紫に続いて裂け目を出た俺は、神社の境内に足を踏み入れた。警戒をしつつ周囲を見回すが、見たところ何の変哲もない神社にしか見えない。変わった事があるとすれば、森に覆われていることだ。俺がよく知っている神社といえば守矢神社以外にはないので、それと比べてしまうと変わっているように思えてしまう。
チラッと後ろを振り向くと下に続く階段があった。階段を降りた辺りも森になっているようだが、道が舗装されてる様子はなく、獣道になっているようだ。これでは参拝しに来るのも一苦労なのではないだろうか。
観察もそこそこにして、なぜここに連れてきたのか尋ねようと視線を戻すも辺りに紫の姿はない。
「……は?」
事態を呑み込めず数秒呆気にとられてしまったが、すぐに我を取り戻し紫を探す。だが、どこにも見当たらない。よく考えてみれば、紫がいる際のあの嫌なオーラを今は全く感じない。これは彼女があの裂け目から監視してる訳ではない事の証明になってしまい、どうしたものかと頭を抱えた。
……一旦状況を整理しよう。
まず俺は学校の帰り道、早苗と別れてから
「どこ行ったあの女ァ!!」
うちの高校の演劇部も驚愕する程の声量で空に向かって叫んだ。そしてひとしきり叫んだ後、崩れるように地面に四つん這いになった。
ここで心配なのは無事に帰れるかどうか。紫は、幻想郷の事を
「ちょっとあんた、何を人の神社で大声出してるのよ。参拝客が寄り付かなくなるじゃない」
絶望に打ちひしがれてる俺の頭上から、女性の声がした。
俺は藁にも縋る思いで顔をあげる。
黒色の髪に、頭に大きな赤いリボンを着けた少女が、怒り混じりの顔で俺の事を見ていた。紫と同じ黒い袴に白い羽織を着ていて腰に刀を携えている。
「あんた、見ない顔ね。それにその格好……もしかして外来人?」
「外来人ってのかは分かんないけど、俺は連れてこられたんだ! あの紫って女に!」
『紫』という単語を出した瞬間、少女の眉がピクっと動いた。
彼女について何か知っているかもしれないと考えた俺は、今に至るまでの経緯を彼女に話した。
怒り気味だった彼女の表情はみるみるうちに変わり、完全に憐れみの表情で俺の事を見ていた。一つ溜息をつくと、彼女は手を差し出す。
「
「あ、ああ。悪いな」
俺は彼女の手を取り立ち上がった。
「自己紹介が遅れたな、俺は雨宮龍牙。そっちは?」
「博麗霊夢、郷廷十三番隊隊長よ」
どうやら彼女も八雲紫と同じ所属の様だ。彼女の様な胡散臭さがない分、信頼度は桁違いだが。
それにしても、取り乱していたとはいえ自分より1,2歳は若そうな子にあんな醜態を晒してるのは普通に恥ずかしいな。気をつけようはないが、金輪際しないようにしよう。
「こっちよ、着いてきて」
霊夢の後に着いて母屋に向かう。
中に入ると、居間に案内された。中は簡素なつくりの和室となっていて、机と座布団がある。
霊夢に座るよう促されたので、言われるままに座らせてもらった。
「お茶を淹れるから待ってなさい」
「あぁ、いや。お構いなく」
「近年稀に見る貴重な客人なんだから、ちゃんともてなすわよ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわ、常識のある客人なんだから。とにかく待ってなさい」
それだと非常識な人間しか来ないって事になるんだが、大丈夫なのか? この神社は。
それにしても霊夢はかなり若そうだった。親御さんを見かけないが、もしかしてここに一人で暮らしているのだろうか。というのもあまりに生活感を感じないのだ。一人で暮らすために必要な物を最低限のみ置いてあるような、それほどまでに生活感を感じない。
そもそも郷廷十三隊とやらがどんな組織かは知らないが、あの若そうな見た目で隊長を任されているということから、優秀な少女であることが伺える。少し霊的な存在が見えるだけの高校生だった俺とは大違いだ。
そんな事を考えている内に、霊夢が戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ、いただきます……美味いな」
「ほんと?」
「あぁ、とても落ち着く」
「それなら良かった」
なんというか、懐かしい味だ。
守矢神社に遊びに行く時には、いつも早苗がお茶を出してくれた。その時の事を思い出してとても落ち着く。
この神社にいるってことは霊夢も巫女をしているのかもしれない。同じ巫女をしている者同士、早苗と話が合うかもしれないし、いつか会わせてやりたいな。
おっと、そんな事を考えてる場合じゃないな。今は話を聞かないと。
「それじゃあ、話を進めるわ。まずは龍牙が最も気になってるであろう事、幻想郷から現界に帰れるかどうか……結論から言うわね」
不安に駆られる俺を他所に、霊夢は目を見てハッキリと言った。
「
「……やっぱりか」
薄々気付いていた事ではあった。ただ、もしかしたら帰る手段があるのではないかという望みに縋っていただけあって、ハッキリと言われるとくるものがある。
「自力では、ね。何となく気付いてると思うけど、紫の能力を使えば行き来する事は可能よ。問題はあの女があんたを連れて来たこと。確かに紫は胡散臭いわ。だけど、基本的に意味の無い事はしない。置き去りにしたことも何か意図があるはずよ……多分」
