最後まで読むと、その“結果”が明かされます。
翌日、ケイヌーキの街を包み込んでいた一時的な静寂は、地響きと共に打ち砕かれた。
帝国軍が再編を終え、街への総攻撃を再開したのだ。
ラスクが送り込んだ使者が、息を切らせて茜達の宿舎へ駆け込む。
「急いでください! 交易門の司令部へ! 司令官がお呼びです!」
茜達は武器を手に取り、騒乱の街を駆け抜けた。
交易門の上に位置する司令部に到着した時、
視界に飛び込んできたのは地獄のような光景だった。
「な、なんて攻撃でしょう!」
数千の帝国兵が、黒い波のように街の城壁へと押し寄せている。
「バリスタを放て! ドラゴネルを近づけるな!」
城壁沿いではケイヌーキの将校達が声を枯らして号令を下す。
巨大なバリスタが唸りを上げ、空を舞う竜騎士たちを辛うじて押し止めていた。
だが、そのドラゴネル達の遥か後方、雷雲のような威圧感を放つ「空飛ぶ城塞」が、
ゆっくりと、しかし確実に街の防衛線を飲み込もうと迫っている。
「……あんな巨大なものが来たら、この壁なんて紙屑同然です」
茜が震える声で呟く。
隣でモリスが盾を構え直し、低く唸った。
「弱音を吐くな、茜。まずは目の前の敵を片付けるぞ。あれを見ろ!」
モリスが指差した先、空飛ぶ城塞の端から数十人の帝国兵が、
特殊な滑空装備を用いて街へと飛び立った。
多くはケイヌーキ側の対空砲火によって撃墜されたが、
四人の精鋭が風を切り、茜達の目と鼻の先にある三基のバリスタを狙って着地した。
「バリスタを壊させるな! 迎撃するぞ!」
トーマが叫び、魔力を指先に集める。
リリーベルが電光石火の動きでショートボウを引き絞り、帝国兵の肩を射抜く。
「聖なる炎よ、敵を焼き尽くせ!」
茜が掲げた杖から、天を突く火柱と神聖な光が降り注いだ。
帝国兵全員がその直撃を受け、装備を焼き焦がされる。
だが、帝国兵達は屈しなかった。
帝国兵士が茜に肉薄し、重厚なグレートソードを三度振り下ろすが、
茜は必死に盾を掲げてこれを防ぎきる。
一方、二人の兵士リリーベルに襲いかかった。
「ぐっ……!」
リリーベルは重い打撃を受けて地面に叩きつけられ、伏せ状態に追い込まれる。
さらなる追撃が彼女の身体を斬り裂き、苦悶の声を上げさせた。
「リリーベル!」
モリスが加勢に入り、魔法のロングソードで兵士を気絶させる。
倒れ際、兵士は呪いの幻影を放ちモリスの精神を揺さぶるが、モリスはこれを一喝して退けた。
「……私は、まだ死なない」
リリーベルが泥を噛むようにして立ち上がり、兵士の急所へショートソードを突き立てる。
続けざまに茜が放った聖なる炎が兵士を包み込んだ。
しかし、残る兵士の剣が再びリリーベルを捉える。
深い斬撃を受けたリリーベルは、ついに意識を失いその場に崩れ落ちた。
さらに兵士がトーマを強襲し、その鋭い刃で防御を突き破る。
トーマもまた地面に倒れ伏した。
「神よ、癒しを……!」
茜が絶叫し、癒しの言霊を放つ。
その光がリリーベルの傷を塞ぎ、彼女を再び戦場へ呼び戻した。
茜は自ら鞭を振るい、兵士を光の粒子と共に打ち倒す。
だが、兵士の凶刃が今度は茜を狙った。
重い一撃が彼女の鎧を砕き、茜もまた地面に倒れ込む。
一人残ったリリーベルが、執念で剣を振るった。
「これで……終わりだ!」
彼女のショートソードが兵士の心臓を正確に貫く。
会心の一撃が敵を絶命させ、バリスタの破壊という最悪の事態は辛うじて回避された。
茜達が傷を癒す間もなく、一人の斥候が血相を変えて駆け込んできた。
「報告します! 南西のホーカーズ・グローブに、銅色のドラゴネルの群れが着陸しました!
