百夜茜が理想郷に転生した件   作:アヤ・ノア

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帝国軍の襲撃、そして舞台は新たな場所へ。
安全を選ぶならば、村を捨てるしか道はないのです。


第7話 村からのダッシュツ

 高丘での惨劇の後、茜達は重い足取りでルラーメ村へと戻った。

 オオルリ祭りの華やかな雰囲気は雲散霧消し、不安げな村人達は安全な隠れ場所を探したり、

 途方に暮れて村の広場を歩き回っていた。

 ルラーメ村に帰還したイコザ村長、ネシリワド、そしてルファは、

 負傷者の世話をラスクや他の村人達に任せると、

 すぐに毛深い鬼亭での緊急会議に加わるよう茜達に要請した。

 女将は大広間で祭りの夜の宴を準備していたが、

 村の指導者達が酒場を訪れた事で、その予定は即座に中止された。

 大広間のテーブルには地図が広がっており、緊張した空気が漂っていた。

 

 イコザが重い口を開き、会議の論点を強調した。

「私は信頼できる村人達に、

 負傷者の世話と、高丘で殺害された人々の遺体回収を指示してあります。

 ですが、問題はこれからです」

 イコザは、何故岩の傭兵部隊がそのような攻撃を行ったのか、理由を知りたいと強く訴えた。

「ネシリワドが裏切られたのは明らかです。ですが、その理由は?

 捕虜にした傭兵が、これらの理由を知っているかもしれません」

 さらに、ルラーメ村の指導者達は、

 他に危険な傭兵が活動していないか知る必要があると強調した。

 村長は不安そうな目で茜とトーマを見た。

「アカネ殿、トーマ殿。あなた方は魔法を使って人々を助ける事ができると聞いています。

 どうか、この村のために力を貸してはくれませんか?」

 茜とトーマは、共に頷き、力を貸す事を約束した。

「もちろんです。負傷者の治療や、できる限りの協力をします」

「尋問には魔導師の力も役に立つだろう」

 

 一方、ネシリワドの関心事はただ一つ、残りの部下達がどうなったのかを知る事であった。

「私は傭兵の尋問が終わり次第、宿営地に戻る。

 私の部下達が、ヴェグルに完全に染まってしまったのかどうか、この目で確かめねばならん」

「あの、私は……」

「必要ない」

 ネシリワドは茜の同行を拒否した。

 宿営地の傭兵達も裏切っていた場合、同行者を危険に晒したくないからであった。

 

 茜達は、各自の懸念や計画を話し合ったが、

 最終的に村長はネシリワドを除くこの場の全員が今夜は村に留まり、

 情報収集に徹する事を勧めた。

 そして、茜達に、ネシリワドと一緒に、生き残った傭兵を尋問してほしいと依頼した。

「分かりました。村長のために、最善を尽くします」

 茜は渋々了承した。

 彼女は暴力的な尋問を嫌っていたが、村の安全のためには必要な事だと理解していた。

 

 高き丘の戦いで捕らえられた傭兵は、

 岩の傭兵部隊に属する階級の低い衛兵で、名をアーラマン・ボウザイといった。

 イコザはネシリワドと茜達に尋問を任せた。

 村長は、自白を強いるような魔法の使用には反対しないが、

 捕虜へのいかなる暴力も許さないという条件をつけた。

 アーラマンは、胴体と腕を縄でぐるぐる巻きにされた状態で連れてこられた。

 ネシリワドは当初、尋問を主導しようとしたが、裏切りへの怒りを抑えるのが精一杯であった。

「貴様、何のために……! 答えろ!」

 アーラマンの声は震えていた。

 ネシリワドはすぐに後ろへ下がり、茜とトーマに尋問を任せ、離れた位置で見守ろうとしたが、

 並外れて腹立たしい自白が聞こえると思わず口を挟む覚悟でいた。

 最初のうち、この衛兵は茜とトーマを馬鹿にするだけで、

 自分の名前以外は何も明かそうとしなかった。

「お前ら如きが、俺に何をさせられるってんだ? どうせお飾り騎士とヒラ魔導師だろ」

 アーラマンが嘲笑うと、トーマが前に進み出た。

 トーマは冷静な口調で、捕虜が何を失う事になるのかを理解させ、

 上手く説得して、アーラマンの口を割らせた。

「お前はもう詰んでいる。

 ネシリワド隊長が戻れば、お前が誰に買収されたかに関わらず、命はないだろう。

 だが、情報を提供すれば、少なくともお前自身の裏切りの理由が理解されるかもしれない」

 トーマの説得とネシリワドの怒りに満ちた視線に晒された恐怖から、傭兵はついに口を開いた。

 得られた情報は以下の通りであった。

 

