まさかこんなに多忙になるとは思わなかったよ」
「それが人生なんでしょ?」
「人を語るな」
4発の魔弾が構えられる。その1発ずつに、山1つ崩せる威力が篭められている。魔法使いではどれ程鍛えてもこの領域に到達できない。できて一部削るだけ。どれだけ足が早くなっても馬に勝てないように、魔法使いと魔人は生まれから違う。
それを目前にしてもディアトに焦りはない。赤い瞳でそれらを捉え、涼しい顔で手をかざす。魔力を込めた手を払うと、大気中に粒子状の機雷をばら撒かれる。
誠治の魔弾がそこに接触し、ディアトに届くことなく爆発する。ひと度爆発を引き起こせば誘爆を繰り返し、爆炎が両者を阻む。ディアトはすぐさま互いの距離を殺した。
「チートだよそれ……!」
「そうかな?」
気づけば眼前に敵がいる。”死”そのものが目の前にいる。誠治は腕をディアトに掴まれ、一本背負いの要領で地面に目掛けて投げつけられた。
触れてしまえばディアトの力は相手の内側にまで干渉できる。誠治はただ地面へと投げられただけでなく、魔法の使用が一時的に封じられている。十分な時間があればそれも永久だったが、僅かな時間ではそこまでできない。
どちらにせよ、この状況においては誠治にとって致命的だ。
体の感覚はなくなっていた。だが不思議と倒れる気配が一切なかった。
とても視界は良好とは言えない。靄がかかっている。周囲の音は消え、呼吸ができているのかもわからない。
それでも熊谷こはくは意識を失わない。魔法は止まらない。
空を超え宇宙にまで伸びていたこはくの線は、魔力を吸い込み柱にまで拡大。伸び続けていたその光は止まり、主たるこはくの元へと返っていく。
「熊谷さん」
目が充血し、ボタボタと溢れ落ちる鼻血も止まらない。明らかに無茶をしているこはくに声をかけるも、黒璃のその声は届かない。こはくも技を止めない。
己の意志を貫くため、熊谷こはくはやり抜くだろう。
(……)
せめて邪魔にならないように、黒璃はこはくから距離を取った。
こはくの頭上に伸びていた光がすべて返ってくるのと、誠治が地面に叩きつけられたのは同時だった。
「くそ……あれさえいなかったら」
「誠治」
「……なに」
「お前が騙していたとはいえ、克也たちは楽しかったと思う。けど、やって良いことと悪いことはある」
「……それ、あれにも教えなよ」
「────ッ!!」
声にならない声が聞こえた時には、こはくが集束させた魔力がすべて放たれていた。
琥珀色の光が、誠治の体をやすやすと包み込むほどのビームが夜闇を駆け抜ける。地面を刳りながら迸った光は、山肌にその跡をくっきりと残した。
他の魔法使いはもちろん、魔人もこれを見たら苦笑いするだろう。こはくがやってのけたことは、それだけ大きな事だ。
「危ない」
魔力を出し切ったこはくは、糸が切れたように膝を崩した。それを黒璃が受け止めていると、空中にいたディアトがすぐ隣に軽々と着地した。
「お疲れ様ディアト。おれいなくてもなんとかなっただろ」
「ううん。クロがいなかったらこの人協力してくれてない」
「そうかな? そうかも」
「それに、クロがいたから相手に集中できた」
「役に立てたならよかった。それより、熊谷さん大丈夫そう?」
「うん。魔力が空っぽになってるだけ。脱水症状? みたいなもの」
「それは危ない状態だろ」と黒璃がツッコむと、それならばとディアトはこはくの額に触れる。それを待つこと数秒。ディアトは手を離して「これで大丈夫」と黒璃に伝えた。
「何したの?」
「私の魔力を分けた。本来別人の魔力が体内に入るのは良くないから、ちょっとだけ」
「輸血的な?」
「そんな感じ。明日には目が覚めると思う」
「ありがとうディアト。帰ろっか」
「うん」
呼吸も安定し、眠っているこはくを背負って黒璃は家へと足を向けた。
感情のないこの男が、羨ましそうにしながら隣で歩く彼女の機微に気づくことはなかった。
□
こはくの一撃により形が一部変わった山の頂上で、淡い青の光に包まれながらその者は笑みを浮かべていた。
その者の視線の先に、全身が傷だらけになっている少年が倒れている。つい今しがたディアトとこはくによって倒されたはずの誠治だ。ディアトの妨害により魔力での回復はまだできず、身動き1つできない。
「いや〜、お疲れ様」
「だれ」
誠治はその者に目を向けるも、正しく認識することができなかった。疲労のせいでも負傷のせいでもない。青い光に包まれているその人物は、その体格も容姿も一切わからない。ピクトグラムのような、人型としか認識できないようになっている。
