でも、まだまだ冒険は続きます。
次の日、茜達は宿屋で朝食を取っていた。
疲れたミツバチ亭の今日の朝食は、ポトフ、白パン、エール(茜は水)だ。
「ぬるいが、あの泥水よりはマシだな。ポトフは身体が温まって美味い」
「泥水って……食事は大事なものですよ」
エールの味に文句を言うアエルスドロに、茜はこちらも文句を言いたいが、
それを言っては味がまずくなってしまう。
幸い、文句は聞こえていなかったが、もし聞こえていたら間違いなく食事は没収されただろう。
地下に来てからカレーしか食べていなかった茜はやっとカレー以外を食べられた事に感謝する。
レイは身体が小さいため、ポトフの量は他の人と比べて少なかった。
「ゴブリンを倒すのはかなり面倒だったな。その分、ゆっくり休めて俺は幸せだ」
そう言ってデリサルはポトフのジャガイモにフォークを刺して食べる。
こうして四人が食事と飲み物を楽しんでいると、
隣のテーブルの近くにいた一人の男性が、四人の方を向いて声をかける。
「やあ、君達冒険者だよね?」
「あ、はい、そうですが……」
「護衛をお願いできる人を探してるんだけど、興味はないかな?」
この男性は護衛を依頼しているらしく、また冒険が始まるのか、と茜は思っていた。
「すまないが、君の名前を教えてほしい」
「おっと、忘れてたね。僕はウェイル。実家お手製の乳製品や革製品を売ってるんだ」
ウェイルと名乗ったその男性は、乳製品を作って売っているようだ。
その彼が護衛を頼んだという事は、乳製品に関する依頼だろう。
「時間は?」
「行きで3日、村に1日滞在して、帰りで3日。予定はちょうど、一週間程度だよ」
「報酬は?」
「一人当たり、300ゼニーでどうだろうか? もちろん、それだけとは言わない。
家で作ったチーズやソーセージなんかを振る舞わせてもらうよ」
「少ないな……」
「いえ、それで十分です」
賃上げ交渉をしようとしたデリサルを茜が止める。
持ち合わせがなさそうだったので、無理な賃上げ交渉は迷惑だからだ。
「依頼はもちろん、引き受けます。ウェイルさん、安心してくださいね」
「ありがとう。君達の活躍、期待しているよ」
茜達は装備を整え、馬車の中に入った。
馬車はゴトン、ゴトンと音を立てながら走り、茜は思わず眠ろうとしていた。
「うぅん、何だか懐かしい香りがします」
「懐かしい、とは?」
「百夜孤児院の温もり……です」
茜達は両親の顔をほとんど知らず、百夜孤児院の院長を親として慕っていた。
院長がウイルスで命を落とした後は世界が破滅し、その後はほとんど生きた心地がなかった。
そのため、馬車に乗るだけでも茜は眠たくなる。
「もう、元の世界に戻りたくないなぁ」
茜がいた世界はウイルスで事実上、滅亡した。
しかも、茜は地下に連れてこられてから陽の光を浴びた事がなく、
脱出もフェリドに阻まれてしまった。
茜は元の世界に僅かに未練を残しながらも、アルカディアを新たな故郷として選んだ。
陽の光は人間にとってはとても暖かい。
それに対し、アエルスドロはフードを被って陽の光を遮断していた。
「アエルスドロさん、どうしてそんな恰好を?」
「私は陽の光が苦手なんだ。だから、こうして遮っているんだ」
「じゃあやっぱりあなたは吸……」
「私はダークエルフだ。一緒にしては困る」
「ごめんなさい」
アエルスドロはダークエルフであるため、吸血鬼と間違われる事を嫌っていた。
茜がいた世界の異種族は吸血鬼しかおらず、間違えるのも無理はなかったため謝った。
茜達が町を出て三日目、馬車は丘陵地帯に入った。
このまま行けば、日が落ちる前にはテオ村に辿り着ける。
「待て!」
しかし、アエルスドロはふと、不穏な空気を感じ取り、辺りを見渡す。
同時に、周囲の木立がガサガサと揺れた。
「アエルスドロ。何か見つけたのかい?」
「ああ……今すぐに馬車を降りろ! そして、武器を抜け!」
「は、はい!」
アエルスドロの号令で四人は急いで馬車を降り、それぞれの武器を抜く。
すると、血走った目の様々なネズミの群れが、こちらに向かって走ってきた。
ネズミは馬車を取り囲むように現れる。
「このネズミ、何だか凶暴そうですね」
「くっ……戦うしかないみたいだ!」
茜達は今にも襲おうとしているネズミを、何とか迎え撃とうと身構えた。
