百夜茜が理想郷に転生した件   作:アヤ・ノア

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かつての英雄、しかし今は不死の存在。
そんな「彼」が眠る場所を、茜達は探索します。


第13話 呪いのボチ

「……ここを調べればいいのですね」

 

 地下への階段を一歩下りるごとに、空気の重みが増していく。

 茜達は、城の華やかさとは無縁の、冷たく湿った死者の領域へと足を踏み入れた。

 

 階段を下りきった先で一行を待っていたのは、

 幻想的でありながら悍ましい、紫色の炎に満たされた石造りの広間だった。

 

「……何、この火? 熱くないのに、肌がピリピリする……」

 茜が思わず自分の腕をさすった。

 トーマがその炎に手をかざし、眉をひそめる。

 

「これは自然の火ではない。魔力、それも負の感情に染まった変質したエネルギーだ。

 大災厄の際、神々の怒りが地上を焼いた時の残り火……とでも言うべきか」

 部屋の四隅にはブルーメホーデン騎士団の威厳ある像が立ち、

 東端には水牛の頭を持つ戦士の像が鎮座している。

 

「あれは戦神ラゴロスの像だ。騎士達は出陣の前に、あの前で勝利を誓ったのだろう」

 トーマの解説に、モリスが重々しく頷く。

 

「神聖な場所であったはずが、今やこの不気味な炎の苗床か。嘆かわしい事よ」

 一行は会話を切り上げ、さらに奥へと進む。

 壁のアルコーブには、布に包まれた遺体が果てしなく並び、

 崩れた壁の向こうには急造のトンネルが闇を広げていた。

 

「む?」

 武器職人を祀る墓所に入った際、リリーベルの鋭い目が鉄格子の奥に眠る輝きを捉えた。

「ちょっと待ってくれ、あそこ……。ただの錆びた鉄屑じゃない」

 リリーベルは器用に指先を使い、埃を払っていくつかの武具を引き出した。

「これは……魔法のロングソードだ。剣の方から主を選んでいるような気配がするな」

 トーマの言葉に、モリスがその柄を握る。

 瞬間、古びた剣が鈍い光を放ち、モリスの手に馴染んだ。

「亡き職人の魂が宿っておるようじゃ。この地を荒らす不届き者を斬るため、儂に力を貸せ」

 リリーベルもまた、緑と銀の糸で編まれたシルヴァンクロークを見つけ、その肩に羽織った。

「エルフの魔法……いいじゃないか。これなら闇の中でも少しはマシに動けそうだ」

 

 さらに西へ進むと、馬のモザイク画が描かれた広間で、

 突如として二頭の軍馬の骸骨が立ち上がった。

 空虚な眼窩から紫の炎を吹き出し、蹄で石畳を鳴らして突進の構えを見せる。

 

「待ってください! 争いに来たのではありません!」

 茜が咄嗟に前に出た。

 彼女は両手を広げ、慈愛に満ちた瞳で骸骨馬を見つめる。

「あなた達は、ずっとここで忠誠を守ってきたのですね。

 でも、もう戦わなくていいんです。安らかに眠ってください……」

 茜の祈りが通じたのか、馬の骸骨は動きを止め、深く頭を下げた。

 そのまま馬の骸骨は雪が溶けるように姿を消し、その場には静寂が戻った。

 

「馬の魂まで縛り付けられていたのか……。茜、君が彼らを救ったんだ」

 トーマが感心したように言う。

 茜はこの瞬間、不思議な絆を感じ、いつでも聖なる馬を呼び出す力を自らの中に認めた。

 

 一行は、大理石の記念碑が立つ静かな部屋に辿り着いた。

 そこには、一人の騎士の霊が跪いていた。

 

「……私の名はラキアベ。かつて騎士ロナーカと共にある秘密をケイヌーキに持ち帰った者です」

 

 霊の声は、遠い風の音のように響いた。

 モリスがその名に反応する。

 

「ラキアベ……。記念碑に刻まれていた名じゃな。お主、何故《なにゆえ》に成仏できずにここにおる」

「私達は嘘をついたのです……。

 ロナーカの不服従が神の怒りを買い、大災厄を引き起こした一因である事を隠し、

 彼を英雄として葬った。

 その罪の意識が、私をこの場所へ縛り付けているのです」

 

 ラキアベは茜達を見上げ、懇願するように続けた。

 

「この墓所に燃え盛る紫の炎……。

 かつてロナーカの墓に封じられていたはずの災厄の炎が今や何者かによって解き放たれました。

 どうか、彼の墓にある武器を回収し、正しき者の手に委ねてください。

 それが、私達の贖罪になります……」

「約束します。あなたの想い、私達が引き受けました」

 茜が力強く頷くと、ラキアベは消え入るような声で礼を述べ、透明な影となった。

 

 静寂が戻った部屋で、モリスが重く沈んだ溜息を吐く。

 

「……名誉ある騎士団の末路がこれか。

 嘘を重ねて英雄を祭り上げ、その報いがこの呪いというわけじゃな」

「でも、ラキアベさんはずっと後悔していたんです。独りでこの暗闇の中で……」

 茜は、先ほどまで霊がいた場所を悲しげに見つめた。

「罪を認めるのは勇気がいる事だ。

 だが、その隠蔽が結果として大災厄の炎をここに留まらせる事になった。

 歴史の歪みが、今の異変を招いているのかもしれないな」

 トーマが冷静に分析し、杖を握り直す。

「しんみりしている暇はない。

 隣の部屋から、とんでもない殺気と……何かが焼けるような音が聞こえてくる。

 ラキアベが言っていた『何者か』が、そこにいるに違いない」

 リリーベルが新しく手に入れたシルヴァンクロークのフードを深く被り、短剣を抜いた。

 

