霊夢が取り出したお面を見て、龍牙はまさかといったふうな顔をする。
狐の顔の形に造られたお面は確かに、顔を見られることなく立ち回ることを可能にするだろう。
基本的ずぼらで書類仕事も溜めがちな霊夢が、珍しく用意周到にお面を持っていることに、龍牙は吃驚した。
「お前にしては用意がいいことはさておき、平和戦士・イナリマンってなんだよ」
「あら、嫌なの?」
霊夢はキョトンと首をかしげた。
「いや、狐のお面自体は嫌じゃねーんだけど……」
「じゃあ問題ないじゃない。はい、装着装着」
お面をグイグイと押し付けられ、仕方なく龍牙はそれを受け取った。
嫌々ながらもお面をつけようとすると、霊夢から「ストップ!」と声がかかった。
「──なんだよ」
「言い忘れてたけど、お面をつけてるのが龍牙だってバレないように、そのお面には霊圧を抑える術式を施してあるわ」
「へ〜。そいつは便利だな」
霊夢の説明を聞いて、改めてお面をつけようとする。
すると、もう一度霊夢からストップがかかった。
「まだなんかあんの?」
「あるわよ。私が練り込んだのは鬼道と似た術式──つまり、発動するには詠唱が必要なのよ、使用者のね」
鬼道に似た術式をお面に刻み込む。
霊夢がしていることはほぼ、オリジナルの鬼道を創り出していることに等しい。
龍牙は素直に感心した。
「俺が詠唱しないと意味がないってことか……分かった。教えてくれ」
「一回しか言わないからよく聞きなさいよ?」
「おう、分かった」
「いくわよ? ──受けてみよ、正義の力! 正義装甲ジャスティスマスク、装☆着!」
「……は?」
「もう、聞き逃したの? もう一回いくわよ」
「まてまて!」
二度目の詠唱を唱えようとする霊夢を、龍牙は慌ててそれを止めた。
「なによ? なんか変なところでもあった?」
「全体的に変だったけどな!?」
小首をかしげる霊夢に、龍牙は異議を唱えた。
「幻想郷では意外と人気あんのよ、こういうの」
「嘘つけ! 絶対にやりたくないんだど、詠唱破棄とかできねーの?」
「はー? 龍牙みたいなタイプはどうせ、魔法は詠唱してから放った方がかっこいい、とか思ってるんでしょ? だからわざわざ詠唱破棄できないようにしたのに!」
「余計な気回ししてんじゃねぇ! そんなの唱えるくらいなら、クビ覚悟で行くか帰るわ!」
魔法は詠唱してから放った方がかっこいい、については、龍牙は否定しなかった。
問題は詠唱の方にある。
どうしてもやりたくない龍牙は、お面を霊夢に突き返した。
「そんなっ──そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……っ!」
霊夢はその場でうずくまり、涙ながらに言った。
「……いや、悪い。泣かせるつもりじゃなかったんだ」
さすがに泣かれるのは予想外だったのか、龍牙の表情に焦りの色が見える。
しばらくすんすんと鼻を鳴らした後、霊夢はぽつりぽつりと語り始めた。
「──相手は多分、巫女だけじゃなくて神様……それに、妖怪の山の連中も味方についてるわ。正直、一人じゃ不安なの……」
隊長とはいえ、現界ではまだ中学生程度の齢。
普段は気丈に振舞ってはいるが、その実、普段から不安を抱えているのかもしれない。
龍牙は反省し、霊夢が手に持つお面を奪い取る。
「……分かったよ! 言えばいいんだろ、言えば!」
「──龍牙」
霊夢は、ぱあっとした表情を見せ顔を上げた。
「……う……受けてみよ、正義の力! せ、正義装甲ジャスティスマスク、装☆着!」
顔を赤らめながらも、霊夢のために詠唱してお面をつける。
「──うわ、ほんとにやった……」
はっと振り向くと、若干引き気味な様子の霊夢の姿。
「……張り倒すぞ?」
お面をつけたまま霊夢に凄む龍牙。
そんな龍牙を押し退け「行くわよ」と霊夢は先に進む。
龍牙は溜息をついて、その後に続いた。
「それにしても、なんだって妖怪の山の連中が味方についてんだろうな?」
龍牙の疑問は尤もである。
博麗神社は外の世界と現界を隔てている、博麗大結界の境目に位置している。
結界の要となっているのは、神社周辺の木々と、博麗の巫女。
大袈裟に言ってしまえば、博麗の巫女は幻想郷の要そのものとなる。
それに対して降伏や神社の譲渡を迫る行為は、幻想郷そのものを支配すると言っているようなもの。
幻想郷を護る立場のものがそれに加担するのは、裏切りに等しい。
なにか裏があるのかもしれない、龍牙はそう考えていた。
「さあ? 知らないわよそんなこと」
「考えたって仕方ねーけど、ちょっと気になるよな」
「──そうね。九番隊を相手しなきゃいけない可能性もあるわ。ここからは、気を引き締めて行くわよ」
気付けば二人は、妖怪の山の目前まで来ていた。
複数の強い霊圧を龍牙は感知する。隊長格、それと、山の天辺から感じる一際強い霊圧。
新参者の俺が相手になるのか、と龍牙は不安を感じた。
「大丈夫よ、龍牙なら」
龍牙の不安を感じ取ったのか、霊夢は優しい口調で言った。
「──ほら、来るわよ」
