Caligula -Re:Mevius-   作:10-1 M

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 僕を含み、各々がある程度落ち着いたあと。

 

 キィの用意した車両、彼女曰く『キィトレイン』の車内で、僕達は改めて自己紹介をしていた。

 と言っても、メビウスから抜け出した経験のある僕や、直接的ではないにせよその関係者であるキィと違って、佐取さんと能登くんは完全に巻き込まれた側の人間。

 

 不憫な事だが、リメビウスが現実では無いと気付いた二人に対して、リメビウスはもう上手に騙してはくれなくなった。かつてのメビウス、そして僕達のように。

 

 僕はネクタイを緩めながら生徒達を座席に座らせ、自身も腰を落ち着かせながら口を開く。

 

「改めて、式島 律。プログラマーだ。メビウスにいた時に曲を書いたこともあった」

「ウム! キィもちち()の書いた歌は好きだぞ!!」

 

 キィはきっとメビウスでの僕をμから聞いて、知っていたのだろう。

 

 μやアリアのようなバーチャドールが暮らすネットの世界…彼女らが言う言葉を借りればメタバーセス(無意識の集合体)の中で、僕の事や()()()の事、そして()()()()()()()()()()達の事を聞いたに違いない。

 

 ……ソーンとLucidの事も。

 

「へぇ〜、先生みたいな人も曲作るんスね?」

「なんかちょっと意外です。先生、職員室に行った時は本読んでばかりのイメージだったので」

「はは…まあ実際その通りだよ。それに──」

 

 能登くんと佐取さんからそれぞれ抱いていたらしいイメージを言われる。実際本は読んでばかりだし、曲も()()以来出していないので、言われたことに間違いは無いのだが。

 

「──書いてたのも、もう五年前になるからね。今はもう書いてない……ってところで僕からは以上だ」

「よし、次はハンシンだ!」

 

 ハンシン……半身。

 キィが佐取さんを呼ぶ時、何度も言っていた単語だ。

 つまりキィは、佐取さんと何かしらの形で一心同体であるのだろう。僅か20と数分程度の仲でしかないが、μから様々な話を聞いていたとなれば、ある程度はμから学習しているはず。そのキィがわざわざそう呼ぶのだ、相当の理由があるんだろう。

 

 考えている間にも、半身と呼ばれた佐取さんの自己紹介が始まって──。

 

佐取(さとり)です。…以上です」

「みじかっ!? もっと何かないのか、ハンシン!」

「と言っても、話したくない事ばかりなんだよね。多分ここにいる人はみんなそうだと思うよ」

 

 ──そして直ぐに終わった。

 キィは佐取さんの自己紹介に驚くが、その短い理由はごもっともな理由で。

 他者に打ち明けたくなく、あるいは自身ですら理解したくもない事が現実には多い。それが気になるのか、キィはどうにか聞き出そうとするが、佐取さんは優しく諭して人には聞かれたくないことがあると教えた。

 

「そうそう。キィにもわかる時が来るって」

 

 能登くんにも同じように諭されたキィは、だが納得はいかないようで、よく分からんと首を捻っていた。その能登くんの番が来て、彼は改めて帽子のつば握って深く被り、視線を下げる。

 

能登(のと) (ぎん)っス。僕も現実の話題はパスで」

「オマエもかぁ〜…。 まあいいか、今はリグレットをぶっ飛ばす事が先決だからな!」

 

 キィが両拳をぶつけて打倒リグレットを掲げる。

 リグレット……楽士達の首魁ブラフマンが信奉する、リメビウスの頂点に立つ存在にして、この世界において神のごとき存在。

 そんなリグレットを倒そうというのなら、余程の手段を持っているのだろう。

 

「リグレットを倒す……ね。どうするんだい?」

「それは……なんというか、ない。まーぶっつけ本番でなんとかなるだろ!」

 

 僕達は思わず転けそうになる。

 

「無いのかよ! …つか、リグレットを倒すって言ったって、それで僕達は現実に戻れるのか?」

「ああ、ここはメビウスに凄く似てる。だからメビウスと同じように、世界を維持している動力になってるリグレットを倒せば、オマエ達の魂は現実で寝たきりの体に戻る、つまり帰れるというワケだ!!」

「なんだそりゃ、突拍子も無い……って、僕達が今いるこの世界自体が一番、突拍子も無かったな」

 

