霊夢は襲い来る虚を次々と薙ぎ倒す。
龍牙は一番近い敵を狙い、飛びかかって斬り裂く。
だが、敵もやられっぱなしでは無い。
二人を包囲すべく、半数が背後に回り込んでいる。
幸い、あちらは連携が取れていない。飛び道具はなく、直線的に襲いかかって来るだけ。グランドフィッシャーとは大違いだ。
龍牙と霊夢は呼吸を合わせ、端から順に攻撃した。一体を縦に真っ二つ、一体の頭部をつぶし、一体を横に真っ二つにする。
甘い食べ物に群がる蟻のようにワラワラと虚は湧き続ける。
二人は少しずつ後退りし、ついには背中合わせになった。
「キリがないわね」
「全くだ。虚は一向に減らねーし、あのデカい虚もいつ動き出すか分かんねぇ」
「──
「メノス、なんだって?」
「メノス・グランデ。共食いを何度も繰り返して生まれる、虚の集合体みたいなものよ」
「共食いって、虚同士でか? 成程。こんだけ虚が集まってりゃ、バイキング気分で寄ってくるわな」
龍牙がおどけた調子で言う。
「そんな軽口が叩けるならまだ大丈夫そうね。作戦を考えてきたわ、好きなのを選んでちょうだい」
「分かった」
「一、私が大勢の虚を引き付けてるうちに、龍牙がメノス・グランデを倒す」
「成程?」
「二、私が傍観しているうちに、龍牙が全てを解決する」
「……とりあえず、お前が作戦を立てるのに向いてないってことだけはよーく分かった」
「二ね、了解したわ」
「おい待て、異議あり! 異議ありありだ!」
返事を待たずに勝手に決め、霊夢は刀を鞘に収めようとする。
危うく最悪の展開になりそうなところを、龍牙は全力で静止して、明らかに片一方の負担が著しくなる作戦に、異議を唱える。
「じゃあ一ってことでいいのね?」
「トロッコ問題より渋い選択だけど、その二択なら一がいいな……まぁ、それはいいとして。どうやってアイツのとこまで行くんだよ?」
「簡単じゃない」
霊夢はキョトンとし、
「──こうすんのよ!」
龍牙の臀部を思いっきり蹴り上げた。
デジャヴ。
木々よりも高く打ち上げられ、その身は一直線にメノス・グランデへと向かう。
龍牙はおろか、虚も予想だにしなかった無茶苦茶な突破方法に、(メノス・グランデ以外が)唖然としてそれを見ていた。
「覚えとけえええぇぇぇッ!!」
やられ役の、悪者のような捨て台詞を叫ぶ龍牙。
彼の遠く離れていく背中を見送ると、霊夢は呟く。
「これは必要な戦いなの……龍牙、アンタにとってね」
*
一方、龍牙は最早、メノス・グランデの目前まで来ていた。
先程まで相手していた虚とは違い、襲いかかってくる気配はないが、佇んでいるだけで威圧感というものがある。
(でけぇ……足だけで俺の二倍はありそうだ)
高層ビルに匹敵するほどの巨大な体躯。
鼻の尖った仮面を着け、全身が黒い布のようなものに覆われた姿は、なんとも不気味である。
ともかく、こんなものが人里をのさばってしまえば、大々的な被害は避けられないだろう。
(何としてもここで止めねーと……)
龍牙は刀を構えると、雄叫びをあげて足部へと突っ込む。虚を両断するとき、いや、それ以上の力を込めて刀を振る。
それはすさまじい破壊力を秘めて、メノス・グランデの足を真っ二つ──
──にはしなかった。
数センチしか刃は入り込んでおらず、かすり傷より若干酷い痕が残るだけであった。
じろっ、と、メノス・グランデは足元に視線をやると、石ころを蹴飛ばすように、龍牙を数メートル先まで吹っ飛ばした。
幸いにも木々がクッションになり、龍牙は着地の勢いでダメージを受けることはなかった。
「痛ってぇ……女に蹴られ虚に蹴られ、今日は散々だな」
小言を呟き、身を起こした。
妹紅との修行で会得した歩法を使い、メノス・グランデの方へと踏み出していく。
戦力差は歴然。
龍牙は、どうしたものか、と頭を悩ませる。
鬼道を使えなければ、飛び道具もない。かと言って慧音のような能力を持っているわけでもなく、攻撃方法は刀で斬ることただ一つ。
その方法でさえ、メノス・グランデには、かすり傷程度のダメージにしかなっていないのだ。
吐き気がするほどのクソゲーぶりに、龍牙は思わずため息をつく。
その時、鋭く強烈な悪寒が龍牙の背中をはしった。
「何だ……!? 霊圧が高まってる……!?」
大気が震える。
特に身動きをとっていないのに、メノス・グランデの身体に膨大な力がみなぎっている。
圧倒的な力感。大技が来ると本能で理解する。
技を放つ前に仕留めるか、逃げて態勢を整えるか……。一瞬の迷いがスキを生む。
光の束がメノス・グランデの口元に収束される。それが霊力であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
赤い目玉がジロリと龍牙を睨む。
狙いは龍牙だ。
逃げる間もなく、龍牙の方へと特大の光線が放たれる。
ばちん、と炸裂音が鳴る。
龍牙が光線を刀で弾いているのだ。
