魔術師の名を継ぐ者   作:ローズライン

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今回は達也視点
話を区切るのが下手すぎる………


入学編Ⅱ

アリス=クローリィ、奇妙で不思議な少女だ。

 

 

それが彼女に対する俺の第一印象だった。

初めて会ったのは入学式前に深雪のことを宥めていた時、まるでこちらを監視するような視線に気づいてそれを辿った先に彼女がいた。

 

彼女が言うには日本国籍を取得して日本にやってきたイギリス人という話だが、にしては不自然なほどに外国人らしくないアクセントを感じない流暢な日本語、加えてイギリスからわざわざ日本に魔法を学びにきたという割に彼女の制服は二科生のものだった。

魔法先進国たる日本の中でもさらに優秀な第一高校に入学した結果そうなっただけとも考えられるが、そもそも魔法研究に積極的ではないとはいえイギリスの魔法教育が劣っているわけではない。特に王立魔法アカデミーでは現役の戦略級魔法師、ウィリアム=マクロードが直接教鞭を取っており、もしイギリスで進学したとしても日本と学べるものにそう大きな差はない。

 

にも関わらず日本に来たのは何故か? 案外彼女が親日家で実際に住んでみたかったからという理由も考えられるが、その線はあまりないだろう。

 

 

 

 

確証はないが、彼女は単に魔法を学ぶために日本に来たというようには思えない。そもそも魔法を学ぶためというの信用し難い。

 

 

 

 

 

 

話題が逸れるが現代の科学を代表する人物とは誰か? 街行く人にそう尋ねれば、ほとんどはこの名前を挙げるだろう。

 

 

アレイスター・クロウリー

 

 

 

19世紀に存在したとあるオカルティスト(アレイスター=クロウリー)の名前を一種のビジネスネームとして名乗り、H.S.Cプレジデントや学園都市統括理事長など様々など様々な肩書を持つ変わり者のイギリスの天才科学者。

しかしその功績は多岐に渡り、あらゆる学問分野の書籍で一度は必ず太字で書かれているのを見かけ、膨大な功績ゆえにテストから人物名を問う問題が減ったという冗談がまかり通る天才。

 

人物像や本名に関する情報はほとんど分かっておらず、また数少ない証言に共通するのは銀髪碧眼であるということだけ。

それ以外は男だったとか女だったとか子供だったとか老人だったとか、聖人のような振る舞いをしていたとか囚人のような出立ちだとか本当に同一人物を見たのかと疑うたくなるほどにチグハグなことに加えて、あまりに多岐にわたる功績を残したことから複数人の共同名義なのではとも噂されている。

 

実際、主にアレイスター・クロウリーの名前で出されている研究論文は第3次世界大戦初期まで遡ることができる。その頃(2040年代)に3〜40代だとすると今の年齢はどれだけ若くとも8〜90代、現役を退いていてもおかしくはない年齢のはずが、今でも稀に彼の名前で論文が発表されているから、アレイスター・クロウリーという人物を語る上で複数人説はかなり根強い。

 

 

 

 

話を戻して、

 

 

イギリスから魔法を学ぶためと言ってわざわざ日本にやってきたアリスだが、彼女の話には眉唾と言える部分が多い。

 

そもそも日本に来たのは本当に魔法を学ぶためなのか?

 

アリスは何故あの場にいたのか? 果たしてただ偶然か?

 

何故ただの兄妹の痴話喧嘩に監視するような視線を向けたのか?

