百夜茜が理想郷に転生した件   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

茜達はオオルリ祭りに沸く漁村ルラーメを訪れた。
活気ある祭りの裏で、一行は女戦士ルファに導かれ、
亡き英雄フィロードの厳かな水葬に立ち会う。
宴の席で、謎めいた歌手イータの歌声に心を揺さぶられる中、ルファが衝撃の事実を告げる。
死した英雄がなぜ見知らぬ自分たちに遺品を託したのか。
茜達はその答えを求め、翌朝、崖の上に立つエニニア城砦へと向かうのだった。


第5話 見習い騎士とのデアイ

 フィロードの葬儀の翌朝。

 

「ここがエニニア城砦ですか……。もうすぐ祭りですけど、しっかり見回りましょうね」

 茜は、朝靄の中に幽霊のようにそびえ立つ城砦を見上げながら、

 その古びた威容に真面目な表情を作った。

 祭りの華やかさとは対照的な、この歴史ある建物に、

 フィロードの遺言が隠されていると思うと、茜の心は引き締まる。

 

 モリスは、城砦の周囲を見回し、低い丘を登る道を確かめるように一歩踏み出した。

「そうだな。オオルリ祭りが始まるのは正午。それまで時間はたっぷりある。

 ルファ殿の招きに応じた以上、我々が果たすべき役目、

 そしてフィロード殿の預けられたものと、しっかりと向き合わねばなるまい」

 聖騎士としての彼は、この城砦が持つ軍事的な歴史と、

 今はその役目を終えているが故の脆さを同時に感じ取っているようだ。

 

 トーマは、城砦の壁に張り付いた青銅色のツタと、崩れかけた城壁を鋭い目で見つめた。

「大昔の建物、という割には、しっかりした構造だ。ただ、魔力的な防衛機構は働いていないな。

 瓦礫の中から発掘現場のようなものも見えたが……。

 フィロードが我々に託したものが、

 この城砦の歴史や、村の起源と関係している可能性も考えておくべきだ」

 彼は既に、単なる預かり物以上の、大きな謎が隠されているのではないかと推測を始めていた。

 

 リリーベルは、静かに他の三人の少し後ろを歩き、

 城砦の周りの朝靄に溶け込むように佇んでいる。

 彼女の視線は、城砦の頂上にそびえ立つカタパルトに似た精巧な装置に注がれていた。

(軍事的な構造物。戦争の象徴……。

 この祭りが、戦勝を記念するものだというのなら、この場所もまた血の歴史を刻んでいるはず)

 彼女の心の中には、戦争と暴力に対する複雑な思いが渦巻いているが、

 今はそれを表に出さず、ただ静かに仲間達についていくだけ。

 

 茜は、モリスとトーマに呼びかけた。

「皆さん、行きましょう。ルファさんが待っていてくれます」

 四人は、それぞれ異なる思惑と決意を胸に、祭りの賑わいを背に、

 歴史の重みを纏うエニニア城砦へと足を踏み入れた。

 

 村は祭りの活気に満ち溢れていた。

 カラフルな旗が通りを飾り、村人達は屋台の設営やデコレーションの設置に走り回っている。

 

「今日も賑やかですね!」

 茜は、昨日の厳粛な葬儀の雰囲気から一転した村の様子に、自然と笑顔になった。

 平和な日常の光景は、茜の純粋な心を明るく照らす。

 

「うむ。束の間の平和を謳歌している、といったところか」

 モリスは周囲を警戒しつつも、この活気を嬉しく思っているようだ。

 しかし、その表情にはガルバ帝国の侵攻という影を背負う聖騎士としての厳しさも見て取れる。

 彼は、この平和が長く続く事を願いながらも、そのための備えを怠らない。

 

