「この辺だと思うんだけどなぁ〜」
一方その頃、龍牙は一足先に目的地に到着していた。
この時の彼は、以前
何故なら、以前は無かった斬魄刀を、今は最初から腰に携えているからである。前回遭遇した際は逃げ回る事しか出来なかったが、今回は一味違う。
斬魄刀があれば
「──っく、ひっく」
少し先の地点で、龍牙は座り込んで泣いている少女を発見した。周りに
徐々に霊圧を感じなくなっている事に疑問を抱くも、まずは少女の保護が先だと判断した龍牙は、少女の元へ駆け寄った。
「ひっく、ぐすん」
「君、大丈夫か?」
龍牙は膝を曲げ、中腰になって少女に声をかけた。
少女は顔を上げると、龍牙の顔を泣きながら見つめる。近くで見ても特に傷は見当たらず、龍牙は安堵した。
「ひっく、お兄ちゃん、だあれ?」
「郷廷十三隊隊士の雨宮龍牙だ。ここは危険だ、俺と一緒に出よう」
龍牙は笑顔で手を差し伸べた。
「──ありがとう。
刹那、目の前の景色が草木から真っ白に変貌する。
「なっ──」
否、目の前に白い仮面の怪物・
突然の邂逅に龍牙は仰天するも、すぐに後ろに飛び退き、体勢を立て直す。
(危なかった、後少しでも遅かったら──)
龍牙は一瞬避ける事ができなかった場合を想像してしまうも、首を振って邪念を祓う。
(最悪の事態にはならなかっただけマシか……)
斬魄刀を抜き、両手で持って構える。
次の瞬間、龍牙は二度目の驚愕を喫することになる──
「ひひひひっ、よく避けたの小僧」
「──
龍牙は大きく目を見開き驚愕する。
先日退治した
龍牙は今一度気を引き締め直す。
「なんだ、喋る
「──黙って聞いてればペチャクチャ喋りやがって。俺を喰いてぇんだろ? その子は放せよ」
切っ先を
「まだ気付いておらんかったのか、つくづく勘の悪い小僧じゃの」
「てめぇ、何を言っ……て……」
目の前で起きている光景が信じられず、龍牙は唖然とした。
少女の身体がまるで、
「なにが、どうなってんだ……?」
「──まだ分からんのか」
頭蓋の部分から、触手の様な物が飛び出す。空中に舞い上がると、やがてそれは
「ひひっ、理解できたか? 小僧」
「──罠だったのか」
「ご名答。小僧の様な阿呆を誘き寄せる疑似餌だ」
煽られている事を理解し、刀を持つ手に力が入る。
「わしはグランドフィッシャー。この姿を見せた以上……お前の魂、喰らわずに帰す訳にはいかん」
「喰えるもんなら……喰ってみろよォ!!」
雄叫びを上げると同時に、龍牙はグランドフィッシャーへと斬り掛かる。一気に距離を詰め、グランドフィッシャーの前に立ち、勢いよく斬魄刀を振り下ろす。振り下ろした斬魄刀が軽く地面を抉るも、身体を斬った様な感触を龍牙は感じなかった。
それもそのはず、目の前まで迫っていたはずの敵が視界から消えているのだ。龍牙は目標を見失った事で、焦りながら左右を見回すも、グランドフィッシャーの姿はない。
「どこを見ておる小僧!」
「くっ──」
グランドフィッシャーは、龍牙の遥か頭上にいた。
少し焦りを見せるも「来い」と言わんばかりに、斬魄刀を構え直した。
「ひひっ、青いの……小僧ッ!」
グランドフィッシャーの左手が、龍牙に襲いかかる。
「ぐッ……!!」
龍牙は何とか斬魄刀で受け取るも、力はグランドフィッシャーの方が遥かに強く、押されてしまう。
「──うぉらァ!!」
ありったけの力を込め、グランドフィッシャーの手を弾き飛ばす。ガッツポーズをしたくなる気持ちを抑え、二の手三の手を警戒し、グランドフィッシャーへと向き直る。
右手を使ってくるか、左手でもう一度攻撃してくるか。どちらであっても、必ず斬る。
「……ッ!?」
龍牙の予想はどちらとも外れてしまう。
伸ばしていたのは、右手でもなく左手でもない。奴の巨体を覆っている体毛であった。
「くそッ!!」
伸びた体毛は龍牙を締め付けように纏わりつく。
「こんなもんッ!」
龍牙は自身に絡みつく体毛を、斬魄刀で斬り裂く。主との繋がり絶たれた体毛は、力を無くし地面に落ちる。
「ひひっ、力の差は歴然じゃの」
「──うるせぇ、まだこれからだろ」
「減らず口を……いつまで叩けるかのッ!!」
先程と同じように、体毛を伸ばし龍牙を掴みにかかる。
もう一度、龍牙が斬魄刀で切り落とそうとすると、彼の手元で加速し、背後をぐるりと回ると、今度は左手を掴んだ。
「──逆に好都合だぜ、グランドフィッシャー!」
自身の手を掴む体毛を切り落とし、虫唾が走る顔面に一撃叩き込んでやろうとしたその瞬間、またもやグランドフィッシャーは視界から消えていた。
「のろいぞ小僧」
消えたグランドフィッシャーの声が、自身の背後から聞こえてくる。
「なっ──」
気付いて振り返った頃には、グランドフィッシャーの体毛がもう目前まで迫っていた。
身体を地面にぶつける勢いで傾け、寸での所で攻撃を避ける。着地の瞬間に体勢を立て直し、森の中を駆け出す。
(かすりはしたけど、致命傷は避けれたか……)
自身の頭部から血が流れ出ている事を確認し、龍牙はそう考えた。
