魔術師の名を継ぐ者   作:ローズライン

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とある魔術師の始まり

今から始まる物語は、ジャンルや脈絡、因果、構成、意味、設定、その全てが混ざり合い攪拌されて融合しあい本来のものからは到底理解の及ばぬものとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがこれは、破綻では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公が、犠牲が、事件が、葛藤が、その全てが全くの予定調和の上に成り立つ惰性な物語だとしても、

 

 

 

 

 

 

観客を喜ばせるためだけに登場人物を侮辱し矮小化し、時に煌々とした或いは退廃的な英雄譚に書き換えるような不快な物語だとしても、

 

 

 

 

 

 

安価な悲劇も、理論化された喜劇も、全てを覆う怒りや憎しみも復讐心も、人を導く愛さえも、ない混ぜにして作られた正真正銘の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…………全く情けないよなぁ。俺も

 

 

親父、あんたが言ってたことの意味……分かった気がするよ。

 

 

誰だって心に弱さを抱えてる。それを互いに認め合って一歩踏み出して許し合わなければ、駄目だってな。

 

 

俺は正直、今まで全く理解できなかったが、こういうことを言うんだろうな。

 

 

…………俺はアイツの弱さ故に冒した過ちを認めて許した……ならアイツだって俺の弱さを過ちを、許してくれるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

それにしても、彼女を盗られたなんて爺さんが聞いたら、そんな女々しい奴なんぞ我が一族には要らん!つって勘当しやがるだろうな。

 

 

あのクソジジイ、10年ちょっと前までは俺にデレデレだった癖に最近は口をひらけば孫の顔がどうたらこうたら…………そもそも俺は種馬じゃねぇんだ!子孫が残せないんだったら、精々それがこの一族の遺伝子的な限界だ、諦めろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…………人生最後の景色に見るのが曇り空とはなぁ。つくづく思うが俺はついてない。

 

 

 

いつものドライブ、いつものランチ、いつもの一服。その”いつも”には隣にアイツが居た。

 

 

 

だが…………今は俺一人だけ…………案外一人で過ごす”いつも”って奴も悪くないのかもな。

 

 

 

もう何度目かも分からない一服。生きる苦しみから解放されると考えると格別に美味く、そして儚く感じる。

 

 

 

苦しみからの解放か……………俺はいつから仏教徒になったんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

この携帯灰皿……………そういえばアイツから貰ったんだよな。

 

 

 

三途の川にタバコは持ってけないよな……………賽の河原にゃ子供がいる。

 

 

 

…………懐かしいな。このストラップも……もう3年も前なのか。

 

 

 

 

そう呟いた”男”はジャケットから携帯灰皿とタバコを取り出して橋げたの手すりに立てかける。その周りにはまだ中身の入っているだろう財布や携帯、綺麗に揃えられた靴が置かれていた。

その光景を見れば誰しもが思うだろう。彼を止めなければマズイ、と。

 

 

だが、横殴りの雨が降り注ぐ中でこんな片田舎の自殺スポットを好き好んで見に来ようなど考える人間などごく少数だろう。そしてその少数でさえ、今この男の元には現れることはない。

 

 

 

 

男は手すりを乗り越え、自らが飛び込むことになる橋下を覗き込む。

突発的に降り注ぎ始めた大量の雨の影響で橋下を流れる川は既に氾濫水位に迫りかけている。飛び込んだ場合の末路など容易に想像できた。溺死か瓦礫に頭をぶつけて死ぬか、いずれにせよ5体満足のままで発見されることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………アイツからの着信?

 

 

 

…………………一応別れの言葉くらい言ってやるか。

 

 

 

 

そういうと、男は手すりに体重をかけたまま足元にある携帯を器用に取った。気乗りはしないが一生添い遂げると誓った相手なら、これくらいの礼儀は最低限必要だろう。

 

 

 

 

 

 

『もしもし』

 

 

 

 

 

 

『あぁ、すまない。心配かけた……………………………いや謝らなくて良い。人間ってのは誰しも心に弱さを抱えてるんだ』

 

 

 

 

 

『君だけじゃない、俺にだって、誰もが持っていて誰にだって起こり得るものだ。わざわざ君だけが過度に気負う必要はない』

 

