今日は彼女が冒険者になるまでのお話です。
かつて茜は吸血鬼が支配する地下都市から脱出しようとしたが、叶わずにフェリドに殺された。
しかし、いつの間にか茜は違う世界で目覚めた。
茜は訳も分からないままダークエルフの青年と出会い、様々な事を彼から学んだ。
アルカディア、フェーン王国、冒険者……何もかもが茜にとって未知のものだった。
頭の中の整理がつかない茜は、宿屋で一日寝た。
しかし、ずっと寝っぱなしだと延滞金を払うので、
一日休んだ後はすぐに青年と共に宿を後にした。
「それで、あの……あなたは何という名前ですか?」
「名前か……意味はないし、誇れるものではないが」
「そんな事はありません! 誰だって名前は誇りなんですよ」
「……分かった、だったら名乗ろう。アエルスドロ・ツリーンマチャスだ」
ダークエルフの青年は、アエルスドロと名乗る。
「アエルスドロさんっていうんですか。それじゃ、私も自己紹介しますね。
私は百夜茜です。元の名字は、分かりませんが」
「アカネ・ヒャクヤ? 聞いた事がないな、倭国の民か何かか?」
「……日本人です、といっても私の住んでた日本はとっくに滅んでしまっていますが」
茜は元の世界を思い出してぐっと拳を握り締める。
陽の光を見ようとした子供を次々に殺した、あの吸血鬼が憎くてたまらない。
彼女の悔しげな表情を見たアエルスドロは、かつて逃げてきた身なので複雑な表情になる。
「日本とは聞いた事がない土地だが……まあいい。私も故郷を捨てて地上に逃げ延びた。
そこである娘と出会い、邪神を封印した後にこの世界を放浪するようになった」
「邪神を封印……」
目の前の青年は、相当な手慣れの冒険者らしい。
茜はごくりと唾を飲んだ。
「君はここで何がしたいんだ? 帰る家がないなら、ここで暮らしてもいいぞ」
「……帰る家、ですか」
茜に両親はおらず、百夜孤児院も院長の死により実質的に失ってしまった。
他の家族も、優一郎以外はフェリドに殺されてしまった。
だから、今、茜に帰る家はなかった。
「帰る家なんて、私にはありません」
「そうか……」
茜にとって今の家はこのアルカディアという世界。
元の世界では叶わなかった、家族で平和に暮らすという願いが、ここで叶うかもしれないから。
「ならば、話は早いな。早速だが、アカネ、冒険者にならないか?」
「逆に質問します。そもそも私、冒険者になれますか?」
茜は人体実験を受けたが、武器を取って戦った事は今までなかった。
そんな自分が冒険者になるなんて、茜としては信じられなかった。
その時、子供がいきなり走って茜にぶつかり、その衝撃で転んでしまった。
「いたいよぉ~! いたいよぉ~!」
「大丈夫!?」
茜は怪我をした子供を何とか治療しようとする。
すると、茜の手がぼんやりと光り出した。
「な、何これ……!」
「! その光は! アカネ、怪我をしたところに光を当てるんだ!」
「え? え? え?」
茜は混乱したまま、光る手を子供の怪我をした部分に当てる。
すると、子供が負っていた怪我は、みるみるうちに治っていった。
怪我だけでなく痛みも引いたのか、あれほど泣き叫んでいた子供はぴたりと泣き声が止んだ。
「ありがとう、おねえちゃん」
そう言って子供は、走り去っていった。
信じられない光景に、茜は呆然とした。
「私、どうして子供の怪我を治したんですか……?」
自分は戦う力を持たない、普通の少女だったのに。
何故、手をかざしただけで子供の怪我を治せたのか……茜は不思議でたまらなかった。
アエルスドロは茜をきょろきょろ見た後、ふむ、と顎に手を当てた。
「恐らく、君は神の加護を受けているのだろう。癒しの力はそのせいだろうな」
「神……神様、ですか?」
戸惑う茜に、アエルスドロがさらに説明する。
「もしかしたら君はクレリックの素質があるかもしれない。アカネ、私と一緒にギルドに行こう」
「ギルドって何ですか? クレリックって?」
「冒険者組合の事をギルドと言うが、今は冒険者登録を行う場所もギルドと呼ぶ。
クレリックというのは……長くなるから、とりあえずギルドに行こう」
「はい」
茜とアエルスドロは冒険者ギルドに辿り着いた。
二人は空いた席に座って、冒険者について話すが、話は案の定長くなったので省略した。
「つまり、戦士が前に出て、クレリックとメイジが後ろでサポートして、
スカウトが罠を探すんですね」
「まあ、そういう事になるな。私も戦士の訓練は積んでいるが君と私だけでは人数が足りないな。
後二人、スカウトとメイジが必要だ。
ダンジョンにはたくさんの罠があるし、武器が効かない敵も存在する。
だから、基本的に冒険者は四人一組なんだ」
「分かりました。でも、そう都合よくスカウトとメイジがいますか?」
