「ニャ~。ご主人、今日はお店を開けないんだニャ?」
「今日は食材を仕入れに行きますよ。4次元ポケットの中身も減ってきてますので」
「了解ニャ。…………? 地下に牧場と工場と畑を建てたのに、何を仕入れるんだニャ?」
食事処・十三腕の地下。
権利書とハウスボードによって改造された店舗の地下にある施設。それぞれの施設でミルク、卵、肉、野菜、果物を生産しており、基本的な料理であれば地下施設だけで営業できるのだが。
「イルヴァにはない食材を買いに行くのですよ。この世界特有の食材は、非常に美味しく貴重ですので」
蜂蜜や珈琲豆など、キヴォトスでしか仕入れられない貴重な食材。それらを組み合わせ、料理に使うのが店長の趣味の一つであった。
「それに、今から行く場所には、もしかしたら固定アーティファクトがあるかもしれませんので」
固定アーティファクト。
特定の場所や方法によって必ず生成される特別な物品。同じ固定アーティファクトは、一人につき一つしか入手できず、元居た世界では神様への信仰心を上げたり、持っているものから奪い取ることで手に入れることができた大変貴重なアイテム。
「私はまだこの世界について詳しくないですからね。見つけ次第、確実に手に入れますよ」
「ご主人、生徒を殺すのは駄目だニャ」
「分かってます。ですので、支配して連れ帰ります」
「……何にも分かってないんだニャ」
「……?」
などと話しつつ、足を進める店主と黒猫。この世界の通貨が入った財布を手に、二人はブラックマーケットへと向かうのであった。
★★★★★
――ブラックマーケット
雪の街『ノイエル』で開かれていた祭りのように、露店が立ち並ぶ場所。
それ相応に治安も悪く、犯罪行為も当然のように行われるこの場所は、貴重な品物が法外な値段で販売されており、金さえあれば何でも手に入るが、金がなければ何もできない場所なのだ。
「それでは、色々と見て回りましょうか」
ここでしか手に入らない食材を買い回る店主。
気に入った店には投資し、珍しいものがあればすぐに購入する。貴重な野菜の種や、加工された食品、珍しい銃火器やアクセサリーなど、店主の興味を引くものばかりであった。
――その中でも、特に店主の目を引いたものが……
「おや、これは……」
★ペロロジラのぬいぐるみ
デフォルメ調の鶏だろうか? イルヴァに居る鶏とは似ても似つかない造形のぬいぐるみが、屋台に一つだけ置かれていた。
ブラックマーケットの中でも、特に辺鄙な場所に出店しているこの店は、値段が書かれていなければ商品もこれ一つだけ。
常人であればこんな店に気づくことすらないのだが……。
「……これは幾らですか?」
「……お客さん、目が良いな。コイツはレア中のレア物でね。金額で言うとそうだな……」
――10億円だな
「10億ですか……」
「勿論即金でな。まぁ、こんな金額払える奴なんて居ないだろうが、それだけの価値があると思って……」
「安いですね」
「いや、超高いぞ? 俺だって女将にこの金額で売って来いって言われたせいで、売れ残ってて辛いんだから」
「……」
固定アーティファクトが金で買える。奪い取るか面倒な条件を満たさなければ、存在を知ることすら難しいとされる固定アーティファクトが、法外な金額とは言えお金で買える。
その事実だけで、店主にとっては破格なのだ。
「それでは、これで丁度10億です」
金額を聞いた店主は4次元ポケットの魔法を唱え、虚空に手を入れ大金を取り出す。この世界での活動資金として、トリニティ地区で手持ちの宝石を売り払っていた店主にとって、10億という金額は大した額ではなかったのだ。
現金で丁度10億円。
取り出した札束を山になるまで地面に積み上げ、代わりに★ペロロジラのぬいぐるみを4次元ポケットへと収納する。
「!? ま、マジかよ……。うぅ……ぐすっ……あんちゃん、恩に着るぜ。……誰も買ってくれないから、俺は今日も家に帰れねぇと思って……っ……」
「いえいえ、私としても貴重な品が手に入りましたので。それでは、また」
貴重な固定アーティファクトが手に入ったことに笑みを浮かべながら、ブラックマーケットの大通りへと戻っていくのであった。
★★★★★
「ご主人、何か良いことでもあったんですかニャ?」
見るからに上機嫌な店主に疑問を抱いたクロ。笑みを浮かべスキップをしながら近づいてくる不審者然とした姿に少し……いや、かなり引いていた。
「えぇ、それはもう。固定アーティファクトが手に入りましたので」
「!? だ、誰から奪ったんだニャ!?」
恐らく……いや、間違いなく所有者を殺して奪い取ったと思ったクロは、店主へと詰め寄るのだが……
「いいえ、違いますよ。お金で買ったんです。たった10億円でした」
「お金で買った……ニャ? ……いや、確かに凄い金額ニャけど……」
価値が分かってないのかニャ? と思ったがクロだったが、そもそも固定アーティファクトという言い方自体、イルヴァ特有の言い方だから、品物自体はそこまで貴重な物でもないのだろうと思い込むのであった。
「結果的に向こうも喜んでましたし、あまり深く考えない方が良いですよ。私とあの方では、価値基準が違うのでしょうから」
そう言いつつも、喜びを隠しきれない店主。この世界に来て数年経つが、先生の所有する★シッテムの箱以外、一つも見つけられなかった固定アーティファクトが手に入ったのだから、喜ぶのも無理はないだろう。
「さて、そろそろ帰りま……」
"あれ? 店主さん?"
