そこは楽しい祭りが行われる、とても明るい場所です。
フォチュン川に突き出した細長い土地にへばりつくようにして、
ルラーメという漁村が立っている。
村の北側には木々の生い茂った崖がそびえており、ここから村へ降りていく唯一の道の途中に、
ツタに覆われて崩れかけた石造りの砦の残骸がある。
村の建物はどれも質素な木造で、中央の丸い広場の周りと川岸沿いに密集している。
川に突き出している作りかけの石橋は信られないほどの技術で作られていて、
こんな小さな村にはそぐわないものであり、今の時代にもそぐわないように見える。
濁った水がゆっくり流れる川の上に、
ルラーメ村の漁師達が仕事に使う小舟が何十隻も浮かんでいる。
茜達がルラーメ村に足を踏み入れると、土の道は賑わいを見せていた。
色鮮やかな旗がはためき、通りには屋台が並び、村人達の明るい笑い声が響いている。
「わあ、凄い! お祭りですね!」
茜は目を輝かせ、その活気に胸を躍らせた。
困っている人を探すつもりで村に入ったが、予期せぬお祭りの光景に、茜の心は明るくなる。
モリスは、聖騎士としての頼もしさと威厳を保ちつつ、周囲を静かに見渡した。
「うむ。これが噂のオオルリ祭りか。戦勝を祝う祭とは、勇壮なものじゃ」
モリスはそう言いながらも、警戒を怠らない。
ガルバ帝国の侵攻が現実のものとなりつつある今、
一時の安寧であっても、その裏に潜む危険はないか、目を光らせている。
彼の表情には、故郷ブルーメボーデン王国が侵略された悲しみと、
茜達を守るという決意が垣間見える。
トーマは、冷静ながらも好奇心旺盛に祭りの様子を観察した。
「オオルリが幸運の印、か。騎士団の象徴でもあるとは、興味深いな。
魔法的な意味合いがあるのかもしれない」
トーマは手を額にかざし、村の魔力の流れを感じ取ろうとする。
しかし、お祭りの人々の熱気と魔力が混ざり合い、いつもより感知しにくいようだった。
トーマは、モリスの言うように「慎重」であるべきだと考えており、
騒がしい場所では特に注意を払う。
リリーベルは、フェアリーの元貴族で、
物価上昇に苦しむ人々を救うために殺人を犯した過去を持つ。
その複雑な心情から、賑やかな祭りの光景に、どこか居心地の悪さを感じていた。
リリーベルはナイフを手に、静かに茜のすぐ後ろを歩いている。
「戦いの勝利を祝う祭り、ね……。私には、あまり明るい気持ちにはなれない」
リリーベルの言葉には、戦争による苦しみを知る者特有の陰りがある。
茜の優しさに触れ、少しずつ癒され始めているものの、その心にはまだ闇が残っているようだ。
「あの、リリーベルさん」
茜は、そんなリリーベルの様子に気付き、そっと声をかけた。
「なんだ?」
「今は、ひとまずお祭りを楽しみましょう?
ここにいる人達は、きっとみんな、平和を願っているんです」
茜のまっすぐで優しい言葉に、リリーベルは僅かに顔を上げた。
「この祭りのクライマックスは、高き丘の戦いの再現。
イスタリス王国とブルーメボーデン王国の戦争の再現で、地元の人達が兵士に扮する」
トーマが看板に書かれた説明を読み上げる。
モリスは腕を組み、真面目な顔で言った。
「ふむ。戦を忘れないというのは、悪い事ではない。
だが、我々の身の回りでは、既にガルバ帝国という新たな戦火が広がりつつある。
彼らが演じる戦いが、単なる過去の物語で終わる事を願うばかりじゃ」
茜は、モリスの言葉に決意を新たにし、まっすぐ前を見据えた。
「そうですね。だからこそ、私達がこの平和を守らないと。
まずは、この村の人達が安心して楽しめるように、何か手伝える事を探しましょう!」
四人は、それぞれの想いを胸に、祭りの喧騒の中へと進んでいった。
オオルリ祭りの賑わいを満喫した後、茜たちは村の宿へと向かっていた。
村は夕闇が迫り、祭り前半の喧騒が落ち着き、静けさと厳粛な雰囲気に包まれ始めていた。
宿の入り口に差し掛かったその時、鎧を身に着けた一人の女性が彼らの前に現れた。
彼女はウォルフ族で、引き締まった体つきから戦士である事が分かる。
「君が噂の冒険者、アカネか?」
