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人里離れた森の奥。
「修行の準備はできてるな? 龍牙」
「はい、いつでも大丈夫です! 藤原副隊長!」
グランドフィッシャーとの戦闘から、数日が経過した。慧音に説教をくらいつつも、順調に傷は癒え、職務に復帰しようとした矢先、慧音に妹紅から指導を受けるように提案されたのだ。
先の戦いの悔しがまだ残っている龍牙は、二つ返事で彼女の提案を呑むことにした。
一度は渋っていた妹紅だが、土下座する勢いで龍牙に頼まれしまったため、断りきれずに仕方なく指導を承る事にした。
「あー、いや。刀はしまって大丈夫かな」
「え? 戦いの修行をするんすよね?」
右手の掌を向けて、斬魄刀をしまうように口にする妹紅に、龍牙はきょとんとして訊ねた。
龍牙の疑問は最もで、今日は慧音の計らいにより妹紅に戦闘の基本を教わる為にここに来ている。
てっきり剣術や奥義みたいなのを教えて貰える思っていた龍牙は妹紅のお達しに面を食らっていた。
とはいえ、教えて貰う立場ではあるので、龍牙は言葉を呑み込み斬魄刀を鞘にしまう。
「私達の戦い方は主に四つに分類される。斬術・白打・歩法・鬼道の四つ」
地面にしゃがみ込み、近くにあった木の棒で地面に文字を書き始めた。
妹紅はまず、斬と書かれた文字に丸をつける。
「斬術っていうのは、斬魄刀を使った戦術のことだ」
「斬魄刀を使った戦術……剣術と何が違うんすか?」
「良いところに気がついたな、龍牙。先日の、グランドフィッシャーと戦った時の慧音を思い浮かべるのが、一番分かりやすいと思う」
先日の件、思い出すだけでも虫唾が走るが、今は余計な事を考えるのを止め、妹紅が言っていた事を頭に浮かべる。
龍牙が一番に思い付いたのは、巨大な腕がグランドフィッシャーの左腕を斬り落とした事である。
「あの、巨大な腕……ありゃ、一体何なんすか?」
「あれは、慧音の斬魄刀『
「ちょっと待ってくださいよ! 斬魄刀に名前が付いてて、それに能力もあるんすか!?」
妹紅は「何を言ってんだお前は」という顔で龍牙を見るも、何かを思い出した様な表情をすると、小さく溜息をついて木の棒で地面に文字を書き始めた。
『
「『
「自分……だけの……」
「ああ。だが、これに関しては私からしてあげられる事はない。白打と鬼道も私はあまり得意じゃない、これに関しては誰か別の人に教わって欲しい」
妹紅は、『拳』と『鬼』の二つの文字にバツを付けた。その代わりに、『走』という文字に丸をつける。
「今日私が教えるのは『歩法』……霊子を使った移動方法の事だ」
「……?」
あまりピンと来ていなさそうな龍牙を見て、妹紅は小さく「ふっ」と笑う。
「百聞は一見にしかずだな。よく見ておけよ」
「……分かりました」
一体何をするのか分からないが、龍牙は言われた通りに妹紅の事を見つめる。
「──え?」
突如、龍牙の視界から妹紅の姿が消えてしまった。
「──こいつは瞬歩。戦闘時によく使われる歩法の一つだ」
妹紅の声が聞こえているのは自身の背後からだと気付き、龍牙は振り向く。
一瞬で視界から消え、次の瞬間に背後をとられているのは、先日戦ったグランドフィッシャーを彷彿とさせた。
「──すげぇ! どうやるんすかそれ!」
「まあ、慌てるな。まずはだな──」
*
「ぎゃああああああああ!!」
真っ白い空間。手術台の上に寝かせられた怪物は、血飛沫を飛ばしながら断末魔の叫びをあげる。
寝かせられている怪物の正体は、先日、龍牙を後一歩の所まで追い詰めていた、グランドフィッシャーであった。
「ひいいいいいいっ!!」
「静かにしろ。このままバラバラにして欲しいのか?」
グランドフィッシャーを窘めたのは、鳥の嘴の様な鋭利な仮面の、人型の
無数に増えた腕でグランドフィッシャーの患部を、処置とは言えない程の血飛沫をあげさせながら、治療している。
「まったく……殆ど力を使いもせずに逃げ帰りおって……いつまでも遊んでいるからだ」
「す……すまん……」
「まあ、こうして面を剥いだことだし、もう同じ過ちは繰り返すまい……なあ、グランドフィッシャー?」
仮面を剥がれたグランドフィッシャーはゆっくり立ち上がる。
先程よりも、強い霊圧。
「……ああ」
先程よりも巨大。そして、
「……次は必ず喰ろうてやる……!!」
グランドフィッシャーは剥がれた仮面の一部を握り潰し、怨敵の名前を呟いた。
「雨宮……龍牙……!!」
*
「……まさか、一日で完璧に習得しちゃうなんて……」
