人間、どうしても受け入れられないものはある。
例えば注射の針。
例えばいちごのブツブツ。
例えば黒板に爪を立てる音。
アレルギーというわけではないけれど、なんかこう、嫌というか本能的に無理だと思うことは何らおかしいことではないわけで。
では俺にとってのそれは何か。
──NTRだ。
寝取り寝取られ寝取らせとまぁ色々と読み方はあるそうだが知るかそんなの。寝取りだろうが寝取られだろうが寝取らせだろうが無理なのだから大差ない。俺にとっては総じて恐怖である。
正直NとTとRの文字列を見るだけでもちょっと嫌なんだぞ。
……なのに。だというのに。
何度見ても変わらずステータスにデカデカと表示されたままのそれに、俺は心なしか顔のパーツをキュッと中央に寄せながら呟いた。
「俺の唯一の能力“NTR”って嘘だろ……」
□■□
時を遡ることおよそ数時間前。
二十歳の誕生日に少し機嫌よく大学に向かっていた俺は、トラックに轢かれそうになっていたおばあさんを助けて多分、ほぼ確実に死んだ。
説明が軽いと言われるかもしれないが、自分が死んだときのことなんて事細かに話したいことでもないだろう。
とりあえず、おばあさんだけでも助けられてよかった。
寒気と薄れる意識の中でそんなことを考えたのに意識を手放した筈の俺が次に意識を取り戻したのは、真っ白い天井で。
……病院? 俺、生きてたのか……。
なんて考えるが、落ち着いて見てみると随分と天井が高い。
あれ? ここ病院じゃなくないか?? と気付き首だけを動かし周りを見てどうやら今いるのが教会らしき場所であることだけは分かったが、逆に言うとそれ以外何も分からない。
土葬される直前だったとか……?
いや落ち着け、うちの家系の人間が土葬されてんの見たことないだろ。
混乱しながらもぐるぐると頭を回し続けるが、こんな非現実的な状況で現実的でまともな答えを思いつくわけもなく。
誘拐、死者蘇生の儀式、挙げ句の果てには異世界転生なんて発想すら頭を
と、その時、不意に「えっ」という声が聞こえてきて。
慌てて声の方振り向くと、そこにはゲームに出てくる神官のような服を着た男性が一人。
いや違うんです俺不審者じゃないんです! と声を出そうとするが、しかし先に口を開いたのは男の方だった。
「あ、あの、失礼ですがお名前をお伺いしても……?」
え、こわ。
と思ったが、この状況なら怖がられるべきは明らかに俺だ。だって今の俺、不法侵入の変人だと思われてても何もおかしくないだろ。
とにかくここで警察に突き出されるわけにはいかない。
「えと、
とりあえずここがどこかも分からない以上はこの人に頼るしかないのだ。信用されるためにも、ここで誤魔化さず素直に行かなければ。
「え!?
い、今、田中将生と……!!?」
「え、あ、はい。そうですけど……?」
……もしかして俺、指名手配とかされてる?
いや心当たりは全くないけど。
と、男が突然距離を詰めてきたのに驚いて距離を取る前に、男がそのまま俺の手をガッと掴んできた。
こ、これって、このまま確保されて警察に突き出され──
「お待ちしておりました、勇者様!」
──……へ?
「我らが信仰する女神アンニーの神託により、『田中将生』という名の勇者が現れることは既に知らされておりました!
歓迎させていただきますので、どうぞこちらへ!」
まっ、ままま、マジで!!?