TS転生者さんは脳破壊がお得意   作:juki

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Side.妹

 

 生まれつき体が弱く幼い頃から入院生活を余儀なくされていた私は、物心ついた時には既にこの狭い一室に軟禁されていた。

 毎日同じ天井、同じ壁紙、同じ景色、同じ食事。

 面白みも新鮮さも何もない、味のなくなったガムを一生噛み続ける感じ。まあ、ガムの味なんて知らないけど。

 

 

 そんな私にも唯一楽しみがあった。

 いつもお見舞いに来てくれる実の兄だ。物心着く前の記憶なんて殆どないけど、兄はずっと私のもとに来ては私を喜ばそうと話しかけてくれてたの朧気に覚えている。

 段々と来なくなった両親とは違い、兄は毎日欠かさず私に会いに来てくれていた。

 

 兄は私に色んな話をしてくれた。

 今日昼休み何して遊んだか、今日受けた授業の内容、給食の献立の内容まで。

 今思うと何の捻りもない話だったかもしれないが、当時の私はそれを聞くのが楽しみで仕方がなかった。それ以上にどうにかして私を楽しませようとする兄の姿が、嬉しくて可愛くて仕方がなかった。

 

 そのうち、兄は図書カードという小学生の最強アイテムを手に入れて、私に本を持ってきてくれるようになった。

 まともな娯楽品が無かった私にとってそれはもう劇薬で、すっかり本にハマってしまった。特に兄に本を読み聞かせてもらうのが何かもうヤバかった。いつも聞いてる声とは違う、子供を寝かしつけるような慈愛に満ちた穏やかな声で耳元に届くのだ。

 兄は毎日やってあげようかと言っていたが、苦渋の末断った。毎日聞いてたら多分どうにかなってしまっていたと思う。よく断ったあの時の私。何断ってんだあの時の私。

 

 ある時、兄に好きな人はいないのか聞いてみた。「いない。」という答えのあとに「それにお前がいるしな。」と言ってくれた。イケメンすぎる答え。ニヤケが止まらない。

 

 またある時、読んでた本でどのキャラが好きなのか聞いてみた。「うーん。」と悩んだあと、あえて言うならこの子かなと指さしたキャラは、一人称が「うち」の活発で元気な女の子だった。何かちょっと私に似ているような気もする。その後、自分のことを「うち」と言うようになった。

 

 

 

 兄が中学生になって暫くすると、急に兄は夜にお見舞いに来るようになった。手土産として色んな本、特に漫画を買ってきて。これから来れるのが遅くなりそうだから、暇なときこれでも読んでね、とのこと。優しい。

 どうして急に遅くなったのか聞くと、どうやらバイトをし始めたらしい。普通にアウトである。

 更に問い詰めると、父親は酒とギャンブルに溺れ、実の子供に暴力まで振るうようになったらしい。そして勤務態度が悪化した父親は解雇され、自分の代わりに兄に働くように強制されたようだ。

 この部屋は私と兄だけだから服を脱いで痕を見せてもらった。見えるとこだけでも、腹に1箇所、腕に2箇所青黒く痣になっていた。

 

 

 ──なにこれ。

 

 

 両親が既に離婚しており、母親が男作って出ていったのは知っていた。例え自分の肉親なのだとしても、正直もう顔もあまり覚えていない相手だったから対して何も思わなかった。

 でも、兄は違う。

 百歩譲って私に怒りの矛先を向けるのは分かる。実際、原因の一端は私にあるのだから。

 

 でも、兄は違う。何も悪いことしていないのだ。入院生活を送る妹のために毎日足繁く通ってくれる、そんな優しい兄なのだ。

 

 許せなかった。

 許せなくて、何もできない自分が悔しくて、何よりこんな現状を作り出してしまった自分自身が心底恨めしかった。

 

 

 悲惨な事実を知ったところで、ベッドに常に貼り付けにされた私に、自らの足で飛び出すことも出来ない私に出来ることなんて何もなく。

 そんな状況においても、兄は変わらず毎日病室に顔を出してくれた。きっと自分の方が辛い思いをしているはずなのに。

 あの日依頼、兄が側にいてくれる嬉しさと同じくらい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。加えて、日中独りの時には突然兄がいなくなってしまうのではないかという不安に襲われることも多くなった。

 

 

 

 そんな私の心配事など露知らず、時間は流れていき気づけば3年の月日が経っていた。普通に生きていれば私は中学生、兄は高校生の年齢だ。結局、兄は高校にも行かず働くことを選んだ。選ばされたという方が正しいけど。

 

 暇つぶしに漫画を読んでいたら、何時ものように兄が会いにくる時間帯になった。夜の病院は比較的静かなため、話し声や物音は廊下に響いて結構聞こえてくる。

 今聞こえてきた足音は兄のものだろう、もう毎日聞いているのだ、間違えるわけない。無意識に頬が緩んでいくのを感じる。

 ゆっくりとドアが開けられ振り向いてみれば、見間違えるはずもない愛しの兄がそこにいた。

 

 

「あ、おにい!…今日も態々ごめんね。」

 

 

 会いに来てくれたことが嬉しいのに、それと同じくらい申し訳ないとも思ってしまう。

 

 

「気にするなって。俺が来たくて来てるだけだからな。」

 