 トーマは、屋台の並びや、村人たちが運ぶ装飾品を眺めながら、冷静に周囲を観察していた。

「祭りの準備の熱気が、村全体の魔力の流れを乱しているな。

 こんなに人が集まると、何かあった時に対応が遅れるかもしれん。

 ……だが、戦勝を祝う祭りの活気は、確かに人を勇気づける力がある」

 彼は、ハーフエルフの魔導師らしく、賑わいの中にも潜むリスクを分析しつつ、

 文化的な側面にも興味を引かれているようだ。

 

 リリーベルは、他の三人に比べ、この喧騒から一歩引いた位置を歩いていた。

 彼女の心には、過去に犯した罪と、戦争の悲劇が深く刻まれているため、

 無邪気な祭りの活気は、時に鋭い痛みとなって響く。

「……彼らがこの平和を失わない事を祈る」

 リリーベルは、静かにそう呟き、ナイフに手を添えて、

 人混みの中に不審な動きがないか、鋭い視線を巡らせていた。

 彼女にとって、この活気は「守るべきもの」の象徴であり、そのための警戒は怠らない。

 

 エニニア城砦へ向かう道は、低くなだらかな丘を登っていく。

 朝靄が立ち込める中、大昔に築かれた石造りの建物がそびえ立っていた。

 

 そんな丘の麓にある小さな店の戸から、一人の若い男が出てきた。

 男は腰に剣を吊るし、布の袋を抱えている。

「おはようございます。ルファ様のお知り合いの皆様」

 20代くらいのその男は、元気のよい声で茜達に挨拶した。

「ちょうどよいところで会えましたね」

「ええと、あなたは?」

 茜が尋ねると、男はにこやかに答えた。

「僕はルファ卿の弟子のラスクと言います。皆さん、朝食はまだお済みじゃないですよね」

 ラスクはルファの非公式の場では「従士」と呼ばれている。

 彼はルファを尊敬しており、いつか本物の騎士になりたいという大志を抱いているが、

 村人達が騎士団に厳しい目を向けているため、

 その夢が無邪気な夢想と見なされている事も知っている。

 

 ラスクは、ルファから魚皿亭でハンドパイを買ってくるよう言いつかったという。

 ルファ、ラスク、そして茜達全員の分だ。

「もしよければ、僕のお使いに付き合っていただけませんか?」

「もちろん! 行きましょう、ラスクさん」

 茜達は快く承諾した。

 

「実は僕、この村に住んでるんですよ」

「道理でよく知ってると思いました」

 道中、ラスクは自分がこの村の出身だと話し、

 目を輝かせながら茜達にあらゆる事を聞きたがった。

「皆さんの旅の話や、武器の事、それにルラーメ村の外の世界はどんなところなんですか?

 騎士になるには、やっぱりいろんな場所を見ておくべきですよね!」

「若者よ、その志は立派だ。

 儂も聖騎士として、いずれこの国を脅かす脅威に立ち向かうつもりだ。そのための旅路でな」

 茜は、ラスクの純粋な憧れに心を打たれ、

 笑顔で自分達の冒険や、旅の道中で出会った人々の話をした。

 モリスは、ラスクの熱意に感銘を受けた。

「外の世界は、君が想像するよりもずっと広大で、時には厳しい。

 だが、君のような若者が夢を追う場所でもある」

 トーマは、ラスクが目を輝かせて自分達のハーフエルフという種族や、

 魔導師の力について尋ねてくるのに対し、やや照れながらも丁寧に答えた。

 リリーベルは、ラスクの無邪気な夢想の中に、かつての自分にはなかった純粋さを見て、

 少し複雑な表情を浮かべたが、口は開かなかった。

 ただ、ラスクの質問には静かに頷いていた。

 

 ラスクは、オオルリ祭りについても熱心に語り始めた。

「この祭りはね、ブルーメボーデン騎士クシャナ・ルラーメ卿が、

 ガルバ帝国の軍勢を打ち破った事を記念するものなんです。

 その戦いのおかげで、この村が築かれたんですよ!」

「へえ! そんな凄い歴史があったんですね!」

 茜は、ラスクの語る英雄譚に素直に感動し、目を輝かせた。

 彼女は、人々が平和を守り、困難を乗り越えてきた歴史に、希望を見出す。

「今日の祭りでは、村の創立に関連したゲームや、美味しい食べ物、音楽が楽しめます!