「せいっ!」
「magie pierre!」
デリサルは素早く走ってネズミをレイピアで突き、茜が魔法の石を飛ばして倒す。
「ド・ゲイト・ド・イス!」
レイは杖から氷の矢を放つも、ネズミは機敏な動きでかわし、外れた場所が凍り付く。
二体のネズミがアエルスドロを取り囲んで攻撃し、一体のネズミがデリサルに噛みついた。
「くそ、数が多いな!」
ネズミの数は多く、四人が相手しているうちに、一体のネズミがチーズをかじってしまった。
「あっ、チーズが!」
「ネズミだからというよりは、見境なくかじっちゃうからですよね」
早めにネズミを片づけなければ、チーズが全てダメになってしまう。
ウェインに負担をかけないために、茜達は真剣な表情で身構えた。
「これでとどめだ!」
「magie pierre!」
デリサルのレイピアがネズミを突いて気絶させ、茜が飛ばした魔法の石がネズミを打ち据える。
アエルスドロは剣を振ってネズミを倒し、レイは氷の矢でネズミを攻撃した。
「ネズミめ……ぐぁぁぁっ!」
しかし、無数のネズミが群がり、アエルスドロは攻撃に耐え切れず倒れた。
ネズミもチーズをかじり、戦士がいなくなり、茜達は一気に窮地に陥った。
「早めに倒しましょう」
「了解!」
アエルスドロが倒れた以上、すぐに片づけなければ戦線は崩壊してしまう。
茜とデリサルは大急ぎでネズミを攻撃し、何とか全てのネズミを撃退した。
「ふぅ……疲れた……」
「大丈夫かい?」
「ネズミがあんなに多いなんて、知りませんでした」
ウェイルは戦いで疲れた茜達を労う。
こんなにネズミがたくさん来るとは、茜は思っていなかったからだ。
「まったく、酷い目に遭いましたね、なんであんなにたくさんのネズミが……」
「自然発生したにしては、やけに多かったな」
「さあ、まどろむ三毛猫亭に急ぎましょう。納品先でもあり、村唯一の宿屋ですからね」
「もちろんです!」
四人はウェイルに急かされ、テオ村に向かった。
幸い、ネズミ達の再来はなく、丘を越えたところでテオ村が見えてきた。
「あれです、行きましょう!」
茜が指差した先に、テオ村はあった。
ウェイルは急いで、村の宿屋に向かっていった。
茜達はチーズを納品しようとするウェイルを見守るが、何故か彼は宿の亭主に怒られていた。
「話が違うじゃないか!」
「あ、そ、それは……」
「あんたんとこのチーズは旨いからって話で、多めに注文したのになんだこれは!
小さい村だからって、適当な仕事をしてるんじゃないだろうな!?」
どうやら宿の亭主は、予定よりチーズが少ない事に腹を立てていたようだ。
正直に言うと怒られるかもしれないが、何も言わないよりはマシだと思い、
茜は慎重に宿の亭主のところに向かい、チーズが減った原因を丁寧に話した。
「……というわけで、ネズミの対処に追われた結果、チーズが減ってしまったのです」
「そんな事があったのか……すまなかった。商品を届けてくれてありがとう」
事情を聴いた亭主はウェイルに謝罪し、茜へ感謝を示した。
何はともあれこの村で泊まれるのはこの宿だけだ。
茜達はこの宿屋の大部屋で夕食を取る事になった。
「ウェインさん、このチーズ料理、美味しいです」
「おっ、そりゃこっちとしては嬉しいねぇ」
茜は夕食のチーズ料理に舌鼓を打っていた。
地下世界ではカレーしか食べていなかったため、チーズはとても新鮮な味のようだった。
既に日は落ちており、宿の食堂部分には村人達もやってきており、茜達同様食事を取っている。
「モントゥだから、これくらいがちょうどいいよ。それにしても、あんたのチーズは美味いねぇ」
「俺としてはこのソーセージも旨いがな」
「……」
レイとデリサルが談笑しながら夕食を食べ、アエルスドロは黙々と夕食を食べていた。
四人が卓を囲んでいると、亭主が一人の老人を連れてきた。
「皆さん、ネズミらと戦った冒険者ですかな?」
「あ、はい。私達に何か用ですか?」
「私はホグウォラド。このテオ村の村長です」
「村長さんですか……はい、私達は冒険者です」
この老人はテオ村の村長だという事で、茜は彼に丁寧に挨拶した。
「実は一週間ほど前から、村の付近にネズミが湧くようになっておりまして……
彼奴らが悪い物でも運んできたのか、村の連中に体調を崩すものが増えてきております」
