今回は仲間を助けに行きます。
茜達がルラーメ村の生存者の野営地に戻ると、イコザが安堵の表情で出迎えた。
「というわけで、私達はケイヌーキを助ける事にしました」
茜達がケイヌーキの支援を取り付けた事を伝えると、彼女は深く感謝し、一行の手を取った。
「アカネ殿、皆の尽力に感謝する。だが一つ、頼みがある。
私の事はもう『村長』と呼ばないでほしい。
ルラーメを帝国軍が占拠している間、私はただの『イコザ』だ」
イコザは、ラスクと茜達がケイヌーキ軍に協力すると聞き、
自分や民兵の生き残りも軍に力を貸す決意を表明した。
一方、自分達の事しか考えていないナルワ卿と息子は、
野営地には戻らず、街の高級宿に早々と宿を取っていた。
数時間後、ケイヌーキからの派遣隊が食料と支給品を携えて到着した。
兵士達は手際よく村人達を誘導し、
交易門の北にある簡素だが安全な木造の空き家へと移動させた。
共用の炊事場や診療所も整い、村人達は互いに協力して新しい生活の基盤を作り始めた。
「ここに泊って行った方がいいんだが」
「申し訳ございませんが、今はできません」
村人達は茜達にも宿泊を勧めたが、茜達は軍との連携を重視し、
ケイヌーキ城に滞在する事を選択した。
重厚な石造りの階段を上がり、茜達はリクスート司令官の執務室へと足を踏み入れた。
室内は、およそ一軍の司令官の部屋とは思えないほど殺風景だった。
豪華な装飾品などは一切なく、ただ実用性だけを追求した空間だ。
机の上には報告書や軍令と思われる書類がうず高く積まれ、
壁にはカエイスウン地域一帯の地形や村落の配置を記した大きな地図が、
無数の印と共に掲示されている。
茜達の入室に気づき、地図を凝視していたリクスートがゆっくりと振り返った。
彼女の鋭い眼光は、まるで相手の覚悟を値踏みするかのようだった。
「来てくれたか。……座る必要はない。単刀直入に言おう」
リクスートは机を拳で軽く叩き、低く、重みのある声で続けた。
「今、我々の門戸に着々と迫っているであろう脅威について、我々はあまりに無知だ。
ルラーメを襲ったあの軍勢、あの兵器、そして指揮系統。
それらがどれほどの規模で、次にどこを狙うのか……霧を掴むような話ばかりだ」
彼女の視線が、茜、そしてトーマ、モリス、リリーベルへと順番に移る。
「その状況を打開するのが、君達の役目だ。君達は実際にあの軍勢と刃を交え、生き延びた。
その経験は、今のケイヌーキ軍のどの偵察隊よりも価値がある」
「……はい、しっかり準備はしてきます」
茜はリクスートの視線を逸らさず、真っ直ぐに見返して答えた。
その声には、避難民の安全を背負っているという責任感が宿っていた。
「頼もしい返事だ。だが、闇雲に飛び込めと言っているわけではない」
リクスートは地図の一点を指差した。
「まずは、あの忌まわしい『鉄のドラゴン』について知る必要がある。
あのような兵器を運用できる技術がどこから来たのか。
……君達には、ある発明家に会ってもらいたい」
トーマが地図を覗き込み、冷静に問いかける。
「その発明家が、帝国軍の兵器の出所を知っているという事ですか?」
「確証はない。だが、あのような機械仕掛けを扱える者は、この辺りでは限られている。
……まずは状況を整理しろ。何か聞きたい事はあるか?」
リクスートは腕を組み、茜達がこの過酷な任務へ向かう前の「最後の確認」を求めた。
翌朝、ケイヌーキ城の宿泊所に見慣れた、しかし昨日までとは違う輝きを放つ男が姿を現した。
ルファから受け継いだブルーメホーデン様式のプレート・アーマーを身に纏ったラスクである。
その立ち姿には、ただの漁師ではない、一人の守護者としての風格が備わりつつあった。
ラスクはリクスート司令官からの書状を手に、茜達の前で足を止めた。
「おはよう、アカネ殿。……そして皆。
リクスート司令官から、我々の初任務についての命令を預かってきた」
茜はラスクの新しい鎧に一瞬目を細めたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「おはようございます、ラスクさん。……いよいよ、特殊部隊としての仕事が始まるんですね」
「ああ」
ラスクは書状を開き、内容を読み上げ始めた。
「主な目的は三つだ。
一つ目は、帝国軍がルラーメで使用した、あの忌まわしい『発明品』の正体を探る事。
二つ目は、ここから南に20km、
テラック川沿いに住むモントゥ族の発明家、ティマー・ネシィを訪ねる事。
そして三つ目は、彼女を街へ呼び、軍の顧問として採用することだ」
トーマが腕を組み、冷静に分析を口にする。
「あの『鉄のドラゴン』か。
確かに、あれが量産でもされれば、このケイヌーキの壁とて絶対ではないな。
その構造を知る者が味方につくのは、戦略的に極めて重要だ」
「その通りだ」
ラスクは茜達を真っ直ぐに見つめた。
