夏休みに入って暫く経った8月。特にやる事もなく、だからと言って宿題をやる気にもなれない俺は、毎日のように部室に来ていた。
「なぁ…誰かコンビニいかねぇ…」
へんじはない ただのしかばねのようだ
夏休みに入って暫く経った8月。特にやる事もなく、だからと言って宿題をやる気にもなれない俺は、毎日のように部室に来ていた。
カンカン照りの真夏。今年は全国的な節電を行っているとかでエアコンもつけられない。これでも去年よりマシだと言うのだから地球温暖化もいよいよ極まっているのだろう。
太陽の熱を跳ね返す車のボンネットはそのまま焼き肉だってできそうで、こんな日の照った真昼間に、外出する姿も見えない。日が落ちればチラホラ人を見かけることもあるが、ここ最近は随分と減ってきた様に思える。
9月になれば多少はすごしやすくなるかもしれないが、ここ数年は彼岸までは大体こんな陽気だ。
この田舎町にたった一件のコンビニまで自転車で20分。とても行く気にはなれず、半ば独り言の様に、半分は誰かに返事をして欲しくて呟いてみたが、この時間は太陽が照りつける風も吹き込まない部室の中で、友人達はドロドロに溶けて床に寝そべっている。
高校三年生の夏、本当ならこんな田舎から出るために勉強しなければいけない所だけど、今はそんな気にもなれない。"こんな田舎でも俺の故郷だ"なんて感傷にひたるフリをしながら、いまさら勉強した所でどうしようもない現実から目を背ける。都会に出たところでどうせ何も変わらない。
部室に来たのも結局の所は感情にひたるフリをする為で、一通りアンニュイな気分を味わって、もうやる事もなくなったので帰る事にする。
荷物をまとめて駐輪場へ向かい、兄のお下がりの自転車にまたがってフラフラと漕ぎ出す。
燦々と照りつける太陽の下、人っこひとり見えない町の中をセミの騒音と年季の入った自転車のキィキィという錆びた車輪の音をBGMに家路を走る。こんなにも人の営みの音がないと世界に自分ひとりしか存在しない様な気がしてくる。
「ただいま」
と、言って家に入りリビングのテレビをつけ、荷物を適当にソファに放り投げ、両親のいる和室へ向かう。家に帰ったらまずは家族に挨拶をする。長年しつけられた習慣だった。
襖を開けるとそこには両親の遺体がある。死んでから半年以上も経ち、さらに夏の陽気に当てられた身体はドロドロに腐り溶け、何処からが父親で何処からが母親か分からないほど混ざり合っている。両親の営みなんて見たくなかったし、こんな風に混じり合っている光景など尚更見たくもなかった。
両親に挨拶してリビングへ戻る。
テレビが映すニュースキャスターは感情のこもらない声で死亡者数を唱え続けている。この町の様に何ヶ月も遺体が放置されている所もあるのだから、実際はその何倍も人が死んでいるのだろう。
俺は暫く娯楽を映さなくなったテレビを眺めながら、なんでこんな事になったのか思い出していた。
今年の初めての頃だったか、原因不明の病気が発見されたのだ。いちど眠ると眠ったまま目が醒めなくなって、そのまま眠る様に死んでしまう病気だ。最初は100万人に一人の割合で発症するとか言う話だったけど、今はこの病気のせいで人口は全盛期の三分の一にも満たないと言われている。
指数関数的に増えていく死亡者数に対応するキャパシティなど何処の国も持っておらず、霊安設備なんて最初の一ヶ月で一杯になってしまった。この町で唯一の病院も毎日出る死者の対応で機能不全に陥り、火葬場は爆発しそうなほど遺体を焼いている。葬儀屋なんてとうの昔に匙を投げた。
この町では医者がこの病気で亡くなってから遺体が処理されなくなった。みんな自分の身内が死んでるのに、他人の遺体を片付ける余裕なんてなかった。
俺の家の狭い庭も祖父母と兄を埋めた所で一杯になり、両親を埋めるスペースなんてない。
空き地に大きな穴を掘ってそこで遺体を野焼きしていたこともあったけど、それもすぐに取り止めになった。近隣住民から苦情が来たからだと聞いた時は、この期に及んで欲深い者がいるものだと笑ってしまった。
友人達は春先に部室で居眠りしたまま目が醒めなくなって、そのまま放置されている。彼らの家族は割と最初の頃にみんな亡くなっていて、遺体の引き取り手がいなかったのだ。新年度に学校は休校となり今では死体置き場に使われている。
以前は活動家が駅前で終末を唱え続けるのを馬鹿にしていたものだが、今の状況を見るとあながち嘘を言っていた分けではなかったのだと思う様になった。彼らは殉教するとか言って集団自殺をして周りに迷惑をかけてたけど。
生き残った人たちでインフラを維持するのも限界で、夜の街灯も点かなくなったし、シャワーからお湯が出るのも週に一度になった。今は水浴びでもいいけど冬場は辛そうだ。
今では町中から漂う、肉の腐ったすえた臭いにも慣れてしまった。自分の家でも同じ臭いがするからだ。
暗いリビングで、テレビの光だけが俺の顔をチラチラと照らす。そうしているとだんだんと眠気が襲ってくる。この地獄の様な現実に、夢への逃避は唯一の救いとなった。
このまま眠ってしまおうと、ゆっくりと瞼を閉じる。
「このままめざめませんように」と、願いながら。
おしまい