ちょっとした一軒屋ほどもある大きな天幕の中、今日も絶好調なまでに怪しげな笑声を響かせる一人の老翁がいる。
天幕の中に設置されている謎の機械を操作してみては頷き、調子を確かめるかのようにプラズマ放電の様子を眺めては頷き……時折奥の部屋へ足を運んだかと思うと、脳味噌の瓶詰めに何処か優しげな眼差しを向け、暫時何かの思索に耽るかのような様子を見せるも再び特徴的なアレを口元から洩らし始める。
どこからどう見ても完膚なきまでに発狂しているとしか思えない様相だが、これも老翁が平常運転している証左であり、自分が他者にどう見られるかなど果てしなくどうでもいいと考えているマッドな科学者の証明でもあった。
まあ、そんな
「臭う! 臭うぞ! 小僧、おぬし……新鮮なブツを持っておるなっ!」
入った途端にこれである。持っておるも何も、担いでいるモノを見て想像が付かぬ筈もなかろうが、これもミンチ爺様特有の様式美というものなのだろう。何時もの事だと溜息をつき、袋を施術台の上に置くと見せ付けるかのようにファスナーを引き下げていく。
「ウホッ……いい死体!」
顔や頭部だけを見れば、損傷の少ない綺麗な仏さんに見える検体に思わずテンションと歓声を上げる爺様。しかし、喜ぶのはまだ早い。
「ちょっとこいつを見てくれ。こいつをどう思う?」
「凄く……酷いのぅ」
回収した女ソルジャーの遺体……頭部、胸元、左腕部までは確かに綺麗なものだったが、それ以外は爺様の洩らした感想の通りと言った有様だ。
つい先程、グラップルタワーでレナが「手遅れ」と言ったのも当然。その遺体にはズタズタに裂けた上、高熱で炭化しかけた右腕が付いていた。穴だらけになった
しかし何よりも
……これで手遅れじゃないとのたまう輩の正気を普通の感性の持ち主が疑うのも無理なからぬ事だが、それはあくまでも普通の常識というもの。怖ろしい事に、この世界はその辺りの普遍的な常識など何時だって軽く超越して下さるのである。
「ああ、何時もの事ながら酷いもんさ。生憎、見つけた時点でこの有様でな。せめて
「ふむ」
「ま、そーいう訳で、死体のスペシャリスト様にお伺いに来たってわけさ。で、この死体は生き返りそうか? 無理に再生させてB級ホラーの
「誰が今更そんな初歩的な失敗などするかっ! まあこんな有様にされた死体の嬢ちゃんが生き返りたいと思うかは知らんが、物理的に脳さえ残っとるならクローンポッドで身体も綺麗に作り直してから生き返らせてやるわい」
「電撃蘇生学と銘打った割には、相も変わらず別な作業が多いな……死にたて限定ならやはり再生カプセルが便利そうだ」
「なにおう! 電撃蘇生は再生技術の最高峰にして最重要部分じゃぞ!? 脳機能の完全死を生前同様完全な形で再起動できるのは世界広しと言えどもワシの技術を除いて他には無いわッ! だいたい再生カプセルなぞ地脈から抽出・圧縮したバイタル・エッセンスで強引に肉体の再構成と生命補填をさせとるだけじゃろーが! じゃから、不可逆的な変質が始まった死体にゃ効果を発揮せん! 対してワシの電撃蘇生はどうじゃ? 確かに
「(地雷踏んだか……)た、確かに再生カプセルじゃ肉体自体の復元はできても脳死からの復活なんて真似はできないしな! そもそも死にたてじゃないと効果無いし! 爺様の技術は欠片も疑ってねーから、まずはこの死体をどうにかしようぜ。な?」
「ふん、まだ聞かせたり無いぐらいじゃが、まあええわい。何にしてもワシはこれから装置を準備するでな。おぬしは、死体の嬢ちゃんを脱がして調整槽に寝かせといてくれ。今はイゴールが外に出とるんでな……力仕事はおぬしにやってもらうぞ?」
