アビドス校舎へ戻り、一息つく
目の前には端正な面持ちで笑顔のまま凄む先生。美人の怒った顔は怖いが目の保養になるね!
“何であんなに煽ったの?カイザーから報復されるかもしれないんだよ?”
「連邦生徒会長の指示でカイザーの対処に散々駆り出された時があったからねぇ。鬱憤を晴らす良い機会だったのさ」
アビドス所属でも無い今なら自己責任で済ませられるし、色々都合が良かった。元々煽る気は無かったが、まさか私がいなくなってると考えていたのは想定外だった。先生が来る前日までブラックマーケットでちょっかいかけたからてっきりバレてるものだと思っていた
横からセリカが我慢できない様子で話しかけてくる。納得していない表情の先生だったが、一旦セリカに譲ることにしたようだ
「ねぇ!死んでるってどういう事!?あなた生きてるわよね!!」
おおう、勢いがすごい……。水筒からお茶を飲みつつ答える。蜂蜜を少し入れた喉に効くやつだ。砂漠は砂と乾燥がきついのなんの
「前にユメ先輩が砂漠で遭難した時にさ、助けは出来たけどヘマをしてね。ユメ先輩は片腕が吹っ飛んで、私も右目無くして寝たきりだったからそう思ったんじゃない?」
ぼんやりと窓の外を見て思い返す。結局、助けた時以降はユメ先輩と会えていない。義手を付けて残りの学校生活を過ごしたとは聞いていたがトラウマになっていないだろうか
「あっ、てことはその目ってそういう……」
“——リッカは死んでなんてない。それで良いんだね?”
「……今、私はここにいるだろう?傷も後遺症も特に無いさ。なんなら脱ごうか?」
手をひらひらと動かし、もう片方の手でボタンをぷちぷちと外せば、焦りを顔に浮かべたセリカに慌てて止められる
「あ、あんた何してんの!?先生の前よ!!」
「え〜……だって先生がまだ不安そうな顔してるし。論より証拠、百聞は一見にしかず。つまり見せた方が早い、うん」
「あなた本当は何も考えてないでしょ!?」
「大丈夫大丈夫。考えてないのは正解だが身の安全は考慮してるよ。先生もまさか、生徒相手に欲情なんてしないだろう?ね、先生?」
先生は私から目を逸らす。先生?
“……ノーコメントで”
「ほら、大丈夫でしょ?セリカ」
「どこがよ!!」
「ヘタレじゃん」
“まってセリカ揺らさないで、力強いからまって。あとリッカ!その言い方は語弊があるよ!?”
先生は前後にガクガク左右にガクガク頭が揺れている。
「……うへぇ〜、元気だねぇ」
「あはは……」
お茶が美味しい。おやつが食べたくなってくる。シロコー、豆大福とか無い?小倉ようかんでもいいけど。あ、ない?そう、残念
「……ん、呑気すぎない……?」
こんな面白い状況肴にするしかない。酒は飲めないが
「……そう」
お茶を飲みながらぼんやりと考える
今晩本気で戦うんだから英気を養っておかないとね
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春とは言え、夜は冷え込む。ましてや寒暖差の激しい砂漠であれば尚更だ。足を組み、寒風に耐える。吐く息が白くなるのを楽しみながら淡く白い月と星の光を頼りに手元の本のページを捲る。
瓦礫に座り本を読み始めるとだんだんと時間感覚が消えていく。時折体をほぐすついでに空を見上げ星を眺めるが、残念な事に星の動きで今の時間を知るような技能は持ち合わせていなかった
数十分か数時間か、少なくとも休憩を挟みつつも本を一冊読み終えかけるほどの時間がたった頃、さくさくと砂を踏む音が耳に入る。
ゆったりと目線を上げ、初めに目を入るのは桃色の髪と片方は黄金、もう片方は空を押し固めたような瞳。義眼を通して見れば、夜の暗闇を吹き飛ばし目の眩む程の神秘を纏ったキヴォトス最強の一角
「……やっぱり居たんですね。リッカさん」
「こんばんは、月が綺麗な夜だね。ホシノ」
私が座っている瓦礫の隣をぽんぽんと叩く
「ま、言いたいことはあるだろうが一旦座れ」
「………はい」
コップに水筒の中身をトクトクと注ぐ。湯気がゆらゆらと立ち上り空へ消えてゆく。まだ温かい。エンジニア部に作ってもらった水筒だが十二分に満足のいく便利さだ
