【逃避行】ワイ将生徒 一年間練りに練った自治区脱走を本日決行 作:ホッケ貝
うわ、眩し――
今でも思い出す、初めて外に出たときの第一声。
「……」
右手の指の間から漏れる太陽の光を見つめていると、思わずあの頃の感動が蘇った。
世界は虚無なんかじゃない。
誰にも気づかれない、ありきたりすぎて見逃される小さな美しさに私だけが気づいた。
そして、この気づかれない美しさを誰かと共有したい。もっと知ってもらいたい――と願っていたものだ。
「…………」
生まれて初めて聞く都市の喧騒、活発な資本活動、行き交う人々を目の当たりにして、後輩と斥候隊の面々は理解が追い付いていない様子だった。
アリウス自治区外での任務に従事できるのは、アリウススクワッドのような選りすぐりのエリートのみであるため、彼女らのような…いわば下っ端の地位の兵士が地上に上がることはまずない。
そう、一生かかっても拝めないような景色を目の当たりにしているのだ。
動揺するのも無理はない。
「……この後の行動予定としては、高速バスに乗りレッドウインター連邦学園に行く」
場の空気感を解そうと、私はスマホ片手にいじりながら後ろに話しかける。
「……走った方がいいヤツですか?これ」
斥候の隊長――ヨノイがスマホと私の顔を交互に見つめる。
「大丈夫だ、その必要はない。私たちには今、余裕がある」
一息置いて、「それに」と付け加えて言葉を続ける。
「こんな街中、しかも白昼堂々と銃撃戦をおっぱじめる訳がない。アリウスの秘匿性を重視するあいつらならね」
私がそう言うと、どこか納得したような顔をする。
しかしヨノイは納得しきれないようで、下あごに指を当て、歩きながら考えに耽る。
「まさか、最初からこれが目的で…!」
名探偵のひらめきのように、彼女は言い当てる。
「何をいまさら」
それに対して私は、開き直るような口ぶりで言い捨てる。
「そうだ、今から戻るかい?でもそんなことしたら、処刑されちゃうよねぇ」
悪役のようにニヤリと笑ってみる。
するとヨノイは、己の欲望と理性の狭間で揺れ動くようなしかめた顔をする。
なかなか面白いやつだ。
「戻るわけないじゃないですか!とことん行きますよ、私は」
「その意気だ」
こんなやり取りをしているうちに、私らは目的のバス停に辿り着くことができた。
歩哨に絡まれるというイレギュラーにより若干の時間ロスを被ったものの、おおむね時間通りであり順調であった。
計画通り!
と、心の中でガッツポーズをキメる。
「そうだ、飲み物でも買おう」
ふと思い立った私は、そんなことを提案する。
なんせ、バス停の真後ろに自動販売機があるのだ。
センもヨノイも、みんなしてチラチラ物欲しそうに見ていたものだから、居ても立っても居られない私は金銭にまだ余裕があるため奢ることにしたのだ。
「なあに、遠慮しなくていいよ。私のおごりだからね」
そう言うと、まず先に自分の分を買う。
リーダーが先陣を切って実行することで、後進もやりやすくなる。
そんな考えの元の行動だった。
「う、うーん、迷いますねぇ……」
「好きなだけ悩んでいいんだぞ」
コーラを飲みながら、私は自販機の前ではしゃぐ彼女らを見守る。
選択に悩むという贅沢を、今彼女らは味わっている。
人生に彩を加えるものとして、それは炭酸飲料よりも素晴らしいスパイスになるだろう。
これから思う存分味わうことができると思うと、どこかやり切ったような達成感を覚えた。
「みんなコーラなのね」
「先輩が飲んでいるものなら、大丈夫かなって…」
「……そうだ、乾杯でもしない?」
と言うと、右手で飲みかけのコーラボトルを突き出し、左手でその瞬間を撮る準備をする。
「あ、いいっすね」
「やりましょ!」
乾杯の提案に、皆は思いのほかノリノリで乗っかる。
「よしじゃぁ、私らの自由に、乾杯!」
「かんぱいーい!」
ドぼ
液体が入ったプラスチック製のボトル同士がぶつかりあったためか、想像するような乾いた音ではないく重く柔らかいものがぶつかったような生々しい音が鳴る。それも小さい。
正直拍子抜けではあったものの、それでも勢いは止まらない。
私はグビッと一気に飲み干した。
きんっきんに冷えたコーラの特有の甘さと炭酸が喉を通り抜けると、まさに生を実感する。
生きていて良かったと、これほど切に思うことは無い。
「うへっ!やっば!すごく、なんというか新感覚!」
「うまうま、やべやべやべ!口がっ!」
「はっはっは…!」
初めて炭酸を呑む彼女らの要素をもがくように私は笑った
「あれ、もしかして」
飲み干したボトルをゴミ箱に入れようとしたそのとき、後ろから明らかに私たちに向けられた声が聞こえてくる。
まさか、見つかった?!
そう考えた私は、咄嗟に銃口を声の主に向けた。
「や、やだなぁー違うよ、はっはっは……」
そこにいたのは、トリニティの制服を着た生徒だった。
バニラの花のような髪色にメカクレという属性の彼女は、一斉に銃口を向ける私らに苦笑いを浮かべながら近づいてくる。
「もしかして、あなたたちがアリウスの生徒?ほら、これあなたのスレでしょ?」
そう言うと、彼女はポケットからスマホを取り出し、画面を見せてくる。
銃口を向けつつその画面に視線を流すと、それは確かに私が立てたスレが表示されていた。
「うわーっはっはっは!もーう、びっくりした…!ほんとに…!はっはっは!」
誤解が解けた私は、笑い飛ばしながら銃口を下ろす。
その笑いにつられて、周りの皆も笑い始めた。
それからスレ民のトリニティ生とは、バスの時間が来るまでいろいろと話し合った。
聞けば、どうやら彼女はカタコンベの近くに住んでいるらしく、私のレスから逃亡経路を推測してここに来たそうだ。
まるで旧知の仲であるかのように打ち解けた私たちは、連絡先を交換したり雑談を交わしたりした。
そのうえ、彼女は逃亡資金用にどうぞと10万円をポンと出してくれたし、家に泊まらないかと提案する。
大変ありがたい提案だったものの、私たちにはまだやるべきことが残されているとして、その好意に感謝しつつも断った。
しかし、いざという時に駆けこめるよう住所は教えてもらった。
「またどこかで会いましょう」
「うん、またね」
そんなやり取りをして、私たちはバスに乗った。