「それは分からないが、まずは登録に行こう。……アカネ、一人で行けるか?」
「大丈夫です。元の世界では一人で家事をしましたから」
「年齢は15歳、
「はい。アエルスドロさんによれば、私は癒しの力を持っているそうなので」
「では、これが冒険者の証となります」
ギルドの受付嬢が、茜の前に冒険者カードを出す。
アルカディアの識字率はそれほど高くないため、シンプルに木と茜の顔だけが描かれていた。
「冒険者ランクは九段階。
上から神鋼、オリハルコン、アダマント、フラルグ、スチール、アイアン、ブロンズ、
ストーン、そして最も初級のウッド」
つまり、茜は冒険者としては駆け出しという事だ。
「何かあった時に、身元を証明するために使います。安心してください、偽造対策はしています。
以上で、登録は終わりです」
冒険者登録は案外あっさりと終わった。
アエルスドロがおらず、一人だったが、これにて茜は冒険者としての一歩を踏み出した。
「案外、冒険者になるのは簡単だったね。
アエルスドロさんが言ってた、スカウトとメイジは誰なんだろう」
戦士はアエルスドロがいるが、残りのスカウトとメイジが見つからない。
茜がギルドを見渡していると、尖った帽子を被った小さな少女と、
曲がった角が2本生えた青年を発見した。
少女はどこか、クルルを彷彿とさせるが、どちらかというと魔女を連想するものだった。
(悪魔と、私より年下の小さな女の子……? あの二人が、冒険者なのかな……。
でも、悪魔は私も知ってるから……。あの女の子は、もしかして、魔女……?)
茜は彼らが気になり、二人のところに駆け寄った。
「あ、あの、すみません! あなた達が……」
「あんた、小汚い格好をしてるねぇ。それでも冒険者なのかい?」
少女は老成したような口調で、茜を突っ放した。
その表情も、どこか不愉快そうだった。
どうやら少女の機嫌を悪くしてしまったらしい。
「し、失礼しました!」
茜は慌ててその場から離れる。
少女の傍にいた悪魔の青年は、溜息をついた。
「レイ、やりすぎじゃないか? 俺達だって駆け出しなんだぞ」
「駆け出し駆け出し冒険者なんだよ、あいつは。
クレリックだったら、それなりの装備はしておかないとねぇ」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
茜は慌ててアエルスドロのところに逃げ帰った。
「ど、どうしたんだ、アカネ」
「スカウトとメイジを仲間にしようとして、断られてしまいました。
私のどこが悪かったんですか?」
「……その前に、生身で冒険する気か?」
「あ……」
茜はアエルスドロに言われて気づいた。
冒険者になったはいいものの、何も装備していない自分を見て、思わず茜は恥ずかしくなった。
「とりあえず冒険者として最低限の装備は必要だ。私がお金を出すから、それで装備品を買おう」
「はい」
茜はアエルスドロから借りたお金を使い、道具屋や武器屋で装備品を買った。
メイスにライト・クロスボウ、松明に火打ち石と、茜が使った事のないものばかりで戸惑うが、
アエルスドロから説明を受けたため、使い方だけは学んだ。
「ありがとうございます、アエルスドロさん。では、改めてギルドに行きましょう」
「ああ」
一通り装備した後、茜とアエルスドロは少女と青年のところに行った。
小さな少女は武装した茜を上から下まで見て、しばらく考えた後、笑みを浮かべた。
「合格。冒険者らしくなったね。そこのダークエルフも冒険者なのかい?」
「一応、旅の途中で登録はした。今のランクは君達と同じ、ウッドだ」
「じゃあ、みんなあたいらと同じ条件になったね。そういえば、名前を名乗らなかったね。
あたいはレイ、こっちはデリサル。ちなみに36歳」
「36歳!?」
「モントゥは人間の2倍の寿命を持つのさ。だから、人間で言うと18歳だよ」
目の前の少女が自分より年上と聞いて茜は驚いたがレイは平然と茜に理由を語った。
人間年齢でもレイは茜より年上だが……。
「俺はデリサルだ、よろしく。お前らの名前は?」
「私はアエルスドロ・ツリーンマチャスだ」
「わ、私は百夜茜っていいます。気が付いたらここにいました」
「アカネ……もしかしたら倭国から来たのかもねぇ」
「そうだな、この辺では聞いた事がない名前だ」
やはりレイやデリサルも、茜の名前を珍しく思っているようだ。
何はともあれ、これで無事に茜はアルカディアで冒険者になれたようだ。
今はまだ駆け出しだが、いずれ世界に名を馳せるようになるだろう。
「皆様、まだまだこの世界には慣れていませんが、どうぞよろしくお願いします!」
茜はそう言って、アエルスドロ達にお辞儀した。