それ逝け!ユメ先輩(偽) 作:ポンコツ太郎
追記:ちょっぴり展開を変えました。ちょっぴり。
「では、承諾していただけるということで……こちらにサインを」
アビドス自治区の離れにある、一棟のビル。日も登る頃だというのに薄暗いままの部屋の中には、二つの人影があった。一人は小鳥遊ホシノ、そしてもう一人は。
「……ねえ。本当に、借金を半分肩代わりしてくれるんだよね?」
「ええ、もちろん。アビドスの借金を半分、貴方を対価に肩代わりします。嘘はつきませんよ。信じてくださるか分かりませんが、コレが私の信条でして。それに、今までもそうだったでしょう?」
「……そうだね」
黒服と呼ばれる異形は、契約書にペンを走らせるホシノをまじまじと見つめながら、顔のもやを揺らめかせている。そして大げさな手振りでのたまって見せた。
「ふむ、不備はありませんね。では、あちらの車に。先に貴方をとある場所まで送ります。……私は少し遅れるので、それまではくつろいでいただければ」
「無茶だよ」
「クックック……」
ホシノは俯いた。表情は見えない。不安になっているのか、無念をかみしめているのか……まあ、そんなことは関係ないと、黒服はホシノを送り出した。カイザーのオートマタが数人現れ、彼女を連れていく。部屋は静寂に包まれた。
これで遂に暁のホルスが手に入った。ここまで来るのに三年も時間を要したが、しかしその苦労に見合う価値は余りある。黒服は喜びをかみしめようとして……しかし何かに気づいたのかぴたりと止まり、顎に手を置き考え始める。人間のそれではない顔から読み取るのは難しいが、そこには確かに表情と呼べるものが存在した。困惑、焦燥、そして大きな興味。
しばらくして窓から下を見れば、カイザーの関係者がホシノを車で運んでいる所だった。それを見たのち、彼は古さびたオフィスチェアへ腰を下ろし、部屋の入口へと向き直る。そして一つ息をし、口を開いた。
「……ええ、ええ。まさか貴方から来るとは、考えていませんでした。こちらから招待をしようと考えていたのですが……ホシノさんをつけていたのですか?」
「“まあね。普通にやったら気づかれるだろうから……セントラルネットワークにアクセスして、端末の位置を探らせてもらった”」
扉の陰からゆっくり現れたのは、シャーレの先生だ。黒服はわずかに目を見開く。興味の対象が現れたこともそうだが、何よりもその行動に驚いたのだ。そして躊躇の無さにも。黒服は口の端を吊り上げる。
「クックック、そこまでするという事は……あなたはどうやら分かっているようですね、先生?」
「“それなりにね。……貴方が、ホシノに取引を持ち掛けた大人?”」
「ええ、そういうことになります。……ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね、先生。私のことは『黒服』とお呼びください。ホシノさんから貰ったのですが、案外気に入っていまして」
大げさな動作で、黒服は自己紹介をした。先生の顔は真顔だ。受けなかったかと肩を落とし……机に両肘を立てて寄りかかり、黒服は言葉を続ける。不穏な空気が、より淀むような感覚を先生は感じた。
「はっきりさせておきましょう。私たちは、貴方と敵対するつもりはありません。むしろ協力したいと考えているのです。連邦生徒会長が呼び出した、オーパーツ『シッテムの箱』の主。連邦捜査部『シャーレ』の先生である、貴方とは」
「“……私は、協力するつもりはないよ。あの子たちを騙し、心を踏みにじった貴方とは”」
見つめ合い、睨み合う。大人の戦いが、静かに始まろうとしていた。
アビドス自治区の市街は、本来静かなものである。それは単純に人口が少ないせいだが、今日に限ってはそうではなかった。大量のオートマタが整然と並び、少しずつ街を侵食していたのだ。一昨日のゲヘナ風紀委員会の襲撃と同等か、それ以上の数が集まっている。
「不法居住者を発見。いかがいたしますか」
「やれ」
「ま、待ってくれ!俺たちが一体何をしたって……」
彼らは──カイザーPMCは、命令通りに住民達を蹂躙していた。普通一企業がここまでの暴挙に出れば重大な事件だが、しかしアビドスは普通ではない。人口は少なく、土地自体はカイザーのもので、連邦生徒会の手も及びにくい。容易に隠蔽ができる彼らにとっては「穴場」と言って差し支えなかった。
