「地下世界への降下許可は得ています。通して下さい」
「ええ。歓迎するわ、Dr.……ガム?」
「日本語で“私の夢”という意味です。そのまま呼んで頂ければ」
「良い名前ね。よろしく、ガム」
アイリーン博士と握手を交わし、乗り込んだ飛行船“HEAV”。モナーク研究員として初めて乗り込む最前線に、僕は少なからず高揚していた。
恩師が焦がれた神、その起源が眠る新世界。今から目にするのは、人智も及ばぬ未踏領域なのだ。
「おー博士、そのチャイニーズは誰だ?なんだかアンタ、HEAVに乗る時いつも違う男と一緒だよな」
「悪い冗談はやめてバーニー。貴方を含め誰ともそんな仲じゃないし、彼は日本人だし、ジアの前よ」
「そりゃすまん。ところでだが俺はバーニー・ヘイズ、“大怪獣の真実”は聞いたかいジャパニーズ?」
「よろしくバーニーさん、僕の名前はガムです。すみませんがポッドキャストはやってなくて……」
「そりゃ人生損してるな。帰ったら絶対聞け、モナークなんか目じゃない本質情報を随時プレゼンt」
「それ以上喚いてたら地下突入中に放り出すぞ」
「ソーリー」
「はは……」
パイロットに嗜められた、後ろの座席に座る陽気な黒人──バーニーさんに会釈してから着席。同時に横からの視線に気付く。 じっと見つめてくるのは1人の少女。
「えぇと……《こんにちは、ジア。僕はガム・タカヤマです》」
「……」
「…………?」
「《ごめんなさい。私はジア・アンドリューズよ》」
急拵えの手話に間違いがあったかとまごついていたら、返ってきた応答に思わず安堵。顔合わせも済んだところで、いよいよHEAVはその脚を地面から浮かせた。
モナーク製のモノリスが起動し、海が渦を巻いて大口を開く。目指すは地の底、巨獣ひしめき人智の及ばぬ未踏の世界!
「突入するわよ!資機材の保護は充分かしら?」
「僕の粒子加速器は特別製です、真っ平らにされたって起動できますよ!」
「何乗せてんのかは分からんがそりゃ良いや、だが機械より自分の心配をしとけ!“舌を呑み込む”なよ?!」
「何かのスラングですか?」
「経験談dわぁぁァアア〜〜〜ッッ!?!」
そうして始まる急降下、冒険への第一歩に心と身体が震え上がる。負けるものかと、僕はただ行先に待つ大地の輝きを見つめ───
───その日。
「何だ、アラート……!?」
「おいおい、積載装置が勝手に稼働してるぞ!触ったか!?」
「触れる位置にないでしょ貨物庫なんだから!」
「まさか地磁気変位に干渉されて…いや、この特殊空間の影響か?!」
僕達は。
「オイオイオイ、まさか爆発するなんて言わないよな?言わないよなブラザー!!?」
「そんなことはあり得ませんが、もしかすると意識が粒子加速に乗って変なとこに飛ばされちゃうかも───」
「変なとこってつまりどk───」
熱気。
目が覚める。
「《大丈夫?》」
「え、あ、うん」
手話で返すのも忘れ、心配げに覗き込んできたジアちゃんにそう頷く。彼女以外でまず目に入ったのは逆さの大地。果てなく頭上に広がり、けれどそこに落ちていくなんて事は無い。
そうか、ここが地下世界……!
……なの?
