色々詰め込められて、満足です
「当たら——ない!ちょこまか、虫ですかあなた!!」
「まともなやつ一撃もらったらアウトなんだ、そりゃ避けるさ!あと虫はやめて!無理なの私!!」
地面に振動を流して起こした砂埃と糸を使った高速機動でホシノの銃を何とか避ける。一瞬前にいた場所に弾が叩き込まれ、風圧で髪が数本千切れ、衝撃で頬に切り傷が残る。当たってないのに、確実に避けたというのにこの威力だ。絶対に受けたくない
ホシノに一度流れを渡せばそのまま押し切られる。それが嫌なら常に攻め続け先手に回る必要がある
「私の土俵に持ち込んでやる」
ブン……と大きな精密機械を起動させたような、体に響く重低音が鳴り、姿が消える。神秘のコントロールは生来の才能より、鍛錬による部分が大きい。初めて知覚した日から鍛え続けたことよって成し得た、発光と屈折を操作することによる擬似的な透明化
その技能により本来相対した状況では不可能な『正面戦闘からの暗殺』を武器として準最強まで登り詰めた
しかしくどいようだが相手は
「————うしろ?」
気配も音も呼吸も全て絶っていた。そう確信できるほど訓練も実戦も積んだ
けれどホシノは気づいた。背後に回った私を二つの目ではっきりと捉えた。背筋が凍り、動きがワンテンポ遅れる
実のところ、ホシノも確信があったわけでは無い。なんとなく、多分、思わず、半ば無意識で体を動かした。普段とは比べ物にならないほど緩慢な動作。しかし自身の透明化を見破られたと脳裏に浮かんでしまったリッカの動きは、ホシノのそれよりも数段遅くなる
結果、吹き飛んだ体はビルを数棟を貫通してようやく止まる
壁に背を預けたまま咳を手の甲で抑え、手につく生暖かいものをぺっぺと振り落とす
「血だ。骨は……大丈夫、口の中でも切ったか?うん無事だな」
ガシャん、と窓を蹴破り、ガラスを踏む音が元はエントランス部分と察せられる廃ビルに響く。ガラスを踏み割りながら月を背に、ホシノが入ってくる
「血を出してる時点で無事では無いと思いますよ」
「ホシノの一撃受けてこれなら運が良いから無事。戦車ぐらいなら素手で潰せるだろう?」
「それはまぁ……出来ますけど……」
出来るんかーい
服の下に付けておいた装甲は全壊したが、おかげで助かった。新しいマガジンを挿入する
「じゃもっかい行こうか」
「はい」
丈夫な鉄筋コンクリートとはいえ、長く雨風にさらされ風化しきったそれは酷く脆い。人の住んでいない郊外ほど顕著だ。足場として踏みつけたそれを着地と跳躍の衝撃で壊し崩し、鷹の狩りのように2人は激突する。
薄く砂に覆われた地面を、ビルの床を、屋上を、壁を、細い電線を、時には自身で投げたクナイを蹴りつけることで移動の助けとして、空を駆けながら近距離特化の2人は互いの喉笛を狙いあう
何度目かの銃撃が、互いの余りの速さに大きく的を外され明後日の方向に飛んでいく。その弾丸の痕を見てリッカは顔を青くする
「ッ……なんでショットガンの弾痕がそれなんだよ、威力おかしいだろ!」
ホシノが使っている銃はショットガン。言わずと知れた、細かい弾を一度に発射することで面の制圧を可能にした型だ。その為、弾痕は小さい穴が多くできる………はずが、ホシノの
不利の裏返しとしてリッカは小回りが利き跳弾による変則的な攻撃性能を有するが、照準を振り切る速度、急制動で跳ねまわるホシノには直接当てることすら難しい
跳躍の途中で壁にクナイを打ち込み、強引に軌道を変える。直後にクナイが食い込んだ壁が崩れ落ちる。コンクリートをひび割れさせ地面を思いっきり踏み込むことで、ほとんど真下から矢のように跳躍してきたホシノの追撃