「つまり、俺を連れてきた事に何かしらの意図があるって事か?」
霊夢は無言で頷く。
最後に小さく『多分』と言ったのは気にかかるが、一度置いておこう。
それよりも俺は何故幻想郷に連れてこられたのか。その理由を解明する方がよっぽど大事だ。自分で言うのもなんだが、俺は霊的な存在が見える事以外これといった特徴は無い。運動は人より少しできる位で、勉強も並だ。自分で言っといて少し悲しくなってきた。
「紫がいない以上、考えても仕方ないわね。話題を変えましょう。何か気になることはある?」
「そうだな……あ、郷廷十三隊ってのは何だ?」
紫や霊夢が所属する謎の組織、名乗られた辺りから気になってはいたけど、ずっと、聞けずじまいだったからな。
「正式名称は、郷廷護衛十三隊。分かりやすく言えば、幻想郷の平和を維持する組織の事ね。幻想郷には人間だけじゃなく、人外の種族も暮らしてるわ。当然揉め事は起こる。まぁ、龍牙の世界で言う政治が主な業務の一つ、そしてもう一つは……」
「きゃあああああああああ!!」
突如、女の子の悲鳴が鳴り響いた。
「──虚ね。龍牙、ここで大人しく……あれ? 龍牙!?」
悲鳴が聞こえた瞬間、身体が勝手に動いていた。あの悲鳴は下の方から聞こえた。きっとあの獣道で何かあったんだ。そう感じた俺は母屋を飛び出し、階段を駆け下りる。
ここは俺のいた世界じゃない。紫も霊夢も刀を携えてるくらいだし、危険な存在がいるのかもしれない。きっと、俺の手に負えないような奴だ。
「いた! な、なんだよあの化け物……」
階段を降りた先で遭遇したのは、小さな女の子に襲いかかろうとしてる化け物だった。俺より遥かに大きく、魚の形をした頭、胸の辺りに大きな孔が空いた化け物が今まさに女の子に襲いかかっていた。
あんな化け物、見た事がない。夢。そうか、夢か。考えてみれば非現実的な事ばっかだ。きっと疲れているんだろう。
夢なら、早く覚めてくれ。
「──そうじゃねぇだろぉぉ!!」
俺は無我夢中に飛び込んだ。腕が振り下ろされる瞬間、女の子を抱き抱え、間一髪で攻撃を避ける。化け物の手が振り下ろされた場所の地面がえぐれている。
あんなものをまともに食らったらひとたまりもない。こちらから攻撃する手段は無い以上、俺にできる事は逃げ回るのみだ。
女の子を抱き抱え、獣道をひたすら走った。
「怖いよぅ……」
女の子はとても震えている。無理もない、あんな化け物に出会ってしまったのだ。俺でさえ恐怖を感じてる。
だが、ここで怖いなんて言える訳がない。この子を何とか安心させなければ。
「大丈夫、君の事は必ず俺が助ける!」
「お兄さん……」
そこからは無我夢中で走った。どれくらい走ったか分からない。いくら走っても変わらない景色に疲弊し、ついに体力は底を尽きてしまった。
「こ、ここまで来れば、きっと……」
「あ、あああ……お兄さん、後ろ……」
呼吸が止まる様な感覚。
姿は見てない。だが、奴は後ろにいる。紫に似たオーラの様なもの、いや彼女よりももっと嫌なオーラをハッキリと感じる。
どうする。どうする。もう走る体力なんて無い。攻撃する手段も無い。死ぬ。死ぬしかないのか?
いや、この子だけでも助けないと。
さっきと同じだ。きっと奴は腕を振りあげて攻撃してくる。
この子に怪我はさせたくない。俺は女の子を覆うように抱き抱えた。
刹那、背中に鈍い痛みを感じた。地面をえぐるほどの衝撃に耐えられず、数メートル先へ吹っ飛んだ。
「か……はっ」
上手く呼吸ができない。意識が朦朧とする。背中が熱い。痛い。
化け物がゆっくり近付いて来ているが、俺は身動き一つ取れなかった。
「お兄さん! お兄さん!」
女の子の呼ぶ声がするが、もはや返事をする気力すら無かった。
これで終わっちゃうのか、俺の人生
何もかもを諦めようとしたその瞬間、1本の刀が地面に突き刺さった。霊夢と紫が携えているものと同じ刀。これがあればもしかしたら太刀打ちできるかもしれない。
そう思った時、不思議と身体に力が湧いてくるのを感じた。
「はぁ……はぁ……」
地面に刺さった刀を杖代わりにし、立ち上がる。この動作だけでもとてつもない痛みを感じた。
「お兄さん、大丈夫なの……?」
「あぁ、火事場の馬鹿力ってやつだよ!!」
地面から刀を抜き、両手で持って構える。刀など持った事がない俺は正しい持ち方等を知らず、とにかく化け物を斬ることに集中する。
気力を振り絞ったとはいえ、そう何度も刀を触れるほど力は残ってない。チャンスは一度だ。
距離を詰めてきた化け物が俺にトドメを誘うと、もう一度腕を振りあげた。
これだ。これを避けて、たたっ斬る。
化け物が腕を振り下ろす。間一髪その攻撃を避けるも、身体がよろける。
みっともねぇ。だがこれで隙はできた
体勢を立て直し刀を振り上げた。恐らく今の体力じゃ一振が限界。だからこの一振に全ての力を込める。
「喰らえぇぇぇぇっ!!」
頭、胸、そして股へ一直線に刀を振り下ろした。感触はあった。頭を砕き、身体を裂いた感触が。
化け物の動きが止まる。一瞬の出来事だった。身体が真っ二つに裂け、砂粒の様になり完全に消えたのだ。
「は、はは。やった、やってやったぞ」
女の子を守り、化け物を命からがら倒した。その安堵から、張り詰めた緊張の糸が切れたのか、俺はその場で意識を手放してしまった。