茜達は美しい雪景色を見つつ、収穫祭が開かれるファンダリア村へ向かう。
途中、病気の母親のためにクリームシチューを作りたいという少年から依頼を受ける。
森で熊やキノコの魔物に襲われながらも材料を手に入れるが、少年の正体はワーウルフだった。
ワーウルフを倒した後、村人から懸賞金を受け取るが、
デリサルはワーウルフの攻撃で獣の病にかかってしまった……。
ワーウルフは倒れ、ファンドリアに平和が戻った。
しかし、デリサルが獣の病にかかってしまい、今はファンドリアの宿で休ませている。
「うぅぅぅぅ、あぁぁぁぁぁ……」
デリサルはベッドの上で苦しそうな呻き声を上げている。
今は病に抵抗しているようだが、いずれワーウルフになるのも時間の問題だ。
「一体どうすれば治るんだろうねぇ」
「……」
茜はじっと、デリサルの様子を見やる。
メンバー最年少ながら、茜の真剣な様子にアエルスドロ達は固唾を呑んで見守る。
「このままでは、二日と持たないかもしれません。メディカルナッツがないと治らないかも……」
「メディカルナッツ?」
「覚えたばかりの事ですが、獣の力を打ち消す事ができる魔法の果実です」
茜は異世界に転生してから、力だけでなく医療知識も手に入れた。
生前とは比べ物にならないほどの特典である。
「ですがこの季節、メディカルナッツはあまり採れないそうです」
「……嘘だろう……」
雪国のハリネース王国では、メディカルナッツの採取は難しい。
かといって、ここで諦めればデリサルは獣と化す。
一体どうすればいいのか、アエルスドロは頭を抱えていた。
「そのメディカルナッツ、もしかしたら妖精の森に行けばいいんじゃないか?」
「えっと、その、妖精の森って?」
「ハリネース王国で唯一雪に閉ざされない土地だよ。ここにはたくさんの妖精が住んでるんだ。
メディカルナッツもあるかもね」
妖精の森の妖精と交渉すれば、メディカルナッツを貰えるかもしれない。
一筋の希望の光が、茜の中に差し込んだ。
その妖精の森がどこにあるのか、宿に屯している人達に話を聞こうとした。
「妖精の森かい? 確か、王都レリックの郊外にあったと思うよ」
「ありがとうございます」
ドワーフの冒険者から情報を得て、茜は頷いた。
ファンドリアからレリックに戻れば、妖精の森に行く事ができるようだ。
「一旦、王都に戻りましょう。そこに妖精の森があるはずです」
「ああ……でも、デリサルはどうするんだ?」
「危ないので、ファンドリアの宿で休ませましょう。必ず帰ってくると信じてると思いますので」
デリサルなら、仲間を信じて待つかもしれない。
茜達は彼を信じて、ファンドリアの宿を後にし、王都レリックへと戻っていくのだった。
収穫祭を、名残惜しみながら。
「まあ、どうしましたの?」
「じ、実は、仲間の、一人、が……ワーウルフに、噛まれ、て、しまっ、て……」
レリックに戻った茜達を出迎えたのはアイリスだ。
茜は息を切らしながら、アイリスに情報を伝える。
「そんな! では、時間はないという事ですのね?」
「……はい」
メディカルナッツがなければ、デリサルは獣の病によってワーウルフになる。
時間はないので、妖精の森に早めに行くしかない。
「では、冒険者の皆様。無理はなさらぬようにお願いしますわ。死んでは困りますもの」
事情を聴いたアイリスは、茜に労いの声をかける。
誰かが望まぬ要因で死ぬ事は、アイリスには耐えられないからだ。
「あ、りが、とう、ござい、ます、アイリスさん。それで、妖精、森はどこに、あるんですか?」
「ここから西にありますわ。
妖精は人間に友好的なので、話を聞いたらきっとメディカルナッツをくれると思いますわ。
……あまり無理はなさらぬよう、お願いしますわ」
「……そう、ですね」
息を切らしている事は、アイリスにはバレバレだ。
時間はもったいないが無理をしては元も子もない。
茜達は休んでから改めて妖精の森に赴くのだった。
「では、妖精の森に行きましょう」
「ああ」
しばらく休んだ後、茜達はレリックから西に行き、メディカルナッツがある妖精の森に赴いた。
入り口に着くと、早速、道が二本に分かれていた。
「どこに行けばいいんでしょう……」
「う~ん、私には分からない。左に行くか……?」
「とりあえず、行ってみようかね」
根拠のない勘を信じながら、茜達は左に行った。
「長いですね……」
そこは長い一方通行になっていて、歩いても歩いても木が広がるだけだった。
疲れは取れたばかりなのに、また疲れがたまってしまいそうだった。
「いくら安全といっても、長すぎますよ……」
「はぁ、はぁ……魔導師にはこたえるねぇ」
レイが息を切らしていると、茂みの中から音が聞こえる。
茜が警戒して身構えると、そこから三体の雑草型の魔物・ウィードが現れた。
長く歩いていたため茜達に余裕はなかったが、