 副官ヴェグルは、ネシリワドを殺し、岩の傭兵部隊を自分のものにしようと企んでいた。

 数日前、ヴェグルは傭兵隊の宿営地の西にある森に向かい、かなりの大金を持って戻ってきた。

 その後、自分に忠実な傭兵達を金で釣って、

 再現イベントの最中にルラーメ村の民兵達を攻撃させた。

 その後はルラーメ村を襲撃する計画だった。

 この傭兵は、ヴェグルが兵達を買収するための金を誰から貰ったのかは知らない。

 ネシリワドのもう一人の副官であるプオートウトを含む数人の者が宿営地に残っている。

 この捕虜の傭兵は、宿営地に残っている連中はネシリワドに忠実だと思っている。

 ヴェグルに買収された連中は皆、彼と一緒に再現イベントに出たはずだ。

 

 トーマが尋問を終えると、この捕虜は近くの納屋に見張り付きで監禁された。

 ネシリワドは、宿営地に関する捕虜の証言を確認するため、すぐさま村を離れようとした。

「私は次の夜明けまでに必ず戻ってきます」

 イコザは、村の西の森で

 ヴェグルが誰かと会っていた件について詳しく知りたいのは山々であったが、

 今はネシリワド以外の全員が村の外に出ないでほしいと要望した。

 彼女は翌朝に地元の狩人達を派遣するつもりであった。

 

 イコザはその日の夜と翌日の午前中を、毛深い鬼亭の大広間での村人達との会議に費やした。

 ルファや他の心配顔の村人達と共に、村長は一晩中酒場にいた。

 

 高丘の戦いの翌日の午前中、二つの重要な事が起こった。

 まず、偵察に向かった地元民が、野営中の軍隊の知らせを持って戻ってきた。

 彼らはイコザに報告するよう指示されていた。

 村長はその報告にショックを受けた。

 

「野営中の軍隊ですと? 我々の防衛体制では、少人数の山賊程度しか防げないようです」

 イコザはこの軍勢と計画について、より詳しい情報を欲しがった。

 当初、イコザは野営地の司令官に宛てて、

 ルラーメ村はいかなる紛争においても中立を保つ旨を宣言し、謎の軍隊の意図を尋ね、

 村長との会談を歓迎する手紙を書こうと考えていた。

 しかし、村長がその先を考えるより前に、ネシリワドが戻ってきた。

 ネシリワドは、偵察担当の副官であるプオートウトを連れて、ルラーメ村に戻ってきた。

 彼女は信頼を込めた声で報告した。

 

 ネシリワドは、プオートウトと残りの傭兵達が彼女に忠実だと感じている。

 もし裏切るつもりがあれば、ネシリワドを殺すも捕らえるも意のままだったはずだからだ。

 宿営地に戻ったネシリワドは、

 プオートウト及び忠実な傭兵達が高丘での出来事を既に聞いている事を知った。

 彼らは、ヴェグルに忠誠を誓っていたが、

 再現イベントへの参加は命令されていなかった数名の兵士を拘束していた。

 昨日の夜、プオートウトの斥候隊は村の北西で、大規模かつ組織だった軍隊に出くわした。

 あれがただの傭兵団であろうはずがない。

 これは、先に村人が目撃したのと同じ軍隊であった。

 

 村の指導者層と茜達は、謎の軍隊にどう対応すべきかを話し合う事になった。

 ルファは深く憂慮していた。

 彼女は東の方に奇妙な軍隊がいるという噂を耳にしていたが、

 今やそれが自らの住まいの近くにいるのだ。

「最悪の事態を想定すべきだ。あの規模の軍団は、ただの山賊ではない」

 ルファは表情を固くした。

 ネシリワドは、高丘で起きた事件の全てに責任を感じていた。

「岩の傭兵部隊は村に全面協力する事を約束する。

 平和的な対応を望むが、それは我々の武力という下支えがあってこそだ」

 ネシリワドは断言した。

 イコザもまた、村人の安全を守るため、

 ネシリワドと同じく平和的対応を望み、武力という下支えを必要としていた。

 

 しかし、事態をさらにややこしくしたのはナルワ・サゴーアであった。

 ナルワは自分が重要そうな会議に呼ばれなかった事に侮辱を感じ、会議の途中で場に加わった。

 彼は会議の話題が何なのかすら知らず、村の安全を全く気にしていなかった。

「ふん、心配するな! 私が何とかしよう。

 例えば、私が前に出て、その軍隊の司令官を説得するのだ。

 私のような高貴な人間が出れば、彼らも無下にできまい!」

 ナルワは何の労力も払わないが、

 自分が重要人物に見えるようなアイデアを提案し、場を混乱させた。

 茜達は相談し、このまま待っているのは危険だと判断した。

「私達は、村を守るために準備すべきです。岩の傭兵部隊の力が必要です」

 茜が毅然として言うと、モリスは深く頷いた。

「同感だ。岩の傭兵部隊を活用するべきだ。あの傭兵団は村の北に野営している。

 帝国軍の目を盗んで、傭兵団を村に入れるための手段を考えねばならない」

 

