────また、あの蝶だ。
ブラックアウトした視界に現れたそれは、倒れた僕の喉元へ降りる。どこか所在無げに。
(……謝ってるのかい?)
当たり前だが、返答は無い。代わりに口吻が伸び、僕の胸──さっきまで地球の光が秘められていた、でもゴジラによって封じられたそれを叩いた。
要領を得ない。でも明確な答えも無いまま、蝶は羽ばたいてしまう。
手を伸ばす事も出来ないまま、僕は………
「……ハッ」
「っ!目が覚めたのね、Dr.ガム!!」
「心配させんなよブラザー!こちとら、もうどうなる事かと……!」
「ここ、は…?」
目に入ったのは見慣れぬ天井と、見慣れた顔。意識を取り戻した僕を、アイリーン博士とバーニーが出迎えてくれたらしい。
「モナーク・バルバドス支部の病院よ。ハワイで倒れていた貴方をフォード大佐が見つけて、彼から引き渡された“協力者”が此処まで運んでくれたの」
「協力者?バーニーさんですか?」
「俺は日本でお前が倒れる有様見て絶叫してただけだよ!!ここにいるのは博士の口利きだ」
「そう騒ぐな面白黒人。相手は傷病者だぞ」
「誰がギャグ枠だって!?」
「ネイサン、バーニー、2人とも!こんな時にやめて!!」
ネイサン博士まで入って来た所で、起き上がろうとした身体を激痛が迸る。主に脇腹、やはりゴジラから貰った一撃が尾を引いているらしい。
「貴方達は……僕の事を……」
「……巨人の正体の事は、ここにいる皆が知ってるわ。でも公にはしてない」
「助かります………」
「だってどんな影響や問題を齎すか分からないもの。貴方を診たトラッパー曰く、肉体構造に特異な変化は見当たらなかったから隠蔽するのも楽だったけどね」
タイタンに立ち向かう術の無いこの世界で、抑圧された人類の手に突如タイタンの力そのものが舞い降りてしまえばどうなるか。具体的にどうなるかは検討もつかないけれど、きっと碌な事にはなるまい。それを見越した先輩学者に、心から敬意と感謝を送る。
……で、ゴジラは?
「ニュースを見れば早いわ」
問うより早く点けられたテレビ画面に、すぐに彼の姿は映された。薙ぎ倒される工場地区、その中を突き進むゴジラの姿が。
「中国の工業地帯が……?!」
「それだけじゃない。お前が起きるまで要した10時間、それまでに襲われた大都市が3つ。犠牲者も無論……独自に開発していたと見られるODミサイルの類似品を中国が打ち上げたんだが、なんと発射5秒後に地平線越しの熱線狙撃で撃墜されたよ。お陰でミサイル基地から周辺10キロ圏内の居住区域は漏れなく全滅だ」
「そんな……!」
寝ている内に巻き起こされた惨劇に歯を食い縛る。ガイアリセッターはそれ程までに、怪獣王の怒りを買ったというのか。
そう考えていた、その時。
「なっ……」
「モスラ!?」
ニュース映像が、地中より飛び出す輝きを捉えた。鱗粉を放ち現れた翼、それは僕を度々誘った蝶にも似ていて。
舞い降りた怪獣女王は、ゴジラの前に浮遊する。
『□□□!◇……!』
『■■───』
「王と女王が対話している…もしや説得を?」
「オイオイオイ、こりゃ希望が見えたんじゃねぇの?ゴジラはモスラに頭が上がらないんだ、上手くことが運べば止まってくれるぞ!」
「落ち着け!まだ何も分からん、期待はするな」
「じゃあどうすんだよ、モスラの他に誰がゴジラを止められ───ぁ」
『 ■ ■ ■ ■ ッ ………!!』
『□…っ』
バーニーさんの期待も虚しく、王の咆哮。怒りというより“諭し”の側面が強いような落ち着いた声音に、モスラが揺れる。すれ違っていく王の一歩を、彼女は、止めなかった。
「モスラですら諌められないなんて…っ」
「……コングを、呼ぼう」
「っ、それだけは絶対ダメよ!人類の不手際に彼をこれ以上巻き込めない!」
愕然とするアイリーン博士、震える声音で提案するネイサン先輩。彼らの議論を聞きながら、僕は心の中で確信を深めていた。
(ゴジラの怒りは、今回の一件だけを発端にした物じゃないんだ)
積もり積もってきた罪禍。並べたそれを前に判断し、判決したが故の冷静さが、今の彼にはあった。怒りではなく理性で人類文明を攻撃しているのだと。
