百夜茜が理想郷に転生した件   作:アヤ・ノア

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ガルバ帝国が隠していた、その敵とは一体……? なお話。
このお話も、もうすぐで終わるでしょう。


第18話 玉座に君臨するオウ

 石段を駆け上がり、二階へと足を踏み入れた途端、

 鼓膜を突き刺すような高周波の音が一行を襲った。

 広大な部屋の中に、九本の青いクリスタルの柱が円を描くように立っている。

 キーン、という不快な鳴動と共に、柱の表面では紫がかった電光がパチパチと爆ぜていた。

 柱と柱の間には、予測不能な軌道を描く稲妻が網の目のように飛び交い、

 侵入者を拒む障壁と化している。

 

「うわっ、危ない!」

 先頭にいたモリスと、状況を確かめようと身を乗り出したトーマの身体を、

 荒れ狂う電流が容赦なく撃いた。

「ぐあああっ! 触れるだけでこれかよ!」

「ぬう……鎧に響くわい!」

 二人がたまらず後退する。

 青白い閃光が部屋全体を明滅させ、視界を白く染め上げる。

「待ってください、壁に文字が……!」

 茜が激しい光の合間に、入り口の鴨居に刻まれた古の言葉を見つけ出した。

「皆さん、『セテス』と言ってください! 早く!」

「「「「セテス!」」」」

 四人の声が重なった瞬間、荒れ狂っていた稲妻が嘘のように霧散した。

 クリスタルの柱は静まり返り、パチパチという音も止む。

 静寂が戻った部屋には、北側の大きな両開きの扉と、下層へ続く小さな扉だけが残された。

 一行は息を整えると、迷わず北の扉を押し開け、三階へと続く階段を上った。

 

 三階の部屋に足を踏み入れると、そこには幻想的な光景が広がっていた。

 部屋の中央には、高さ90cmほどの、平べったい円柱状の金属台座が据えられている。

 その上空には、淡い黄金色の光で作られた精巧な幻影が浮かび上がっていた。

 それは、この墜落都市の全景を映し出した立体地図だった。

 何百もの小さな建物の幻が整然と並び、その中心には今、自分達がいる「天の入り口」の塔が、

 爪の先ほどの大きさで誇らしげにそびえている。

 壁の四隅に取り付けられたクリスタルの球が共鳴するように発光し、

 この緻密な幻影を空間に定着させていた。

 

「これは……この街の心臓部ですね」

 茜が息を呑んで幻影の街並みに見入る。

 手のひらサイズの廃墟が、黄金の光の中で静かに明滅していた。

「都市の制御装置か、あるいは監視用の模型か。

 いずれにせよ、ここを抑えれば街の全てが手に入るというわけか」

 トーマが冷徹な視線で台座を観察する。

「敵の気配は……まだここにはいないようだな」

 リリーベルが北と西に続く二つの扉、そして今来た下り階段の扉を順に指差した。

「ジノか、それとも例の秘密持ちか。どちらかがこの先にいるはずだ」

「立ち止まっている暇はありません。次へ行きましょう」

 茜は黄金の光に照らされながら、北側の扉へと歩を進めた。

 