「何を飲んでるんです?紅茶か…コーヒーとか?」
「味噌汁」
「紛らわしっ」
試しに今回は白味噌のみで作ってみた。赤味噌よりまろやかで塩味が少ない。甘党の私にとって満足のいく出来上がりになった
「コップ新しいのあるけどホシノも飲む?寒いでしょ」
「……まぁいただきます」
隣に置いてあるバックから紙コップを取り出す。ぺりぺりと包装を開け、一つに味噌汁をつぐ
「どう?美味しい?」
「美味しいですけど……あんまりしょっぱく無いですね。わざわざ作ったんですか、コレ」
「そ。アビドスにあったコンロで何とかな。昆布と鰹節から出汁を取ったんだが面倒だった。たまにやる分には良いがいつも一からするのはキツイ」
出汁パックや顆粒だしを嫌がる人もいるが、手間を省くなら積極的に使いたい。簡単でかつ美味い。なによりわざわざ器具や材料を揃えなくても大丈夫。何事も初めは敷居が低い方がいい
「リッカさん器用ですよね。料理とか爆弾処理とか得意でしょ」
「その二つを同列に扱うのがキヴォトスクオリティというか何というか……要領が良いだけだ。その道の本職には到底かなわん」
ペラ、とまた一枚紙を捲る。
器用と言っても何度も失敗してできるようになった
生キャラメルを作ろうとしたら上手く固まらないことも、焦がして鍋をダメにしたこともある。爆弾は液体窒素を使えれば楽だが温度が下がれば勝手に爆発する爆弾なんかも存在する
1番の失敗は牛乳アレルギーの友人の誕生日パーティーにプチシュークリームを作って持って行ったことだ。他とは失敗のベクトルが違うがあれは精神的にキツかった。あれ以降、作ったものをあげる人の事はちゃんと思い出してから作ろうと誓った
のんびりとした時間が流れる。何度か寒風が吹いたところでホシノが質問してくる。疑問に思ったというよりも、手持ち無沙汰になって目に入ったものを口に出した感じだった
「何読んでるんです?」
「ん?カフカの『変身』」
「あぁ、あの虫になるやつですか」
「それそれ」
実際のところ虫になったのは比喩表現で、恐らく体が動かせない、働けない体になったというのが通説だが。実際、著者であるフランツ•カフカが挿絵を注文する際に「昆虫そのものを描いてはいけない」、「遠くからでも姿を見せてはいけない」という妙な注文をしたらしいし
また沈黙の時間が数分流れた頃、パタンと本を閉じる音が夜空に軽く鳴る
「……読み終わったよ。待たせたね」
「ようやくですか。面白かったです?」
「さあね。感情移入は難しいが、楽しさはあった。化石や数式をただ眺めてる時間のソレに近いかな」
発言してから気づいたが、キヴォトスに化石なんてあるのだろうか。知識としては存在しているはずだが、キヴォトスが進化が起こるような世界なのかも分からない。今度ミレニアムの誰かにでも聞いてみようか。
いや、陸上はともかく海の中には通常の生物が存在してるな。ホシノもクジラ好きだし。そもそも味噌汁に鰹節使ってんだからカツオはいるわ。陸上と海中で変わる部分が多すぎる。つくづく学者泣かせの訳のわからない世界だこと。
バックの中から更に小さいポーチを取り出し、腰に付ける。入る物は小物に限られるが、バックと変わらず容量の限界が分からない、神秘仕様のミラクルポーチだ。
ホシノと共に立ち、大通りに出る。周りには廃ビルが我れ先にと言わんばかりにそびえ立つ。月の光は心もとないがキヴォトス人にとって大きな支障にはならない。ましてやキヴォトス最高の神秘を持つホシノと機械仕掛けの目を持つ私にとっては昼間と変わらず動ける
「何度か言ったが、君は私の言葉じゃ止まらない。それは私には出来ない。だから私は
今いるのは人の住んでいないアビドス市街地の端。ここならいくら暴れようとも被害を受ける人はいない
「御託を並べるより簡潔に言おう。要は——」
邪魔になる人も、いない
「——先へ行きたいのなら、私を倒してから行け」
ちなみに牛乳アレルギーの友人の誕パにお手製のプチシュークリームを持っていったのは実話。