「に、逃げろ!」
「うわあああ!?」
「やめてくれ!」
PMCの兵士たちが、逃げ惑う住民を排していく。爆発に巻き込まれた建造物が破壊されていく。今やアビドス市街は銃声と怒号の飛び交う修羅場と化していた。
「ふふふ……ふはははははは!!遂に……遂にだ!あの目障りなアビドスを排除する準備が整った!!」
そんな惨状の中心、カイザーPMCの理事はある意味場にあった大笑を響かせた。ついさっき、アビドス高校の中心であった小鳥遊ホシノが退学したという知らせを部下から聞いた彼は、温めておいた戦力によって一帯を制圧する作戦に出たのだ。
長年ごっこ遊びをしてなかなか諦めない目の上のたん瘤のような存在であったガキを追い出す機会を得たのだ、彼は最近で一番機嫌がいいと言って差し支えなかった。もっとも、それがどれくらい続くのかは知らないが。
「全隊、進軍せよ!アビドス高等学校を占拠するのだ……ん?」
「待ちなさーい!」
市街はあらかた片付いた、さあ本命のアビドス高校へ──そういったところで、影が近づいてくるのが見えた。数は三つほど。誰が来たのかは分かり切っている。理事はほくそ笑んだ。
「何やってんのよあんたら!」
「おや、我々から向かおうかと思ったが……わざわざお出迎えか、精が出るな」
アビドス廃校対策委員会。遅れてやってきた彼女らは、しかしすでにアビドスの組織とは言えない、ただのボランティアに成り下がってしまった。学校の庇護はないのだ、あとは黙らせるだけで良い。そう考えている理事は、少し遊んでやることにした。
「街を攻撃するだなんて……いくら土地を所有していると言ってもやりすぎです!」
「それに、貴方たちのやっていることは明確な違法行為です。連邦生徒会に通報しますよ!」
「ほう?やってみると良い、今すぐにでもな。今までの嘆願で一度でも動いてくれたことがあるのかは知らないが……」
知らないというのはもちろん嘘で、一度も連邦生徒会が動いていないことを理事は知っている。シャーレは例外だが……今現在対策委員会のそばに、彼は居なかった。
「それに……見た所、件の先生がいないようだが。まさか遂に逃げたのか?君たちを見捨てて?」
「……」
大層な肩書で、本当に逃げたのか……対策委員会の表情は暗い。もしかすると、もしかするのか。
警戒はするべきだ。しかし、大人というのは見切りをつけるのが早い人種でもある。それくらいの賢さは持っていたかと、理事は鼻を鳴らした。先生さえいなければ、いよいよ憂慮する事は起こらないだろうと。
「まあ良い。生徒会最後のメンバーである小鳥遊ホシノが退学したのだ、アビドス高等学校はもう存在しないも同然……
おっと、これでは自治区の管理ができないじゃないか。仕方がない、我々カイザーコーポレーションが後を引き受けるとしよう。名前をそのまま使うのも悪い……新しい学校は『カイザー職業訓練学校』とでもするか」
「そんな馬鹿みたいな言い分が通るわけないでしょ!?」
『せ、セリカちゃん』
やんややんやと文句を言うセリカに、それをたしなめるアヤネ。シロコは目を細めてにらんでいるが、ノノミは悲しそうに俯くばかり。どうやら彼女らは、ようやく現実というものが見えてきたようだ。
「準備、整いました」
「良し。では元アビドスの諸君、悪いが道を開けてもらおう……攻撃開始」
仕方ない、諦めさせてやろうじゃないか。それも大人の役目だろう。
卓越した指揮能力を持った先生がいない中、これだけの数を対策委員会だけで倒すのは通常不可能だ。カイザー理事は勝利を確信し、振り上げた腕を下ろし、全体に攻撃命令を下した。
ドカアアアアン!!!
そしてその瞬間、市街が爆発する。理事は部下に庇われ尻もちをついた。彼らがやったわけではないのだ。
連鎖的な光がカイザーPMCの兵士を飲み込み、爆風が戦車をひしゃげさせ、彼らを吹っ飛ばす。一瞬の出来事だった。
ようやく収まった爆風に理事が目を開くと同時、徐々に煙が晴れていき……見れば、圧倒的な数を誇っていたPMCが、あっという間に半壊している。偶々難を逃れた彼らは、あまりの突然の出来事にしばらく呆然と立ち尽くした。
「ふう、緊張した……!」
「ん、いい気味」
「な……貴様ら、何をした!」
「お仕置きです♦」
対して、対策委員会はしてやったりといった顔だ。まさか。まさか、嵌められたのか?あの表情は全部演技で、騙されていたと?
