バックパックから取り出した食材を冷蔵庫に仕舞い、朝の仕込みを行いつつ、先生用のお弁当を作っていく。果物を切り、材料の腐敗時間を確認し、生地を捏ねる。
ストマフィリア*1を口に含み、この世界の調理器具を使って料理を仕上げていく。
「先生はバーベキューセットを嫌がりますからね」
魚の生け作りからステーキ、パフェやミートスパゲティまで。やろうと思えばあらゆる料理がバーベキューセットで作れるのだが、
……一度その料理工程を見た先生があまりの異様さに気が狂いかけてしまったのを切っ掛けに、この世界ではバーベキューセットで作った料理を余り振舞わないよう気を使っていた。
「さて、そろそろ……」
(ガララッ)
"おはよう、店主さん"
「おはようございます、先生。こちら、お願いされていたお弁当です」
クーラーボックス一杯に詰められたお弁当。カレーにオムライス、ステーキにフルーツケーキと色々な料理が詰められたクーラーボックスを手渡す店主。
「この中の料理は絶対に腐りませんので、ご安心ください。……あと、これは餞別です。アビドス自治区は砂漠地帯ですから、持って行ってください」
そう言いながら、クーラーボックスとは別に、バックパックから取り出した瓶詰のラムネを1本手渡した。
"おー、ラムネ! 久しぶりに飲むかも"
「おや、この世界にもラムネはあるのですか?」
"うーん、どうだろう。外の世界では流行ってたけど、キヴォトスでは見たことないかなぁ"
「そうですか。……先生、何かあればすぐ私にご連絡ください。貴重なアーティファ……ごほん。……この世界で知り合えた友人を亡くしたくありませんので」
"……いまアーティファクトって言いかけたよね?"
「気のせいです」
★★★★★
――ムーンゲート
こことは違う、並行世界への移動を可能にする特殊な物質。すくつの探索中に偶々見つけた水色のムーンゲートには感謝をしないといけませんね。
「平和で退屈しない世界というのは、居心地が良いですね」
街中で原子爆弾を起爆する小心者
王様と遊ぶ為に終末を引き起こす廃人
幼子にエイリアンを孕ませる気狂い
「原子爆弾に関しては私も何度か街中で使いましたが……」
平穏とは程遠い世界と比べ、キヴォトスはどうだろうか?
玩具のような銃を持ち歩く子供がいるとはいえ、隕石が降り注ぐことがなければ、神話生物が跋扈することもない。なにより……
「エーテル*2の香りがしないというだけで、感動すら覚えますよ」
「クックックッ、楽しそうで何よりです」
(ガララッ)
突然開かれた店の扉。OPENの看板を出していないにも関わず、自分勝手に立ち入る不届き者。キヴォトスでそのようなことを仕出かす存在を、店主は一人しか知らなかった。
「……はぁ。お客様、まだ営業時間ではありませんよ?」
「いえ、今回は客ではなく同志として伺いましたので。……調子は如何ですか?」
「まぁ、楽しくやってますよ。黒服こそ、前に言っていた神秘の探求とやらは終わったのですか?」
「いいえ、全然。……ですが、これから始まりそうですね」
「……先生がアビドスに向かったから? 黒服、分かっていると思いますが……」
「えぇ、勿論覚えていますよ。先生の所有するシッテムの箱。入手出来次第、直ぐに連絡するとしましょう」
「覚えているなら良いです。……さて、お客様。何か召し上がっていかれますか?」
「クックックッ、それでは珈琲を一つ。それから、何か珍しい物でも頂ましょうか」
「畏まりました」
グラスに氷を入れ、冷蔵庫で冷やした水を注ぐ。その上からエスプレッソを注ぎ、ストローを指す。トリニティ総合学園に通うとある生徒から教えて貰った、この世界で人気のある淹れ方。
「お待たせしました。アイスアメリカーノです」
「頂きましょう」
「是非。珍しいものとのことでしたので、こちらでもどうぞ」
昨夜、自分用に使ったきり置きっぱなしになっていたバーベキューセット。バックパックから取り出したクジラをバーベキューセットの上に置き、火を点ける。
「待ってください。その鯨は一体?」
「昨夜、付近の川で釣ってきたんですよ」
「川で鯨を釣った???????」
何やら驚いている様子の黒服を気にも留めず、バーベキューセットの上に乗せられたクジラはその姿を活け造りへと変えていった。
「お待たせしました。クジラの活け造りです」
「……クックックッ……相変わらず奇天烈な方ですね」
「……?」
「それにしても、鯨ですか。……頂きましょう」
アイスアメリカーノにクジラの活け造り。焼いたはずなのにどういう訳か一切火の通っていない刺身を目に、一瞬言葉を失った黒服だったが、店主の素性を思い出し気にしないことにするのであった。
「……美味しいですね。……どうしてバーベキューセットで活け造りができるのでしょうか?」
「さぁ……? 先生も似たような反応をしていましたが、そんなに変でしょうか?」
「変と言いますか、物理法則的におかしいですよね」
生姜醤油に浸し、口に運ぶ。脂の乗った刺身とサッパリした生姜醤油の相性に舌鼓を打ち、アイスアメリカーノを飲み干す。初めて食べたクジラの味に満足した黒服は、最後の一切れまで残さず食べきっていた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
「……やはり、興味深いですね。あなたの居たイルヴァと呼ばれる世界は」
「碌な世界じゃないよ。……少なくとも、私はキヴォトスの方が何倍もマシだと思いますけどね」
「そうですか」
「……さて、そろそろ開店時間になるのでご退店を」
「そうですね。……それでは、また」
「またのご来店を、お待ちしております」
★★★★★
バーベキューセットを仕舞い、看板をOPENに変える。開店してから大体2時間後がピークとなる為、それまでに食材の下拵えを終え、ペットの猫に餌をやる。
「クロ、ご飯ですよ」
「おっ、ご主人! 今日のご飯は何ですかニャ?」
「今日はクジラの活け造りです。先ほど、先客に提供しましたので」
「……え、ご主人。クジラの活け造りを出したのかニャ?」
「はい、出しましたよ」
「……そ、そうかニャ」
6本を尻尾を持つ、小さな黒猫。元居た世界でとある神様から授かった下僕。一緒に旅をし、同じ屋根の下で暮らし、数年間付き合ってきた大親友。
……そんな大親友から信じられないモノを見る目で見つめられることに疑問を感じたが、あまり気にしないことにするのであった。
「ご主人、この世界とイルヴァでは色々と違うみたいニャから、あまり変なことはしないようにとあれ程言ったのニャ」
「分かっていますよ。私の事情について知っている方でしたので、振舞ったにすぎません」
「そ、それならいいけど……」
6本の尻尾を持つ、喋る猫。
元居た世界では珍しいものでもなかったが、この世界でも珍しいものではなく、日常的に存在するらしい。……と言うより、二足歩行で喋る猫がお客さんに居ることもあるため、異形という存在自体珍しくないようだ。
「今日は当番の生徒が来れないみたいですので、暫くはあなたにも手伝ってもらいますよ」
「了解ニャ! ……ご主人、この世界に来てから本当に楽しそうで、僕も嬉しいニャよ」
「……そうですね。……とても楽しいですよ」
街行く人に敬遠されることもなく、挨拶代わりに攻撃されることもない。多少銃弾は飛んでくるかもしれないが、可愛いものだ。
(ガララッ)
「いらっしゃいませ。食事処・十三腕へようこそ」