「《多分違う。何か違う》」
「《なんで分かるの?》」
「《コングがいない。存在を感じないの》」
恐らくイーウィス族特有のテレパシー能力。それによって得た知見を精一杯僕に伝えようと、ジアちゃんは懸命に手話してくれた。
その事に感謝で応じながら、ふらつく足で立ち上がる。すると次に、話し合う男女の姿が見えた。
「駄目。HEAVはどこにも無いし、本部とも連絡つかないわ」
「そもそも此処どこだよ!?何回か潜らせて貰ってるけど、ポータル付近にこんな場所無かったぞ!」
「そこなのよ。今まで探査してきたどのエリアの座標とも一致しないの、訳がわからないわ」
「嘘だろ、彷徨った挙句木に食われるなんて真っ平ごめん……あっジャパニーズ!起きたなら説明しろぉ、お前の機械の所為なんだからなっ!!」
「あっ待ちなさい!」
掴むや否やガクガクと揺さぶり。そこまで動揺させてしまった事に申し訳無く思いながらも、自分なりの分析を交えて説明を試みる。
「すすすすみませんんんん。たたた多分ですけど、今僕達が置かれてる状況は夢みたいなものでアッババババ」
「夢!?これが夢だと!言い訳にしたってそんな嘘が通じる訳無ぇだろこのこのこのッ」
「バーニー落ち着いてってば!……で、Dr.ガム。“夢”とは言っても私たちの感触はしっかり存在してるわ、どういう事なの?」
「あっはい。まず僕が今回HEAVに積んできたのは一種の粒子加速器なんですけど、これが起動すると接続されてる有機体の“情報”も加速するんです」
有機体の情報、つまり生命が持つ意識。相対性理論により、この世の存在は高い速度を得れば得る程に時間が遅くなる……が、実数の質量を持つ物は絶対に高速を超えられない。
だが、質量を持たない概念──エネルギー化された意識なら?
「地球の核の近くで、その磁場に乗せて被験者である僕の意識を乗せて粒子加速器を起動。光速を超えて過去に遡り……星が辿ってきた歴史を追体験するつもりでした」
「……つまり、どゆこと?」
「なるほど。つまりガム、貴方は“地球の記憶”を辿るつもりだったのね」
「そうです!僕は知りたかったんです、地球に最初のタイタンが生まれたその日の事を!」
タイタンはこの星の支配者。自然を司り星の運行を担う巨神、それこそが彼らの正体。恩師が掲げたその理論は現在進行形で実証が進み、しかし彼らがなぜ星の運命を担うに至ったのかは未だ明らかになっていない。
僕は知りたかった。如何にしてタイタンがこの星に産み落とされたのか。
僕は知りたかった。恩師が命を捧げた王、その正体は何なのか。
……僕は、知りたかった。彼らに踏み潰されてきた命の、その死の意味を。
「つまり、大きな視点で見れば僕の実験はこの時点で大成功を収めました。地球深部の磁場に乗れば意識を過去に飛ばせる、歴史をこの目で見る事ができると!」
「で、俺達はそれにまんまと巻き込まれたと」
「……すみません。いや、本当に」
巻き込んでしまった彼らに対し、せめてもの誠意で頭を下げる。けれどバーニーさんは一転、軽快に笑って言った。
「良いよ良いよ、安心したから。要は俺が今見て感じてるのはマジで夢みたいなモンで、身体は現代に残されてんだろ?つまり目覚めりゃ万事解決って訳だ!」
「ここにいないのを見るに、運転手だけは巻き込まれずに済んだみたいだしね。彼が無事にHEAVを安定させてる事を祈りましょう」
「あっ……その、えっとですね」
続くアイリーン博士の安堵。それに対し注釈を加えようとして、でも僕の口は言葉を紡げなかった。
何故なら、地響き。
「これは……?」
「ジア、どうしたの!?」
アイリーン博士の声に目を向ければ、そこには地面に手をついて震える少女。何かを感じ取ったのか、立ち上がり彼女はジェスチャーを突き付けてくる。
「《大地が揺れてる》」
それはSOSか、それとも。
「《風が震えてる》」
断末魔か。
「《地球が、泣いてる》」
その瞬間だった。僕らが立つ断崖絶壁、そこから見下ろせる地平線が“裏返った”のは。
出てきたのは夥しい数の“龍”。
「えっ……なにっ、なんだぁっ!?」
「新種、いや古代のタイタン!最盛期にはこんな種がこれ程まで繁栄してたのか!」
「ジア、下がって!!」
「《……!》」
古代の地球に行くんだ、これぐらいの想定はしていた。けれど引っ掛かるのは《地球が泣いてる》というジアちゃんの言葉。地球を統べるタイタンが暴れるなら、地球にとっても不都合は無い筈。
ならば何故か。その答えは幸か不幸か、向こうから姿を現した。
「……嘘だろ」
彼方に黄金。降り立つ雷嵐。それで全ての説明がついた。
「ギド、ラ」
時を同じくし、遠くのポータルより青い光。高速で着弾したそれはすぐに立ち上がり、黄金へ吼えた。
「ゴジラ……!」
遥か過去。
氷河期より前。
ゴジラとギドラの、最初の戦争。
自分たちがこれから目にするのは、それなのだと。
『■■■■ッッ!!!』
先手を打ったのはゴジラだった。
蒼の閃光が大地を裂き、ギドラ率いる敵タイタン群に着弾。強烈な爆発を引き起こし、その熱風が僕らにも襲い掛かる!