 

 

俺が小さい時に親父に聞かされた言葉だ。万引きするやつを馬鹿にした俺に対して親父が自分の過ちを引き合いに出してこう言った。

 

「透、私にだって後ろめたい過去の1つや2つはある。そして…………その過ちを犯すのは人間の心の中の弱さなんだ…………だからこそ忘れないでほしい。他者の心の弱さを追求して徹底的に断罪するなんて誰にだってできることだ。そして私はお前に誰だってできることだけが出来る人間にはなって欲しくない。誰にも出来ないことを出来る人間になって欲しいんだ。透の名前は曇りない眼で人の心の弱さを見透かし共に克服することを願って名付けた名だ」

 

完璧主義者の親父が漏らした告白、それは俺の耳から入って頭や心にこびりつき、ついぞ離れることはなかった。

 

 

 

 

だが、男の取ろうとしている行動は凡そ彼の父親の願いとは真逆のものだろう。

 

 

『??…………………親父もそこにいるのか?』

 

 

 

 

 

『そうか…………母さんも……皆と一緒にいるなら良かった。漸く俺も決心がついた所だ』

 

 

 

 

 

『安心して、もう俺は迷わないから、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう君に、迷惑なんてかけないから』

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう………………………そして、さようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

俺こと御崎透(みざきとおる)は今さっきまでは、ただの一般市民だったはずだった人間だ。

 

 

……その筈なんだがな。

 

 

そう「今さっきだ」

 

 

なら今は何かというと。

 

 

“精霊”とでもいえばいいのか? むしろ幽霊なんかが近いのかもしれないが。

 

 

精霊というにはいささか可愛げのない見た目をしているのは自覚しているので出てきた疑問だったが、この疑問に答えるには情報が少ない……

 

 

 

 

 

 

強いて言うならば目の前の”彼女”が何か知っているかもしれない。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

白い大地に透は立っていた

左右を見渡しても人工物らしい人工物もなく、ましてや地形と呼べるものもない真っさらで平らな空間が広がっていた。

空恐ろしさすら覚えるほどに静謐な空間で彼は目前にいる”女性”に声をかけた。

 

 

「ここは……何処ですか?」

 

 

彼の呼びかけが聞こえたのか女性は彼の方に振り向きこう答えた。

 

 

《ここは私共の世界ですよ》

 

 

彼女の研究者のような容貌はシミひとつない真っ白な白衣を纏っていることも相まって、この異様な世界によく似合っている。だが同時に短くもせず後頭部でまとめているわけでもない黒い長髪とそれを留めている白いカチューシャの存在が彼女の纏う研究者のような雰囲気を否定していた。

 

 

 

 

「一体貴方は何者だ? それに私共の”世界”……?とは?」

見渡す限り自分と目の前の女性以外が見当たらない空間なのにも関わらず、彼女が私"共"と発したことが気になった御崎は尋ねてみる。会ったばかりの人間に質問攻めをするなどいい気はしないが、今の彼には疑問が山積みだった。

 

 

《………私は彼らに対する責任を負っているんです。私たち最後の存在であり、次の世代に種子を運ぶ役目を負う者。友人からは智者(オラクル)と呼ばれていました》

 

答えるつもりがあるのか分からない要領を得ない返答だったが、透は素早く頭を切り替えて尋ねた。

 

 

「………そんな貴方が私に一体何の用です?」

 

 

 

《貴方は死んでしまいました、元いた世界で》

 

「そうらしいですね…」

 

残念ながら飛び降りる間際のに交わした言葉は端から端まで鮮明に記憶していた。だが明確に死の寸前で記憶が途切れているのは死の記憶などという劇物が人格に与える影響を抑えるためだろうか。

 

そんなことを考えていると、オラクルが言葉を続けた。

 

 

《そこで、私があなたの霊魂をこちらに呼び寄せたのです。肉体では到達し得ない高次空間に》

 

「高次空間?」

 

いわゆるスピリチュアル系かと眉を顰めたが、どうもそういう訳ではないらしい。

 

 

《えぇ、ここは私共が根を下ろしていた世界。あなたに理解しやすい概念で言えば文明の極点、とでも言えばいいのでしょうか?》

 