クナイが外れ重力に捕まりかけた体を、どうにか別のクナイを別の壁に突き立たせることでその足場へ引き寄せる。着地と同時に重力も慣性も無視した角度と速度で、息つく暇もなくホシノが突っ込んでくる。すぐに足場を離れ
リッカは3次元的に動ける分、ホシノよりも機動力はある。しかし同時に、透明化も全力で動き回る今は使用できず、攻撃に回る隙が無いためホシノへの打点を生み出せない
よって状況は2度目の膠着を起こす
その膠着が壊れたのは、更に数個のマガジンが空になり、一度きりの飛び道具として儚くもチリと化した頃だった。度重なる衝撃とヒビ割れに耐えかねたビルの一つが轟音と共に崩れる。突風が起こり、大量の砂埃が舞う
数少ないリッカの有利。それは義眼による、瞬きや目の疲れからくる隙が存在しないこと。また、目にゴミが入ることによる行動の阻害が常人より圧倒的に少ない
そのため強風が吹き荒れ、砂塵が飛び交う状態であっても、ある程度動ける。神秘の糸に自身の姿を投影する事で
運命というものがあるのかリッカは知らない。しかし、少なくとも悪運というのは存在し、残念な事に今はホシノの味方をしているようだ
「———
砂埃が隙間に入ったのか、およそ数十分にわたって撃ち続けた事で銃に負担がかかり過ぎたのかはわからない。だが、もとより理由は重要ではない。重要なのは銃が壊れた事による、対抗手段の消失であった
ショットガンの間合いよりさらに近くへ近づいていたためか、銃口を移動させる手間すら惜しんだのか、ホシノの手が隙だらけの胴体へめり込む
先ほどとは異なる要因で、先ほどと同じようにリッカの体が宙を飛ぶ。
「肋骨が何本かイったか」
ゴボリと胸を突く血反吐を無理やり飲み下しながら体勢を立て直す。回り回って元の大通りに戻って来たようだが、地面に落ちているクナイを拾う時間は悲しいことに存在しなかった
アドレナリンやらβエンドルフィンやら脳内麻薬が分泌され脳がギュルギュル鳴っていると錯覚するほど回る。視界の端がチカチカと白く瞬く
ポーチから出した閃光弾に神秘を纏わせ、透明化させたうえで地面に転がす。本来私が使う必要のない武装に警戒しきれなかったのか、追撃に来たホシノの動きが一瞬止まったとこに、つま先でショットガンを蹴り飛ばす。私の銃もすでに壊れた。ここからは
ホシノは風を撒き散らしながら絶え間なく攻撃を繰り出してくる。武術を習っているわけもない我流の戦い方。しかし、曲がりなりにもそれを成り立たせる天性のセンスと、文字通り桁の違う神秘の容量と出力。攻撃を捌くごとに腕が軋み、血が口から出ていこうとする。当たってもいないのにダメージを喰らう、無法極まりない理不尽
「……なんで、何でここまでするんですか!何でほっといてくれないんですか!あなたには関係ないでしょう!?」
ホシノの強さがずっと羨ましかった。連邦生徒会長の姉として、このキヴォトスのトップの妹を持つ身として、何か1番を欲しかった。胸を張れる何かが欲しかった。戦闘力は最強達には及ばず、知力は全知に敵わず、得意だった神秘の制御も、他ならぬ妹ちゃんに勝てる道理はなかった。才能のある凡人以上の能力を持たなかった
———んな事関係ないしどーでもいい
「私は私の好きなように生きる!後輩が困ってるから助ける、これ以上の理由を求めるは無粋だろう!!」
死への恐怖は人よりも知ってる。前世の記憶は既にあやふやとは言え、人生最後で最大の出来事だ。ふと自分の居場所がわからなくなる事は、私は死んだままでコレは私の夢じゃないかと思う事は、何度もあった。それを振り払うために何か目標が欲しかった。だから決めた。力が及ばなくても、何も変わらずとも、どう思われようとも一度決めた限りは生きてやる。目標を貫いたまま死んでやる。
