TS転生者さんは脳破壊がお得意 作:juki
Side.兄
都内にある某大学病院の病棟。
受付を済ませ、エレベーターで3階に上がり1番奥の病室へと向かう。
最初に訪れた時は真っ白だったこの廊下も、今ではところどころ汚れや傷が目につくようになってしまった。
スライド式ドアの取手に手をかけ、念の為部屋の確認を行っておく。
320号室。
この狭い空間に囚われている妹の名だ。
部屋の確認を終えた俺は妹が寝ている事も考慮し、起こしてしまわない様にゆっくりとドアを開ける。
「あ、おにい!…今日も態々ごめんね。」
どうやら起きていたらしい。
窓の外を見ていた彼女は俺に気付くと、こちらに首を向け和らがな笑顔を浮かべるも、すぐに申し訳無さそうな顔をする。
そこは"ごめんね"ではなく、"ありがとう"と言ってほしいものだが。優しい妹のことだ、自分のために来させてしまってると思って罪悪感を感じてしまっているのだろう。
「気にするなって。俺が来たくて来てるだけだからな。」
「でも、おにい。今日も朝から仕事でしょ?こんな時間まで。」
まあな。と返事をする。事実部屋に置いてあるデジタル時計を確認すると20時を回っていた。
「しかも、おにいの仕事場からここ遠いし…。いいよ?うちなんかの為に無理しなくて。」
真奈はいい子だ。自分の境遇に対し文句1つ言わない。同じ血を分けた兄は、満足に身体を動かせない自分と違ってのうのうと生きているのに、それを恨みもせずこちらの寧ろ心配までしてくれている。優しい子だ。
「無理はしてないよ。大丈夫。」
「でも…。うちがこんなんだから…、おにい結局学校にだってまともに行けてないのに。」
「その話はもうしないって約束だったろ?それこそ学校なんかよりお前の方が大事なんだから。」
うん…。と軽く俯いてしまった妹の手を握る。本当は昔みたいに頭を撫でて上げたいが、今の真奈は軽い力でもすぐに髪が抜けてしまう。髪は女の命とも言う。その髪は既に度重なる薬の投与により幾分か抜け落ちてしまっている。
真奈も年頃の女の子だ。副作用だとは理解していても相当ショックを受けているはずだ。
無意識に妹の手を握る手が強張る。
「──本当は真奈も普通の女の子みたいに、お洒落したり友達と遊びに行ったりしたいよな。ごめんな……。俺が変わってやれたらどんなに良かったことか。」
「…おにい。」
思わず苦虫を噛み潰した様な顔をしてしまう。
どうにもならない現実だって言うのは分かってる。それでも自分の無力さを嘆かずにはいられない。
まだ妹は13歳。こんな身体でなければ毎日学校に行って、友人と遊ぶなり部活するなりして、学校生活を謳歌していたはずだ。それこそ恋愛だって経験していたかもしれない。…まあ、もし彼氏が出来たとしても、真奈に相応しくなければすぐに別れさせるが。
それはともかく、真奈にはそんな現代人には当たり前の幸せを享受することすら許されなかったのだ。幼い頃から身体があまり強くは無く入院生活を強いられていた。
だから真奈は知らないのだ。学校生活というものを。テレビや漫画で見て知識として知っていても体験したことがないのだ。教科書を買ってきて見せて上げることしか出来ない、そんな自分の無力さに腹が立つ。
「……おにいのせいじゃないよ。それにおにいが病気になっちゃうのはうちが嫌だ。こうしていつもおにいが顔を見せてくれるだけで十分。」
「…そっか。」
無意識に俯いてた俺に気付いた麻耶は優しく泣いている子供をあやすように言葉をかけてくれる。自分はこんなに辛い思いをしているのに。本当に強い子だ。
って、いかんいかん。こんな暗い話をしたかったわけじゃない。
「あ、そうだ。こないだの漫画の新刊。出てたから買っておいたよ。ここに置いとくな。」
「 こないだってどれー?おにいいっつも何かしら買ってくるから、どれか分かんないよ。」
「うーん、まあ読めば分かるよ。」
「むー、教えてくれたっていいじゃん!でも、ありがと!後で読むね。」