 メビウスから現実へと帰る。希望者を返してあげればいいという簡単な話に思えるが、その実メビウスやリメビウスの維持に必要となるのは、メビウスであればμに、リメビウスであればリグレットに、それぞれ向けられる住人達の想いの力が必要なのである。

 

 だから、世界を維持できなくなる可能性を憂慮すればこそ、μに助言をするソーンは僕達を返すまいと元楽士達を差し向けたし、ブラフマンも恐らくはそうするだろう。

 

「そういう訳だから、ハンシン、ギン! オマエ達も現実に帰りたいだろ? キィと一緒にリグレットをぶっ飛ば──」

「あー、それなんだけどさ、キィ。僕は()()や」

 

 能登くんはキィが気合いを入れようとした時、割って入って断った。キィは信じられないと言わんばかりの目で彼を見ると、困惑しながら言葉を発した。

「え? …で、でもオマエは現実を知覚したんだ、ここはもう、ギンを騙してくれないんだぞ?」

 

 能登くんの思いは、帰らない側に傾いている。それは当然の話だと言えた。辛く厳しい現実と違ってリメビウスは住人にとって都合のいい世界。

 

「そう簡単に人って割り切れないものなんだよ、キィ。そういうわけだからごめんな、佐取。出来ることがあったら協力する」

「いや、大丈夫。私も出来ることなら帰りたくないし。でも……ね、キィ」

「…ああ。キィはこのリメビウスで実体化する時に、ハンシンの身体を使ってる。キィが死ねばハンシンも死ぬし、その逆も当然……」

 

 死ぬ。

 きっと事前に説明されている

 能登くんや佐取さんにとって、魂の死はイコール現実世界での目覚めだと認識していたのだろう。その前提が覆されると能登くんは顔を青ざめさせた。対照に佐取さんは、口を一文字に結んで決意をあらわにした。

 

「…それでも私はやるよ。あんな現実でも、帰るべき場所だから」

「佐取…」

 

 その意志は固い。キィも真剣な眼差しで佐取さんの事を強く見つめ、そして頷いた。

 

「ああ。オマエには戦うための力(カタルシス・エフェクト)がある。キィも精一杯オマエをサポートしてやる!」

 

 どうやら既に、カタルシスエフェクトを発現させていたらしい。

 

「ありがと、キィ。吟はここで降りて。多分キィが私と一緒にいる事で、リグレットの仲間…楽士に狙われるかも」

「……いや、一緒に行くよ」

 

 佐取さんから降りるよう諭された能登くんは、しかしそれを断る。だが彼女らと同じようにリグレットと戦う決意を固めた……という訳では、表情を見る限り無いようだ。

 

「そりゃあ死ぬのは怖いけどさ…。ここで友達見捨てちゃ男じゃないだろ…」

 

 そう言う能登くんの握り拳は震えていた。

 

「能登くん」

「…先生」

 

「何度も言うが、死ぬ事になるかもしれないんだ。その点僕もカタルシスエフェクトは使えるはずだから戦えるけど…キィの口ぶりからして、君はまだ発現してないんだろう。君は家に帰って、今後街や学校の様子を伝えてくれたらいい」

 

「…」

 

 彼は何も言わない。決めあぐねているのだろう。安全なところから傍観するか危険な戦いに飛び込んでいくか。

 

「…あと、一応は伝えておく。僕は昔、メビウスで楽士と何度も戦っている。死んだ帰宅部メンバーもいた」

「死んだ…それに帰宅部って…」

 

 昔のことを話すなら、間違いなく死んだ人間についても話さなきゃならなくなる。五年前に遡らなくてはならない事を了承させ、僕は話し始めた。

 能登くんや佐取さんはもちろん、キィも僕を見ている。μとは別の視点を持つ当事者の話なればこそ、聞く価値も生まれるんだろう。

 

「帰宅部はメビウスから逃れる為に集まった人達だ。僕はそこの部長をやっていて、色んな楽士と戦った」

「色んな?」

 

「オスティナートの楽士。10人のコンポーザーと、僕達帰宅部は争ったんだよ。僕がμを止める前に死んだメンバーは確かに死んで然るべき…とは言いたくないけどね。

 少なくとも、そうしてμを壊して現実に戻った僕達は、現実に向き合ってめでたし……」

 

「…とは、ならないっスよね……」

 

 能登くんは続きを促す。

 

「ああ。実際問題、君達はここ(リメビウス)にいる。そして僕もね」

 