 

 

クロウリーという姓そのものは欧米で使われているものであり、個人を特定出来るものではない。だが俺にはあの少女がアレイスター・クロウリーを構成する個人ではないにしても、少なくともただの少女ではないように思えてならなかった。

 

 

杞憂に過ぎないのであればそれに越したことはない。ただ入学式の前日になって急に叔母上から聞かされた話を考えればむしろ心配しすぎ、と言うこともないだろう。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「第一高校に科学サイドからの使者、ですか」

 

 

「そうよ。なんでも政府は学園都市と魔法科高校の間で交換留学を計画しているらしくてね。その事前準備として科学側から送られてきた人物を第一高校に生徒役の人物を編入させたらしいわ」

 

 

「名前などは分かっているのですか?」

 

 

「いえ、それらしき情報は何も。分かっているのはその人物が"あの"アレイスターと深い繋がりを持っているということだけ。気をつけなさい、科学サイドが何の利害も考えずに政府の策に乗ったとは考えられないわ。恐らくあなたたちが狙いと考えて間違いないでしょう」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

深雪のいない間に叔母上から教えられたこの情報に俺は驚かざるを得なかった。今の十師族と学園都市は冷戦状態にある。十文字家や一条家は国防面の問題から関係改善を望んでいるが師族会議における主流な意見とは言い難い。

 

対する科学サイドも必要以上に魔法サイドと接触と接触することを避けている。それは学園都市に侵入した魔法師を研究材料にするでもなく無傷で捕らえて政府に引き渡していることから、そう考えても間違いはないだろう。

 

 

そんな彼らが一体なぜ第一高校に、何の目的で使者を送るに至ったのか。どこかから俺たち兄妹の情報を知ったのかという得体の知れない恐ろしさが感じられたが、答えの出ない問題をいくら考えても無駄だと割り切った。

科学側に深雪を害するつもりがあるなら全力で排除する、それはあの少女の正体が何であろうと同じ事だと心のうちに固く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

だがしかし、トラブルというのはさまざまな所から湧いて出てくるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

確かに悪目立ちしていたがまさか入学2日目でトラブルに巻き込まれるなんて、と内心で呆れていると美月が(こちら側視点で)トラブルの元凶となっている相手に向かって啖呵を切った。

 

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう!」

 

「深雪さんは貴方達を邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか! 一緒に帰りたいんだったら付いてくればいいんです。一体何の権利があって二人の仲を引き裂こうと言うんですか!」

 

一科生側の言動についに耐えかねた、と言った様子で丁寧な物腰のままに深雪のクラスメイトを相手に一歩も引かずに滔々と弁舌を振るっている。

 

「引き裂く、と言われてもな」

 

美月から少し離れた所から呟くと、深雪が慌てた様子でこう言った。

 

「み、美月は一体何を勘違いしているのでしょうか?」

 

「深雪? 何故お前が慌てている」

 

この深雪の慌てよう、なにか美月が決定的な誤解をしているような気がしてきた。

 

「え? いえ、焦ってなどいませんよ?」

 

そんな兄妹らしいやりとりをしながらも達也の意識は全く別のところに注がれていた。もちろん深雪との会話に支障をきたさない程度に。

 

「(……………どこから見られている)」

 

そんな感覚が今日の昼頃からずっと続いている。

恐らくさほど距離は遠くない、少なくともここから見える範囲だ。

最初は絡んできた一科生から向けられているものと思っていたが、ここまで徹底的に隠蔽され、俺個人に注がれているとなると、そうは考えにくい

そしてこの突き刺さるような感覚は間違いなく、あの時アリスから向けられていたものによく似ていた。

 

 

 

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 

「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

 

 

 

 

だが「眼」を使って探しても、それらしき人間を見つけることができない。

 

もし科学サイドに俺の『眼』を掻い潜ることができるような技術があるのだとすれば、さすがに見過ごすことはできない。何故ならアリスがそんな技術を持ち出している時点で俺の能力が科学サイドに露見していることになる。その真偽はなんとしてでも確かめなければならない。

 

 

「ハン! そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」

 

「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら? 深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんなことも知らないの?」

 

 

そんな達也の懸念を他所に目前で繰り広げられている口喧嘩はさらにヒートアップしていた。その口ぶりは火に油どころかガソリンを注いでいると言っても過言ではないが、エリカとレオが向こうの勝手な言い分にそれだけ腹を立てていることの証しだろう。

 

 

「……うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですか?」

 