暗い雰囲気を無くそうと話題を変えれば、妹も何事も無かったかのように笑顔で答えてくれる。少しでも退屈しのぎになればと
、こうやって定期的に漫画を買って渡している。本当は何でも買ってあげるなんて格好良いことを言ってあげたいが、如何せん給料が少ないのでこのくらいのことしか出来ない。現状、読み終わった漫画を回収して売って、それを日々の足しにしている有様だ。何とも格好がつかない。
「そういえば真奈は男の子が好んで読むような漫画の方が好きだよな。」
「そう?」
「年頃の女の子なら、もっと少女漫画とか好きなのかなと思ってたから、意外だなと。」
「うーん、たしかにそうかも。何というか歳が近い男なんておにいしか知らないし。なんかイケメンのキャラが出てきても別にドキドキしないんだよねー。」
「なるほどな。」
そんな風に他愛のない話を続けていると、いつの間にか21時を過ぎてしまっていた。もう少し一緒に居てあげたいが明日も仕事がある。朝も早いしさすがに帰らないといけない。
真奈も察したようで少し寂しそうな顔をしている。
「おにいもう帰る?」
「そうだな、帰るよ。明日また6時起きだし。」
「そっかー。残念。」
「また、明日も来るから。」
別れ際のいつもの、些細なやり取り。
俺が明日6時起きなことも、明日また来ることも妹は知ってるはず。それでも毎回訪ねてくるのは、やはり漠然とした不安を感じてるからだろう。
いつものように「またな。」と言って立ち上がろうとすると、不意に服の裾を掴まれた。掴んだ妹を見ると不安そうに少し焦ってるような表情を浮かべている。
「… おにい。明日もちゃんとくるよね?」
「絶対来るよ。」
いつも笑顔を向けてくれるから忘れてしまうが、この娘はまだ13歳なのだ。幼い頃から、明日がいつ無くなるかも分からない恐怖に怯え、6畳の狭い空間に閉じ込められてるのだ。唐突に不安や恐怖が襲ってくるのも仕方がない。
「ちゃんとご飯食べてね。」
「大丈夫だって。ちゃんと食べてる。」
「帰り道、車とか気をつけてね。」
「分かった、気をつける。」
今日はやけに心配性な妹様だ。こちらの身を案じてくれてると思うと、少し嬉しさも感じてしまう。俺は果報者なのだろう。
「……うちの前から、いなくならないでね。」
「いなくならないよ。」
「ほんとに…?」
「ああ、本当だ。」
「約束だよ…?」
「ああ、約束する。俺はずっと真奈のそばにいる。だから俺のことを信じて」
力なく「…うん。」と頷く妹の手を優しく握る。少しでも安心して貰えるように。
しばらくして落ち着いた妹に別れを告げ部屋を出る。
スライド式のドアをゆっくりと締め、暗くなった廊下を歩き出す。
真奈は絶対に俺が守るんだ。再びそう心に誓って。
神奈川県横須賀市。
そこで俺は生まれた。
父親は典型的な社畜で、基本家にいることが無いタイプ。中肉中背、至って普通の顔つきだ。
一方母親はかなりの美人だと思う。良く高そうなブランド品を身に着けていたイメージだ。世にいう港区女子。まさにあんな感じ。
どうしてこの二人が結婚したのかと言われれば、普通に父の稼ぎがそこそこあったかららしい。今思えば、滅多に家におらず金だけ落としてくれる父は、母にとっては都合が良かったのかもしれない。
こんな両親だが息子の俺を放置せず、ちゃんと育ててくれていたと思う。実際、保育園の送り迎えとかもしてくれてた。あれ待てよ。もしかして俺の世話をしてくれてたイケメンの保育士目当てだったりしたのかな。まあいいか。
だがこの生活も俺が3歳の頃、妹が生まれてから一変した。 妹は生まれてからも病弱で、高熱を頻繁に起こしてた。
そして何度か検査を行うと難病指定され、入院生活を余儀なくされた。
難病指定されれば幾らか補助が出るとはいえ、入院費、治療費は馬鹿にならないほどかかってくる。
案の定、父の収入だけでは賄いきれず、家賃の低いアパートに引っ越し、食事は大分質素なものへ変わり、母はブランド品の購入を禁止された。当然だが、俺も好きなものは買ってもらえなくなり、当時はダメって言われる度泣きわめいていた気がする。衣服も新しいものは買ってもらなくなり、ボロボロの服を着回すことになった。