ウォルフの女戦士、ルファは、茜達を鋭い眼差しで見据え、静かに尋ねた。
「はい、そうです。私は百夜茜。こちらはモリスさん、トーマさん、リリーベルさんです」
茜は笑顔で答えるものの、その厳粛な雰囲気に気づき、声のトーンを落とした。
ルファは頷き、宿の裏側にあるステージ、そして川にせり出した桟橋の方を顎で示した。
「もうすぐ、ここで葬儀が始まる。……君達も、桟橋の近くにいるといい」
「葬儀、とな。このような祭りの最中に、一体誰が……」
「戦勝記念の祭りなのに、葬儀とは。ただ事ではないな」
「戦争や悲劇の後に、残るのはいつも別れと後悔だ。……オレも、静かに見送ろう」
モリスは、聖騎士としての直感から、その葬儀がただの別れではない事を察した。
トーマは、周囲の魔力の流れが、賑やかさから悲しみへと変わりつつあるのを感じ取っていた。
リリーベルは、自らの過去の行いと、戦争の悲劇を思い出し、胸が締め付けられるのを感じた。
茜は、ルファの言葉に優しさの中に秘められた深い悲しみを読み取った。
「分かりました。私達も、故人をお見送りさせていただきます」
ルファの案内に従い、茜達は宿の裏手にある桟橋の近くへと移動した。
やがて夕闇が深まるにつれ、村中から黒い服を纏った喪に服する地元民が、
次々と小さな漁船に乗り込み、桟橋の近くの川面に集まってきた。
川は静かに流れ、船団は厳かな沈黙に包まれている。
そして、ルファが静かにステージに上がった。
ステージの脇には、粗削りながらも丁寧に作られた簡素な小舟が置いてある。
その中には、一人のエルフの戦士が横たわっていた。
彼の遺体は白い布で覆われ、その安らかな顔には戦いの日々を物語るような傷跡が見て取れる。
華麗な鎧を身に着けた女騎士ルファが前に出ると、一人の楽師が優しい歌を奏で始める。
彼女は集まった人々に優しく微笑み、彼女の声は水の上をはっきりと伝わっていく。
「皆さんの誰もが、フィロードの事を友としてご存じでしょう。
彼のような人物はどこにもいませんでした。彼は亡くなる前に、私にこう言いました」
『俺みたいな老いぼれのならず者に相応しいのは、涙じゃなくて物語だ。
俺が史上最大の冒険に出かけた時は、俺の物語を皆に聞かせてやってくれ』
ルファが頷くと、村人達はフィロードの遺体を乗せた小舟を桟橋の先端までかついでいき、
ルファとヴィスタが舟を水面に降ろす。
「さあ、彼の言った通りにしましょう」
小さな舟がフォチュン川を漂っていく間、ルファは話を続ける。
「オオルリ祭りの前夜祭として、私達はあなたを祝いましょう、フィロード。
友によき旅のあらん事を。また会う日まで」
こうして宿でフィロードの逸話を語っていると、着飾った地元民がわざとらしく大あくびする。
「すみません、あなたは誰ですか?」
「あん? 小娘風情が私に何の用だ? まあいい。私はナルワ・サゴーアだ。
……だが、この酒は今までで最悪だったぞ」
貴族らしきナルワは、酒の味にまで文句を言い、その傲慢さを隠そうともしない。
茜は内心、苛立ちを覚えた。
人の大切な話の場で無礼を働き、さらには高慢な態度まで取るナルワの存在は、
茜にとって我慢ならないものだった。
しかし、彼女はここで騒ぎを起こす事を避けた。
(ここで手を出したら、また面倒な事になる。
それに、モリスさん達まで巻き込むわけにはいかない……)
茜はナルワから一歩下がり、壁際へと寄った。
彼女は、ナルワの傲慢さにイラつきはしたが、
問題を起こすわけにはいかないので、何もしなかった。
トーマは、ナルワをじろりと睨みつけた。
魔導師としての彼は、魔力の流れだけでなく、人の感情や雰囲気を敏感に察知する。
ナルワの傲慢さの裏に、臆病さを感じ取ったのだ。
「ふん。ただ見栄を張っているだけの小物だな」
トーマは舌打ちを一つすると、ナルワから目線を逸らし、
できるだけ距離を取るように椅子の向きを変えた。
臆病な人間ほど虚勢を張って騒ぎを起こすことを知っているため、
関わり合いになるのは無駄だと判断した。
モリスは、聖騎士としての冷静さを保ちつつも、ナルワの無礼に不快感を露わにした。
