YAMA育ちの佐藤 作:木が三つで森
実のところ、佐藤太郎は自分が連れて来られたこの施設がいったいどのような事をする場所なのかはよく知らなかったりする。ぶっちゃけ、その時が来るまで補欠でしかない彼の扱いは居候と何ら変わらない。
「そう言えば、今日は説明会があるんだけど佐藤君、何でここに居る訳?」
「全員が揃って何かをする訳ではないんだろう?俺よりも、お前じゃないか、ロマニ。オルガマリー・アニムスフィア所長に怒鳴られるぞ」
「平気平気。この部屋そこまで遠くないからさ」
だからこそ、この二人はサボっていた。
場所は、空室の一つ。空き部屋であるのだから、誰かがやって来ることもまずあり得ず、在室ランプを消しておけば誰かが怪しんでくる事もない。
結果、ロマニ・アーキマンと佐藤太郎のサボり部屋と化した。ちゃっかり色々と仕込んだりもして。
今日のお茶請けは、御饅頭。
「うーん、良いね。塩漬けの桜の花が乗ってるけどいいアクセントになってる」
「…………」
ほくほくとまんじゅうを頬張るロマニ一方で、佐藤は目を閉じて確りと口の中に広がる甘味と仄かな塩気のバランスを味わっていた。
少し固めの周囲の生地と、こしあん。塩漬けの桜の花びらは、口の含むとふんわりと桜その物の香りと塩気がやって来る。
名残惜しくも、口の中でバラバラになり過ぎない程度の所で飲み込んで余韻を楽しみ、そして注がれた緑茶を一杯。
仄かな渋みと、緑茶特有のスッキリとした後味とほのかな甘み。それらがサッパリと口の中を攫って行き次の一口を新しい気分で受け入れさせてくれる。
二つのまんじゅうをじっくりと食べている少年を見やり、そう言えば、とロマニは口を開いた。
「佐藤君、君礼装は着ないのかい?」
「………?れいそう?」
「あれ?渡されたでしょ?ほら、カルデアの制服でさ」
「……………………ああ、あの妙な気配のする服か」
饅頭の片割れを噛み砕いて飲み込んでから、佐藤は呟く。
彼の格好は、相変わらず白シャツに黒いズボン。それから草履というラフな格好。
そして、それらが魔術的には何の仕掛けも無いただの服である事は関係者にとって明らかな事だった。
礼装、正式には魔術礼装と呼称されるそれは、いわばおとぎ話の魔法使いの杖に該当するもの。魔法使い自身でも魔法を扱う事が出来るが、杖を持つ事によって採れる選択肢と出力を上げる、そんな役割。
カルデアにおいて支給される礼装は、魔術に関するド素人であっても魔術を行使できるようにする代物で。服の見た目であるが、簡易的な防具替わりや、周囲への若干の認識阻害なども施された一品。
佐藤にも支給されていたが、一度袖を通したっきりハンガーに掛けられたまま放置されていた。
「アレは、着ても大丈夫なものなのか?」
「え、そりゃあ、勿論」
「そうか」
それっきり、再びまんじゅうへと舌鼓を打つ佐藤。
そんな彼に対して、ロマニは首を傾げる。
(妙な気配?)