騎乗者は一人、アンサンド殿と思われます!」
「アンサンドさんが戻ってきたんですね!」
茜が顔を輝かせる。
彼が連れてきた野生のドラゴネル達こそ、空飛ぶ城塞へ潜入するための唯一の「翼」だ。
一行はラスクの助言に従い、南西の城壁へと急いだ。
そこでは、技術者のピダラータと新人のサンが、奇妙な装置を組み立てていた。
「これを見てくれ、最新作の『モントゥスリンガー』だ!
人間をカタパルトで直接戦場へ飛ばすんだよ!」
彼らは自信満々に言い、茜達に衝撃を和らげる「ナリクラッシュ」を渡した。
「本当にこれで飛ぶんですか……?」
不安がる茜を余所に、装置が作動した。
激しい音と共に、四人は一人ずつ空へと撃ち出された。
帝国軍の上空を弾丸のように飛び越え、彼らは森の境界線付近へと見事に着地した。
森は既に地獄と化していた。
アンサンドが設営した野営地は炎に包まれ、煙の中から獣の咆哮が響く。
「うわ、なんて事を……」
「アンサンドさん!」
茜達が煙を抜けると、そこにはアンサンドと四体の銅色のドラゴンパピー、
そしてそれらを狙う四体のヤングレッドドラゴンが対峙していた。
「待っていたぞ。だが、客人が多すぎるようだ!」
アンサンドが叫ぶ。
同時に、赤竜達がその大きな顎を開いた。
モリスが盾を構え、冷気のブレスを放って対抗する。
リリーベルも影のように動き、ヤングレッドドラゴンの翼の付け根を深く切り裂いた。
茜が追い打ちの炎を放ち、赤竜に苦痛を与えた。
しかし、真の地獄はここから始まった。
「逃げろ……みんな!」
アンサンドの叫びも虚しく、四体のヤングレッドドラゴンが一斉にその喉を膨らませた。
四条の紅蓮の炎が、同時に放たれた。
最初の一撃がモリスを焼き、二撃目が茜を直撃する。
「あ、あああああッ!」
茜はかわす術もなく、猛火に包まれて倒れ込んだ。
三撃目がトーマの防御魔法を貫き、四撃目が満身創痍のモリスを完全に焼き尽くす。
「茜! トーマ! モリス!」
リリーベルが叫ぶが、彼女の目の前で仲間達は物言わぬ炭化の塊へと変わっていく。
トーマは生死の境を彷徨い、意識を失ったまま泡を吹いた。
モリスと茜は既に意識を失った。
リリーベルは狂ったように剣を振るい、ヤングレッドドラゴンの首を撥ね飛ばす。
だが、生き残った三体の巨大な赤竜が、冷酷な瞳で孤独な妖精を見下ろした。
「……ここまで、なのか」
リリーベルが膝をつく。
彼女の背後で、アンサンドもまた赤竜の爪に引き裂かれ、力尽きた。
銅色のドラゴネル達は悲しげな鳴き声を上げ、炎の中に消えていく。
その後、ホーカーズ・グローブから戻った者は誰もいなかった。
街を救う唯一の希望だった「潜入作戦」は、無慈悲な竜の炎によって完全に潰えた。
数時間後、空飛ぶ城塞から放たれた紫の魔力砲がケイヌーキの防壁を粉砕した。
守護者を失ったブルーメボーデン王国は、ガルバ帝国の圧倒的な武力の前に蹂躙された。
街は焼き払われ、自由を謳歌していた民は奴隷へと身を落とした。
茜達が夢見た平和な世界は、赤き竜の吐息と共に煙となり、歴史の闇へと消え去った。
アウグストゥス大陸には、冷酷な皇帝と、
邪神ルネブリエを奉る暗黒の時代が訪れる事となったのである。
「……やれやれ、今回は至らなかったようだね。さて、時間を巻き戻すか……」
そして、世界は何者かの手により、巻き戻されるのだった。
第三部はまさかの結末でしたが、こちらでロールした結果だったのです。
あの後、茜達がどうなったかは皆様のご想像にお任せしますとだけ言います。
もしかしたら、ガルバ帝国に反撃するかもしれませんし、
地獄のような日々を送るかもしれませんが、それは分かりません。
なので、百夜茜の異世界転生小説は、これでおしまいです。
次回作を待っていてください。