「行きましょう。ロナーカ卿を、そしてこの場所を解放するために」

 茜を先頭に、一行は意を決して隣接する広々とした納骨堂へと足を踏み入れた。

 

 そして、納骨堂へ踏み込んだ瞬間、一行は衝撃的な光景を目にした。

 紫の炎が荒れ狂う部屋の中央、不気味な騎士――カーラン卿が立っていた。

 カーラン卿は叫び声をあげる顔が彫られた不気味な笏を掲げ、

 火鉢に渦巻く炎の球体を吸い取っていく。

 

「ふむ……大災厄の残り火か。ルネブリエの御心に従うには、これ以上の燃料はあるまい」

 カーラン卿は冷酷な笑みを浮かべ、笏に燃え移った炎を見つめた。

「誰だ!」

 モリスが叫ぶが、カーラン卿は彼らを一瞥もせず、

 南の壁を粉砕してその向こう側へと姿を消した。

 直後、激しい地響きと共に、部屋の奥にある巨大な石棺の蓋が跳ね飛んだ。

 

「安らかな眠りを妨げる者は……死をもって償え……!」

 這い出したのは、骸骨騎士スカルナイトと化したアノズ・ロナーカであった。

 

「皆、来ます!」

 茜が叫ぶと、戦闘の火蓋は切られた。

 

「食らえ!」

 リリーベルが電光石火の速さでショートボウを絞る。

 放たれた矢はスカルナイトの肋骨の間を抜け、致命的な一撃を刻んだ。

「お主の迷いを断ち切ってやるわ!」

 モリスが新調したロングソードを振るうが、

 スカルナイトの古い重装鎧が火花を散らしてそれを弾く。

「守護の聖者よ、現れてください! vie de retraite inversee!」

 茜が唱えると、大型の幽霊のような守護者が光り輝く剣を掲げて出現した。

「ド・ゲイト・ド・イス!」

 トーマの魔法がスカルナイトを狙うが、死せる騎士はその攻撃を鎧で受け流し、

 リリーベルへと肉薄した。

「……生気を……捧げよ……」

 スカルナイトの活力を奪う呪いの刃が三度閃く。

 リリーベルは防戦一方となり、呪いのエネルギーに体力を削り取られ、膝をつきそうになる。

「近寄るな!」

 リリーベルは弓を投げ捨て、二振りのショートソードを抜いた。

 舞うような動きでスカルナイトの隙を突き、二本の刃が骨の継ぎ目を深く刺し貫く。

「これでおしまいじゃ!」

 モリスが叫びと共に剣を振り下ろす。

 魔法のロングソードに神聖な光が宿り、爆発的な衝撃がスカルナイトを打ち据えた。

「cadre sacre!」

 茜の呪文が天から降り注ぎ、スカルナイトを浄化の光で包み込む。

「……まだだ、これでも食らえ!」

 トーマが近距離から電撃を放ち、スカルナイトの動きを麻痺させた。

 しかし、スカルナイトは執念深くトーマへ剣を振るい、

 三撃全てを命中させて彼の意識を遠のかせた。

「トーマさん!」

「オ、オレは、大丈夫だ……」

「リリーベル、決めて!」

「ああ!」

 茜の叫びに呼応し、リリーベルが最後の力を振り絞った。

 二本の剣がスカルナイトの首元で交差し、一気に引き裂く。

 

「……ぐ、ああ……。

 カーラン卿が……待っている……無名の都市……北の荒れ地へ……行かねば……」

 その不吉な言葉を遺し、スカルナイトの体はバラバラに崩れ落ちた。

 

 スカルナイトが滅びると同時に、地下墓地全体を包んでいた紫の炎が、

 まるで最初から存在しなかったかのようにスーッと消え失せた。

 

「終わった……の?」

 茜が周囲を見渡す。

 そこには、ただの静かな石造りの墓所が戻っていた。

 

「ああ。だが、あの騎士……カーラン卿と言ったか。

 奴が大災厄の炎を持ち去ったのは事実だ。これはただ事ではないぞ」

 トーマが呼吸を整えながら、厳しい表情で言った。

 カーラン卿には逃げられてしまったのでいずれは彼を倒さなければならないとトーマは思った。

 

「無名の都市……北の荒れ地。奴はそこへ向かったというのか。

 ロナーカの魂を呪ってまで、何をしようとしておるのじゃ」

 モリスが魔法の剣を鞘に納める。

 

 数時間後、一行が地下から這い上がると、そこにはラスクとリクスート司令官、

 そしてナルワ卿を伴った軍勢が到着していた。

「アカネ殿! 無事か!」

 ラスクが駆け寄ってくる。

 茜達は、城内で起きた太守殺害の惨劇と、地下墓地での死闘、

 そしてカーラン卿と無名の都市についての全てを話した。

 

「……信じがたい。伝説のデスナイト、カーラン卿がこのケイヌーキに現れたというのか」

 リクスート司令官が苦々しく地図を見つめる。

「『無名の都市』。それは北の荒れ地の最果て、誰も戻らぬ呪われた場所だ。

 だが、そこに全ての謎があるというのなら、我々はそこへ向かうしかないようだな」

 

 茜達は、変わり果てたケイヌーキの城壁を見上げながら、

 自分達の使命がさらに過酷なものへと変わった事を悟った。

 平和だったルラーメ村を離れてから、運命の歯車は止まる事なく回り続けている。




これで2月の長編小説は、おしまいです。
次回を楽しみにしてください!
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