「伏せてっ!」
「これ大丈夫なのかよぉ!?」
「言い忘れましたが、万が一絶命したらそのまま精神が死にます!現実の肉体も脳死状態になるので絶対に死亡しないでください!!」
「全然大丈夫じゃねぇじゃんかぁぁぁ?!?」
岩陰に退避する間にも事態は動き、次に仕掛けたのはギドラ。半数を消し飛ばされた群れに対し号令──恐らくはアルファコールを掛け、強制的にゴジラに差し向ける。彼らに逆らう術は無く、連携の欠片も無い有様で各々が本来の王に歯向かっていった。
群の暴力が個のゴジラに襲い掛かり、しかし一挙手一投足で吹き飛ばされる有様。同胞をちぎっては投げ、その度ギドラに向けて放たれる咆哮に更なる怒りが乗る。
でもギドラは一顧だにしない。ゴジラを度外視し、あらぬ方向へ進撃を再開し始めた。
「奴はどこに向かってるんだ?ギドラにとってゴジラは殺したくて殺したくて仕方ない相手なんだろ、それを無視するって事は相当だぞ」
「僕に聞かれても……」
「ギドラが地下世界にまで侵攻してたなんて初発見よ。もしかすると、地核エネルギーを求めてここまで来たのかも」
「……メカゴジラみたいに?」
「メカゴジラみたいに」
もしそうなら、とんでもない化け物が誕生してた筈だ。実際ギドラは慣れないメカゴジラの身体で、それでも地核エネルギーを得た事であれほど大暴れしたんだから。もし元のギドラの体でそれを得たのなら、ゴジラでも倒せない程の力を得ていた筈。
逆説的に、そうはならなかった。きっとゴジラが事前に阻止したからこそ、ギドラは南極に封印されたんだ。
「不味いぞ、もうゴジラは追いつけない!」
でも、そうだったら、今僕たちが見ている景色は何だ?
差し向けられた肉盾に阻まれ、ゴジラはギドラを止められていない。三首の龍は気ままに地底を蹂躙し、地核に至る箇所を探し続けている。
モスラはいないのか。コング族は?他のタイタンの助力は無かったのか!?
「掘り当てた……!」
そして、その時は来てしまう。
ゴジラの光と同じ、青のチェレンコフ光。ギドラの破壊した一角から遂に、その光が顔を出してしまう。
食われる。地球が、ギドラに。
本当にここからゴジラが逆転できるのか。それを信じられず、僕達は目を逸らした───
───ジアちゃんを除いて。
「《大丈夫》」
彼女は告げる。
「《地球が、怒った》」
星の意志を。
噴き出す青い光が“紅”に染まったのは、その瞬間の事だった。
赫い光が、食らいつこうとしたギドラを高く吹き飛ばしたのもその刹那の事だった。
その光は……確かに、“拳”の形をしていた。
それは人の姿をしていた。
けれど、人間と呼ぶにはあまりにも大き過ぎた。
大きく、重く、力強く。
何よりそれは、眩し過ぎた。
「……ひかり?」
誰かが言った。
それは正に、光の巨人だった。
「……“ウルトラマン”」
不意に浮かんだその名を口遊む。
それがきっと、あの