そしてゴジラは、今まで地球環境の問題に対して、誤った判断を下した事が無い。その実績が表す事とは。
「人類の削除こそが、“正解”。そういう事だ」
新たなる声に、時が止まったようだった。その声に振り向けば、なんとも……懐かしい旧友の顔があった。
「……
「久しいな、我夢」
分かっていた。僕にガイアリセッターの情報を送って来た匿名人物の正体も、アイリーン博士が言ってた“協力者”も。同じ師の下で研鑽を積んだ、君なんだって。
「……おーいヒロヤ先生。患者の様子を診たいからどいてくれん?」
「あっすまん」
・
・
・
「酷い顔だな」
「……まぁね」
モナークの仲間達(バーニー含む)には席を外してもらい。連れ立った屋上で2人、旧交を温め合う。
フジミヤはセリザワ先生の研究室における同門、同期の研究仲間だった。放射線、地核エネルギー、そしてタイタンを調べる友だった……先生が死ぬまでは。
「メカゴジラ暴走事件の時、犠牲者名簿に君の名があるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「生憎紛い物の製作にはノータッチだ。関わってるとでも思ったか?」
「いやだって君は……」
タイタン駆逐派に回っていたじゃないか、と。でもあの時と違い、より影を帯びつつも病みからは脱した様子の彼に、それを言うのは憚られた。とはいえ沈黙こそが答え、容易に見抜かれてしまったようで。
「ああ、そうだ。俺はあの時タイタン打倒に舵を切り、先生の理念を継いだお前とは袂を別った。だから先にその道を進んでいたレンと合流した」
「でも今の君に、当時のような焦りは見えない。何があったんだ?」
「……そもそも。実の事を言うと最初から、俺は別に反タイタン思想なんて持っちゃいなかったんだよ」
驚きの返答。だが疑問は深まる、それなら何故先生の意志から外れる必要があったのか。どうしてわざわざエイペックス社に入ったのか……その答えもまた、聞く前に彼自身の口から。
「俺は………共感してしまったんだ。
「!!」
「環境を傷付け続ける人類文明を一度、地球上から消去すべきだと思ってしまった。レンにもそれを見抜かれかけて…あの時は心から焦った」
きっと、そう思った自分を否定したかったからこそ、逆に怪獣排斥にのめり込もうとした。そしてそれも叶わず、迷走の果てに彼はここまで来てしまったんだと。そう理解出来たのは一拍置いてからの事だ。
「君は本当に……極端だなぁ」
「知った風な言い方するなよ」
「同郷の兄弟弟子だよ僕ら。知らない方が無理sッッてて──!」
「ガム……っ」
笑った刹那に襲いくる痛み。気遣わしげにかがみ込んで来た友人を手で制し、荒げた息をなんとか鎮めた。
「………なぁ藤宮。僕はどうすれば良い」
「───」
痛みの後に訪れたのは、無力感。
「僕はチャンスを逃した。ゴジラの目の前で、人類を守るチャンスを……この事態は僕が招いたような物だ」
「そう思うのか」
「そうだよ!」
あの時、もっとテキパキとガイアリセッターを破壊出来ていれば。躊躇するザマを見せなければきっと、ゴジラが出てくる事なんて無かったんだ。あの時の甘さが怪獣王の怒りを買った。
せっかく貰った光だって……!
「何度起動しても答えてくれない…見放されてしまったんだ、地球に!」
手に握った光電子管は、もうどんなアプローチにも応えてはくれない。ゴジラの一声で制されて以降、あの光は僕の手から離れてしまっていた。
だからもう、チャンスは無い。僕にゴジラを止められる力はもう……!
.
「……
「………ごめん。これじゃ八つ当たりだもんな」
「それで諦めるのかしら?」
聞こえて来た3人目の声。藤宮と振り向くと、そこにはハンプトン長官の姿が。
「いつからっ!」
「ついさっきよ──あぁ安心して頂戴、詳細は聞こえなかったし詮索するつもりも無いわ。けどねDr.ガム…貴方が思ってる以上に、人間ってのは生き汚い物なのよ」
歩み寄って来た彼女から手渡されたデバイス、そこに表示されているのは“FIGHTER”………まさか!?