 あと、イシュナ率いる鉄壁連隊っていう傭兵団が来ていて、村の民兵隊を訓練しているんです。

 彼らが午後の高丘の戦いの再現イベントにも参加するんですよ!」

「ブルーメボーデン騎士……」

 モリスは、自分の故郷の名を聞き、僅かに顔を曇らせた。

「傭兵が参加する再現イベントか。本格的だな」

 トーマは興味深そうに言った。

 

 魚皿亭に着いたラスクは、人数分のハンドパイを購入し、

 熱心に茜達をエニニア城砦へと案内した。

 ルラーメ村で最も高い建物である城砦は、大昔に築かれた三階建ての石造りの塔で、

 壁には青銅色のツタが張り付いている。

 屋根の矢狭間つきの胸壁からは、カタパルトに似た精巧な装置がそびえ立っていたが、

 中央の塔を囲む城壁やその他の構造物は崩れかけており、

 最早軍事拠点としての機能は失われていた。

 がれきの間には、浅い正方形の穴や、覆いをかけた発掘現場のようなものが見える。

 

 エニニア城砦の戸口に到着すると、

 飾り気のないシャツと膝丈のズボン姿のルファが一行を出迎えてくれた。

 彼女の服装は、昨日の鎧姿とは異なり、機能的で実直な印象を与える。

「よく来てくれました、アカネ殿、モリス殿、トーマ殿、リリーベル殿」

 ルファは短く挨拶をすると、茜たちを城砦の一階にある書庫へと招き入れた。

 書庫は、高い天井まで古びた本や巻物が並び、歴史の重みが感じられる場所だった。

 中央には大きな木製のテーブルがあり、そこで一行は腰を下ろしました。

 

「さあ、皆で分けよう!」

 ラスクは元気よく、魚皿亭で買ってきたハンドパイをテーブルに並べ、皆に配り始めた。

 バターの香ばしい香りが、古い紙の匂いがする書庫に広がる。

「わあ、美味しそう! いただきます!」

 茜は素直に喜び、温かいハンドパイを手に取った。

「うむ、朝食か。ありがたくいただくぞ」

 モリスは、ラスクに丁寧に感謝を述べ、騎士としての礼儀を示した。

 彼もまた、簡素な食事からでも活力を得ようと、パイを一口食べた。

「気前の良い弟子を持ったな、ルファ殿。味もなかなかだ」

 トーマは、パイの味を評価しつつも、書庫の壁に目を凝らした。

 彼にとって、書庫は知識の宝庫であり、特にこの古城の書庫には興味をそそられる。

 リリーベルは、小さく会釈をしてハンドパイを受け取った。

 彼女は無言でパイを口に運び、

 その視線はルファと、彼女がこれから語るであろう城砦の謎に向けた。

 

 皆が朝食を取り始めると、ルファは落ち着いた声で話し始めた。

「さて。この書庫ですが、ご覧の通り古い資料の山です。

 そして、皆さんが通ってきた道で見かけた岩、敷地内の発掘調査、

 そして屋上の装置について、簡単に説明しておきましょう」

 彼女は、これらのものが全て、村の創立と、

 クシャナ・ルラーメ卿の戦勝の歴史に関連していると簡潔に説明した。

「この書庫の奥には、戦いの記念碑として残された巨大な岩があります。

 発掘調査は、戦いの痕跡、特に古い騎士団の遺物を探すために行われています。

 そして屋上の装置は、遠くの敵を見張るための古い見張り台の名残と、

 祭りの際の合図を送るためのものです」

 ルファは、詳細には触れず、あくまで表面的な説明に留めた。

 