美月のそんな言葉で意識を引き戻されると、決定的な決裂を感じ取った思考がため息となって口から漏れ出てしまった。

 

 

「………どれだけ優れているか、そんなに知りたいなら教えてやろう」

 

「ハッ! おもしれぇ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

 

 

堪忍袋の尾が切れたと言った様子で声が震えている一科生の言葉にレオが挑発的なセリフで応じた。売り言葉に買い言葉、双方譲り合いも諦めもつかない状態になってしまった。

 

 

「だったら教えてやる!!」

 

 

そういうと同時に特化型CADを引き抜いた一科生は、その銃口に当たる先端部分をレオに突きつけた。対するレオも負けているわけではなくどちらも戦闘慣れした魔法師の動きを感じさせた。

 

 

 

「お兄様!」

 

深雪に言葉をかけられる前に達也は右手を突き出していた。それは所在のわからない監視の目があることに関係なく身体の反射によるもので、達也は右手を突き出してからそのことを思い出し躊躇してしまった。

 

 

 

しかし、結果としてその躊躇は必要のないものとなった。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

金属同士のぶつかる甲高い音と同時に一科生が構えていたCADが彼の手か離れ、地面に転がっていた。

 

その眼前にはエリカが何処かから取り出したであろう特殊警棒を右手に持ち、相手を見据えて笑みを浮かんべていた。至近距離で魔法が発動される寸前だったにも関わらず臆することなくCADだけを弾き飛ばしたことから彼女の技術が窺い知れる。

 

 

「この間合いなら、生憎身体を動かした方が速いのよね」

 

「それは同感だが、テメェ今俺の手ごとぶっ叩くつもりだっただろ」

 

「あ〜らそんなことしないわよぉ」

 

「笑ってごまこそうとすんじゃねぇ!」

 

 

 

先ほどまでの雰囲気とは打って変わって向かい合って漫才を繰り広げるエリカとレオに皆が毒気を抜かれて呆気に取られていると、いち早く我を取り戻した女生徒が腕の汎用型CADのテンキーに指をかけた。

 

 

しかし、起動式に向けて外部からサイオン弾が放たれたことで女生徒が魔法を発動することはなく霧散していった。

 

 

 

「やめなさい! 自衛目的以外での魔法を用いた対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!」

 

 

声の主、七草真由美は生徒会長として小柄な体躯に似合わない貫禄を滲ませていた。深雪のクラスメイトもエリカもレオも、皆がその雰囲気に呑まれ硬直している。

 

 

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい。」

七草会長の隣に立っている風紀委員長、渡辺摩利がそこに集まっていた生徒に対して命じる。

 

その様子を見ながら達也は思考する。

深雪とクラスメイトの今後の関係を思えば、可能な限り穏当に収束させたほうがいい。そのために自分が嫌われたり敵を作ったりする分には全く構わないというのが本音だった。

 

 

「(ここら辺りが限界だろうか。仕方ない)」

 

アリスによる監視の目があるのは承知の上、多少こちらのカードをアリスに開示する結果になったとしても、今回に限っては致し方ない。

 

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

いきなり俺が発した言葉に渡辺先輩は怪訝な目を向けた。喧嘩の相手を庇うような行動の真意を計りかねているのだろう。真意と言ってたって深雪とクラスメイトの関係を思ってのものでしかないが。

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学のためにと思いみせてもらうだけのつもりが、あまりに鬼気迫るものだったので思わず手が出てしまいました」

 

「ではその後に1-Aの女生徒が攻撃性の魔法を発動しようとしたのは?」

 

「驚いてしまったんでしょう。反射で起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生ですね」

 

達也はいかにもかしこまった様子で答えているが、事情を知っている者には白々しさすら感じさせる声色だった。

 

「君の友人は、その反射で攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだったと主張するのかね?」

 

 

「彼女が発動しようとしたのは閃光魔法です。それも効果としては目眩し程度、失明や視力障碍が発生し得るものではありませんでしたし、”攻撃”ではなく悪ふざけの範疇に収まるものかと」