これだけ近距離であれば神秘の同調はやり放題だ。持ち前の器用さでちゃっちゃか修めた、いくつかの武術の掛け合わせでホシノから受けた衝撃を返す。同時に神秘の同調による強制的な痛みを発する事で反応装甲モドキを起こし、何とか対処しながら話しかける
「繰り返すが、エンジニア部はロマンを追う馬鹿達だ。特に自爆機能が好きなんだ」
地面に落ちているクナイがカチャリと音を立てる
「
驚きで硬直したホシノを膂力に任せ、背負い投げの要領で上空にぶん投げる。既にほぼ全てのクナイには、糸をくくりつけてある。その全てがホシノへと襲来する
「バッッッッカじゃないで————おわっ!!」
Let’s
「ハッハハハハハハ……………ゴプッ————血で溺れそう!!」
爆発の衝撃でゴボッと口から鮮血が溢れ、服と地面が明るい赤とドス黒い赤で染め上げられる。大量の血を急に失ったからか、足がふらふらとよろめく。滝のように汗が流れ、喉が渇き、体が水を欲する。恐らくは急性失血性貧血に加え、重度の脱水症状も引き起こされている。傷口からの感染症も怖い。最悪指や手ぐらいは人工の物にする必要が出るかもしれない
でも
「まだ、動ける!」
神秘の糸を手繰り、瓦礫の影に残していたアンツィオ20ミリ対物ライフルを手に取る。ホシノが落ちてくるまで十秒弱。それだけあれば十分
長さは2,5m、重さは最大59キロ。素の状態で分厚いアルミの板3枚も余裕で貫通するほどの威力を待ち、アメリカ海軍の護衛空母の名を冠するその銃にありったけの神秘をこめる。威力に比例して反動は大きくなるが、反動を抑える分の神秘すら最低限にする。正真正銘最後の攻撃
光が強くなる。地上に落ちた恒星が自身の存在を世界に示そうとするように、
レティクルを覗き、照準を合わせる。肺が潰れないよう口は半開きに
アリス、使わせてもらうぞ
「————光よ!!!」
____________________
血が、内側から服を濡らしていく
「ふはっ」
ああ全く愉快愉快
ホシノを投げ飛ばした際に足の骨にひびが入り、アンツィオを撃った際に完全に折れた。肩の骨が外れ、鼓膜が片方破れた。神秘も枯渇し切った。それだけ込めた一撃だった
平衡感覚がなくなり、瓦礫に背を預けてなんとか座る。視界がぼやけ音が遠く聞こえる。そんな状態であっても脳は見事に情報を処理してくれた。サク、サク、と随分ゆっくり足跡が近づいてくる
足音は私の前で止まる。失血のせいか視界は白く塗り潰されている。しかし足音というのは意外に特徴が出てくるものだ。この状況では考えるまでもなく目の前の人物が誰かわかる。そしてその人物が口を開く
「私の勝ちです、リッカさん」
「うん。私の、負けだ。ホシノ」
「まさか、これすら通じない、とはねぇ」
血が口から絶えず溢れ出てくる。水より粘性が高いためか、喉に絡まり言葉が途切れ途切れになる。反動を抑えることもしなかったアンツィオは既に大破し、銃身は内側から破裂したように裂けている
「聞きたかった事、聞いてくれ。私が寝る、前に、答えよう。」
もう既に体は冷え、頭がぼんやりしている。正直、だいぶ眠い
「知ってたんでしょう」
「………?な、にを?」
「———あなたが私に負けるのも!私がっ……先生の助けを拒めないことも!!」
「……まぁ、そうだね」
負けた事について思う事はない。私がいくら小細工を弄そうとも、ホシノはただ、単純な力でそれを上回ってくる。だから憧れたんだ
先生はもうそういう人だと思うしか無い。一度でも気を許せば、常に綻びなく敵意を抱かなければ、警戒心を溶かされる
「何であんな優しい人が、今になって現れたんですかぁ……」
