重いタバコを吸ってる不健康そうな年上美人とドロドロの関係になっていた話   作:かめっくす

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舌にピアス

 今日はバイトのシフトが入っていなかった。

 

 放課後。学校が終わると、部活やバイトや遊びに繰り出すクラスメイトを尻目に、一人足早に教室を後にする。

 どこかに寄って遊ぶお金もなければ、相手もおらず、また興味もなかった。だから図書室の本を一通り物色した後、素直に家に帰る。

 校舎を出ると、グラウンドから野球部の掛け声が聞こえてくる。校舎からは吹奏楽部の演奏音が負けじと響いていた。

 

 賑やかな喧噪。青春の音。

 居心地の悪い気持ちになる。疎外感。自分がいて良い場所じゃない。校舎から続く並木道を抜けると校門を通り抜けた。

 喧噪から遠ざかる。今日もまた当然のように誰とも話さなかった。

 しばらく閑静な住宅街を歩くと、アパートが見えてきた。傍まで辿り着いた時に向かいから見知った顔が歩いてきた。

 

「こんにちは。学校終わりですか?」

 

 二十五番の彼女だった。

 

「ええ。そっちもですか?」

「私も大学帰りです。あ、この前のゴミ出し、ありがとうございました」

「全然。また回収日の前日になったら、ベランダに放り込んでおいてください。登校する時にいっしょに出しておきますから」

「それは大助かりです」

 

 彼女はそう言うと、思い出したように。

 

「そういえば、考えてくれました?」

「何をですか?」

「ゴミ出しのお礼、何がいいか」

「ああ。そのことですか」と俺は言った。「すみません。まだちょっと」

 

 忘れていたわけじゃなかった。考えてはいた。答えが出なかっただけだ。自意識の蓋に邪魔をされて、ちょうどいい塩梅のものが思いつかなかった。

 

「ちょうどよかった。じゃあ、今からお礼させてくれませんか?」

「え?」

「珈琲。奢りますよ」

 

 

 連れて来られたのは、徒歩十分ほどの場所にある喫茶店だった。

 店の外観には蔦が這っていて、落ち着いた雰囲気の店内はこじんまりとしている。

 お爺さんの店主が一人で切り盛りしていて、俺たちの他にお客の姿はない。ひっそりとした店は、どこか繁盛することを拒んでいるように見えた。

 

 奥の席に腰を下ろす。彼女が奥の席に、俺が入り口側の席に。少しして店主のお爺さんが注文を取りに来る。

 

「ブレンドコーヒーを一つ。店員さんは?」

「俺も同じのを」

「じゃあ、ブレンドコーヒーを二つお願いします」

 

 店主のお爺さんが去っていった後、俺は店内を見回しながら言う。

 

「こんなところに喫茶店があったなんて、知りませんでした」

「ここは雰囲気もいいですし、タバコも吸えるので重宝してるんです」

 

 そう言うと、彼女はタバコの箱とライターをテーブルの上に置いた。

 

「吸ってもいいです?」

「どうぞ、お構いなく」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 箱から一本タバコを取り出すと、口に咥えて、ライターで火をつける。肺に入れた煙を虚空に向かって気怠げに吐き出した。

 彼女がタバコを吸う姿を正面から見るのは初めてだった。

 彼女は俺の視線に気づくと、微笑みをたたえる。

 

「どうしたんですか? もしかして、私の顔に何かついてます?」

「いや、タバコを吸ってる姿、正面から見るのは初めてだなって」

「ああ。そういえば、普段はベランダですもんね」

 

 夜。ベランダでタバコを吸う彼女の横顔を、俺は綺麗だと思った。でも、こうして正面から見る姿も決してそれに見劣りしなかった。

 ずっと見ていられた。

 

「そういえばさっき注文取りにきた時、店主のお爺さん、ちょっと戸惑ってましたね。俺のことを店員さんって呼んだから」

「ふふ。確かに紛らわしかったかもしれません。店員さんじゃなくて、後輩くんって呼んだ方がよかったかも」

「かもしれません」

「店員さんはどっちがいいですか? 店員さんって呼ばれるか、後輩くんか。それとも他に何か希望があるのか」

「俺は別にどっちでも。それよりこっちの呼び名はどうします? 冷静に考えると二十五番さんってかなり変だし」

「私は今の呼び名、結構気に入ってますけど。番号で呼ばれるなんて、人造人間みたいで格好良いですし」

「人造人間?」

「ドラゴンボール、読んだことありません? 私、人造人間十八号が好きなんです。結婚しても旦那さんから十八号って呼ばれてるんですよ。面白くないですか? ちゃんと彼女には本名があるのに」

「確かに」

「人造人間、羨ましいですよ。彼女たちは年を取らないし、見た目も変わらない。ずっと永遠でいられるんですから」

「でも旦那さんが人間だったら、自分だけが取り残されることになりませんか。周りの人たちは皆そのうちいなくなるのに」

「看取ることができていいじゃないですか。死んだ人はいずれ美化されます。嫌な思い出とか汚い部分は忘れてしまう。漂白された、劣化しない美しい思い出だけを抱えてずっと生きていくことができるんです。素敵だと思いませんか?」