 

サラッと達也が言ってのけたことに対して、真意はともかくとして摩利が感嘆の言葉を吐いた。

 

「ほう、どうやら君は展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

魔法式の状態であればまだしも展開されただけの起動式を読み取るなど、”普通”はしようと思ってもできるものではない。それは展開している魔法師本人にもできないことであり、第三者であれば尚更だ。

 

 

 

「………誤魔化すのも得意なようだな」

 

達也がそんな常識外れの技能を誤魔化しにもなっていない言葉で片付けたのを見て、摩利は品定めするかのような視線を向けた。

 

「兄の申した通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん本当にただの見学だったのよね?」

 

深雪の誠意のこもった謝罪と七草会長からの助け舟、会長も入学式早々で新入生を処罰するようなことは避けたい。ということだろうか。

…………いつのまにか呼び捨てになっていることはこの際置いておこう。

 

今まで通りかしこまった様子で頷くと、会長は「貸しひとつ」とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

「生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には起動するだけでも細かな制約があります。このことは一学期のうちに教わる内容ですが、それまでは魔法の発動を伴う自習活動は控えた方が良さそうですね」

 

 

 

「……会長もこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことがないように。それと君、名前は?」

 

 

 

「1年E組、司波達也です」

 

また面倒なのに目をつけられたという声は心の奥にしまっておいて、終始真面目くさった対応の達也に満足したのか飽きたのかは分からないが、

 

「覚えておこう」

 

とだけ言って、摩利は踵を返しこの場を後にしていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

その後は流石に入学早々に生徒会長と風紀委員長に目をつけられるのはマズイという判断が働いたのか、深雪のクラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 

達也たちもそれに倣って早々に立ち去ろうとしていたところ、先ほどエリカやレオと衝突していた一科生、森崎駿から負け惜しみとも取れるセリフを吐かれたり達也が庇った光井ほのかという女生徒に謝罪されほのかの幼馴染だという北山雫も一緒に帰って良いかと尋ねられるなどしたが、先ほどのようなトラブルもなく校門を出ようとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の視界の端に先ほどまでその姿を捉えられもしなかった、銀髪の少女が映り込んだ。

 

つい先ほどまでその視線を感じるばかりで居場所を探し当てられなかった少女が、いっそ無防備なまでに背中を見せて校舎の方に向かっていくのを目にした達也は一瞬も迷うことなく決断した。

 

 

「……………すまない、先に行っててくれ」

 

この『眼』すら欺く何らかの力を有する彼女の正体を知るにはこれ以上の機会はない、そう考えた達也は一言断ってからあくまで自然な雰囲気を装い、そう言った。

 

 

 

「どうした?」

不思議な顔を浮かべてレオが尋ねてきたが、軽い笑みを浮かべてそれらしい理由を口にした。

 

「いや、軽い用事を思い出しただけだ。終わらせたらすぐに追いつく」

 

「大丈夫よ、ここで待ってるから」

 

エリカのその言葉に美月や深雪が同意するように首を縦に振った。こうなると待ってもらった方が不自然さを感じられることはないだろう。

 

 

「そうか………わかった。少し待っててくれ」

 

 

短くそう言うと、銀髪の少女が消えていった校舎の方に身体の向きを変えて走っていく。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「(確かこの角を曲がって…………また”見えなく”なった。どうなっているんだ?)」

 

 

角を曲がる直前に『眼』からアリスの姿を見失おうが最早驚かない。やはり彼女は達也の能力に関しておおよそ知っていると考えて間違いないだろう。彼女が科学サイドの人間だとして、ならばその情報をどこから手に入れたのかどこまでの人間が知っているのかハッキリさせる必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校舎をつたって角を曲がった先には、案の定誰も見当たらない。

 

 

 

「安心しろ、人払いは済ませている」

 

 

しかし誰もいないはずの空間から、よく通る声が響き渡る。

まるでそこにいるかのようだ。

 