 佐取さんは俯いて押し黙る。能登くんもまた、現実に思うところがあり、かと言って死の危険があるリメビウスに留まることも、やはりしたくないのだろう。

 

「僕…やっぱり戦うよ。佐取にだけ戦わせられない」

「いいのかい? 死ぬかもしれないんだよ?」

「それでも、戦うっスよ。 どうせ現実には帰らなきゃならないし」

 

 事態を重く受け止め、それでも進もうとする。最初こそ戸惑いと恐怖を見せていた能登くんの目はもう、迷っている人間のものではなかった。

 心細かったハズだが、二人の生徒達は既に決意を固め、キィもまた彼女らの意志に満足な表情を見せた。

 

「ああ、よく言ったぞギン!! それにちち()も、一緒に戦ってくれるなら心強い!」

 

 キィは貴重な戦力が増えたことを喜んでいるが、それが少し申し訳なかった。僕は帰宅部に入るわけではない。

 

「それなんだけどね、キィ。僕は帰宅部じゃなくて、別の視点からリメビウスにアプローチしたいんだ。もちろん君達と情報共有はするし、危ないと思ったら手助けはする」

「帰宅部じゃなくて…って、なんだそりゃ! キィはてっきりちち()と一緒にいられると思ったのになぁ」

 

 そう、僕は彼らの帰宅部に入る前にこの世界の…オブリガードの楽士だ。キィも、生徒二人も知らないし、同じ楽士以外にバレる事も無いから、別方面からのサポートに徹したかった。僕のこの立ち位置でしか出来ないことはきっと多いだろうから。

 

「すまないね、キィ。でも、リメビウスを破壊し、リグレットを倒す、その時には絶対に加勢する。誓うよ」

「…わかった。キィにはキィの、ちち()にはちち()の考えがそれぞれあるからな」

 

 聞き分けの良いキィの頭を撫で、改めて二人に向き直った。

 

「そういう事だからすぐに一緒に戦う事は出来ない。でも僕は色んな人と関わりがあるから、絶対に助けになってみせる」

 

「…まあ、助けてくれるなら大丈夫ス」

「どんな形でも、嬉しいです。先生」

 

 キィは僕達の言葉を聞き届けると、佐取さんの体内に入っていく。幼い子どもの大きさのものが女子高生の体格に収まるのを考えると、物理的干渉を跳ね除けて同化できるのだろう。いつ見ても慣れられそうにない。

 昔、アリアもμもポケットに収まってくれたからだろうか。キィのその隠れ方は間違いなく心臓に悪いという確信があった。

 

「それじゃあ、僕はここで降りるよ。二人とも、気を付けて。いつ楽士が襲ってくるか、もうわからないのだからね」

「はい。先生も気を付けて」

 

 キィトレインの扉が開き、僕は楯節学園の駅で降りる。二人を見送ってすぐ、WIRE(メッセンジャーアプリ)を開く。

 

「マキナ」

『…ドウシタ?』

「津長方面に不審人物が逃げていった。君の権限で線路を通行止めにして接触、可能なら捕らえてほしい」

『…ワカッタ。情報共有ニ感謝スル』

 

 裏から動くには、彼らには申し訳ないが派手に気を引いてもらう必要がある。

 

 マキナはロボットの(カタチ)を取っている。それにはもちろん、リグレットを守る為の武装も搭載されている。キィはμの後継…つまり実子に変わりなく。

 出来るなら生き延びて欲しい。

 

 せっかく、リメビウスを───する算段が、整い始めてきているのだから。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 :三日目

 

 

 

 目が覚めたきっかけは、WIREアプリからの着信音だった。寝惚け眼でスマートフォンを手に取り、連絡の主を辿る。

 一番上に彼がいた。

 

『すぐにエピメテウスの塔に来てください』

 

 それはブラフマンからのメッセージだった。頭の中にあの不気味な金仮面が想起され…すぐにかぶりを振るってイメージを消す。普段彼からメッセージを飛ばすことはほぼなく、あるとすれば定例会があるという告知をグループに出すだけ。

 思惑はともかく、彼もまた楽士。僕の立ち位置を知られる訳にも行かず、素直に招集命令に応じる。

 

「わかった。

 要件は何だい?」

『マキナが楽士からの離反を表明しました』

 

「…はっ?」

 

 予想外の情報に、まるで不意打ちを食らったように唖然とする。マキナはリグレットに忠誠を誓っていると言っても過言ではない。

 そんな彼がリグレットの為に動く楽士を裏切るとは考え難い。しかし表明ということは、少なくとも楽士達に向けてそういう言葉を発した事に他ならず。

 