 

 知ってる。知ってるけど何それ、惚れるんだけど。妹の私にだからいいけど他の女の子に言ったらダメだからね。

 

 いつも通りの何気ない会話を兄とする。私の唯一の幸せな、何よりも大切な時間。でも、最近はこの幸せがいつか崩れてしまうのでは無いかと不安に思うことも増えてきた。

 今日の私はちょっと情緒不安定気味。上手く受け答え出来てるだろうか。

 どのくらい話して居たのだろうか。気づけばいつの間にか時刻は21時を回っていた。兄も帰ろうと椅子から立ち上がる。

 その瞬間、今日一日感じていた嫌な予感がより強く感じた。

 気づけば兄の服の裾を掴み、懇願するように兄に問いかける。

 

 

「ちゃんとご飯食べてね。」

「大丈夫だって。ちゃんと食べてる。」

 

 ──嘘つき。体が細すぎだって。

 

「帰り道、車とか気をつけてね。」

「分かった、気をつける。」

 

 ──何かあったら嫌だからね。

 

「……うちの前から、いなくならないでね。」

「いなくならないよ。」

 

 ──本当に?

 

「ほんとに…?」

「ああ、本当だ。」

 

 ──約束だよ。

 

「約束だよ…?」

「ああ、約束する。俺はずっと摩耶のそばにいる。だから俺のことを信じて」

 

 うん、信じる。信じてる。

 でも何故か心の奥底の不安が拭えない。

 私の手を握るこの手を離してしまったら、もう2度とこの温もりを感じれなくなってしまいそうで。

 最後まで私はぎこち無い笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。兄が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午を過ぎた頃、兄の訃報を受け取った。

 高所での作業中足場から足を踏み外し、咄嗟に足場を掴んで体を支えるも、耐えきれず助けが来る前にそのまま頭から落下したらしい。

 頭の打ち所が悪く即死。兄の体からは複数の打撲痕が見つかり、足場を掴んだ右腕には特に青黒く変色した痣があったという。足場を掴めたのにも関わらず耐えきれず落ちてしまったのは、間接的にその腕の打撲も関係しているだろうと伝えに来た警察官が言っていた。

 

 どうやら本当にあの父親は腐っていたらしい。間接的ではあれどそれはもう実質殺人ではないか。

 家庭内での暴力が判明したため、父親にも事情聴取が行われるらしいが、正直もうどうでもいい。だってもう兄はいない。

 

 私に唯一寄り添ってくれた兄はもういないのだから。

 

 

 

 

 血を分け合った肉親が死のうが時は止まってなどくれない。この病室での生活も何も変わらない。

 1日何もせず、時折兄から貰った漫画を読み耽る日々。涙などとうに涸れ果てた。泣くことも笑うことも無くなった私は、きっと傍から見たら廃人も同然だろう。

 

 

 

 あれから更に数年経った。

 日付なんてろくに気にしていなかったが、何となくベッド脇に置いてあるデジタル時計を確認すれば、ちょうど兄が死んでから3年経っていた。

 ということは私は今16歳なのか。兄と同い年。このまま行けば、皮肉にも健康だった兄よりも病弱だった私の方が長生きすることになる。なんだそれ。

 

 そんな事実が分かったとて特に何かが変わるわけもない。することもしたいこともないので、何となく一番上に積み重ねてある漫画を手に取る。

 手に取った漫画の内容は、親を失った兄弟が共に苦難を乗り越えて歩んでいく、よくある冒険ファンタジーもの。そういえば最近はもうこれしか読んでない気がする。

 紙の中で生きる彼らは、時には傷つき、時には喧嘩し道を違え、そして最後には横に並び共に歩んでる。

 一方、現実の私達はどうだろうか。兄は傷つき、兄は死に、私は一人で生きている。

 

 

 

 

「……おにい。」

 

 どうして、どうしてこうなってしまったのだろう。何か少しでもボタンのかけ違いがあればこの運命は変わっていただろうか。

 もし、私が病弱でなければ。もし、両親が離婚もせず父親が暴力を振るわなくなっていれば。

 

 ──もし、あの時、妙な胸騒ぎに遵って無理矢理にでも兄に仕事を休ませていれば。

 

 

 考えれば考えるほど"もしも"が頭を埋め尽くしていく。涸れ尽きたと思っていた涙も溢れ出てきて止まらない。

 会いたい。

 

「おにい…!」

 

 会いたい。

 

「どこいっちゃったの…?ずっと側にいるって約束したじゃん…!」

 

 どんな形でも、どんなに短い時間でもいいから。

 

 

「会いたいよぉ……!」

 

 

 

 

 

 

 溢れ出た濁りのない純粋な願いが私の腿を濡らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、強烈な光線が瞳に溜まった滴を乱反射して私の瞳孔に入り込んでくる。

 何事かと目を擦り涙を拭って周りを見渡せば、明らかにこの部屋の照明とは異なる強い光が私の周りを囲うように輝いている。

 その光はまるで何か特別な文字、いや、模様を描いてるようで。まるで、そう───

 

 

「ま、ほう、じん……?」

 

 

 その呟きに呼応するように光は強くなり、私は意識を手放した。

 




妹ちゃんは後々登場してもらいます。
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