感覚を研ぎ澄まし、五感の全てから得られる情報を全て集める。

師匠との稽古と比べても遜色ない緊張感に包まれ、にわかに殺気すら漂わせ始める。

 

 

 

 

「やはり見えないか?」

 

「(そこか…!)」

 

 

樹のそばに視線を向ける。

 

 

 

だが、見えない。

 

 

 

 

「無理だろうな。”人払い”ならまだしもこれは見ようと思っても意識から外れる。それこそが術式の真価だ」

 

声のした壁際の方を見やる。

 

 

 

「……………」

 

 

だが、誰もいない。

 

 

彼女の声だけがその空間にこだまする。

とあるものを除いて感情に固く封をされているはずの達也の心が、得体の知れない彼女を前にして形容し難い不気味さに襲われていた。

「眼」で見えない妖術や秘術の類と接した経験に乏しい達也にとって、目の前の光景は異様なものにしか映らなかった。

 

 

 

「(この感覚、前にどこかで……)」

 

 

 

ゆっくりと一歩づつ、また一歩と自然と前に足を踏み出す。

恐ろしくはない。恐怖を抱いているわけでもない。しかし心の中に宿った不気味な感覚は一向に晴れず、むしろ達也を試すかのように心を刻みつけていた。

 

 

 

十歩ほど前に出たところで、もう一度周囲を見渡す。

人影らしきものは何もない。いっそ不自然なくらいに達也が探している少女以外の生徒も視界に入らない。

 

「この状況すらもアリスが生み出したというのか………?」

彼女自身が持つ力なのか或いは科学技術の産物なのか、判別のできない目の前の状況に感嘆の意味もあり、そう呟かざるを得なかった。

 

 

しかし、おかげで一瞬だが周囲への警戒を解いてしまった。

 

 

「後ろだよ」

 

今までとは違う、実態を伴う気配を背後に感じた。その気配はあまりにも近く抱きつくことすらできる距離だった。

 

「(背後に!?)」

 

「捕まえた」

 

華奢な少女の体が達也の背中にぶつかり、後ろから伸びてきた手が首に絡みついた。

ちょうど背負うような格好だが、達也は彼女の足を抱えているわけでもないので振り落とそうと思えば、背負い投げでもなんでも振り落とす事もできる。

 

 

「おっと、振り落とすのはNGだ。これでもいたいけな女の子だ。投げ飛ばされれば怪我もする。嫁入り前の乙女の体は、もう少し丁寧に扱ったほうがいい」

 

「……………何の真似だ、アリス=クローリィ」

 

「いけないよ。聞けば答えが返ってくるという甘い考えは」

 

 

 

 

 

しかし彼女は「だが、教えてやれない訳でもない」と区切り、達也に告げた。

 

 

「君の監視、とでも言えば満足かな? もちろんそれだけが目的ではないが、今はそれで充分だろう」

 

「………………監視か、落ちこぼれの俺に監視するほどの才能があるとでも?」

 

「よく言う。展開された起動式を読み取れる人間のどこが落ちこぼれだ。そうは思わないか?」

 

 

 

 

「大黒天」

 

 

 

 

自分の秘密(大黒竜也)に繋がる言葉を口にしたアリスに対して、視線がさらに鋭くなる。

射殺すような視線を受けてもなお、余裕綽々と言った様子アリスは達也のことを安心させるように語りかける。

 

「安心しろ、私はお前の味方だ」

 

 

 

「味方か……この状況でそれをどうやって信用しろと」

 

 

「そう言うと思ったよ………そうだな、彼が説明した方が早いだろう。”彼”と呼ぶには少々適さないかもしれないが」

 

 

そう言って首に回した手を解きアリスが背中から降りたのを確認して振り返る。

そこには昨日見たのと同じ銀髪碧眼の少女が佇み、掴みどころのない不思議な雰囲気を纏わせ、達也の心を見透かすように笑みを浮かべていた。

 