 北の扉を押し開けると、そこは航法室と呼ばれる一帯だった。

 部屋の中央には巨大な机が据えられ、その上には広大な、

 ゴツゴツとした荒れ地の景色が極めて精緻な立体の幻影として映し出されている。

 北の壁にはさらなる奥へと続く扉が見える。

 机に屈み込み、熱心に幻影を覗き込んでいた二人の帝国兵は、背後の侵入者に気づかない。

「……隙だらけだな。仕留める」

 リリーベルが音もなく踏み込み、ショートソードを一閃。

 鋭い刃が帝国兵の脇腹を裂き、鮮血が幻影の荒野を汚す。

「リリーベル、加勢するぞ!」

 モリスが駆け寄り、手負いの兵士へ魔法のロングソードを叩き込む。

 二度の重い斬撃が鎧を砕き、肉を断つ。

「ぐっ、貴様ら……! これでも喰らえ!」

 兵士は苦悶に顔を歪めながら、腰のパウチから毒ガス兵器を抜き取り、床へ叩きつけた。

 部屋中に緑色の不気味な煙が立ち込める。

 茜とモリスは何とか息を止めて耐えたが、

 トーマとリリーベルは肺を焼くような激痛に襲われ、膝をついた。

「毒には毒だ……死ね!」

 トーマが咳き込みながらも呪文を放ち、兵士に毒の霧を浴びせる。

 さらにリリーベルが痛みをこらえて立ち上がりショートソードを兵士の喉元へ二回突き立てた。

 急所を貫かれた兵士は白目を剥いて気絶する。

 だが、倒れ際、執念で握りしめていた雷石を投げつけた。

 激しい電光が炸裂する。

 モリスは盾で防いだが疲労の濃いリリーベルは直撃を受け、朦朧とした意識の中でよろめいた。

「リリーベルさん! ……ガブリエル、力を貸して!」

 茜が魔法のバッグを開放すると、極寒の冷気と共に氷の精霊が姿を現し、

 生き残った兵士の前に立ちはだかった。

「次は貴様だ!」

 モリスの剣が兵士を襲い、二度の斬撃が確実にその体力を削る。

 兵士は朦朧としているリリーベルを仕留めようとロングソードを激しく振るうが、

 リリーベルは本能的な身のこなしで全てを回避した。

「まだ動ける。毒よ!」

 トーマの放った毒霧が兵士を包み、深刻なダメージを与える。

 氷の精霊の拳は硬い鎧に弾かれたものの、

 茜が掲げた聖印から放たれた光の柱が兵士の全身を焼いた。

「これで終わりじゃ!」

 モリスが止めを刺そうと大振りに剣を振るうが、

 床の凍りついた箇所で足を滑らせ、無様に空を切った。

「ぬうっ、この不覚!」

 その隙を逃さず、兵士がリリーベルへ猛攻を仕掛ける。

 二度の重い一撃がリリーベルの身体を叩き、鮮血が舞った。

「しつこい奴め……!」

 トーマの毒が再び兵士を蝕む。

 朦朧状態から脱したリリーベルも反撃に転じるが、敵の必死の防御に刃を弾かれた。

「消えなさい!」

 茜の命を受けた氷の精霊が、巨体を揺らして重い一撃を叩き込む。

 鈍い衝撃音と共に兵士の身体が折れ、ついに崩れ落ちた。

 しかし、この兵士もまたタダでは倒されなかった。

「道連れだ……!」

 兵士が最後の力を振り絞って投げた雷石が、再び激しく放電する。

 モリスが呻き、そして、既に満身創痍だったリリーベルに無慈悲な電撃が追い打ちをかけた。

「……っ……」

 リリーベルは声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちて意識を失った。

 

 静まり返った航法室で、茜は慌てて倒れたリリーベルのもとへ駆け寄った。

「リリーベルさん! しっかりしてください!」

 彼女はスタッフ・オヴ・フォー・ゴッドを握りしめ、必死に祈りを捧げる。

「神よ……どうか皆を救ってください!」

 杖から溢れ出した膨大な癒しのエネルギーが、リリーベルの深い傷を塞ぎ、

 毒に侵された身体を浄化していく。

 リリーベルは大きく息を吸い込み、ゆっくりと目を開けた。

「……助かった、茜。……酷い目に遭ったな」

 リリーベルがモリスの手を借りて立ち上がる。

 全員の体力が回復し、一行は再び奥の扉を見据えた。

 その後、茜は、机の上に浮かび上がる精緻な幻影地図へと歩み寄った。

 

「これは……北の荒れ地を映しているんですね。でも、こっちは……」

 茜が操作盤の端に触れると、視点が都の南側へと切り替わった。

 そこには、地を埋め尽くさんとする二つの巨大な軍勢がうごめいている。

 一つは鉄の規律を誇るガルバ帝国軍。

 そしてもう一つは、荒々しい熱気を帯びたケイヌーキ軍。

 両軍は今まさに、この都を巡って激突しようとしていた。

 

「……何とか、この都市の巨悪を倒しましょう」

 

