04話 決意
ギラつく午後の日差しの中、幻想郷において唯一、人間が暮らしている地域〈人里〉は、一歩踏み入ると、蝉の鳴き声が聞こえなくなってしまう程の賑わいを見せていた。
昔ながらの木造平屋が軒を連ねており、明治時代を思わせる町並みは、現代人が訪れればタイムスリップを疑ってしまうだろう。
そんな人里を、黒い袴をきた青年と、同じ色の袴に、白の羽織を身に付けた少女の二人組が歩いていた。
少女の方は素知らぬ顔つきで歩いているが、青年の方は、珍しいものを見ているかの様に、辺りをキョロキョロとしながら歩いている。
そんな青年を余所に、少女は暖簾をくぐって近くの団子屋に入った。青年も少女に続いて団子屋に入る。
中はあまり広くはないが、横長の椅子が二つ置いてあり、女性客によって既に占領されていた。
「お!
「こんにちは、おじさん。お団子二つ頂戴」
「あいよ! お、なんだアンちゃん、見ねぇ顔だな……もしかして、姐さんのコレかい?」
「ちょ、違うわよ!」
年配の店主がニヤケながら小指を立てると、霊夢と呼ばれた少女は慌ててそれを否定する。
アンタも何とか言いなさいよ。
そう言いたげな顔で、霊夢は青年の事を睨んだ。
「えっと、俺達はただの友達ですよ」
「ホントか〜?」
「ホントよ、ホ・ン・ト!」
「ま、今日はそういう事にしとこうかねぇ。アンちゃん、名前は?」
今日はってどういう事よ、と声を荒らげる霊夢を華麗にスルーし、店主は青年に名前を尋ねた。
「──龍牙。雨宮龍牙です」
「龍牙、かっこいい名前じゃねぇか!」
店主は龍牙の肩をバシバシ叩いた。
龍牙は、いてっと声を漏らすも、名前を褒められた事が嬉しいのか、満更でもなさそうな表情をしている。
「ほれ、持ってきな!」
「ありがとうございます……あの、一個多いみたいですけど」
「俺からのサービスだよ、受け取りねぇ!」
「ほんとですか? ありがとうございます、お代は?」
「いらねぇ! なんてったって今日は、アンちゃんと出会えためでたい日だからな!」
店主は大口を開けて、がっはっは、と笑った。
「それじゃ、遠慮なく」
「あ、おい霊夢!」
一切遠慮する事なく、受け取った団子にかぶりつく霊夢を、龍牙は軽く戒める。
「申し訳ないですよ。お代はちゃんと払います」
「アンちゃん、厚意を素直に受け取るのも優しさだぜぇ? 姐さんみたいに図太くいかねぇとな!」
「
「食うか喋るかどっちかにしろよ……でもまぁ、そうですね。ここは厚意に甘えて、御馳走になります」
「おう、食え食え!」
「ありがと。それじゃあ、私達行くとこあるから」
口に頬張っていた団子を飲み込んで、霊夢は言った。
「お、なんだ? 仕事か?」
「ちょっと野暮用。それじゃあね、また来るわ」
「団子、ありがとうございます」
「おう! また来な!」
愉快な店主がいる団子屋を後にし、二人は目的地に向かう。
「ホントに遠慮しないんだな」
幸せそうな顔で団子を頬張る霊夢を見て、龍牙は尋ねた。
「アンタが遠慮しすぎなのよ」
「いやいや、タダより高いものは無いって言うだろ」
「確かにその通り。タダより高いものは無いわ。でもね、タダより安いものもないのよ」
「──おま、天才か」
でしょ、と霊夢は胸を張る。
彼女の堂々とした態度に、龍牙は思わず苦笑いをする。
そして、手に持った団子を一つ口の中に入れ、咀嚼する。
「うん、美味い」
「でしょ? 私行きつけのお店なんだから……それよりさ」
龍牙の数歩先を歩き、霊夢は嬉しそうに笑みを浮かべる。
突然振り返ると、後ろで手を組み、上目遣いで龍牙の事を見つめた。