「わかった、すぐに家を発つ。

 事情はそちらに着いたら聞かせてくれ」

『ありがとうございます。

 塔への入口はいつもの場所に開いておきます』

 

 ブラフマンからの返信を受け取り、急いで家を飛び出す。向かう先は興玉駅、駅員待合室。普通の人間が立ち入ることの無いそこに、扉はある。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 楽士達の集まる謁見の間に着いてすぐ、僕はブラフマンに駆け寄る。マキナの予想外の行動に、少し動転していたのだ。

 

「どういう事なんだ、ブラフマン!?」

「まあまあ、落ち着きたまえよLucid。『急がずに、ただし休まずに、進もう』と言うよ。まずは話を聞いてからでいいんじゃないかな?」

 

 同じく楽士の(くだん)は落ち着き払った声で僕を諭した。確かに彼女の言うとおりでもあるが、今はそれ以上にマキナが裏切った事への確証が欲しかった。

 再三言うが、マキナこそ一番裏切る理由のない楽士だ。リグレットへの忠誠を公言し、またブラフマン以上に信奉していた。それが一朝一夕でころっと心変わりする理由が無い。

 …ともすれば。

 

「ブラフマン、声明の内容は?」

「『私は、リグレット様の真意を知らず利用する立場に居座り続けるお前達を許さない』との事です。…馬鹿な事を…」

「リグレットへの裏切り、と言うよりは僕達楽士からの離反に近い、のか?」

 

「それって、結局敵になったのと変わんなくない? バカだよねえマキナも。リメビウスにいれば、ずっと幸せなままなのに」

 

 ムーくんもマキナの行動への非難…と言うよりは嘲笑に近いようだが…を露わにしている。僕も僕でリメビウスに長居する気は無いため、マキナがもし帰宅部に加わってくれているのならば心強いのだが。

 

 しかし、懸念すべきはマキナが完全に独立して動いている場合。楽士と敵対していながら帰宅部を相手取ってしまえる程の強さがあるのがマキナだ。

 傷付き、また老いさばらえる事の無い機械の身体というのは、それだけで生身の人間には脅威となる。

 本音としてはどちらかの一員として手綱を握っておきたい。不確定要素を排除できるなら、それに越したことはないからだ。

 

「わかった、ブラフマン。あの坊や(マキナ)の事もある。当面は私達でツーマンセルでを組むのはどうだい?」

 

 件が案を出す。確かにマキナという危険因子と鉢合う可能性を考えると、単独で戦えるだけでは負けるリスクもある。最初から二人で動いてしまった方が、不意討ちや遭遇戦にも対応ができる。

 

 それは僕にとっては動きにくくなること請け合いなのだが。しかし僕一人が反対しても───。

 

「待って。私は反対だわ」

「パンドラ。リメビウス全体の危機なのですよ」

 

 パンドラ、そう呼ばれた楽士は正面切って件の案に反対意見を出す。もちろんそれは『一人で孤独にいたい』という自己中心的なものでしかないのだが。

 だが予想外だったのは、反対したのがパンドラだけでは無いという事だ。

 

「それなら僕も反対。敵が来たら、マリオヘッドをけしかけてやればいいしね〜」

「俺も反対させてもらう」

 

 ムーくんに続き、同じく楽士のドクトルも反対をする。

 

「…分かりました。この場は一度収めましょう。皆々様は持ち場に戻るよう。リグレット様、よろしいでしょうか?」

「…ええ。皆、どうかこのリメビウスを守ってください」

 

 それらを受け、リグレットは一旦の解散を楽士達へ命じ、ブラフマンは僕にのみ残るように言う。

 楽士達が各々の扉をくぐって自身らの拠点に帰る中、僕とブラフマンだけが謁見の間に立っていた。ブラフマンの表情は金仮面によって窺う事が出来ないものの、明らかに疲れが見えた。

 

「全く、統率の取れない方々です。僕も君も、リメビウス維持の為に粉骨砕身の思いで動いているというのに」

「ま…まあ。彼らも彼らで、自身のテリトリーにバグが侵入すれば全力で排除するだろうから、さほどの心配も要らないと思う。僕も独自で調査は進めるしね」

「…そう、ですね。頼みますよ、式島」

 

