百夜茜が理想郷に転生した件   作:アヤ・ノア

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目的地に向かって、茜達は突き進みます。
そこで待っていたのは……?


第14話 町のサンジョウ

 茜達がケイヌーキ城の地下墳墓から這い上がると石造りの廊下には重々しい静寂が満ちていた。

 間もなくして、ラスクとリクスート司令官が軍勢を引き連れて帰還する。

 城内で起きた凄惨な虐殺と太守の死を知ったラスクは、驚愕に目を見開いた。

 

「……信じられん。我らが前線で戦っている間に、城の心臓部が貫かれるとは」

 

 ラスクは拳を握り締め、茜達の疲弊した様子を見て取ると、無理矢理に表情を和らげた。

 

「アカネ殿、皆も……まずは休んでくれ。

 君達が地下で戦ってくれなければ、被害はこれだけでは済まなかったはずだ。

 後の事は我々に任せてほしい」

「……分かりました。あんなアンデッド、見た事がありませんでしたから」

 

 茜達はラスクの言葉に従い、泥のように深い眠りについた。

 その間、ラスクは休む事なく、斥候を放ち、

 街から逃れたカーラン卿と帝国軍の分遣隊の足取りを追わせた。

 

 翌朝、ラスクが茜達の宿舎を訪れた。

 その顔には深い隈が刻まれている。

 

「状況を説明する。リクスート司令官は現在、新しい民間の指導者が任命されるまでの間、

 街の秩序を維持するために全力を挙げている。彼女は君達と直接話す事を望んでいる」

「カーラン卿の行方は分かったんですか?」

 

 茜の問いに、ラスクは短く頷いた。

 

「斥候の報告によれば、帝国軍の本隊から離れた一団が、

 不可解にも『北の荒れ地』へと向かっている。カーラン卿もそこを目指している可能性が高い」

「……なら、ここに行くしかないようですね」

「北の荒れ地に行けば、戦争が止まるかもしれないからな」

 

 茜達はラスクに案内され、質素な会議室へと向かった。

 部屋の中央にある長机は報告書の束で埋め尽くされている。

 窓際に立つリクスート司令官は、街の港を見下ろしながら険しい表情を浮かべていた。

 

 しかし、部屋には招かれざる客がもう一人いた。

 あの意地悪で腹黒い、ナルワ卿だ。

 ナルワ卿は茜達が入室するなり、苦々しげに鼻を鳴らした。

 

「お出ましだぞ、司令官よ。あのような傭兵風情を当てにしなければ、今も息子は私の傍にいた。

 太守が死ぬ事も、この私が不自由な思いをする事もなかったのだ」

「……何だと?」

 リリーベルが短剣の柄に手をかけるが、それより早くモリスが一歩前に出た。

「黙れ、臆病風に吹かれた貴族め! お主の無謀な命令でどれほどの兵が散ったか忘れたか。

 自らの失態を棚に上げ、女子(おなご)達に責任をなすりつけるとは、武人の風上にも置けぬわ!」

「貴様、無礼な……!」

 ナルワ卿が激昂しかけたが、リクスートが冷ややかに遮った。

 

「……ナルワ卿、そこまでだ。退室せよ。これは軍の最高機密に関わる話し合いだ」

 貴族は忌々しげに茜達を睨みつけると、音を立てて扉を閉め、去っていった。

 

 リクスートは深く溜息をつき、茜達に向き直った。

「すまない。街では、君達が太守を守れたはずなのに見捨てたという噂を、あの男が広めている。

 市民の中には、この虐殺の怒りを誰かにぶつけたいと考えている者もいるのだ」

「私達は、地下でカーラン卿と……」

「分かっている。だからこそ、昨日の真実を詳しく聞かせてほしい」

 

 茜は地下墓地で目にした光景、カーラン卿が「大変動の炎」を持ち去った事、

 そしてスカルナイトが最期に遺した

 「北の荒れ地にある失われた名前の都市」という言葉について詳細に話した。

 

「……北の荒れ地、だと?」

 リクスートは訝しげに眉を寄せた。

 

「あそこは何もない不毛の荒野だ。

 もし奴がそこへ消えたというのなら、最早ケイヌーキにとって脅威ではないのではないか?

 我々の兵力は、今も周辺をうろつく帝国軍の本隊と、政府の再建に注ぐべきだ」

「いいえ、司令官。それは違います」

 茜は毅然と言い放った。

「カーラン卿は普通の人間ではありません。あの紫の炎を、彼は『燃料』と呼びました。

 帝国軍がわざわざ本隊から兵を割いてまで北へ向かっているのは、

 そこに何か……世界を揺るがすような恐ろしい計画があるからです!」

「アカネの言う通りだ」

 ラスクも、茜を支持する。

「彼が何かを企んでいる以上、それを放置すればいずれケイヌーキは背後から刺される事になる」

 リクスートは沈黙し、水平線を眺めた。

 やがてリクスートは小さく頷く。

「……分かった。君達の直感を信じよう。

 それに、今、君達が街に留まれば、ナルワ卿の扇動によって市民の怒りが君達に向きかねない。

 一時的に街を離れるのは、戦略的にも賢明だ」

「そうですね。あいつは絶対に、報いを受けてほしいですし」

 リクスートとラスクが作戦の細部を詰め始める中、彼女は茜達に城の書庫へ行くよう勧めた。

 