「単なる見張り台の名残か……」

 トーマは、ルファの説明に対し、納得していない様子で、そっと目を細めた。

 彼には、あの装置が単なる飾りや合図のためのものには見えなかったからだ。

「そうか、戦いの痕跡を探しておられるのですね。歴史を忘れないというのは大切です」

 茜は、発掘調査の目的を聞き、ルファの行動に敬意を払った。

 モリスは、ルファの説明に頷きつつ、その背後に隠された、

 村の防衛やガルバ帝国への警戒心を感じ取っていた。

「ご苦労な事だ。この平和を守るための努力は、我々聖騎士の使命とも通じるものがある」

 彼らは、フィロードの遺言が何なのかを待ちわびながらも、

 この歴史ある城砦の秘密の一端に触れた。

 

「少しお待ちを」

 朝食後、ルファは一時的に席を外して自室に向かった。

「ルファ様は本当に素敵で、立派な方なんです。いつか僕もあんな騎士になりたい」

 ラスクは尊敬の念を込めて言った。

「ルファさんは強いだけでなく、優しい方ですね」

「しかし、あの城砦の屋上の装置が気になるな。単なる飾りではないように見える」

 トーマは、城砦の構造物に何か魔法的な意味合いがないか考えているようだ。

「フィロード殿が我々に預けたもの、か……。一体何であろうな」

 モリスは、故人からの贈り物が何を意味するのか、神妙な面持ちだった。

 

 しばらくして、ルファは縦横90cmほどの浅い木箱を持って戻ってきた。

 そして、その箱をそっと机の上に置いた。

「フィロードはこれを皆さんに差し上げると言っていました。ただし、一つ条件があります。

 彼は今年のオオルリ祭りに参加できないので、

 代わりに皆さんに参加してもらいたいと思っていました。

 具体的に言うと、高丘の戦いの再現イベントにおいて、

 皆さんが彼の代わりを務める事を望んでいました。

 彼は毎年このショーに参加して、

 前の年よりさらにおかしな死に方をしてみせるのを楽しんでいたんですよ」

 ルファは思い出を懐かしむように笑みを浮かべながら箱を開き、

 中から緑色の丸い盾を取り出した。

 それは、傷ついた広葉樹の模様を貼ってモスグリーン色に塗装した紛れもない魔法の盾だった。

「これが、“緑の盾”のフィロードの代名詞とも言える盾だ」

 モリスは感嘆の声を漏らした。

 トーマは、その盾を見てハッとした。

「待て、この盾は……!

 昔、フィロードが、遥か遠くの闇の森でユニコーンから

 この盾を貰ったという話をしていたのを思い出したぞ!」

「ユニコーンから!?」

 茜は驚きで目を見開いた。

 ルファは、それが本当なのか、フィロードのほら話なのかは誰にも分からないと笑った。

「では、儂が騎士役を務めよう」

「ありがとうございます」

 モリスは、ルファから盾を受け取って、装備した。

「フィロード殿の遺志とあらば、引き受けよう」

「わぁ! モリスさんが騎士役をやるんですね! きっと素敵ですよ!」

 茜は拍手をして喜んだ。

 

「おかしな死に方、か……。モリス、君の役どころは難しそうだな」

 トーマは苦笑いした。

「オレも、モリスの戦いぶり、楽しみにしている」

 リリーベルは、久しぶりに穏やかな表情を見せた。

 

 ルファは、もうしばらく茜達とお喋りを楽しんだ後、やがて立ち上がってこう言った。

「そろそろオオルリ祭りの準備をしなければ」

「皆さん、是非僕と一緒に祭りに行きましょう! 城砦で待っていますから!」

「もちろんです!」

 ラスクは、目を輝かせながら茜達に懇願した。

 

 茜達は故人からの贈り物を手に、再び活気に満ちた村へと向かう事になるのだった。




このストックも足りなくなりそうなので、そろそろ執筆に励まなければ。
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