霊夢が指差した方向からやって来たのは二人の女性。
二人して金髪のボブであり、違うとすれば髪型。
片方はウェーブがかった髪をしていて、もう片方は前の方向にカールしている。
「誰よ、あんた達」
「私は
ウェーブがかった髪をした方が、スカートをたくし上げ、礼をする。
「神」という単語を聞いて、龍牙は反射的に小さく礼を返した。
「私は
続いてもう片方が自己紹介をした。
静葉と違い声が大きく、明るい性格のようだ。
「ふぅん、秋の神がなんか用?」
霊夢は二人を睨みつけるようにして訊ねた。
「私達は名乗ったんだから、そっちも名乗りなさいよ!」
穣子が目くじらを立て龍牙達を指差した。
「──郷廷十三隊、十三番隊隊長・博麗霊夢」
「そっちは?」
「俺はなな──」
龍牙がそこまで言いかけた時、霊夢が穣子達に見えないように肘で龍牙を小突いた。
龍牙は何だよ、と言いたげな表情で霊夢を見る。
(アンタ、バカなの? 何のためにお面つけてると思ってんのよ)
(……そうでした)
龍牙は「ゴホン」と咳払いをすると名乗りをあげようとする。
しかし、平和戦士・イナリマンなどと名乗るのはさすがに癪だ。霊夢にバカにされる未来は見えている。
だが、いつまでも待たせてしまうのは申し訳ない。
龍牙は意を決して、
「──へ、平和戦士・イナリマンだ」
と可能な限り声を低くして名乗りをあげた。
「……」
沈黙。
なにかおかしいことをしてしまったのか。
否、おかしなことをしたのだ。
お面越しに、龍牙の顔がみるみる赤らむ。
「──ぷっ」
沈黙を破ったのは、穣子の噴き出す声。
「あっはははははは!!」
「……し、失礼ですよ、笑っては……」
穣子は腹を抱えて笑い転げる。
静葉も声を上げてはいないものの、顔を背けて身体を震わせている。
「んぐっ、ふふふ」
霊夢は龍牙の肩に腕を乗せてよりかかり、手で顔を隠して、声を押し殺しながら笑っている。
龍牙は惨めな気持ちになった。
今すぐ家に帰って、隅の方でうずくまりたい気分だ。
だが、残念ながら今はそんな場合ではない。
「ひーっ、ひーっ、お腹痛い!」
「──さっさと用件を言え!」
痺れを切らした龍牙は、つい大声を出してしまった。
「ふぅ……いい? 妖怪の山にいる妖怪はね……くっ……そこら辺にいる妖怪とは違うのよ! 危険なの!」
「貴方達を危険な目に合わせる訳には行きませんので、ここから先は通せません」
一頻り笑って落ち着いた穣子と静葉は用件を語り出す。穣子の方はまだ少し笑っているのが龍牙の癇に障るが、ツッコミ出したらキリがないので無視をする。
失礼な神とはいえ、どうやら龍牙達のことを心配しての行動のようだ。
「悪いけど、こっちだって事情があんのよ。通さないって言うなら、力づくで通してもらうわよ」
いつの間にやら真顔に戻っていた霊夢は、掌を彼女達に向ける。
霊夢が何をするつもりか理解し、龍牙は数歩後ろに下がった。
「どうしても通りたいと言うのならば、私達を倒していき──」
「破道の三十一・
「ひうっ!?」
静葉が言葉を言い終わる前に、霊夢は破道で静葉を撃墜した。
「ちょっ!? 実りの神なのよ! もうちょい敬いな──」
「
「きゃ〜!?」
穣子も言葉を言い終わる前に、霊夢の破道によって撃墜される。
穣子は空中から落下しながら「焼き芋になっちゃう〜!」といかにもな言葉を叫んでいた。
少々卑怯ではあるが、散々バカにされたために、龍牙はスッキリとした気分になった。
「よし、行くわよ」
「血も涙もねぇな……」
霊夢のあまりの容赦の無さに、龍牙は引き気味で言った。
「あいつらが邪魔するのが悪いのよ」
「まぁ、それもそうか」
霊夢の言葉に納得する。
秋姉妹を撃退した二人は、いよいよ本格的に妖怪の山へと攻め入るのであった。
*
──妖怪の山のとある一軒家。
おびただしいほど鳴り響く警報。
山に面して建てられた自宅の窓から、黒髪の女性は身を乗り出して様子を確認する。
「今の警報は……っ! 報告!」
「隊長!」
窓際の木の枝に乗り、副官章をつけた白髪の女性が報告へとやってくる。
「何事ですか!」
「山に侵入者! 博麗の巫女ともう一人、謎の男が警備を蹴散らして攻め込んできました!」
「──やっぱり来ましたか。博麗の巫女はいいとして、もう一人の男とは?」
「はっ! 一部始終を見ていた者の証言によると、
「なんですかそのトンチキな名前の不審者は!?」
黒髪の女性に問われ、困ったような顔をする。
「詳しいことはわかりません……とにかく、私は九天の滝にて防衛ラインを張ります!」
「分かりました、私も後程向かいます!」
報告を終えると、白髪の女性は姿を消した。
誰もいなくなったところで、一人溜息をつく。
妖怪の山を守護する隊として、警備には決して弱くない隊士を配備している。
腕利きの隊士が次から次へと蹴散らされているということは、攻め込んできてる敵の実力は折り紙付き。
博麗の巫女は想定内。
そこにトンチキな名前の男もいるという。
「──久しぶりに、骨が折れそうですねぇ」
空を見上げ、黒髪の女性はそう呟いた。