魔術に造詣のある者ならば、礼装を見抜く事が出来るだろう。
だが、目の前の少年は違う。経歴不明であるとはいえ、魔術関連への繋がりは現状見つかっていない。
にも拘らず、カルデア礼装に対して変な気配と称した。
(佐藤君がもう少し早い段階でカルデアに来てたら、もっと色々と荒れていたかもしれないね……)
魔術師に、人道的な感性を期待してはいけない。彼らの価値観は、一般人の持っている価値観とは全く違うものだから。
最悪、佐藤太郎という少年を剝製にしてホルマリン漬けにでもしてしまいかねない。
嫌な想像はお茶と一緒にサヨウナラ。適当な雑談に興じていれば、突然サボり部屋の扉が開かれた。
「む?」
「おや?」
「………え?」
二人のサボり魔の視線に晒されたのは、橙色の髪をした少女だった。一房のサイドテールをシュシュで纏めているのが印象的な髪形。
ポカンとする少女に、一方で佐藤はなるほどと頷く。
「ロマニ、最後の一人が来たようだぞ。このサボり部屋も終わりだな」
「あー、そっかそっか。そうだよね、本格的にグランドオーダーが始まるのなら、そうなるか」
頷き、椅子をたちあがったロマニは改めて少女へ向き直る。
「初めまして、ボクはロマニ・アーキマン。ここカルデアの医療部門のトップを任されてるんだ。Dr。ロマンと皆からは呼ばれてるよ」
「……あ!えっと、は、初めまして!藤丸立香です!」
差し出された手を取って、少女は勢いよく頭を下げる。
上げられる顔。黄金の様に輝く瞳が所在なさげに右往左往と動き回り、そして自分をジッと温度の無い瞳で見つめる少年に留まり肩が跳ねた。
立香の反応にロマニは後ろを振り返り、頷く。
「彼は、佐藤太郎君。藤丸君がここに来る少し前に、スカウトされた一般枠の子だよ」
「!佐藤、太郎って………に、日本人の方ですか!?」
バッと顔を上げた立香に、佐藤は目礼を返すだけ。
同じ日本人、と呼ぶには彼は国への帰属意識が無さすぎた。言語は日本語だが、それだけ。戸籍もろくに無い様な生い立ちなのだから当然か。
そんなバックボーンがあるものの、ロマニはその辺気にしない。
少女には同郷の知り合いが一人でもいた方が良いだろうと考えたから。少年には、同年代の知り合いを増やした方が良いと思ったから。
要らぬお節介かもしれないが、善人というのはお節介をしたがるものだ。
コレが、地獄の始まる数分前の出来事であった。
*
振動と爆発。明らかに良くない事が起きている。
「佐藤君!ボクは管制室に行く!藤丸君を連れて避難するんだよ!!」
そう言い残して、部屋を飛び出していくロマニ。
不穏な空気の中で、しかし佐藤の顔色は変わらない。
彼にしてみれば、
だが、
普通に笑い、普通に暮らし、普通に明日を夢見る事無く訪れる事が当たり前の日常を過ごしてきた。
そんな少女にとって、爆発など恐怖以外の何者でもない。それが事故であれ、故意であれ、恐ろしいのだ。
しかし、
「マシュ……!」
同時に少女は溢れんばかりの善性も持ち合わせていた。
彼女が考えるのは、この部屋に案内する前。もっと言うならば、この施設内で目覚めて世話になった少女の姿だ。
「藤丸立香」
「ッ、は、はい!?」
「避難するぞ。管制室が爆発の大本ならば、その反対側へと離れれば良い」
行くぞ、と歩き出す佐藤。
その背へと、立香は待ったをかける。
「さ、佐藤さん!待って!」
「どうした」
「あの………わ、私!管制室に行きたいの!ううん、行かせて!」
「…………」
「ッ…………」
ジッと自身を見つめ返してくる静かな瞳に、立香は気圧されそうになりながらそれでも目を逸らす事は無かった。
「理由は」
「え」
「理由は何だ」
「あ、その………後輩を、助けに」
「お前が行った所で、何の意味もないだろう。何より、その後輩が死んでいる可能性もあるぞ」
それでも行く気か。佐藤は目線でそう問うた。