現実は理事の考えその通りである。加えて言うなら、逃げる住民たちもサクラだった。避難誘導をウツホが行い、極力被害を抑えている。茶番だ。
「埋めておいた爆弾で増援を遮断、その間に指揮官を叩き、指揮系統を崩壊させる……本来は風紀委員用の策だったけれど、まあ予行演習ってことにしようか」
その時、凛とした声が戦場に響いた。カイザーが、理事が雇っていたはずの飼い犬の声だ。便利屋68が、燃える戦車の影から姿を現した。
「……便利屋だと!?裏切ったのか!」
「くふふ、悪党の嗜みってヤツだよね!」
言ってしまえば、すでに契約は解消しているので裏切りというには少し違うが。しかしどちらにせよ、彼にとってはおよそ最悪のタイミングでの増援だ。
「アルファ小隊、被害甚大!救援を願う!」
「ヘルメット団の反攻も確認!D地区で交戦中!」
「なんだと!?クソ、どいつもこいつも飼い犬の分際で……!」
「元よ元!あんな扱いじゃ当然の帰結、自業自得よ!」
通信機からは、悲鳴と怒号が飛び交っている。かといって通信を切ろうが、それは止まなかった。もちろん、今度の悲鳴は住民達のではなく、カイザーのものだ。しかも、ヘルメット団までもがカイザーを攻撃していると言う。先程から一転、落ちるような不利に理事は奥噛みする。
だが、まだだ。小鳥遊ホシノがこちらにいる限り、勝ちの目は残されている。切り札の対デカグラマトン大隊を動かせば、この一時的な劣勢は覆せるだろう。銃声の中、精々小さな勝利を噛み締めていろと、増援命令を出そうとして──
「あ、あのお……いったい何が起きてるんですか?」
理事がそれに気づいたのは、か細い声が下から聞こえてきたからだ。そうでなければ、気づくことはできなかった。
地面、マンホールに指が這い、ずりずりと音を立てずれていく。そしてその穴から、対策委員会の中でまだ見ていなかった顔が見えた。青緑の髪が、暗い穴の中から現れた。ただ一昨日と違うのは、その姿が二年前に死んだ亡霊そのものだったことだ。
「……なんのつもりだ?貴様……」
「わっ、ええっと……兵の皆さんが入れてくれなくて……だから、こうやって下水道から来たんです」
「そういうことを言っているんじゃない!貴様舐めているのか、梔子ウツホ!!」
マンホールから現れたのは、梔子ユメに見えた。死んだはずの存在が、目の前に。
ハーネスベルトを着け、右腕にはシールドを提げて、それは穴から現れた。髪は長く、あちこちに絆創膏を貼り、何もわかっていないような表情は、ともすれば本当に梔子ユメだ。昔何度か見た姿、そのまま。この状況でなければ、理事も騙されたかもしれない。
だが今はアビドスを奪えるかという瀬戸際。そんなときに都合よく本人が現れるはずはない。当たり前だ、そもそも死んでいるのだから。ならば、アレは偽物だ。妹の梔子ウツホが化けているのだ。
……イカれている。理事は頭のおかしくなったであろう存在に目を向けた。
「う、ウツホちゃん……?あの子がここに?……いやいや、それよりも!
えっと、その……カイザーコーポレーションの皆さん、ですよね?一体何をしているのか、アビドス生徒会としてお話を聞きたいんです。町をこんなにするのは、何か理由があるんですよね?」
彼女はすっとぼけた様子で、話を続ける。眉をハの字に曲げながら、それでも笑いかけて来る。それが理事にはどうにも不気味見えた。だって、こんなのまるで悪霊だ。
同時になんて白々しいんだと、理事が怒りに沸く。しかしその戦法は、すこぶる有効でもあった。
カイザーは、アビドスの公的組織が無くなったことを理由に攻め入っている。そこには一応、正当性があるわけだ。
しかし、アビドスの生徒会長である梔子ユメがいるとなれば話は別で。公的組織は存命だとすると、カイザーの行為は違法な侵略行為へとなってしまう。そして、どんな形にせよ、客観的にはそういう事になってしまった。目の前に、梔子ユメがいるのだから。
目の前の存在が特異なものだと言うのは、黒服からも聞いていた。死んだはずの梔子ユメ、彼女とDNAが同じだと。こいつはそれを、存分に振るっている。こいつが梔子ユメと名乗れば、それは梔子ユメなのだから。
だが。だがしかしだ。
「……分かった。だがその前に、貴様が梔子ウツホではなく、梔子ユメ本人だという事を証明しろ。話はそれからだ」
「ふぇ?……え、えーっと……どうやって?」
「簡単だ、その左の手袋を取れば良い。袖も捲れ、それだけで済む」
こいつは同時に梔子ウツホでもある。ならば、そうしてしまえばいいのだ。中身が何だろうと、その名前で二年アビドスに在籍していたのは事実。連邦生徒会にも登録されている。梔子ウツホにしてしまえば、生徒会としての権限をはがすことができるだろう。