ウィード達もまた、茜達に気づいておらず、音を立てずに慎重に立ち去っていった。
「何とか逃げられましたね……」
ウィードから逃げた茜達は、次の道を歩く。
「今頃、デリサルはどうしてるんだろうねぇ」
レイは宿屋で寝ているデリサルを心配する。
彼は獣の病に侵されないように踏ん張っているが、自力で獣の病を治した事例はない。
なので、茜達が彼のためにメディカルナッツを持ってこなければならないのだ。
「……大丈夫ですよ。デリサルさんは、私達を信じています。
だから、私達も彼のために頑張りましょう」
「ふっ、それでこそ冒険者だよ」
レイが笑いながら歩いて行くと、道の先は、踏むと悲鳴を上げる植物に覆われていた。
踏みつけてしまうと、獲物が音に気付いてしまうだろう。
「ここを迂回するのは難しそうだな……。私がやるしかないか」
デリサルがいないので、罠の回避は難しい。
それでも、アエルスドロは慎重に、音を立てないように、植物を刺激しないように進んでいく。
そうして数分後、アエルスドロは何とか植物の罠を通り抜ける事に成功した。
「みんな、こっちだ」
アエルスドロの案内で、茜とレイは、植物がない場所をゆっくりと通り抜けた。
「危なかった……。アエルスドロさん、足が速いんですね」
「身軽と言ってくれ」
アエルスドロはダークエルフなので、その身軽さは折り紙付きだった。
世界中で嫌われている上に善の心を持つため、あまり自身の種族については明かさないが、
能力によって困難を乗り越えられる。
さらに、剣術も使えるため、優秀な前衛として活躍できる。
「私、アエルスドロさんを頼りにしてますよ。見た目がちょっと吸血鬼っぽいですが」
「……君は吸血鬼が苦手なようだな」
「家族を殺しちゃいましたからね。でも、いつまでも怖がるわけにはいきません。
いずれ力をつけて、復讐したいです」
茜は家族を殺したフェリドに復讐したい気持ちが強かった。
だが、とにかく強く、「ただの子供」の茜が敵う相手ではない。
だが、茜はアルカディアに転生してから、傷ついたものを癒す力を身に着けた。
武器も使え、冒険者として着実に成長してきた。
叶うなら元の世界に帰って、フェリドを殺せたらいいなと思っていた。
「人を癒す職業が、人を殺めるとはねぇ」
「確か吸血鬼って上級のアンデッドでしたよね? クレリックはアンデッドに容赦ないんですよ」
「ま、それもそうかね」
そんな話をしていると、棘のある茨で覆い尽くされた道に辿り着く。
妖精の森だが罠がたくさん張り巡らされていて、上手く通らないとすぐに擦り傷だらけになる。
三人は道を迂回して先に進もうとするも、崩れそうな岩で組み上げられた通路に辿り着く。
「どうしてこんなに罠があるんですか?」
「恐らく、妖精なりの自衛だろうね。戦わなければ盗賊にやられるだけだからね」
人間に友好的な妖精でも、自分の身を守るためなら容赦なく悪しき人間に立ち向かう。
それが妖精というものだ、とレイは説明する。
「やっぱり戦わなきゃダメなんですね……」
「そのためにあんたは、冒険者になったんだろ? さ、早めにメディカルナッツを持って帰るよ」
「そうでしたね」
茜達は急いで、森の奥に進んでいった。
そこには、たくさんの色とりどりの木の実が成っている木が生えていて、
周りにはたくさんの妖精がいる。
ここに、メディカルナッツが存在するとなると、茜の気持ちは、はやっていた。
「あら、人間がここに来たのね? ふふふ……あなたからは聖なる気を感じるわ」
「あ、あなたが妖精……ですか?」
尖った耳と小さな羽を持つ妖精は、茜の姿を見ると微笑みながら空を飛ぶ。
羽からは光り輝く粉がたくさん舞っていた。
「後ろにいるのは、あなたのお仲間さんみたいね。ようこそ、妖精の森へ。何の用ですか?」
「実は、大切な仲間が病気になってしまって、それを治すためにここに来たんです」
茜が妖精に事情を話すと、妖精は再び茜の周りを舞った。
「……邪な心はないようね。いいでしょう。メディカルナッツを一粒差し上げますわ」
そう言って妖精は木に向かって飛んでいき、木の実を一粒摘まむと茜に差し出した。
金と銀が混ざり合った不思議な色合いの木の実は、見るだけで病気が治りそうな美しさだ。
「このメディカルナッツを一粒食べれば、獣の病はたちどころに治るでしょう」
「じゃあ、医者いらずなんじゃ……」
「残念ながら、メディカルナッツは人間の一般的な病には効かないわ。
だから、人間も手伝ってるんだけどね」
「ありがとうございました」
何はともあれ、このメディカルナッツさえあればデリサルの獣の病は治る。
茜は妖精にお礼を言って、立ち去ろうとした。
「あら、そのまま行くとまた罠にかかるわよ?
私が秘密の入り口を教えてあげるから、ちょっと待っててね」
茜達は妖精が教えてくれた秘密の入り口を通り、無事に妖精の森から脱出した。
そして、茜達は大急ぎで、ファンドリアに戻った。