鼻歌を歌いながら、スキップで帰路に就こうとしていた店主だったが、背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に気づくと、すぐに振り返るのであった。
「おや、先生。アビドス地区に行かれたのでは?」
"うん、行ったよ。今はちょっと、用があってここに来てるんだ"
先生のそばに控える5人の生徒。アビドスの校章を身に着けた4人の生徒に、見覚えのあるトリニティの校章を身に着けた1人の生徒。
「ん、先生、この人は?」
"この人は、D.U地区で飲食店を開いてる店主さんだよ。店主さんが作る料理はどれも絶品でね! あ、お弁当ありがとうね"
「いえいえ。お口にあったのであれば何よりです」
"とっても美味しかったよ。お弁当がなかったら、生き倒れてたかも……"
「……? まさか、私からのお弁当以外何も持って行かなかったのですか?」
"い、一応持って行ったよ。でも、ちょっと道に迷っちゃって"
「……。……先生、言いましたよね。何かあれば直ぐに連絡するようにと。私の知らない所であなたに死なれると困るのですが」
"ご、ごめんね。次からは頼らせてもらうから"
「……ご主人。先生とお話しするのもいいですが、それよりも先に挨拶をするんだニャ」
「……っと失礼、ご挨拶が遅れましたね。私は食事処・十三腕の店主です」
そう言い、4次元ポケットから名刺を取り出した店主は、目の前の生徒一人一人に名刺を配るのであった。
「い、今どこから取り出したの!?」
「わぁ~☆ 手品みたいですね~☆」
「ん、どうやったの?」
「……うへぇ、うにゃにゃ~」
「ニャ? 僕はちゃんと喋れるから、鳴き声じゃなくて大丈夫だニャ」
「じゅ、十三腕……。……それって、ナギサ様の仰っていた」
(ぐぅ~~~)
「……ニャ?」
"あはは……店主さんを見てたら、お腹が空いちゃったよ"
お腹を押さえながら、店主の方を見つめる先生。料理の匂いで空腹になった経験が何度もある店主は、もう一度4次元ポケットの魔法を唱えると、
「でしたら、こちらをどうぞ。焼きたてのまま保管したので、美味しいですよ」
メロンパンを6つ取り出し、全員に配っていくのであった。
「ご主人、珍しく気前が良いニャ」
「今日は良いことがありましたからね」
香ばしく焼かれた表面の生地。刻まれた切れ込みから漂う芳醇なバターとメロンの香り。雲の様に柔らかな触感を千切れば、中から溢れ出す特製生クリーム。……その光景を見た6人の心境は、皆同じだった。
――あ、これ絶対美味しいやつ
"~~~! いただきます"
(サクッ)
サクサクに焼かれた表面の生地が心地よい音を立てる。メロンの果汁を使った特性クリームが、口いっぱいにメロンの香りを広げ、次から次へと食べ進める手を止めさせない。
先生のそんな様子を見て我慢が出来る訳もなく、全員メロンパンへとかぶりつくのであった。
「お、美味しい! なにこれ、すっごい美味しいんだけど!?」
「ん、最高」
「ん~☆ 甘くてふわふわで美味しいです~☆」
「いや~、こりゃ凄いねぇ~」
「す、すっごく美味しいです! メロンの味が口いっぱいに広がって、それでいて甘ったるい訳でもなく、丁度良い甘さといいますか」
夢中で食べ進める一同。生クリームの中に隠された刻みメロンが、食べ盛りの少女達の食欲を刺激する。
「……ニャ~。良い光景だニャ、ご主人」
「……そうですね」
美味しそうに料理を楽しむ子供。イルヴァでは絶対に見ることが出来ない光景に、一人と一匹は笑顔で頷くのであった。
★ペロロジラのぬいぐるみ
サンプルとして作られたぬいぐるみだ
それは布で作られている
それは酸では傷つかない
それは炎では燃えない
それは貴重な品だ