そんな生活を続けていれば、ある程度裕福な生活を求めてた母の不満は溜まっていく。両親の喧嘩も増えていき、母は朝帰りをすることが増えた。ある時訝しんだ父が母を調べるとすぐに母の浮気が発覚した。それから父は酒とギャンブルに手を出し、そのまま呑まれていった。
明らかに金の無駄遣いなのは幼い俺でも分かったが、それを指摘すると今度は俺たちに暴力を振るうようになった。
毎日のように打ったり蹴ったりされる現状。耐えきれなくなった母は、ある日別に男を作り逃げていった。その事実を知った父の鬱憤晴らしは苛烈さを増した。
その後父は度重なる遅刻、未出勤により職を失い、中学生になっていた俺はバイトをさせられた。稼いだお金は妹の入院費と父の酒代に消えていく。もちろん、中学に行く暇なんてなく不登校同然になった。
そして16歳になり今に至るというわけだ。当然、高校には通わず働いている。正直、こんな家出て行ってやるって何度も考えた。でもそれをしてしまうと妹は一人になってしまう。まともにお見舞いにも行かないこの親に、大切な妹を任せることなんて到底出来やしないのだ。
物思いに耽るのをやめ、ベットから起き上がる。昨日病院から帰ってきた後に殴られた腕が痛むが、折れてはない感じなので問題ないだろう。
顔を洗い着替えも済ませ朝食の準備をする。まあ、朝食の準備と言っても袋麺を茹でるだけなのだが。150円で5袋入ってるから1食30円で済むのでかなりありがたい。
本当を言えば朝食も抜きたいのだが、肉体労働だから朝抜くと体が持たなくなる。1回試したところ、午後には体力が持たずへばってしまった。その時は上司に激怒されてボコボコにさ殴られたので、反省して毎日朝と夜は食べるようにしている。
麺をスープで流し込み仕事場に向かう。ちょっとでも遅れると給料減らされるので急がなきゃ。
確か今日は高所での作業だったはず。腕は痛くて手もあまり力が入らないけど作業する分には支障はないレベル。足元だけ気をつけてれば特に問題ない。
真奈とも約束したからなずっと一緒にいるって。事故って怪我でもしたら余計な心配かけちまう。
そういえばこないだ給料もちょっと上がったし、このまま行けばアパートくらいなら借りれるようになるかも。真奈が退院した時あの家に住むのは怖いしな。あの父のことだから平気で妹も殴ってきそうだし。
あとは…、そうだ。今日何の漫画買おうとしてたんだっけ。この間書店で真奈が好きそうなの置いてあって、それを買ってあげようと思ってたんだった。でもあれ、タイトルなんだっけ。頭がうまく回んなくて思い出せないや…。
えーと、あとは……。真奈に謝らなきゃな。
──真奈。約束破ってごめん。
叶うならば、お前が退院した姿を、元気になって街を歩いている姿を見たかったな……。
…と、まあこんな感じで俺は愚かにも妹を残して死んじまった。のだが、気付いたら俺は赤児になって別世界にて新たな生を受けていた。
生まれ変わった世界には、テレビやスマホといった電化製品は見当たらず、車も飛行機を一切ない。代わりに魔法や魔力を元に力を発揮する魔装具なんてものがあるので、まず間違いなく俺が生きていた地球とは異なる世界だと言える。
死ぬ前の記憶がしっかり残っているので、これが世にいう異世界転生というやつだろう。何度かそういった物語を見たことはあるが、まさか自分がその当事者になるとは思いもしなかった。
異世界転生ものだと、所謂"チート"を授かって無双するというのが鉄板だ。俺も年頃の男の子。そういったチート能力を期待した、どうやら俺にはそのチートはくれなかったらしい。
あえて言うとすれば──
「マヤ。また"これ"大っきくなったんじゃないか?」
「アニエス様、御名答です。ここ1月で直径1センチほど大きくなっております。」
「ユナ…。何で私の胸のサイズ把握してるの…?」
──「俺」ではなく「私」になったことくらいだろう。