彼は元々、規律と名誉を重んじる性格だからだ。
「……無粋な奴め。このような場で、なんと下品な態度じゃ」
「……」
モリスは特有の威圧感を放って、ナルワを黙らせた。
リリーベルは、ナルワの姿を見て、過去に虐げられた貧しい人々の怒りを思い出した。
転売や値上げをする傲慢な商人を殺めてきた彼女にとって、
ナルワのような人物はまさに「民を苦しめる者」だ。
しかし、茜との約束を思い出し、彼女はナイフに手をかけるのをぐっと堪えた。
(……アカネの言う通り、人を傷つけない方法を探さないと。
こんな男のために、手を汚すのは愚かだ)
リリーベルは、ナルワに背を向け、影の中に溶け込むように静かに壁際に移動した。
彼女の冷たい視線は、一瞬、ナルワを貫いたが、
ナルワはその視線に気づかず、酒への不満をぶつぶつと漏らし続けていた。
宴席の端の方には、一際深く哀しみに沈んだ女性の会葬者がいた。
青い肌のエルフ、イータ・キヌゲーヒだ。
この村にいる誰もが、彼女の名前以外の事を一切知らない。
彼女は茜達より一日だけ早く村へ来ており、
「自分は歌手であり、生前のフィロードを知っていた」とだけ村人に話していたようだ。
茜達は、彼女の深い悲しみが気になり、接触を試みた。
「あの……フィロードについて知ってますか……?」
「何ですか……?」
茜がそっと話しかけると、イータは静かに顔を上げた。
イータは礼儀正しいものの、どこかよそよそしい態度で茜達に応対した。
茜がフィロードを知っている経緯について尋ねると、イータはすぐに話を逸らそうとする。
「自分は長い人生の中で愛する人を何人も見送ってきた」
イータは茜達に同情を示し、静かに語った。
モリスはイータの悲しみに満ちた美しさに惹かれ、彼女の歌を聞きたいという衝動に駆られた。
「イータ・キヌゲーヒ殿。もしよろしければ、貴殿の歌を聞かせてはくれぬか?
その哀しみを、歌に乗せてくれ」
モリスの真摯な言葉に、イータは僅かに目を閉じ、静かにんだ。
そして、彼女はエルフの哀しく美しい歌を、エルフ語で歌い始めた。
その調べは、宿屋の喧騒を一瞬にして静寂に変え、人々の心に深く響き渡った。
トーマは、イータの歌声が持つ魔力的な美しさに魅入られながら、
同時に彼女のよそよそしさの裏にある、何か隠された秘密を感じ取っていた。
(長い人生の中で、愛する人を何人も見送ってきた……か。この歌声と悲しみは、本物だ。
だが、フィロードを知る経緯をあそこまで避けるのは、何か理由があるはず)
リリーベルは、その哀しい歌声に、故郷のブルーメボーデン王国と、
失われた仲間の事を思い出し、そっと涙を拭った。
イータ・キヌゲーヒは歌い終わると、誰にも声をかけずに宴席を離れ、
この宿屋に取ってある自分の部屋へと向かった。
人々がほら話や地元民との交流を好きなだけ済ませた後、宴席は徐々にお開きへ向かった。
茜達が自室へ下がるため立ち上がろうとした時、ルファが近づいてきた。
「招待に応じてくれて、ありがとう」
ルファは深々と頭を下げ、彼女の招待に応じてくれた礼を述べた。
そして、真剣な眼差しで茜達を見つめ、静かに言った。
「実は、亡くなったフィロードから、君達へと預かっているものがある」
「え、フィロードさんから?」
茜は驚いて目を見開いた。
モリスは身構え、トーマは杖を構えた。
「それは一体、何だ? ここで渡す事はできぬのか?」
トーマが尋ねたが、ルファは首を横に振った。
「明日の朝にエニニア城砦へ来てくれ。そこで、渡す」
ルファはそれだけ言うと、茜達の返事を待たずに、静かに宿を出ていった。
「エニニア城砦、か……」
モリスは顎に手を当てて考え込んだ。
リリーベルは、予感めいたものを感じながら、静かに言った。
「どうやら、オレ達の本当の冒険は、まだ始まったばかりのようだな」
「……そうですね」
茜は、フィロードの遺言のような預かりものが何なのか、
強い好奇心と僅かな不安を抱きながらも、新たな冒険に胸を躍らせた。
パーティーメンバーの性格が分かったでしょうか?
次回もこの祭りを楽しんでいきます。