 

 かもしれない。少なくとも自分の中では、相手を好きなままでいられるのだから。それが本当の姿とは違っていたとしても。

 

「珈琲、中々来ないですね」

「ここは店主さん一人で切り盛りされてますからね。このお店は、時間の流れが外よりもゆっくり流れてるんです」

「あ、別に不満があって言ったわけじゃないんです。間を繋ぐためというか。来ないなら来ないで全然大丈夫です」

「ふふ。おしゃべりしながら待っていましょう」

 

 二十五番さんはそう言うと、芋虫みたいに短くなったタバコを灰皿に押しつける。火が消えた後にふと尋ねてきた。

 

「そういえば、店員さんは学校はどうですか?」

「どうとは」

「楽しいですか?」

「楽しいか楽しくないかで言うと、楽しくないですね」と俺が正直に答えると、二十五番さんはどこか嬉しそうに微笑んだ。

「そうですか。楽しくないですか。お友達はたくさんいますか?」

「たくさんいるように見えますか?」

「性犯罪者は独身より既婚で子持ちの方が多いそうですよ」

「人の見た目と中身は一致しないみたいなことを言いたいのかもしれないですけど、例えが鋭利すぎてそっちに意識が持っていかれますね」

 

 まあ、俺は社交的な見た目じゃない。内面が外面にも表れている。裏表はないが、表側も裏側みたいに煤けている。

 

「友達はいません」

「一人も?」

「一人もです。学校にいて、一日誰とも話さないこともざらです」

「そういう縛りプレイをしてるんですか?」

「そんなつもりはなくて。友達はいないよりはいた方がいいと思ってます。多すぎるのは面倒だとは思いますけど。単に皆のノリについていけないというか。

 クラスの中心の人たちが言ってることは何一つ面白いと思えないし、かと言って隅の方にいる人たちのノリにもついて行けない。

 友達関係って相手に何かあげられるものがないと続かないって言うじゃないですか。俺はあげられるものがなくて。愛想もないし、話が上手いわけでもない。かと言って、SNSとかアニメとか、話を合わせるために見るのは何だか純粋じゃない気がして」

 

 作品は作品として純粋に楽しみたい。話を合わせるために触れるのは、人と繋がるために作品を利用しているみたいで気が引けた。不誠実な態度だと思った。

 

「なるほど。つまり、店員さんはとっても面倒臭い性格をしてるんですね」

「まあそうですね。一言で言えば。そういうことになると思います。でも、冷静に考えると友達一人もいないってヤバいですよね」

「そうですか? 私はいいと思いますよ」

「ですかね?」

「はい。だって、その方が私が遊びに誘いやすいですし」

「……二十五番さんの都合なんですね」

「ふふ。いけませんか?」

「いけなくはないですけど」

 

 その時、店主のお爺さんが二人分のブレンドコーヒーを運んできてくれた。

 お互いの前にカップが置かれる。黒い水面から湯気が立ち上っている。いつもなら砂糖を入れるところだけど、今日は入れなかった。

 彼女は砂糖を入れず、ブラックのまま飲んでいたからだ。

 二十五番さんはカップを傾け、湯気の立ち上るブレンドコーヒーを口にする。その姿を見て浮かんだ疑問を思わず尋ねていた。

 

「その、熱くないんですか?」

「私、猫舌とは無縁なんですよ」

「いや、そっちじゃなくて」

「ん?」

「舌の……」

「ああ、ピアスの方ですか」

 

 彼女の舌、その中心にはピアスが嵌められていた。

 その銀色の輝きは金属に見える。

 熱いものを飲むと熱くなりそうだけど。

 

「全然熱くありませんよ。触ってみますか?」

「え」

「ほら」

 

 彼女はそう言うと、口の中に隠れていた舌を俺に向けて見せてきた。

 薄紅色の舌。

 それはめくれた臓器のようにぬらぬらと淫靡に輝いていた。

 その舌先に銀色の球体が輝きを放っていた。

 

 見てはいけないものを見ているような。そんな背徳的な気持ちになる。そのくせ、そこから目をそらすことができない。

 気づけば周囲の視界の一切が目に入らなくなっていた。俺の視線はただ、彼女の赤い舌にだけ向けられている。

 

「……いいんですか?」

 

 彼女は舌を出したまま、小さく頷いた。

 俺は店主のお爺さんがこちらを見ていないことを確認してから、恐る恐る伸ばした指の腹を彼女の舌に触れさせる。

 

 熱くはなかった。

 無機質だった。

 舌の方がずっと温かった。

 ぬめりとした生暖かい舌。その中で銀色のピアスの人工的で無機質な感触は、明らかな異物としての存在感を放っていた。

 

「ね? 熱くなかったでしょう?」

 

 確かに熱くはなかった。

 でもそれに触れた俺の全身は熱を帯びていた。

 舌ピアスに触れるのは、触れてはいけないものに触れているみたいだった。彼女の性器に触れているみたいだった。

 

 ピアスの無機質な感触と、舌のぬめりとした暖かさ。それはずっと、俺の指先と脳内にこびりついたまま離れなかった。

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