《文明の極点とは、つまりこれ以上の余白を失った世界とも言えます。余白を失ったキャンバスに新しい絵を描くことができないのと同じように私たちの文明は頭打ちになった。ということです》

 

「…………なぜ私はそんな世界に?」

説明を聞いてもなぜ自分がそんな世界に呼び寄せられたのか分からなかった故に生まれた疑問だったが、その疑問にもきちんと答えてくれた。

 

 

《ですから貴方の手を借りたいのです、私共が生き残るために》

 

一介の会社員に頼み込むレベルの内容じゃないだろ、という呆れに近い感情が胸の中を駆け巡ったがそんなことを知ってか知らずかオラクルは話を続けた。

 

《無論、無理なお願いだというのは承知してます。貴方が不足する力に悩むことがないように手は尽くします。ですから貴方の手を貸しては頂けませんか?》

 

 

正直なところ女性にここまで真摯にお辞儀をされ、頼み込まれては断れるものもできなくなってしまう。まぁ、ひとまず何の手助けをして欲しいのか聞いてみる必要がある。聞くくらいだったら何の問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………つまり私に何をしろと?」

 

《貴方には箱庭の世界を管理する管理人になっていただきたいのです》

 

 

さっきから固有名詞が多すぎて理解が追いつかないものの、言葉の雰囲気だけでも大体の想像はつく。どうやら私は面倒な存在に捕まったらしい。

 

《低次空間といった方が伝わりやすいでしょうが、私たちに残された唯一の行き先です》

 

 

 

あらかたの説明を終えたオラクルを前にため息をつきながら御崎は尋ねた。

 

「断る権利は……………無さそうですね」

 

《霊魂の移動には力を使います。そして私に残された力もそう多くはありません。眠っている同胞達であれば問題はなく貴方を送り出せたかもしれませんが、私に全てを託して眠っている彼らを起こすのは忍びありません》

 

…………つまりあれだ。私は死後に高次存在的な何かに目をつけられたせいで第2の人生を歩まざるを得ない状況になっているということだ。

 

「(笑い事じゃないんだがな。せっかく死ねたと思ったらこんな仕打ち………………………いや、自分の命を軽く扱ったことへの罰と考えたらあるいは)」

 

 

 

そんな風に考えていると、私の沈黙を不安がったのかオラクルが話しかけてくる。

 

《どうでしょう。お引き受けいただけますか?》

 

 

オラクルの問いに御崎は考え込んだ。死ぬその寸前まで歩んできた人生、親家族に恵まれあらゆる不道徳や不正義から守られてきた人生、完璧に見えた父を越えるために挑戦し挫折や成功を経験した人生、恋愛とはかくも上手くいかないものと学んだ人生、そして親の訓戒を破り周囲の期待を裏切ってしまった死に方。

 

 

幼少期から死ぬまでの全てを俯瞰して見ればむしろ恵まれているといえる人生だった。だがしかし人間とは終わりが悪ければ総体的に良かったものに対しても全てを悪く感じてしまう生き物だ。

 

それはこの人間とて例外ではなかった。

 

 

 

「良いですよ。うまくいった人生とは言い難かったですし、貴方のいう管理人をしながら別の人生を歩むというのもアリな気がしてきました」

 

《………………そうですか、それは良かった。》

 

見崎の逡巡から何かを感じ取ったのか、オラクルが近づいてきた。

 

 

《私達の種族は何かを想像する力や感受性が欠如しているか、あなた方ほど強くないのが特徴です………………そんな私でも今の貴方からは色々なものを感じます》

 

 

両手を胸のあたりで結んだオラクルが一歩、また一歩と近づいてきた。

 

一瞬仰け反りかけたが、彼女に敵意や害意がないことを感じ取るとそこまで恐ろしく感じることはなくなった。

 

 

 

《「箱庭」は、貴方にとって望ましい環境ではないかもしれません…………ですが少しでも羽をお休め下さい》

 

見目のいい女性に慰めの言葉をかけられながら頬を優しくさすられると、いくら初対面とは言え好感を抱かざるを得ない。

 

 

 

《それでは行ってらっしゃいませ、貴方の新しい人生に》

 

頬をさすられたまま、その言葉をかけられた私は意識が遠のいていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

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