「………ごめん」
ホシノの頭を撫でる。手に血はかかっていないから髪が汚れることもない。サラサラとした感触が手に伝わる
意識が急速に薄れていく。音が遠のいていくのを感じながらぼうっと思う
———でも…やっぱり少し、くやし……い………な
_____________
死人のように眠る彼女を見つめる。そのまま放っておいたら死にはしなくとも、後遺症の一つや二つは残るかもしれない。キヴォトス人は物理的な攻撃にはめっぽう強いが、反面飢餓や窒息や失血などの、緩やかに衰弱していくダメージは神秘の効果が薄い。
そんなリッカを、呑気とまでは言えないが、ある程度落ち着いて見ていられるのは、目の前で手際よく包帯を巻いていく彼女のおかげだった
「
「大丈夫ではないですが、まずは詰まっている血を全部吐き出させます。気道に入って窒息されてはどうしようも無くなりますし、この位で死ぬ程弱い人じゃありません」
「……せめてボディーブローするのは辞めてあげて。オットセイみたいな声出しながら痙攣しちゃってるからさー。その状態で血を吐かれると正直少し怖いよー?」
ホシノの言葉で一旦は手を納めたセリナは、医療箱から取り出した活性アンプルをいくつかリッカの腕に押し付け、服を脱がし、包帯をくるくると巻いていく。
リッカの素肌はシャツで隠されているが、チラと見えたお腹は薄く割れている。ホシノにそのケは無いが、それを抜いたとしても見事なプロポーションだ
「はい、終わりです……後でちゃんと治療に来るよう手紙でも置いときますか」
終わり、と彼女は言ったがその隣には未だいくつかの医療道具が置かれている。リッカに使用されたそれよりも随分簡易的な品のいくつかを見ているとセリナが答える
「あなたの分ですよ。ホシノさん」
「……うへ、バレてたか〜」
「救護騎士団ですので」
セリカの視線の先にあるホシノの右手は皮が剥け血が今もポタポタと垂れている。リッカが知らない、ホシノに一矢報いた証。
「ほぼ反射で弾いたけど、頭に当たってたら気絶して負けてたかもね〜」
ホシノはアンツィオの弾、神秘で強化された対物ライフルの一撃を神秘で強化したただの拳で
「言ってれば
「……まだ、嫌かなー」
リッカがホシノには勝てないと思っていたように、ホシノもリッカに負けるとは思っていなかった。でもリッカは追い求め続けた。それが嬉しかった。だからまだ少しだけ最強であり続けたくなった。追いかけられたくなった。少しだけ。
「あなたも睡眠時間が足りていないようです。わけがあるのは分かりますが少しは寝てください。昼寝のしすぎは健康に悪いですよ」
「はーい」
初めて会ったというのに逆らえないのは、リッカの手当てを拒まなかったのは、こちらを思って言っていることが伝わるからだろうか
「手当て終わりました。明日の朝には治っているでしょうが、それまでは刺激しないよう、お願いします」
「ありがと〜」
神秘の強さと回復力の強さは大まかな因果関係にある。骨折であっても人によっては1日もかからずに治る。資源が減っていたこともあり、最近は小さい傷の手当てはしなかった
「
「?……もちろんいいよ?」
「……初めて会ったのは2年前、
「うへ〜……分かったよ」
ホシノは、奇跡を信じる事ができない
神に、奇跡に縋って、何も救えなかった
でも、救おうとしてくれた人はいた
だから、まだ頑張れる。誰かを信じられる
失いきらないでいられる
リッカの頬に触れる。生気のない、冷たい感触
聞こえてないだろうけど、せめて言おう
———ユメ先輩、リッカさん、アビドスの皆、先生
「行って来ます」
一度振り返った時には、横たわるリッカだけがいた