「あいよ」
未だ言い足りぬとばかりの爺様だったが、流石に死体再生の検体を無駄にするのも意味が無いと思ったか、見事なまでに地雷を踏み抜いた俺に仕事を言いつけて、己の本分を果たそうと動き始める。そして、精神的な意味で命拾いした俺は早速、遺体に張り付いた衣類や装備を切除し、生まれたままの姿にすると、洗浄用の薬液と小道具を使って大雑把にキレイにする。
まあ、キレイに……などと言っても損傷状態からすると「お察し下さい」なレベルではあるが、ここで手抜きすると折角のポッドによる再生治療が上手くいかなくなってしまう。具体的には再生した肉体と残った衣服や泥、破片などが癒着してトンデモナイ事態になるため、その対処だ。
こうして事前の処置を済ませた不幸なる女ソルジャー(の死体)を、俺も散々世話になった医療用ポッドに寝かせて準備完了。もう少し綺麗に死んでいてくれたら、そんな手間を掛けなくとも修復ゲル(外傷用)と生体活性剤をぶち込んで、後は爺様の電撃入魂で簡単に蘇生できたものを……
面倒~面倒臭~いと謎の鼻歌を歌いながら何でも無いかのように作業を続ける俺と電撃マシンの出力を確かめながら「久しぶりの実験じゃ……イーッヒッヒッヒ!」とテンションマックスな爺様。
そんな俺達を、ドン引きを通り越して、安息日にH.G.ウェルズ産の<火星人>とH.P.ラヴクラフト産の<エルダーシング>が仲良くお喋りをしながらクローガー(※スーパーマーケット)でショッピングを楽しんでいる光景を見てしまったミスカトニックの学生さんの如き呆然とした様子でレナが眺めていた。
日頃、モンスターや悪党を描写できないような塊にクラスチェンジさせている割には存外にまともな精神性を保っているよーで少し羨ましいかも知れない。
さて、俺と爺様の狂気の共同作業でSAN値が直葬されかけたレナが、再建されたマドの酒場へと駆け込んでから数時間。陽も傾きかけた頃になると、薬液に満たされたポッドの中の金髪美人ソルジャーさんも
水中で
まあ、それも明日の朝には覆されるだろうが。
それに、十分に細胞がリフレッシュされれば、後は爺様の仕事だ。もはや電気やプラズマがどーたら言う以前のオカルトにしか思えないAEDモドキで、剥がれたシールを糊付けし直すかのように<魂>を呼び戻し、寝る間を惜しんで冥府の門を守り続けている三つ首の御犬様を涙目にさせる事だろう。
「ふわぁぁぁ……だりぃ。爺様、後は暫くポッド任せだろ? 俺はまた明日にでも来ることにするわ」
「うむ。この調子なら日を跨ぐ頃には肉体的な損傷も修復できとる筈じゃ。急ぎならその時にでも術式を始めるが、どうするね?」
立派な髭を扱きながら無駄に眼鏡を光らせて聞いてくる爺様。だが……
「急いじゃいないし何より面倒だ。明日の朝食後にでも顔出すから、そんときに頼む」
「……まあ良かろう。念のため言っておくが、死体の嬢ちゃんの服ぐらいは用意してきてやるんじゃな。まさか裸で放り出す訳にもいくまいて」
「あー、そういやそうだな」
確か、iゴーグルの装備用格納領域に女性専用防具や普通の服も幾つかあった筈だし、そこから出しておけばいいだろう。一頻り考えを纏めると、乱れて前に垂れ下がってきていた髪を後ろへと撫でつけつつ、俺は爺様の天幕を後にした。
さてさて、明日には蘇るであろう彼女は、俺達の力になってくれるだろうか……
・きっとミシカさんが理力の暗黒面に目覚め……ないで欲しいなあ。
【NEW】
・うん。改訂版になるので目覚めない……と思う(ぉ