気を緩めば一瞬でお陀仏してしまう、緊迫した状況とは裏腹に、龍牙の胸は高鳴っていた。
自身の霊圧が増大しているのだ。
メノス・グランデの光線を受け止め、まるで共鳴しているかのように。砂の中に埋もれた砂鉄が、強力な磁石で無理矢理掘り起こされるように……。
やがて龍牙の霊圧はメノス・グランデの光線を遥かに凌駕した。
刀を持つ手をあげ、光線を完全に弾き、かかげた腕を振り下ろす。すると、かすり傷程しかつかなかったメノス・グランデの身体が両断された。
想像以上の手応えに、龍牙は笑みを浮かべる。
『オオオオオオ!』
姿は不気味。一見無感情そうに見える面構えでも、ちゃんと痛みを感じるようだ。
メノス・グランデは、白い煙を吐きながら、唸り声をあげた。
最初に出現したときのように、空に裂け目をつくると、真っ黒い空間の中に姿を消してしまった。
「はぁ、はぁ……帰ったのか……?」
「──ええ。よくやったわね、龍牙」
龍牙に賞賛を送ったのは霊夢。
あれだけの数の虚を相手取りながら、かすり傷はおろか、呼吸の乱れすらない。
さすがは隊長格、といったところか。
「霊圧が格段に増してる……あいつと戦って急成長したのか……? それとも、これが俺の本来の霊圧なのか?」
「──アンタ本来の霊圧よ、それが。理由は分からないけど、抑圧されていた、ね」
「霊夢は、気付いてたのか?」
「確信は持てなかったけどね……だからこそメノスと戦わせたのよ。本来の霊圧を引き出すために」
「そうか……また一つ、強くなれたんだな。ありがとう、霊夢」
「礼はいらないわ。最悪、龍牙は傷だらけになる可能性もあったしね。罵倒ならいくらでもどうぞ」
「いや、お前のおかげで強くなれるんだ。礼を言わせてくれ」
「──かっ、勝手にすれば?」
霊夢は鼻の付け根を赤らめ、視線を逸らす。
もう一度礼を言うと、霊夢は「ふん!」とそっぽを向いた。
それから、厳しい目つきで振り向いた。
「メノス・グランデを退けたことは、すぐに上に伝わるわ。間違いなく席官──下手すれば空席の副隊長の座につくかもしれない。そうなったら──」
「危険な任務が増えてくる、だろ」
「そういうことよ」
冷徹な顔をして霊夢は言った。
──が、急に挙動不審になり、視線をあっちこっちにさまよわせて、かなりためらってから口を開く。
「仮に、もし仮によ? その、副隊長の着任は拒否ができるの……それだけ、一応伝えておくわ!」
嫌だったら副隊長を断れ、と言ってくれているのだろうが、なぜそんなに挙動不審になるのか、龍牙は理解できずにいた。
「一応伝えておくわ、一応ね」
二回言った。大事なことらしい。
だが、もし副隊長への推薦が来たのなら、少し考えなければいけない。霊圧が増したとはいえ、戦いにおいてはまだ稚拙。
龍牙が知っている副隊長と言えば妹紅だが、今回の件で彼女との差が縮まったかと言えばそんなことはない。
副隊長という役職が自分に余りある、と感じるならば断るのも一つだろう。
龍牙は天を振り仰ぎ、青ざめる空を睨んだ。
*
「あ〜? 知らねぇよ。家出でもしたんじゃねーのか?」
深夜二十三時。入眠が早い人間なら、既に夢の世界にいる時刻。
緑色の髪をなびかせた少女は、夜更けだというのに、人の家を訪ねていた。
応対しているのは、手入れされていない無精髭を生やした、ぶっきらぼうな男であった。
「知らないって、貴方の息子の話なんですよ!?」
「うるせぇ! あんな気味わりい奴、息子だと思った事なんてねぇよ!」
男は悪態をつくと、勢いよく扉を閉める。
少女はインターホンを押そうとするも、これ以上話をしても無駄だと判断し、帰路につく。
「私がいるからって、こんな夜更けに外に出るなんて二度とダメだからね」
暗がりから金髪の幼女が現れる。
現代には珍しい市女笠に、目玉が二つついた特殊な帽子は、蛙を彷彿とさせる。
「愛しの彼の行方は分かったの?」
「──いえ」
少女は可哀想な顔をして俯く。
「信じていれば、きっとまた会えるよ。だから──」
「……私、お風呂入って寝ます!」
幼女の言葉を最後まで聞かずに、緑髪の少女は
「ウチの早苗を泣かせるなんて、まったく、酷い男だねぇ」
少女と入れ違うように、青髪の女性が姿を現した。
「──神奈子、気付いてる?」
「ああ。アイツにした蓋がこじ開けられちゃってるわね」
神奈子、と呼ばれた女性は肩をすくませながら言った。
「膨大な霊圧が漏れ出るのを防ぐために、せっかく蓋をしてあげたっていうのに……」
「誰かがこじ開けたか、自分でこじ開けたか……いずれにせよ、只事じゃなさそうだね。諏訪子、やっぱり──」
「──うん。どちらにせよ、行くしかないね……早苗、あんたが会いたい人には、そこで再会できるよ──幻想郷でね」
月が湖面に影を落とす。
神奈子は、諏訪子に「先に戻るよ」と声をかけ神社の方へと戻っていく。
月を見上げ、一人きりになった境内で諏訪子は呟いた。
「元気にしてるかなぁ──龍牙」