 茜達が準備を整えようとしたその時、予期せぬ訪問者によって彼らの計画は狂った。

 黒と赤の鎖を纏った一人の使者が川門を訪れたのだ。

 村人達が先に使者に気づき、村長や茜達に警報を届けた。

 

「な、何ですか!?」

 イコザと茜達が川門に到着した。

 ルラーメ村の木製の門はいつも開きっぱなしで、飛び跳ねる魚の刻印の下に、

 鎧を着せた馬に跨り、黒と赤の鎧を着た一人の女性が立っていた。

 この女性は丸めた羊皮紙を差し出し、大声で言った。

「この村の代表は誰だ?」

 すると、イコザが進み出て使者から手紙を受け取った。

 その羊皮紙を広げると、そこには戦慄すべき内容が記してあった。

 

 ルラーメ村の民へ

 ルネブリエの声たるサウラーンの命令により、無敵の帝国軍の兵士に今夜の寝床を提供せよ。

 拒否するなら死あるのみ。

 これすなわち混沌の神の御意思なり。

 

「ルネブリエ……!」

 トーマはルネブリエが闇の神だと知っていた。

 彼は使者の鎖についている螺旋の模様が、邪悪な神々の筆頭、ルネブリエの聖印だと気づいた。

 帝国軍に属する全ての者の鎖に、これと同じ聖印がついているのだ。

 この使者は、帝国軍が今晩この村を占領するから準備をしておけと要求した。

 それまでの間、誰も村を出る事は許されないという。

 

「そんな……それじゃ、私達は……」

 茜達は強い脅威を感じた。

 その兵士は動かず、合図を出す。

 すると門の東にある高さ9mの崖の上に、四体の帝国軍の兵士が姿を現した。

 使者を脅かしたり、村の外に出ようとしたりする者がいれば、

 この兵士達は槍で攻撃する構えであった。

「どうか戦いはやめましょう」

 イコザは流血を避けようとし、茜達にもこの場は引き下がる事を勧めた。

「でも……このままでは村が占領されてしまいます!」

 茜は言葉に詰まった。

 帝国軍の兵士が出現した事で、ルラーメ村近辺の軍隊に関する疑間の多くは解消された。

 それは、ただの傭兵団ではなかった。

 

「何とかしなければ」

 毛深い鬼亭に戻ると、イコザは茜達やルファやネシリワドと再び相談した。

 イコザは、使者の要求に従って帝国軍を迎え入れる以外の選択肢を思いつけなかった。

 彼女は村人達の命を最優先していたからだ。

 それに対して、ルファとネシリワドは即座に反論した。

 軍隊に占領される恐怖を知っているからである。

「占領されれば、村の者は奴隷か食料にされる! 戦うしか道はない!」

 ネシリワドは強く訴えた。

 モリスは冷静に状況を分析し、提案した。

「村を守るために岩の傭兵部隊を活用する事は可能じゃが、

 門を抑えている帝国軍の兵士達を排除しなければ、傭兵団を村に入れるのは難しい。

 村を戦場にするべきではない」

 モリスは、村を守る最善の方法は、ルラーメ村から避難する準備をすべきだと提案した。

 村長は最初はその提案を拒絶したが、モリスは村を守るために彼らが戦う事のリスクを説き、

 それが村にとって最善だと説き伏せた。

 ルファは、モリスのこの提案に同意した。

 彼女は、東の方での戦争と、誰にも止められない軍隊について聞いていた。

 先程の帝国軍の兵士達がより大きな軍隊の一部である事は明らかであった。

 彼女は、村人達に戦える者が少ない事を知っていた。

 村人を兵士として戦場に立たせるには、数週間の訓練とプロの兵士百名の支援が必要だ。

「他の計画が失敗した場合に備えて、今すぐ村人達に避難の準備を始めさせるべきだ」

 ルファは主張した。

 避難民は川を辿って安全にカラマンまで辿り着けるだろうと。

 イコザは提案の内容を好ましいとは思わなかったが、

 それが唯一の選択肢である事は渋々受け入れた。

 村を戦場にするという提案だけは、彼女はどうしても拒否したかった。

「分かりました。モリス殿の言う通りにしましょう。私の命よりも、村人達の命が優先です」

 

 ネシリワドとプオートウトは何とかルラーメ村を抜け出し、傭兵団を集めた。

 ルファは口数が少なくなり、ラスクと内密に話したいと思っているようであった。

 彼らの前には、帝国軍という、巨大で邪悪な脅威が立ちはだかっていた。




次回は村を出て、新たな地に向かいます。
しかし、そこにも問題があるようで……。
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