 城の地下深く、幾世紀もの埃が積もる書庫の奥底。

 トーマは、指先を黒く汚しながら、羊皮紙が放つ独特の古びた臭いの中にいた。

 手元にあるのは、大変動の直後に記されたと思われる、酷く傷んだ地誌だ。

 

「……信じられん。これは、単なる不毛の地という言葉では済まされないな」

 トーマは独り言を漏らし、震える手で地図の複写をなぞった。

「大変動の際、大地が文字通り引き裂かれたのか……。

 内陸であったはずの場所へ、荒れ狂う海が一気に流入している。

 絶え間ない塩害と、地形が生み出す異常な暴風。生物が生きる事を拒む、死の世界だ」

 トーマはさらに、綴じ紐が切れかかった一冊の探検記を開いた。

 そこには、震える筆跡でこう記されていた。

 

 我らは見た。

 灰色の霧の向こう、かつて栄華を極めたであろう大規模な都市の残骸を。

 しかし、その名はどの地図にも、どの記憶にも残っていない。

 土地の者はそこを「失われた名前の都市」と呼び、決して近づこうとはしない。

 同行した三名が、霧の中に潜む「何か」に引きずり込まれた。

 私も長くはもたぬだろう……。

 

「記録はここで途絶えているか。生きて戻った探検家がほとんどいないのも頷ける。

 カーラン卿……あんな化け物が、この死の街に何を求めているというんだ」

 

 トーマが重い足取りで書庫の石段を上がると、

 出口では腕を組み、壁に寄りかかっていたラスクが待ち構えていた。

 松明の炎が、トーマの緊張した面持ちを照らし出している。

 

「何か収穫はあったか、トーマ」

「……あまり良い報せではないな。向かう先は、地獄の入り口のような場所だ」

「そうか。だが、もう後戻りはできない。話は決まった。

 リクスート司令官は、我々を北へ派遣する事に正式に同意した」

 

 ラスクの言葉には、退路を断った者の覚悟が宿っていた。

 彼はトーマを伴い、茜達が待つ作戦室へと向かった。

 

 作戦室の机には、ケイヌーキ湾から北へと続く海図が広げられていた。

 ラスクは指で北東の海岸線を指し示した。

「計画はこうだ。数百人の兵を動員するが、陸路は使わない。

 帝国軍の監視を掻い潜るため、夜陰に乗じて海路で北上する。

 リクスート司令官が複数の輸送船を用意してくれた」

「海路……。でも、北の海は荒れると聞いています」

 茜が不安げに尋ねると、ラスクは力強く頷いた。

「ああ、まともな港などない。だからこそ、我々はこの難破海岸と呼ばれる入り江を目指す。

 岩礁が多く、通常の艦隊なら避ける場所だが、小型の輸送船なら強引に接岸できる」

「そこで帝国軍の陰謀を暴き、阻止すればいいのですね」

 茜の言葉に、ラスクは真っ直ぐに彼女の目を見て、深く頷いた。

「その通りだ。敵もまさか、我々がこの嵐の海から現れるとは思ってもいないだろう。

 上陸後、速やかに軍を展開し、カーラン卿が何を目論んでいるのかを突き止める。

 ……これが、ケイヌーキ、いや、この世界を救うための唯一の賭けだ」

「……分かりました。準備を急ぎましょう。あの紫の炎が、これ以上何かを焼き尽くす前に」

 茜は拳を握りしめ、窓の外に広がる暗い海を見据えた。

 

 その夜。

 ケイヌーキの軍用船着き場は、異様な熱気に包まれていた。

 茜達が到着すると、そこには見慣れた顔があった。

「あら! 私を置いていくとは言わせないわよ」

 鉄壁連隊の指揮官ネシリワドが、愛剣を担いで笑っている。

「私も行くよ! モノミールの実地テストには最高の舞台だもんね!」

 髪を鮮やかな紫色に染め直したティマー・ネシィが、

 背負った機械をガチャンと鳴らして興奮気味に跳ねた。

「心強い仲間が増えましたね」

 茜は微笑み、用意された船の一隻に乗船した。

 

 真夜中、出航の合図が低く響く。

 水しぶきが上がり、木がきしむ音を立てながら、船団はケイヌーキの船着き場を離れた。

 岸辺には、夜中でありながら、愛する人の無事を祈るために集まった市民達の姿があったが、

 それもすぐに夜霧の中に消えてゆく。

 

 船団はケイヌーキ湾の暗い海を静かに滑り出した。

 厚い曇り空の下、波を切る音だけが響く。

 行く手に待ち受けるのは、呪われた大地「北の荒れ地」。

 茜は遠ざかる街の灯りを見つめながら、自らの中に宿る聖なる祈りを確かめた。

 この暗い海の先に、世界の運命を決める戦いが待っている事を、茜は確信していた。




次回、いよいよ茜達は北の荒れ地に向かいます。
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