「モナーク長官として命じます。Dr.ガム、リパルサーリフトの開発者として人類存亡を賭けた作戦に参加しなさい」
リパルサーリフト。それはガムが開発した反陽子浮遊システムであり、揚力を不要とした飛行を人類にもたらす新次元発明であった。
具体的に言えば、飛行機にUFO的な機動を可能とする。地上からの連続的な超火力対空砲火を前にしても、三次元の立体的な回避を可能とできる訳だ。
そう。遠距離攻撃を備えたタイタン相手だとしても、空中戦を可能と出来るほどの。
「そのシステムを応用した戦闘機、“ファイター”。君の技術提供により着手された人類の武器だ」
「……わぁ」
格納庫に堂々と並ぶ、その試作9機を前に。発明した当の本人でさえ感嘆の声を漏らす。
ここはシャイアン・マウンテン基地。米国が冷戦時代、核攻撃に備え造ったこの基地は地下に存在し、即ちゴジラの遠距離熱線狙撃に対しても幾らかの防御力を見込める事も示している。その更に下層に新設された格納庫へ、僕とフジミヤは招かれていた。
「システムチェック!」
「エラーを残すな!!万全に仕上げるんだッ」
「燃料足りねぇぞ早くしろォ!」
「侵攻状況は!?」
「“相手”が誰か忘れんな!!!」
周囲を走り回る人々、その種類は整備員だけに留まらない。学者、オペレーター、軍人ら多種多様にそれぞれの仕事へ奔走している。
「ここにいる誰も、諦めてなどいない」
そう言ったのは僕達を招いた人──石室と名乗った、その彼だ。
「ゴジラが人間を切り捨てた。それは否定のしようの無い事実なんだろう……しかしだからと言って、我々ただ告げられた死を待つだけの存在ではない。一欠片でも希望がある限り最後まで足掻く、それこそが人間のあるべき姿なのだから」
「人類にこそ“非”があるとしてもか?」
反論したのは藤宮。その瞳には確かな疑念が宿っている。
「藤宮博士、ガイアリセッターの件は我々も把握している。人類の上層が地球に仇為した、その事実がある以上ゴジラの選択には否定し難い側面がある事も」
「分かっていて尚拒むのか」
「勘違いされては困るが……我々は罪を罪として裁かれる事、それ自体を否定するつもりは毛頭無いのだよ」
咎める口調。それを止めようとする前に、石室さんが「だがな」と応報する。
ある種、人類の運命を問う審問がここに在った。
「我々は償わねばならん、そして償うには生きていなければならんのだ。そのために我々は生きとし生ける人類を守る、例え不義理の泥濘を舐めようともだ」
「「──!!」」
「その上で頼みたい、高山博士。我々はこの新型ファイター達に全てを賭ける所存……彼らを万全に飛ばす。その手助けをしてくれないか……っ」
………頭を下げてくる、この基地の司令官。対する僕の答えは既に決まっている。
「…パイロットの方達は、従来の戦闘機乗りですか?」
「ああ。全員“トップガン”と呼ぶに足る精鋭をかき集めた」
「じゃあ全員集めてください!リパルサーリフトの挙動制御にはZ軸方向への理解が不可欠です、僕がその点を擦り合わせなきゃ!」
「!!っ、感謝する!」
善は急げ。そうとばかりに召集令を出してくれた石室さんの後に続く──前に、キョトンと目を瞬かせるフジミヤへと向き直った。今の内に頼み事を!
「藤宮、芹沢先生の研究室はあの日からそのままだ!そこからゴジラに関するありったけの資料を集めて来てくれないか!?」
「なっ……何のつもりだ?」
「ゴジラの行動パターンを読むんだ!ファイターがその力を十全に発揮できるような作戦を考えなきゃ!!」
きっと急に生気を取り戻した僕の様子に混乱してるんだろう。僕自身、こんなに元気が出るなんて思わなかった。
でも仕方無いじゃないか。皆頑張ってる、その姿を見せられちゃったら。
(誰もウルトラマンの力なんて無いのに、それでも一人一人が人間として!)
それを見ていたら、光に見放された程度でウジウジしている自分が、情けなくて仕方なくなったんだよ。
「この世界は、滅んだりしない……!」
滅ぼさせたりなんかしない。例えそれが、ゴジラ相手だって!
「……これもまた、人間という事か……」