「おや覚えてないのかい? 7年前にキミを殺したんだけど」
「は?」
覚えているも何も、誰か認識できないのだから判別のしようがない。それよりも誠治が引っかかったのは、”殺された”という点だ。
その発言と自分の記憶が一致しない。
「魔人だったキミが、魔法使い2人に相打ちしたとでも? キミはちゃんと夫婦の魔法使いを殺して、その後私に殺されたんだよ」
「ふざけるな。そんな記憶はない」
「事実だよ。私は死んだキミと、ちょうどその日に即死しかけた西園寺誠治を使った。キミという存在の助けもあって、7年での調べものも効率よくできたよ」
「まさか、オレを利用して」
「もちろん。趣味じゃないやり方だったけど、便利だったからね。ま、好きにさせ過ぎたから、こうして終わらせに来たんだけど」
せっかく発見できた”おもしろい人”を、誠治が殺めようとしていた。当初の目的自体は達成できていたため、それならばもう用済みだと切りに来たのだ。
「7年長く生きれたからいいよね。最後には私の魔力で遊べたみたいだし」
「お前の魔力? 何を言って……」
「使っていたよ。こっちの人間の体で、この星の魔力を使えるわけないだろ?」
器の問題だ。魂が方法を理解していても、器がその魔力に耐えられるわけがない。それを補っていたのは、今の誠治を生み出していた人物によるもの。その塩梅も自由に決められる。
「あの子の成長を促せたから、それ以降は減らしたってわけ」
「さっきから無茶苦茶なことばっかり言うな。なんなんだよお前は」
「私はただの魔女だよ」
そう。ただの魔人の女王だ。
「そうそう。言い忘れていたけど西園寺一家のことは気にしないでいいよ。あの家に次男はいなかったってことにしておくから。誰だって悲しいのは嫌だろう?」
□
川津町から北東へ進むと、小さな湖の中に”庭園”がある。湖に浮かぶ島に橋がかけられ、人の行き来を可能にした場所だ。人の生活から離れた自然のど真ん中に位置するこの場所は、普段の苦労を忘れさせてくれる。
施設内には四季折々の花が常に管理され、いつ来ても見る人を魅了させる。屋内庭園と屋外庭園の2つに大きく分けられ、屋内では人気の花が長く見れるように調整されている。
「これがコスモス?」
「そう。今日の目的。ディアトが見たがってたやつ」
「テレビで見るより綺麗」
「それはよかった」
テレビで見るほうが綺麗なんて言われたら、管理している人たちが虚しくなる。今回はそれも杞憂で済んだようで、ディアトはその場に屈んでコスモスを見つめる。
その姿は花を愛でる女子にしか見えず、彼女がとても死神とは思えなかった。
「クロ?」
立ったまま黙っていた黒璃に声をかける。一緒に近くで見ないのかと思って声をかけたのだが、黒璃の返答はそれとは違った。
「ディアトも人と同じだなって」
「……私は」
「知ってる。あの時記憶が見えたから」
契約した時に流れてきた。ディアトの記憶と言うよりも、彼女にその身体をあげた人の記憶が。その人の望み通り、ディアトは今を生きれている。
「それでもディアトはちゃんと人だ。そもそもそんな難しく考えなくてもいいだろ」
「……ありがとう。クロはいつも優しい」
「自分の考えを言ってるだけだ。おれは優しさとか、そういうやつの本質を理解できないから」
「それでもクロは優しい人だよ。わたしはそう思う」
「お返しされた」
「うん。お返し」
ディアトに手を引かれ黒璃もその場に屈む。小さく微笑む彼女の顔は花より美しく、目の前のコスモス畑より強く黒璃の脳内に刻まれた。
「クマガイ、目が覚めてよかったね」
「朝から元気だったな。ディアトのおかげだ」
「ううん。あれはクマガイの生命力」
いつ目覚めるか不明だったこはくは、黒璃とディアトより先に目を覚ましていた。3人で朝食を食べ終えた時に「体はまだダルいから、帰ってゆっくりするわ」と礼と共に言って帰っていった。さすがのディアトも驚嘆したものだ。
「……クマガイに、言わなくてよかった?」
「おれはそこまで気にしてない。というか、わざわざ首を突っ込む気がない。害がないなら頭の隅に置いといて放置かな」
「クロがそう言うなら」
「熊谷さんに何か言われたら話すけど、気づくのは難しいだろう」
2人が話しているのは昨夜の一件の後処理のことだ。城址公園は荒れ果て、山はその一部が姿を変えた。ひと目で違いに気づけるほどの変化があったのに、ニュースにならないし誰もその話をしない。
