透明ランキングついにトップ3!!!!!
きたアアアアアアアアアア!!!!!
ではどうぞ。
「あーもー…まじで取れん」
俺はキッチンの流しでポツリと呟いた。
時刻は17時。タキオンが履歴書を持ってきたので一応という形式での面接を終え明日から働くことが決まった後、俺は溜まりに溜まった食器の山と向かい合っていた。
流しからお湯を出しスポンジに洗剤を付着させ何度も皿を擦るが汚れが落ちるまでにかなり時間がかかってしまう。
「やっぱ溜め込むとこうなるよな…」
俺は元来面倒くさがりなため嫌なことは後回しにすることが多い。今積まれたままの状態の皿も空いている時間を利用しこまめに洗っていればここまで溜まることはなかった。
だがなんとなくやる気が出なかった。人間物事を進める際にやる気があるかないかの尺度が存在するが、その中間地点にやる気はあるが疲れると思うとやる気が失せるという尺度もあると思う。今回はたまたまそれに該当しただけだろう。
そんな言い訳をしながらもこびり付いた油汚れや乾燥し取りにくい米粒と格闘しながら皿を洗い進める。
なんとか夕食のラッシュの時間帯までに終われば良いんだが…
─チリンチリン!!
ふと、店のドアが乱暴に開けられる音と店の鈴の音が流しまで聞こえてきた。俺は流しの湯を止め皿洗いに区切りをつけると声がした方向へと身体を向けた。
「おいっすー」
のほほんと気の抜けるような柔らかい声を発しながら店内へと歩を進める彼女の名はナイスネイチャ。この店の常連さんである。
「今日も来たのか」
「うわぁ…なんか嫌な言い方」
ネイチャは半目で俺のことを睨みながら普段座っているお決まりのカウンター席に腰をかける。
うちの店はカウンター席とキッチンが並列した形でできている。そのためキッチンで仕事を行いながらこうしてお客と話すことも可能。そうすることで客との距離感も縮まってリピーターになる確率が上がるからな。俺の仕事の気分転換にもなるし良いことづくめというわけだ。
俺はネイチャの前に袋に入ったお絞りを置きながら話を続けた。
「聞いたぞ?最近太り気味らしいな」
「うっ…」
ネイチャは苦々しげに自身の腹を服の上からさする。側から見ればわかりにくい変化だが彼女の前腹は以前よりも僅かに膨れ上がっていた。
「相変わらずデリカシーに欠ける…ていうかそれ言ってたの誰!?」
「お前んとこのトレーナー」
「あ、あんにゃろぉ…!」
ネイチャは怒り心頭を表すかのように片手でお絞りを握りしめパンッと空気の音を鳴らす。
ちなみにだがネイチャのトレーナーは昨日の深夜、既に酔った状態で来店しベラベラと話していいのか疑いたくなる話を口にしていた。ネイチャが太った情報もそこから漏らしていた話だった。
「全く…あんたも少しは乙女心ってのを学んでもバチが当たらないんじゃない?」
「今更だろ」
俺とネイチャの付き合いはこの店ができるよりも前、年単位の付き合いだ。そんな奴にわざわざ下手に取り繕う必要はないだろう。
「んで…注文は今日のおすすめでいいのか?」
「オッケーだよー」
ネイチャは倒れるようにカウンターに前身を預けながら返事を返す。
ネイチャが頼むのはいつも今日のオススメメニューだ。何でか理由を聞いた所、『ここの料理はなんでも美味しいから自分で選ぶよりあんたに選んでもらった方がお得感あるじゃん?』とのことらしい。なんともまあ俺にとっては誇らしい理由だった。
「はいよ。ちょっと待ってな」
俺はキッチンの戸棚からの材料を用意する。今回の材料は合挽き肉に絹ごし豆腐、パン粉に玉ねぎ、卵、コンソメ、塩胡椒、ナツメグ、ゆずポン酢を使用していく。
まず初めにボウルに絹ごし豆腐を入れ入念に混ぜ、パン粉を入れふやかす。次に合挽き肉、卵、塩胡椒、ナツメグ、コンソメ、微塵切りにした玉ねぎを入れよくかき混ぜタネを作る。
「ねえ…なんか涙が止まらないんですけど」
どうでもいい声は無視し、出来上がったタネを小判形のサイズに整えながら両手の平で左右交互に打ち付け空気を抜く。空気が抜けたらフライパンに投入し強火で焦げ目がつくまで焼く。焦げ目がついたら反対側に翻し同じように焦げ目をつける。程よく焦げ目がついたら水をかけフライパンに蓋をし、中火で蒸し焼き状態にする。適宜中の状態を確認し、串を刺して中の肉汁が透明になれば出来上がりの合図。タネを皿に移動させ付け合わせの茹でたブロッコリーと一口サイズのニンジン、冷えたミニトマトを乗せ、最後にゆずポン酢をかければ完成だ。