「──また、一緒に来てくれる?」
霊夢の問いに、龍牙は困った様な顔をする。
そんな龍牙を見て、霊夢は少し悲しげな顔を覗かせた後、前へ向き直る。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪な質問だったわね」
「いや、そんな事は……」
「忘れて」
龍牙の方を見ず、そう言い放った霊夢は、そのまま歩き出してしまった。
問いに答えられなかった申し訳なさに、暫く彼女の後ろ姿を見つめながら、立ち尽くしてしまう龍牙。しかし、今回の目的を思い出し、両手で頬を軽く叩いて、彼女の後を追った。
先日、人里と博麗神社を繋ぐ森で、ある事件が起こった。
人里で暮らす幼い少女が、森で
龍牙が少女の事を気にしている事を知っている霊夢は、少女に会わせる事にした。
「ここよ」
霊夢は、小屋より少しばかり大きい家を指差す。
「
「あ、はーい!」
霊夢が玄関口で声を掛けると、幼い少女の声が返ってきた。急いで出ようとしているのか、駆け足で玄関へ向かってくる足音が聞こえる。
「お待たせしました!」
勢いよく玄関の戸が開かれる。
中から姿を現したのは白髪の少女であった。まだあどけなさが残るくりくりとした目とは対照的に、髪は雪の様に純白で美しい。
「何かご用で──」
先程、霊夢に『美古都』と呼ばれた少女は、龍牙の存在に気付くと目を大きく見開いた。
「あの時のお兄さん! 良かった、無事だったんですね……」
美古都が助けられた際、龍牙は重症を負っていた。
その時の傷も治り、元気そうな龍牙を見て、美古都はほっと胸を撫で下ろす。
「ああ、君も怪我は無かった?」
「はい! お兄さんのおかげで……あの、助けて頂きありがとうございました!」
膝を曲げながら笑みを浮かべ、自分と同じ目線にして話してくれる龍牙に、美古都は深々と頭を下げた。
人に感謝された事はあれど、ここまで頭を深々と下げられた事がない龍牙は、どうしたものやらと困惑した表情で頬をかいていた。
「いっ……!?」
そんな龍牙を、なんとかいえと言いたげな表情をしながら、霊夢は足蹴にした。
「あの、どうかしましたか……?」
悶絶している龍牙を見て、心配そうに美古都は尋ねた。
「い、いやぁ……ちょっと腰がな、はは」
「あ、私ったらごめんなさい! 良ければ中にどうぞ!」
戸を全開に開き、二人が入りやすいように横に移動する。
龍牙は目線だけを霊夢に向ける。早く行けと言わんばかりに顎をクイッと前に向けた。遠慮しながらも、それじゃあと龍牙は中に入る。
中は博麗神社の母屋の居間より少し広く、真ん中に囲炉裏が置いてある。ドラマでしか見た事のなかった囲炉裏を初めて生で見た龍牙は、少しばかり心を踊らせていた。
「こちらへどうぞ!」
美古都は二人を招き入れた後、囲炉裏を囲むように座布団を敷き、皆を座らせる。
「ありがとう……えっと、親御さんは仕事中かな?」
小さな子と話す機会がなく、何を話せば良いか分からなかった龍牙は、当たり障りのない話題から話す事にした。
「──いないんです。お父さんもお母さんも」
──はずだった。
(ちょ、あんた何を初っ端から地雷踏んでんのよ!)
(うるせぇ、不可抗力だろ!)
小声で言い合う二人を余所に、美古都は俯いてしまう。
(なんか気の利いた事言いなさいよ!)
「(わ、わかった!)……えっと、すまん。悪気はないんだ。言葉遣いとか礼儀がしっかりしてるから、親御さんもさぞかししっかりした方なんだろうなって」
「そ、そうですか? ……えへへ」
(ナイスよ!)