「だが……すまない。今回の任務に、僕は同行できない。
司令官からは、ルラーメの民の再編と、この街の防衛準備に残るよう指示を受けた」
「ラスクさんは、一緒に行けないんですか?」
茜が少し不安げな声を上げると、ラスクは力強く頷いた。
「ああ。避難してきた村人達も、まだ落ち着いていない。
ルファなら……彼女なら、きっとここを離れず、民の盾になったはずだ。
僕は彼女がそうしたであろう道を、ここで全うしたい」
「……分かりました。村の人達の事は、お願いしますね」
茜が微笑むと、モリスがラスクの肩を叩いた。
「案ずるな、若造。
発明家の一人や二人、儂らがひっ捕まえて……いや、丁重に連れてきてやるわい」
「期待している。これがネシィの家までの正確な道順だ。……無事を祈る」
ラスクから手渡された地図を、リリーベルが受け取った。
リリーベルは手早く荷物をまとめ、仲間に向かって顎をしゃくった。
「よし、出発しよう。雨が本降りになる前に、その天才発明家にお目にかかりたい」
ケイヌーキの周囲には起伏豊かな丘陵が広がり、
南には常に黒雲に覆われたミリドネッシ山脈がそびえる。
リリーベルは、この一帯が「灰色の地」と呼ばれる事を思い出していた。
常に霧雨が降り、太陽の光が遮られるその風景は、どこか不吉な予感を漂わせる。
一時間に渡る小雨の中、遠くの山頂で稲妻が走る。
「……嫌な天気ですね。帝国軍が動くには絶好の隠れ蓑になりそうです」
茜が呟くと、トーマが地図を指差した。
「間もなくネシィの家だ。何事もなければいいが」
丘の上に、小さな家とも金属の要塞ともつかない不思議な建物が姿を現した。
蒸気を吹くパイプと回転する装置に覆われたその建物は、今まさに帝国軍の襲撃を受けていた。
「やっぱりここにも帝国軍が来ましたか!」
十体の帝国兵が建物を包囲し、シミターを振るっている。
しかし、庭で跳ね回る奇怪な機械仕掛けの装置が彼らの侵入を阻んでいた。
「あっちに行って! この鉄屑ども!」
扉の上の時計文字盤から、モントゥのティマー・ネシィが顔を出し、
甲高い声で叫びながら新たな装置を兵士達に投げつけている。
帝国兵達の黒い鎖には、邪神ルネブリエの螺旋印が刻まれていた。
「cadre sacre!」
茜はすぐさま光の柱を放った。
しかし、密集する兵団は素早く身をかわす。
「ド・ゲイト・ド・イス!」
続くトーマの冷気が兵団の中央を捉え、その足を凍りつかせた。
鈍った動きで前進する兵団に対し、リリーベルがショートボウを連射する。
二本の矢が正確に急所を貫き、モリスも一気に間合いを詰め、ロングソードで二回斬りつけた。
のたうつ機械の紐がモリスの周囲を激しく打つが、モリスは見事にそれを回避した。
「これで終わりです! cadre sacre!」
「ド・ゲイト・ド・イス!」
茜が唱えた呪文で、激しい光を放ち、兵団を焼く。
トーマの冷気魔法がさらにダメージを加え、兵団の戦列を崩した。
兵団はトーマを狙って移動するが、モリスの機会攻撃が逃さずその背を斬り裂く。
その一人がトーマにシミターを当てたが、
リリーベルのショートソードが二閃し、兵団を壊滅させた。
指揮官は兵達の全滅を見るや、一目散に逃げ出した。
帝国軍を退けると、ネシィが窓から慎重に顔を覗かせた。
「君たち、あいつらの仲間じゃないわよね? 一体何の用?」
茜が帝国軍を倒す意志を伝えると、ネシィは途端に警戒を解き、
外に出てきて庭の装置を片付けながら喋り始めた。
「いやあ、助かったわ! 私はただの発明家なの。
実験の爆発で近所に迷惑をかけないよう、こんな離れた場所に住んでいるんだけどね」
ネシィの話によれば、数週間前に赤と黒の鎧を着た人物がやってきて、
「雑草除去装置」を買い取ったのだという。
さらに、それを「ドラゴンに見えるように改造しろ」と要求されたという。
「それがまさか、武器として使われるなんてね。
今日、別の設計図を受け取りに来るはずだったんだけど、
代わりにあの兵士達が現れて『武器を渡せ』って脅してきたのよ。
悪用されるのが分かってたから、断ってやったのよ!」
「それでは、私達と一緒に来てください」
「もちろんよ!」
ネシィは茜達の誘いを喜んで受け入れ、ケイヌーキへ行く事に同意した。
「そうだ、お礼に私の最新発明を受け取ってよ!
帝国軍のための武器を考えてたんだけど、途中で飽きちゃって。
代わりに遠く離れた相手と会話できる装置を作ったんだ」
「名前は?」
「モノミール!」
ネシィは一組の通信機を茜達に差し出した。
これはケイヌーキの守備隊にとって、戦略を根底から変えるほど貴重な贈り物となるだろう。
ネシィは過去に囚われる事なく、荷物をまとめると、いつでも出発できる準備を整えた。
ストックを溜めたいのですが、時間がなくって……。
次回は、まだまだ任務をしますよ。