「お待ち遠様。今日のおすすめメニューの『ゆずぽんハンバーグ』だ」
俺はそう言いながら出来上がった皿をネイチャの前に置いた。
「今日はハンバーグなんだね」
ネイチャは視線をハンバーグに奪われたまま鼻をひくつかせる。
「すんごいさっぱりした良い匂い…」
「これフォークとナイフな。あとまあまあ熱いから気をつけろよ」
「わかってるわかってる」
俺から手渡されたフォークとナイフを手に持つと、そのままゆっくりとハンバーグに切れ込みを入れ始める。
「おぉ…」
その直後、切れ込みから溢れるように出てきた小さい気泡混じりの透明な肉汁がそのまま皿全体に広がり始めた。肉汁は天井に吊るされている照明を反射させ、キラキラと輝いているようにも見える。
「い、いただきます…!」
ネイチャはゴクリと喉を鳴らすと一口サイズに切ったハンバーグにフォークを刺し、口の中へと送り込んだ。
「んん…んんま!!!」
瞬間、ネイチャの気怠けそうな目が大きく開く。
「何これ!?食感はふんわりしてて焼き加減も完璧!!味も肉の味がしっかりしているのに濃すぎないし…それどころかゆずポン酢であっさりしててすごく食べやすいんですけど!!」
「そうか。なら良かった」
まるで子供のようなリアクションに俺は笑みを浮かべそうになるのを我慢しながら淡々と言葉を返す。
「これ…もしかして豆腐を入れてるの?」
ネイチャはハンバーグの切れ目を見ながら質問する。
「ああ。お前太り気味なんだろ?デブには豆腐を食わせるのが一番だからな。嵩増しもできるしダイエットにもちょうど良い」
「もうちょっと言い方どうにかならないわけ?」
呆れたような表情を見せるネイチャだが頬は完全に緩み切っている。それほどハンバーグが彼女の舌にあったのだろう。俺はそんな彼女を見て見ぬふりをしながら皿洗いに戻った。
◆
「ごちそうさまー」
「御粗末さん」
食べ始めてからおおよそ十分で彼女は完食した。彼女が食べた後の皿を見るとハンバーグの細かい欠片すら残さずに食べきっている。料理人としてこれ以上の冥利につくことはないだろう。
「何か飲むか?」
「そうさね…じゃあ麦茶でも貰おうかな」
俺は小さく返事を返しガラスのコップの中に冷蔵庫でキンキンに冷やした麦茶を入れ彼女の前に出す。彼女は「ちべた!」と反応しながらゆっくりと麦茶を飲み始めた。
「そういやお前さんのレース今月末だったな」
「っ!」
ネイチャの麦茶を飲む口がぴたりと止まる。
「確かG Iレースだったか?もう準備は万端なのか?」
「……まあね!このネイチャさんにかかればちょちょいのちょいよ!」
コップから手を離し、首筋を掻きながら笑顔を浮かべるネイチャ。俺はネイチャが何かを誤魔化していることは一目で判断がついた。長年の付き合いだ。彼女の癖くらいそれなりに把握している。
「そうか。なら良かった」
だが俺は特に何も言わなかった。それは俺が深入りすることじゃないとわかっていたからだ。
ネイチャは今までに血の滲むような努力を続けてきた。それこそ練習量だけ言えばトレセン学園でトップクラスだと言っても過言はない程に。しかし過程は必ずしも結果に結びつくものではない。ネイチャは努力こそ怠らなかったがGⅠレースではこれまでに一度も勝利の栄光を掴み取ることはできなかった。
なんでもないように空笑いを装うネイチャから視線を逸らす。
彼女が悔しさのあまり涙を流していたことは知っている。それを踏まえてもなお俺は彼女自身に対してアクションを取ることはない。何故なら俺はウマ娘のレースとは無縁の存在。俗に言う素人だ。彼女の手助けをするにはトレーナーの仕事。素人は口を出すことはできるが直接の手助けはできない。口を出すにも既に頑張っている彼女に頑張れと言うのはあまりのも酷過ぎる。
「それまでにその太っ腹どうにかしないとな」
「うっさい!!」
だから俺は今日もネイチャを揶揄い続ける。例え今のネイチャがレースで悩んでいたとしても。俺はただ日常を過ごし頑張っている彼女を少しでもこの店で安らげるように努力するだけだ。
俺は喚くネイチャを揶揄いつつ、洗い終わった食器を洗うための布巾を水で濡らした。
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