「……」
アエルスドロは顎に手を置いた。
馬車を襲ったネズミの群れと、何か関係があるかもしれないと勘繰る。
「村の連中から話を聞いてはいるのですが、色々と村の仕事も有って手が回っておらんのです。
どうか、皆さんで原因を探ってもらえんでしょうか」
「もちろん、引き受けます」
茜は迷わずホグウォラドの依頼を引き受けた。
守られてばかりなので、自分が守りたいと思ったからだ。
「おお、ありがとうございます、冒険者よ。どうかこの村をお救いください……」
ホッグウォッドは茜にお礼を言って去っていった。
「とはいったものの、それなりに情報は必要ですね」
ネズミの大量発生や村人の体調不良について、もう少し情報を調べなければならない。
茜達は宿に泊まっている人達に情報を聞き出した。
アエルスドロが最初に話したのは、少女の姿をしたドワーフの商人だ。
「おや、君は冒険者みたいだな。私はガムギス、道具屋だ。
冒険者なら、武器を持っていると思うが……?」
「ああ、私が使っている武器はこれだ」
アエルスドロはガムギスに、灰色の剣を見せた。
「私がずっと使っている武器だ。あまり大っぴらに見せるとばれるからな。
きちんと大切に使ってはいる」
ガムギスはアエルスドロの灰色の剣を見つめる。
武器に関しては良い目を持っているらしく、ガムギスは丁寧に細かく剣を見ていた。
数分後、ガムギスはアエルスドロに剣を返す。
「良い冒険者だな。武器が喜んでる。そうだな……お礼に、私が知っている事を言おう。
一週間前、見慣れない男が店に来て、保存食と毒薬をたくさん買って北に向かっていったんだ。
何をしたいのかは分からなかったが……」
「情報ありがとう、ガムギス」
「毒? ええと、毒って……」
「チーズを駄目にする類のものか?」
だとしたら、早めに処理しなければならない。
茜達はぐっと拳を握り締めた。
次にアエルスドロが話したのは、力自慢の木こり。
「おっと、俺と話をしたいなら、勝負でもしようぜ」
「腕相撲をしよう」
戦士の訓練を積んだアエルスドロは、その木こり、ジョーと腕相撲をした。
何度も戦ってきたアエルスドロは、力自慢といえど一般人であるジョーを軽く下した。
「へえ、冒険者って凄いんだなぁ。しかも、あんたは……いや、何でもない」
ジョーは素直にアエルスドロを評価した後、自分が知っている情報を彼に話した。
「最近、村の北にあるモロの丘で、
木や動物の死骸をネズミが齧ったような跡を目にするようになったんだ。
ネズミは何でも食べるもんな」
「チーズをたくさん食べた、あの鼠と同じようなものだな」
「モロの丘が何なのか、調べた方がよさそうだね」
レイとデリサルは、ジョーの情報を一字一句漏らさずに聞いていた。
次に、アエルスドロは医者らしき男に話を聞いた。
村で治療院を開いているハーフエルフのヴェクだ。
ヴェクは周囲の人に聞かれないように声を潜めて、アエルスドロに言った。
「ああ、君か……。実はな、村の北の人達が体調を崩してここに来る事が増えたんだ。
恐らく、病気ではなく毒物の影響だろう。解毒薬も買い占められていてな……」
「それは大変だな。私達が迅速に解決する」
「ありがとう。耐毒剤を譲るから、解決してくれ」
そう言ってヴェクは、アエルスドロに耐毒剤を譲った。
「どんな様子でしたかな?」
「ネズミをけしかけた犯人はモロの丘にいるので、そこに行ってみた方がいいと思います」
アエルスドロは集めた情報を村長に話した。
村で毒物を買った男がモロの丘に行き、そのモロの丘にネズミがたくさんいた事。
間違いなく、事件の犯人はあの男である事。
アエルスドロから話を全て聞いた村長は唸った。
「ふむ……モロの丘ですかな。あなた達の言葉に間違いはないでしょう。
依頼料を払うので、今日はゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
アエルスドロは村長から依頼料を貰った。
「あの毒を使って何を企んでいるんでしょうか。何があっても……阻止しなければなりませんね」
「茜、良い心得だ。私達でこの村を救おう」
「おや、二人とも良い関係だねぇ」
「今はゆっくり休んだ方がいいだろう」
茜達はテオ村を救うため、明日に備えてゆっくりと休息を取るのだった。