(くそッ! 俺の何倍もデケェ身体しといて、なんて速さしてやがる……!! このままじゃジリ貧じゃねぇか……)
何度も向かってくる体毛を払い除けながら、対抗策を思案するも、結論は出ない。
「考え事か?」
「しまっ……ぐッ!!」
逃げ回りながら対応策を講じようとしてしまったせいで、攻撃に対して注意散漫になった瞬間を狙われた龍牙は、グランドフィッシャーの左手の指から出てきた長い爪に突き刺されてしまう。
何かを吸い上げているのか、爪に矢印の様な模様がいくつも描かれ、それらは全てグランドフィッシャー向けて描かれていた。やがて、吸い上げ終わったのかグランドフィッシャーはゆっくりと爪を抜く。
「かはッ……」
爪を刺された場所に穴ができ、そこから血が流れ出る。
「お前は若い」
「……何が言いてぇ」
「若いが故にたやすく怒り、怒るが故に心乱す」
グランドフィッシャーは疑似餌だったものを、元の少女の形に戻す。
「そして、心乱すが故に刃は鈍る」
少女の形に戻した疑似餌を右手で包むと、グチュグチュと音を立てて弄り始めた。
「終わりだ小僧! お前はわしと戦うには、あまりに若すぎた!」
グランドフィッシャーは疑似餌を弄るのをやめて、ゆっくりと手を開く。
そこには、龍牙の見知った人物の姿が現れた。
「──早苗?」
グランドフィッシャーの手が開かれ、中から現れたのは龍牙のよく知る人物・東風谷早苗であった。
「てめぇ!! 何故──」
「何故、
「……何をしやがったッ!!」
「……気が付かなかったか? わしがお前を攻撃する時、
グランドフィッシャーは自身の左手を見せつけた。
確かに、空中から攻撃を仕掛けた時も、先程身体を突き刺された時も、グランドフィッシャーは
「覗いたのだ、この爪で! お前の記憶を!」
グランドフィッシャーが見せつけている左手の指が裂け、爪が飛び出す。
「左手で敵の記憶を探り、お前が最も斬れぬものを探す。そしてこちらの手で、それと同じものを作り上げる!」
「……」
「お前にとって斬れぬ相手とは、こいつである筈なのだ!」
「──そうですよね? 龍牙さん」
それは確かに、東風谷早苗の声だった。
心では否定したい。だが、目と、耳が、目の前の偽物を東風谷早苗だと肯定している。
「てめぇ!! どこまで人を馬鹿にすりゃあ気が済むんだよッ!!」
疑似餌の早苗ごと斬ろうと、斬魄刀を振りかぶる。
「待ってください、龍牙さん! 刀を引いてください……私の事を斬らないで!」
「くそがぁ……!!」
──分かっていた。
偽物だと分かっていても、龍牙は刀を振るう事ができなかった。
「終わりだ小僧! そして敬意を表しよう! お前はわしが出会った中で、最も若く、最も短慮で、最も弱い男だった!!」
──終わりかよ、ここで
「──轟け『
刹那、龍牙は、一瞬何が起こったのか理解できないでいた。あのグランドフィッシャーでさえも、状況を把握するのに数秒を有した。
「うぎゃあああああああああああ!! 腕が……わしの身体がぁぁぁ!!」
「どうやら、間に合ったみたいだな」
背後から聞き覚えのある女性の声。
振り向くとそこには、自身の上司である慧音と妹紅の二人の姿があった。
「──た、隊長……それに副隊長まで……」
「色々言いたい事はあるが、ともかく無事で何よりだ」
二人が龍牙の元へ近寄った、その時だった。
疑似餌と本体の頭部を繋げている場所から、グランドフィッシャーの身体が吸い込まれているのだ。
「……な……」
完全に吸い込まれ、疑似餌だけがその場に残る。
「ひひ……残念じゃったのぉ」
「てめぇ、なんで……」
「疑似餌も含めて本体! どちらかが傷付けばもう片方に逃げ込むだけのこと! 雨宮龍牙ァ……その名前覚えておくぞ! 次会った時がお前の命日だッ!!」
そう言って早苗の姿をしたグランドフィッシャーは後ろに飛び退き、姿をくらました。
「待ちやがれッ!! ぐっ……」
龍牙はグランドフィッシャーを追いかけようとするも、深手で動けずその場にうずくまる。
「よせ、龍牙。お前の傷を治す方が先決だ」
龍牙の肩を担ぎ、妹紅はそう言った。
「副隊長……すんません! 俺は、奴に一太刀も浴びせられなかった!! なんてザマで、なんて情けない……俺は、俺は弱い!!」
自身の内情を吐き出す妹紅はただ黙って、彼の言葉を聞いていた。
慧音も背を向けて聞いていたが、やがて振り向くと、龍牙の後頭部を掴み思い切り頭突きをかました。
「──ってぇ!? 何するんすか!?」
「……龍牙。己が弱い事を認められるのは、一つの強さだ。それに、これは私の持論だが、弱い事は恥ずべき事ではないと思う。だが、
慧音は笑顔を浮かべながら龍牙に言った。
「──心は晴れたか?」
「……はい!」
「とりあえず帰って治療と説教だな」
「……うす」
こうして、龍牙の七番隊での最初の大仕事は幕を閉じた。
妹紅に治療されながら、三時間以上ぶっ通しで慧音に説教を喰らった事は、龍牙にとって一生忘れない思い出となった。