美古都は顔を上げ、軽く頬を紅く染める。そして、恥ずかしそうに頭を搔いた。
霊夢が、龍牙にだけ見える様に親指を立てる。龍牙も同じ様にしてサインを返した。
「確かに、血の繋がってる人はもういません……だけど、今は人里の皆がいるから、私は寂しくないんです!」
「そっか……美古都ちゃんは、強い子だな。な、霊夢」
「そうね、強い子よ」
力強く言い放った美古都に、二人は微笑んでそう返した。
「──と、ところで! お二人は、その、お付き合い……されてるんですか!」
美古都の突拍子もない質問に、二人は一瞬固まってしまう。
「……本日二度目」
「私達が、その……付き合ってる様に見えるのかしら」
「はい、とても」
「と、とても……」
「悪いけど、俺達そういう関係じゃないから」
「──そーよ! ふつーよふつー!」
「そうなんですか? ……良かった」
呆れるように二人は否定する。
その様子を見て、美古都の態度は豹変した。
「──じゃあ、私が取っちゃってもいいですよね?」
「あの……美古都さん?」
妖しい笑みを浮かべる美古都に、二人は思わず身を引いた。
「運命だったんです、あの日あの場所で出会えた事は」
そんな二人に構わず、立ち上がって美古都は話を続ける。
「
頬を赤らめ、身を捩りながら美古都は語る。
なんか違くね、と龍牙は思うも、美古都の勢いに飲まれ、声に出せずにいた。
その結果、霊夢からジロリと睨まれてしまう。
「へー……随分と余裕だったのね」
「いや待て待て待て! 原作改変だ、俺はそんな事してない!」
「
「ちょ、ま──」
その後の展開を思い出した龍牙は、美古都にそれ以上喋らせまいと止めようとする。
だが、時すでに遅し。美古都は刀を握る構えをとる。
「火事場の馬鹿力だよ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!! 改めて聞くと超恥ずかしいからやめてぇぇぇぇぇぇ!」
龍牙はあまりの恥ずかしさに悶絶し、その場でのたうち回る。
「……アホらし」
のたうち回る龍牙を見て、逆に冷静になった霊夢は溜息混じりでそう呟いた。
*
結局、改変混じりの雨宮劇場は、霊夢の「今度、人形劇でもやったら?」という発言で、無事幕を閉じた。
自分が覚えていない事まで赤裸々に語られた龍牙は、冗談じゃないと言い返す気力すらもなく、一旦この話が終わるのならもうそれでいい、と投げ出していた。
「本当に好きなのね、こいつの事」
「はい……♡」
ポッと言う効果音が似合いそうな程、美古都は赤面した。
「憧れなので!」
「……俺に?」
「はい!」
『憧れ』という単語を聞いて飛び起きた龍牙の質問に、美古都は食い気味で返事をする。
「ヒーローなんです! 私は、貴方みたいになりたい!」
龍牙の目を真っ直ぐ見て、美古都は言った。
これ以上ない程ストレートな言葉に、恥ずかしさはあるものの、心を満たされるような嬉しさを感じた。
「──ヒーロー、ヒーローか……はは」
「へ? あ、あ……ふにゃあ」
龍牙は美古都の頭をくしゃくしゃと撫でる。
美古都は突然の事に驚くも、直ぐに甘えた声を出した。
「美古都ちゃんのおかげで、決心がついたよ。ありがとな」
「ふぁい……って、なんの決心ですか?」
「いや、こっちの話。それじゃあ、そろそろお暇するよ」
「あ、はい!」
二人は立ち上がり、玄関前まで移動する。
「あ、お兄さん! 私まだ名前聞いてなかったです!」
「──龍牙。郷廷十三隊隊士・雨宮龍牙だ」
霊夢が一瞬驚いた様に目を見開くも、直ぐに満面の笑みに変わる。
「雨宮……龍牙さん……」
美古都は呟くように名前を呼ぶ。
「また、いらしてくださいね!」
「ああ、また来るよ。それじゃあな」
そう言って二人は美古都の家を後にした。
*
「決めたの?」
人里からの帰り道、喧騒の中、霊夢は尋ねた。
「ああ」
「まさかとは思うけど、あの娘が目的じゃないでしょうね。このロリ──」
「言わせねぇよ!?」
ジト目で何かを言おうとした霊夢を、龍牙は全力で止めた。
「まったく……理由自体は単純だよ。憧れてくれたのが嬉しかったから、貴方みたいになりたいって言ってくれたから。誰かのために頑張れる俺で居続けようって……そう思っただけ」
「ふぅん、案外まともじゃない。私はてっきりロリ──」
「だから違うって言ってんだろォ!」
わかってるわよ、と霊夢は悪戯っぽく笑った。
「ていうか、理由とかそんなのどうでもいいのよ」
「どうでもって……酷いな」
「もっと大事な事があんの」
霊夢は立ち止まって、龍牙の目をじっと見つめる。
「──団子屋、また行けるわね」
ゾクッとするくらい魅力的な笑顔で彼女は言い放った。
その魅力的な笑顔に呑まれ、心臓が激しく鼓動し始めるのを感じた。
「……あ、ああ。そうだな」
月並な言葉しか返せない自分が恥ずかしい。
彼女の悪戯っぽさが残る魅力的な笑顔に、語彙力を吸い込まれてしまったかのようだ。
「ぼーっとしちゃって、変なの。まぁいいや、買い物して帰りましょ、何食べたい?」
「んー、どうしよっかなぁ」
人里を歩いているこの男女二人が、後に幻想郷の存続を揺るがす大きな戦いの中心になるが、それはまた別のお話。