そして二人を区別するものは簡単、その左腕だ。ウツホは左腕が義手であり、そこばかりは不可逆である。決定的な差、それが理事が見出した光明だった。肌が見えるならば姉。機械ならば妹だ。
「わ、分かりました」
そう言って、目の前の存在は手袋を外し、制服の左袖を捲っていく。
さあ、どちらだ。肌か、機械か。
「えっと……これで良いですか?」
肌色が見えた。
肌色だ。
理事が喉を鳴らした。バカな、ありえないとでもいった顔。……しかし。彼とて、大人である。
「撃て」
「え、ちょ、ちょっと!」
理事の命令からすぐに、PMCの一人が銃を構え、そして放つ。狙うは頭、そいつは手で顔を覆ったが……それは悪手だった。
左手の肌色──その皮が削がれ、中から白色の金属が現れた。
ただ上に被せただけの、作り物の肌色は、どうやら意味をなくしたようだ。
そいつが、掌を見る。隠されていた白色を。ハの字の眉が、平坦になる。先程までの困惑しっぱなしといった表情はまるで無くなった。代わりに、心底だるいと言った顔で理事の方を見る。
「はあ……用心深いな、無駄に」
瞬間、ウツホの左腕が目にもとまらぬ速さで動き出す。それはあっという間にホルスターから銃を抜き出し、理事に向けて引き金を引いた。
「ぐあっ!?」
「チッ、腹か」
理事は咄嗟に避けようとするが、至近距離ではどうしようもない。ウツホの撃った一発はそのまま彼の腹に直撃した。彼女はすかさず追撃をしようとするが、流石にPMC兵に防がれる。彼らはそのままウツホに向かって発砲するが、しかしすでに展開していたシールドで防がれた。
「クソッ!舐めた真似をッ……!!一時退却だ!この代償は高くつくからな……!覚えておけ、お前ら!」
「ああそう」
このままではまずいと、理事は退却命令を出す。一旦仕切り直すべきと考えての行動だった。ウツホが足止めをしている間に兵の大半は片づけたが、それでも三割ほどは残っている。対策委員会たちの追撃も何人かを削るにとどまり、しばらくして、アビドス市街に再び静寂が戻った。
「ひぇー、今時聞かないよ、あんな言葉」
「いいじゃん、大の大人の情けない捨て台詞」
カイザーの馬鹿野郎どもを倒し、理事のテンプレみたいなセリフを聞いた私たちは、とりあえず作戦の第一段階が成功したことに安堵していた。できればあのデブを始末できればよかったのだが、なかなか上手くは行かない。
まあ、あんなに大笑いしていたのにものの三十分ほどで敗走するさまを見れたんだからよしとしよう。随分と儚い天下だ。
「……先輩、アレ誰の真似?」
「姉だよ。一応、血縁上の……」
カツラを取り、左腕の皮を外し、防弾チョッキを着る。すると、いつの間にやら近くまで来ていたシロコが不思議そうにそう聞いてきた。結構自信があったのだが、やっぱり相手も馬鹿ではない。一つ上を行かれ、嘘を看破されてしまった。欲を言えばあのまま騙して、二段構えで行きたかったけど……まあ、十二分に足止めにはなったので良しとしてほしい。
ただ、ノノミちゃんの視線が痛い。分かってる、ああいうのはどうあったって良くないという事は。この子も、ユメ先輩の事は多少知っているらしいし。唇に人差し指を当て、どうか黙っていてほしいとお願いしておく。ホシノに言っていないので、バレたらぶち殺される可能性があるのだ。
「“お待たせ、みんな大丈夫だった?”」
「先生!」
「あったりまえよ!」
「少しヒヤッとしましたけれど……」
「でも、これでこれ以上の市街地への被害はないよ」
『どちらかというと私たちの方が壊していたような……?』
気まずくしていると、丁度よく先生が戻ってきてくれた。一人でホシノを追うと言った時は何を言ってんだと思ったけれども、本人の顔を見てしまえば否とは言えなかった。きっと、黒服と舌戦を繰り広げてきたのだろう。
「それで……そっちはどうだった?」
「“バッチリ。ホシノの居場所は聞き出せたよ”」
すごいな、あれを説き伏せるなんて。黒服が引き下がるところはなかなか想像できないが、いったいどんな手段を使ったのやら。とんでも超兵器とか持っていたりするのだろうか。
とにもかくにも、これで作戦の第二段階、最も重要な部分を進めることができる。相手の戦力は大きいが、こっちだって負けてはいない。さっきは碌に使わなかったけれど、借りた盾もある。
「“じゃあ、改めて……ホシノを取り返しに行こう!”」
『おおーっ!』
ならばこそ、負ける道理無し。私たちは準備を整え、ホシノの居場所でもあるアビドス砂漠へと足を運んだ。面倒ないざこざも、そろそろ終わらせよう。
次回、カイザー理事死す!デュエルスタンバイ!