冷たいが、彼の言葉は正しい。事実、藤丸立香は特別何かしらの技能を、例えば医療知識や、優れた身体能力を有している訳ではない。
行った所で、何かが出来る訳ではない。事実だ。寧ろ、死体がもう一つ増えるかもしれない。
それでも、
「私を先輩と呼んでくれた後輩を……マシュを助けたいんです……!」
「…………」
少女は折れない。
佐藤からすれば、藤丸立香は弱者だ。彼の故郷に放り込まれれば、十分と持たずに山の養分となる事だろう。
だがしかし、同に彼女は佐藤太郎の持たない素養も持っている。
何より、彼女の言う少女の名は佐藤も知る相手。
「マシュ・キリエライトか……ふむ、良いだろう」
「え」
「行くぞ」
出来る限り走る速度を抑えながら、立香が脱落しない程度に走る佐藤。
彼一人ならもっと速い。スプリンターであると同時にステイヤー。舗装路だろうと悪路だろうと、一切の速度を落とす事無く駆け抜ける事が出来るだろう。
暫く進めば、その鋭敏な嗅覚が煙の臭いをかぎ取った。同時に、遠くに見知った姿も。
「ロマニ」
「ッ、佐藤君!?それに、藤丸君も……!何でこんな所に来たんだ!!」
「俺達は、中に用事がある」
「用事!?言ってる場合かい!?ここはもうじき隔壁が降りる!ボクも発電量が不足してるから、地下の発電機を見に行かなくちゃならないんだ!」
「引き際は弁えてる。問題ない」
「~~~~ッ!直ぐに逃げるんだよ……!」
再び走り出すロマニを見送り、佐藤は天井を見上げた。
周囲は瓦礫と火災、ショートした電線などで地獄絵図。無事なのは、彼が見上げる
ロマニと佐藤の会話の影で、藤丸立香は瓦礫の中を動き回っていた。
炎が頬を撫でて、焦げ臭いニオイが鼻腔を侵す。
だが、足は止まらない。止める訳にはいかない。
瓦礫に足を取られて転びかけ、揺らいだ炎が肌を焦がした。それでも止まらない。
そして、
「居た……!」
探していた後輩、マシュ・キリエライトを見つけ出す。
だが、状況は悪い。
彼女は、下半身を落ちてきた瓦礫によって潰されてしまっていた。とてもではないが、立香の細腕では動かす事は出来ない。
「先、輩…………」
「確り!しっかりして!直ぐに、助けを――――」
「い、いえ……逃げて、ください………まもなく、隔壁が降りますから…………」
「助けるから!!」
ここまで来て諦める選択肢は、立香には無い。
瓦礫の山は、退かすのは難しい。少なくとも、一人では無理。
「佐藤君!」
「呼んだか」
声を上げれば直ぐに平坦な声が返ってきた。
どこから現れたのか、鉄面皮。
「手を貸して!この瓦礫を退けたいの!」
「…………待て」
咆える立香に対して、状況を確認した佐藤はスッと左手の平を彼女の前に差し出した。
「なに!?」
「マシュ・キリエライトの足が潰されている。人間の太ももには大きな血管がある。下手に傷つけると失血死してしまうぞ」
「ッ、じゃ、じゃあどうしたら………」
地震などでもみられる被害だが、下半身などが瓦礫に潰されて圧迫され、これを動かした結果圧迫されていた血流が解放されてその結果怪我をした部分から大出血を起こしてしまう場合がある。
防ぐ手立て、といえるか分からないが圧迫状態を維持して瓦礫を退ける方法がある。しかし、これは現実出来ではない。
瓦礫で潰されているという事は、目視はほぼ不可能。しかも、迷っている間にも出血は増す一方。
そもそも、現状に迷っていられる時間はない。
『隔壁、閉鎖します』
無機質な機械音声と共に、被害を防ぐための隔壁が降りていく。
最早逃げだす事も不可能。一流の魔術師ですら破る事が難しい隔壁を一般人が打ち破る術などありはしない。
「隔壁が……」
僅かな後悔の滲む少女の言葉に、佐藤は降りた隔壁を見る。
目算ではあるが、殴れば破れそうだと感じた。
対岸の火事。佐藤にしてみれば、危機的状況でもなく。生物の生き死には、世の常。
ただあるがまま。流されるままに、彼は世界を跨ぐのだ。