黒璃はこの現象に見覚えがあった。自分だけが気づいていて、周りはそれを認識していない状態を。
7年前にそれを起こしたはずの誠治は消えた。西園寺家に次男がいなかったことになっている。
「真犯人と言うべき相手がいるのか、まったくの第三者なのかはわからない。克也と連絡を取ったら、誠治は元からいなかったことになってたし」
「クマガイは昨日の戦いの記憶が残ってるけど、認識は変えられてそう」
「どうなるのかは、気にすることでもないな。それより記憶と言えば、ディアトの記憶を見たことなんだけど」
「わたしのと言うより……この体のもとの持ち主の、だよね?」
「そうなるんだろうな」
概念でしかなかったディアトに記憶というものは存在しない。あるとすればそれは、ディアトに体を譲った少女の記憶だ。黒璃が見たのもそれに当たる。
計らずも裏世界の事情を一部知った黒璃だが、本人にとって重要なのはそこじゃない。それよりも、ディアトに体を譲った少女が何を考えてそうしたのか。そっちの方が黒璃の琴線に触れている。
「わたしも」
「うん?」
「わたしもクロの記憶を見てる」
ディアトからの告白。「言葉とかもそれで覚えた」と聞いて黒璃は納得した。当たり前のように流していたが、裏世界の言語が日本語と同じとは限らない。それを疑問に思わなかったのは、あまりにも自然にディアトが話していたからだ。
今なら黒璃も理解している。裏世界の言語が日本語とは違うことも。記憶は見たが話していた内容は理解できていない。ディアトがすぐに言語を習得したのは、本人の吸収力の高さとその特性によるものだ。
「これでお互い秘密もないわけだ」
「そうだね。勝手に見てごめん」
「いいよ。おれも勝手に見えちゃったし」
「……うん。それとね、クロ」
話さなければいけないことはまだある。今を機にディアトはそれを黒璃に伝えていく。何よりも重要な話を。
「クロの”死”のことなんだけど」
「ディアトが死神だから、ディアト次第って話?」
「そう、なんだけど」
「ディアトならいつでもいい」
「っ。なんで? ”死”は怖いものなんじゃないの?」
「まあ、普通ならいつ訪れるか分からないものだし、理不尽なものだけど」
その不確定なものが、ディアトという形として確定した。他人の意志でいつでも終わる人生。それを嫌がるのが一般的な人間だろう。
黒璃はそこがズレている。己の内側から熱量を出せない人間だ。将来の夢もない。原動力がなく、希望を持たない人間だ。いつ終わってもいいと本当に思っている。
「……わたしは。クロがわたしを受け入れてくれたから、わたしの意思で殺したくない」
「そうなんだ。なら、平均寿命を目安にしよう。不老になったわけでもないんだよな?」
「うん。わたしは”死”を握ってるだけだから」
「ミイラになっても生きてたら物騒だから、目安はその辺りにするとして。あとは……」
「あとは?」
「いや、やっぱこれはいいや」
「ディアトがこの世界を楽しめないなら」と頭に浮かんだが、これを言ってしまうと彼女を縛り付けることになる。黒璃はそれを避け、自分の中での誓いに変えた。”ディアトがこの世界を楽しめるようにしよう”と。
「ディアトは死ぬことある?」
死神でありながら、他の概念として吸血鬼と不死鳥をも併せ持つ。”死”を司るだけでなく、その本人には”不死性”があるのだ。記憶を見たからこそ知り得た情報。知ったからこそ生まれた純粋な疑問だった。
「……一番大きいのが死神としての側面だから、死ぬことはできる」
「そういう感じか」
「だからクロが死ぬ時にわたしも死ぬ」
「うん?」
「クロがくれた居場所だから。クロがいなくなるならいらない」
「これは……長生きしないとな」
自分が立てた誓いとディアトの心情。その2つが今後の黒璃の指針となった。これまで流れに身を任せただけの男に生まれた指針。
その意味を黒璃は理解しないまま立ち上がる。手は繋がったままで、黒璃に続いてディアトも腰を上げた。
感情のない男と人間性を与えられた生命体。普通とは言い難い2人であっても、傍から見れば仲のいい男女だ。どこにでもいるようなペアだ。
「お昼ご飯はここで食べるか」
「うん。お土産も買っていい?」
「いいよ。せっかく来たんだし」
「あとクロに選んでもらう」
「うん? ……何を買いたいのか知らないけど、合いそうなの選んでみる」
高級なものじゃなければいいなと思いながら、ディアトと並んで施設の中を歩く。2人の仲は決して切れることはないだろう。
死が2人を分かつその日まで。