 そう言い、一礼をしてブラフマンは塔内の自分の場所に戻っていった。僕も元の場所……駅に戻った。

 

 

 

 

 戻ったはいいものの。

 

「あれ? …先生!?」

「あっ! …佐取さんに能登くん…と、君は確か…」

 

 駅員待合室の扉を開いた時、ちょうど目の前を三人の生徒達が通るところだった。そのうち一人には覚えがある。三年生の編木ささらさんだ。編木さんは僕の姿を確かめて、のんびり挨拶をする。

 

「先生、こんにちは〜」

「え…ええ、こんにちは」

 

 もちろん、一介の教師(楽士という立場を除けば)でしかない僕が駅員室から出てくるのは不自然だ。必死に頭の中で考えを巡らせる。

 

「先生、どうしてこんなところから?ここは駅員室──」

「調査…というよりは、楽士の……そう、手がかりが無いか、とね。僕達はリメビウスから脱出をしたいわけだけど、現状手立てがない。興玉駅あたりはマキナのテリトリーだと聞いていたからね」

 

 そこで探索をしていたわけだ、と話せば、何とか納得はしてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろしつつも、マキナが裏切った理由をこれから調べようとしていたのは本当の事だった。

 

「ああ、それなら先生、良い報告がありますよ!」

 

 佐取さんが嬉しそうに話す。

 

「そう、そうなんスよ先生!マキナが楽士を辞めるって言ったんス!」

「マキナが?」

 

 彼女に続いて能登くんまでもが喜ばしいとばかりに捲し立てる。佐取さんの身体からキィが顔を覗かせた。

 

「キィ達の必死の説得によってな!」

「お前は余計なこと言うところだったろ! …まあ、ささら先輩と佐取が頑張ったおかげなんで」

 

 一緒にいないあたり楽士を辞めて帰宅部に…という訳では無いのだろうが、マキナが双方の前から姿を眩ませたのは佐取さんと編木さんの功績らしい事はわかった。

 

 スマホを見てみるが、マキナは既に楽士のグループWIREからも退出しており、律儀に個人WIREも消去しているらしい。こちらから連絡を取る手段が無い以上、接触は不可能として考えるしか無かった。

 

「わかった、それなら次は…ムーくんかパンドラあたりかな。一般の人が気軽に…という訳にはいかないけど、一般の人が会う機会があるのはもう、この二人くらいだ」

 

 周知されている楽士として名前を出せるのはこの二人だ。中には僕と同じように顔を出さず潜伏している楽士もおり、そんな楽士の名前を出そうものなら何かしら疑いの目を向けられることは必定だった。

 

「むぅ…仕方あるまい。ハンシン、次はパンドラだ!」

「パンドラって……いや…私パンドラが何処にいるかは知らないよ……」

 

「ええと…少し待って。…あー、すぐに出ないな。パンドラの位置は僕の方で調べておくよ。それにしても、楽士の一人が裏切ったとなれば他の楽士がどう動くか推測できない。今日は大人しくしてた方がいいと思うよ」

 

 スマホでパンドラの情報を調べるふりをしておきつつ、三人には目立った動きを避けるようにと諌めておく。

 

「分かりました……あ、そうだ」

 

 登校途中の三人が駅のホームへと向かおうと背を向けた瞬間、佐取さんだけがぱっと振り返る。

 

「キィに言われて帰宅部設立しました。サポート、どうかよろしくお願いしますね!」

「ちなみにハンシンが部長、キィは顧問! ちち()はOBだぞー」

「あぁ…いや、それはいいんだけどね。 帰宅部か…験担ぎかい、キィ?」

「ああ! 現実世界に帰宅した実績もあるし、何よりちち()もいるからな!!」

 

 なるほどと頭で納得しつつ、五年前の事を思い出して少し吐き気がする。どうにか怪しまれないよう取り繕いつつ、帰宅部メンバーを全員先に行かせた。

 

 

 笑顔で手を振るキィに同じように手を振り返しながら、その足で駅構内のトイレに駆け込み、内容物をそのまま戻そうとして、今朝何も食べていないことを思い出し、空嘔吐きをした。

 

 昔言われたことが未だに脳裏で反芻される。

 

『何か作戦があるんですよね……そうに決まってます……そうに決まってる…』

 

 重々しく脳を打つ仲間の声。

 それは、僕の()()の為に受けた痛み。

 

 吐き気が治まり、どうにか出勤できるようになるまで、そこから更に三十分の時間を要したのだった。

 

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