妹紅の予想では遅くて一ヶ月、早ければ半月で瞬歩は習得できるはずだった。しかし予想は外れ、ものの一日、更に細かく言えば半日経った時点でおおよその事はこなせていた。
瞬歩は勿論の事、霊子の使い方次第で空中や水面も歩ける事に自分で気付き、瞬歩を含めて『歩法』の全てを、今日一日で龍牙は習得してしまったのだ。
予想以上……否、その倍の呑み込みの早さに、妹紅は素直に驚嘆する。
(……成程。慧音が教師をするのが好きな理由が分かるな)
妹紅自身、人に何かを教える事が得意では無い。ましてや、少し前まで右も左も分からなかった男とくれば尚更である。
しかし、上達の速度が早いとこうも気持ちいいものなのか。
自分の拙い教え方でも瞬時に呑み込み、実践。驚く程理解が早く、気持ちいい程上達が早い。
(こんな男が私を好いてくれているなんて、嬉しいな)
──尚、龍牙の弁明が届いてなかった妹紅は、絶賛勘違い継続中である。
龍牙が指導を頼み込んだ際も……
『なっ、どうしてそこまでして私に頼むんだ!? ……あー、こんなところで土下座はやめてくれ! 分かった分かったから……』
『俺には副隊長しかいないんですッ!!』
『はうっ……わ、私しか……』
『副隊長が良いんですッ!!』
『……私が、いい……? そ、それって──』
そして今に至るのであった。
稽古をつけてもらおうと必死になっていた龍牙は、妹紅がまだ勘違いを続けている事を知らない。一方、二人きりになる口実にしているのではと妹紅は少し勘違いしている。上達速度に驚いて一瞬忘れていたが、現在此処ではややこしい空間ができあがっているのだ。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます」
龍牙は膝に手を置いて少し休憩し、荒い呼吸を静める。
元々、龍牙は強い霊力の持ち主だった。霊がはっきり見え、触れてしまう事ができる程の。ある日を境に触れる事はできなくなってしまったが、見える程度の力はあり、人間にしては強い霊力を持っている。
しかし、持っているのと使っているのでは大きく変わり、霊力自体はあるものの、霊力のコントロールなどした事がなかった龍牙は、かなりの疲労を感じていた。
近くの岩の上に座り込み、持参していた水筒の水を一気に飲む。
妹紅はそんな龍牙を見て、物思いに耽っていた。
(龍牙、お前は間違いなく強くなるよ。いずれ私を……いや、隊長達より強くなる……信じられない成長速度でな。だからこそ龍牙、お前は危ういんだ)
──経験に勝るものはなし。
妹紅の持論の一つだが、天才よりベテランの方が強いという考えだ。
天才と呼べば聞こえはいいが、その実、過程を飛ばして上澄みだけを理解し、段階を踏まずに欲しい力を手にする者もいる。それが才能である事に異論はないが、人より優れている事はいずれ慢心を生む。
──慢心は油断を生み、油断は死を誘う。
(……そうならない様に、師匠として私がしっかり指導しないとな……そしていずれは──)
『副隊長……俺は、副隊長の事が!』
『あんっ……待て、龍牙……私達は、師匠と弟子の関係なんだぞ……?』
『──その前に俺達は、男と女ですよ?』
「あっ、龍牙! そこはダメ──」
「──何を一人で面白い事してんスか」
目を瞑り、身体をくねらせ妄想に耽っていた妹紅は、龍牙に声をかけられてハッと我に戻る。
自身の状況を察して恥ずかしそうに「オホン」とわざとらしく咳払いをする。
とはいえ、折角二人きりになったというのに何もして来ないではないか、と妹紅はモヤモヤしていた。
龍牙の表情は依然変わらない。
「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか」
妹紅は溜息をついて、帰り道を数歩進んだ後、振り返って言った。
そうっすね、と返事をすると龍牙は立ち上がる。
「──ッ!? 副隊長ォ!!」
突如暗がりの中から出現した
妹紅を助けようと、龍牙は斬魄刀に手をかける。
「なっ──」
一瞬のできごとだった。
妹紅に襲いかかっていたはずの
以前までの龍牙なら何が起こったか分からないままだったかもしれない、しかし今の龍牙はハッキリと何が起こったか理解できていた。
こちらを振り向いたままで
(と、遠すぎる……)
龍牙は妹紅との実力の差を痛感し、歯痒い思いで唇を噛み締めた。
そんな龍牙の思いを知ってか知らずか、妹紅は刀を振って付いた血を飛ばす。
「──大丈夫。龍牙ならこれくらい、すぐにできるようになるさ……さ、帰るぞ」
刀を鞘にしまい、妹紅は歩き始める。
妹紅が危惧した慢心の芽を、妹紅自身で摘み取った事に、彼女が気が付く事はなかった。