2022年 11月6日
世間は沸き立っていた。VRMMORPG《ソードアート・オンライン》の正式サービス開始という一大イベントに
「それで?俺にどーしろってんですかね……というか、急に押し掛けるのはやめて欲しい……自分にも都合ってのがあるワケでしてね」
行きつけの煎餅屋で歌舞伎揚げを頬張っていた慶之助。彼は目の前に座り、微笑みを崩さない琴音に声を掛ける
「どーしろもこーしろも、答えは一つ!一緒にやろうよ、慶之助。ぜったいに楽しいよ!」
「ソイツは残念、生憎とゲームには興味がなくてね、俺は。誘うなら他を当たるべきだと思いますがね」
話題のゲームをやろうと呼び掛ける琴音に対し、娯楽に興味を抱かない、というよりも微塵も興味を持とうとはしない慶之助。彼は俗世に対する興味が薄く、何事にも無頓着なのである
「慶之助とやりたいの。ねっ?やろうよ」
しかし、押しが強く、引き下がろうとしない琴音は肩から提げていたボストンバックからヘルメットにも似た機械を取り出す
「これ、慶之助の分だよ」
「何故に既に用意をされとりますのん」
「それはわたしが、欲しいものはぜったいに手に入れたいトレジャーハンターだからだよ」
「うん、ソイツは明らかに答えになってねぇんですがね」
笑みを崩さない彼女の強かな執念深さに慶之助は引き気味の表情を見せる。思えば、彼女を成り行きで助けてからの数ヶ月、付き纏われ、当たり前のように過ごしているが慶之助は他人に興味がない。しかし、それとは裏腹に琴音はプライベートに土足で上がり込むかの如く無神経を絵に描いたような少女である
「やろうよ、《ソードアート・オンライン》」
そう告げる琴音の手には一つのパッケージ。その名を《ソードアート・オンライン》、ヘルメットのような機械基ナーヴギアと呼ばれる民生用フルダイブ型VRマシンの第一号機を使用し、仮想空間を実体験のように体験可能な画期的なゲームである
「《ソードアート・オンライン》ね……」
パッケージを手に取り、呟くようにタイトルを読み上げる。少なからず興味を持ったらしく、裏面の説明に視線を落としている
「慶之助のやりたいようにやればいいんだよ。やりたいことしか出来ない、やらない、したくない……それが慶之助でしょ?」
その言葉は彼女と初めて出会った日に慶之助が口にした代名詞と呼べる彼の
「……………やりたいかと聞かれたら……いや、考えさせてくれ」
それだけ言い残し、慶之助はナーブギアを手に寝床代わりに使っているネットカフェに足を運ぶ。彼はある理由から、自宅には帰らず、こういった場所で寝泊まりをしている。話せば長くなるが、彼は家族や友人、そう言った類いの繋がりを持っていないのだ
「違う自分………たまにはやりたいこと以外に目を向けてみるのも…新鮮味があったりするんですかねぇ……」
住居として使用している部屋に入り、ナーブギアを頭に被った慶之助は仕上げにスロットにソフトを挿入
『リンクスタート…』
仮想世界へ飛び込む合言葉を唱えた。暗闇の世界に誘わると、案内音声が耳に届く
『《ソードアート・オンライン》の世界へようこそ。まずはプレイヤーネームを入れてください』
「名前……せっかくだ、皮肉を込めて………Kabukiにでもしときますかね」
普段から歌舞伎者と呼ばれ、周囲とは違う考え方や生き方を皮肉られてきた彼は呼び名をさえも、皮肉に混じりにもじったようにアバターネームとして打ち込む。その後、アバターの設定画面に切り替わった
基本的な顔立ちは普段と変わらないように現実の浮世離れした髪色を黒髪に緑と赤の双眸を無難に黒く、必要以上に弄らずに僅かな時間でカスタムを終わらせる。正にシンプルイズベスト、何事にも無頓着な彼だからこそのやり方である
『それではゲームをお楽しみください』
アナウンスが終わると共に、虹色のリングをくぐる。大地に降り立つ感覚と共に開いた視界にSAOの世界が姿を現す。この瞬間、慶之助はプレイヤーのカブキとしての姿を得たのである
「なるほど……コイツはたまげた。体が軽い……ふぅむ……なるほどな、新鮮味を味わうには申し分がないってワケだ」
モーションの動きを確かめようと軽く飛び跳ねたり、柔軟運動を何度か繰り返していると、肩を叩かれた
「見つけたよ」
「……………誰だ?」
「いやいや!わたしだよ!!さっきまで一緒に居たでしょ!」
声を掛けてきた黒髪の少女にカブキは見覚えがなく、問い掛けるが彼女は自分が先程まで行動を共にしていた人物であると告げる
「…………えっ?こっわっ………なして分かった…普通に考えて、エグい数のプレイヤーから個人特定とかヤバすぎだろ…引くわ」
「いや、カブキって名前からだいたいの想像はつくよ」
「さいですか………フィリアさん」
フィリア、そう呼ばれた少女は呆れたように笑い掛ける。馴染みの少女との会合にカブキは諦めたように息を吐く
「さっ……やるよ!カブキ!レッツ・ハンティング!!」
「あー………あの時に気まぐれで助けなきゃよかった……
この日、カブキとフィリアは後に《ソードアート・オンライン》にログインしたことを後悔することになるのだが、其れはこれから数時間後の話である