 一行は表情を引き締め、奥の扉を開け放つ。

 そこは、塔の心臓部とも呼べる制御室だった。

 壁面にはめ込まれたクリスタルの板が、監視カメラのように別々の景色を映し出している。

 三枚の板には激しい稲妻が走る雷雲が、

 そして四枚目の板には遠く離れたケイヌーキの町が、まざまざと映し出されていた。

 

 部屋の中央、一段高い台座の周囲を四つの制御盤が囲んでいる。

 その傍らに、黒いローブを纏った痩身の男が立っていた。

「……何者だ、貴様達は。護衛はどうした」

 魔導師ジノは、突然の闖入者に驚愕し、一歩後退した。

 ジノは茜達の鋭い視線を浴びると、すぐに卑屈な笑みを浮かべて両手を挙げる。

「待て、早まるな。私は無理矢理帝国軍に働かされている被害者なのだ。

 彼らに脅され、この塔を動かさせられているだけで……」

「嘘です」

 茜が遮るように言い放った。

 その瞳には、ジノの言葉の裏にある野心と打算が透けて見えていた。

「あなたは自分の研究のために、喜んで力を貸している。そうでしょう?」

 ジノは舌打ちをし、態度を一変させた。

「ふん、察しがいいな。ガルバ帝国軍の目的などどうでもいい。

 だが、奴らは私の研究を惜しみなく支援してくれる。それだけで十分だ」

 彼は開き直ったように、淡々と真実を語り始めた。

「私は東方の黒竜軍に同行している際、この都の所在を突き止めた。

 この天の入り口は都市全体を制御する中枢だ。

 私と司祭ファネセンティアルがこの魔法を復活させた。

 今や、都市を再び完全に空へ浮かべよという命令を待つばかりよ」

 ジノは嘲笑を浮かべ、指を上に向けた。

「上の部屋にはファネセンティアルがいる。あいつは正気ではないぞ。

 邪神ルネブリエの熱狂的な崇拝者だ。

 ……もしお前達が奴を倒しに行くというなら、私は今のうちにここを去らせてもらう」

「あんな恐ろしい計画、私達が止めます」

 茜の決意を聞くと、ジノは未練なさそうに背を向け、影へと消えていった。

 

 四人は最後の石段を駆け上がり、ついに最上階へと到達した。

 そこは、壁一面が巨大な窓になった円形の広間だった。

 失われた名前の都市の全景が、息を呑むような美しさで一望できる。

 壁沿いには劇場のような一段低い通路が走り、

 中央の台座には、宝石をちりばめた豪奢な玉座が据えられていた。

 

 玉座の背後には、黄金色に輝く太陽の彫刻。

 そこに座っているのは、血のような真紅のローブを纏い、

 ルネブリエの紋章が刻まれた王冠をいただく男であった。

 男――ファネセンティアルは、玉座の肘掛けに付いた真紅の宝石に愛しげに触れた。

 

「ジノも敗れたか。用心深いだけの臆病者め。だが、それで良い。

 栄光は私一人のもの。邪神ルネブリエ様もそう望んでおられる!」

 ファネセンティアルが宝石を押し込むと、玉座の至るところが脈打つように明滅し始めた。

 激しい震動が一行の足を掬う。

 窓の外、都を構成する塔が震え、地上にこびりついていた巨大な廃墟の群れが、

 重力に逆らってゆっくりと浮上を開始した。

「貴様達の魂を、ルネブリエ様の身許に捧げまつる光栄を授けよう!」

 ファネセンティアルは狂気に満ちた笑みを浮かべ、傍らに控えるドレイクに攻撃を命じた。

 それと同時に、ファネセンティアルの身体が膨れ上がり、

 ローブを突き破って禍々しい鱗が溢れ出す。

 人間としての皮を脱ぎ捨て、巨大なドラゴンの形態へと変貌を遂げていく。

 

「なんと邪悪な……!」

 茜は震える手で杖を構え、天を突く塔の頂で、都市の運命を賭けた戦いへと挑んだ。




次回は、邪竜ファネセンティアルとの対決です。
そして、ガルバ帝国も動き出し……。
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