「彼、とは誰のことだ。まさか他にも協力者がいると?」

 

 

問い詰める達也を前に一切態度を崩さずに笑みを浮かべて、こう言った。

 

「……流石の君も驚くと思うよ」

 

彼女が一歩横に逸れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の後ろ、先ほどまでだれもいなかったはずの場所に異様な『人間』としか形容することが出来ない人物が立っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腰まで届く、色の抜けた銀髪の髪。

 

表情の窺えぬ端正な顔。

 

ねじくれた銀の杖を右手に携え、こちらを捉えたまま視線を動かさない。

 

緑色の手術衣だけを纏った『人間』は男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも罪人にも見える奇妙な雰囲気を漂わせていた。

 

 

知っている。

 

初めて目にする人物だと理性は訴えている。だが達也はこの異質な『人間』を知っている。

 

 

 

「………アレイスター・クロウリー………?」

 

 

直接目にしたことも顔も見たことはないはずだが、達也の口からは自然とその名前が放たれた。

 

ここに居てはならない、『窓のないビル』に居なければおかしい筈の存在が、さも当然かのように立っている。

 

達也はひとまず目の前に立つ二人を警戒したまま、アリス向けて放っていた殺意を抑えてそちらの方に向き直る。相手は学園都市のトップ、大国の国家元首とすら対等に並び立ち得る存在だ。

それに四葉と因縁深い相手であろうとそれはあくまで四葉と学園都市の間のこと、深雪とその周囲に危険を及ぼさない限りは学園都市を始めとした科学サイドは敵に回したくはない。

 

 

 

「そうしてくれると助かる。こちらとしても君と事を構えるつもりはない」

 

殺意が収まったのを向こうも感じ取ったらしい。

 

 

 

こちらも警戒するのを止め、改めて『人間』のことを観察してみる。

 

 

 

 

 

これまでにないくらい驚愕した。

 

叔母上からアリスとの関係性は仄めかされていたし、いきなり現れたことについても学園都市には転移系能力者がいる、そこまで驚くことではない。

 

 

 

 

それは、目の前にいる『人間』を構成する情報がただ一人のものではなかったからだった。

 

 

10人でも100人でも1000人でもない。恐らく10万人どころか1000万人ですらないだろう。

 

正確に数えるのが馬鹿馬鹿しくなるようなほどの情報の塊が『人間』の中に詰まっていた。普通では考えられない状態の『人間』を前に言葉を発することすら叶わない。

 

 

「自分の眼が信じられない、というような目をしているな…………………それほど今の私は奇怪に見えるのかな」

 

 

「………えぇ、Mr.アレイスター・クロウリー」

 

 

 

 

ただの人間ではありえないような光景を前に達也は、言葉を失っていた。もちろん疑問は尽きない。一体何がどうなっているのか、複数人の情報が重なり合って存在すると言うありえない状況を引き起こしているのが科学によるものなのか。

 

特に後者は、精霊の眼による個人の特定や周囲の把握に大きな支障をきたす。アリスが使ったであろう精霊の眼から姿をくらませる技術と同じく達也にとって天敵となりえるものだ。

 

 

尋ねたいことは多いが、あくまで『人間』にはそれに付き合うつもりがないらしい。

 

「生憎と今の私には君の疑問に答えられるほどの時間がない。手短に済ませよう」

 

 

 

 

 

『人間』は表情一つ動かさず端的に、ピシャリと告げた。

 

 

「君は狙われている」

 

 

「それも反魔法団体、大陸国家勢力だけではない」

 

 

「科学サイドにも君を脅威と看做す者がいる。理由は…………聞かずとも分かるだろう?」

 

確認を取るような問いの投げかけは、言外に科学サイドが達也の正体を看破していることの現れだろう。

 

 

「3年前、君があの魔法を初めて使って以来、学園都市の一部の者にとって君は恐怖の象徴だ。特に四葉真夜誘拐に関わり四葉家から恨みを向けられている者たちにとって、君は懸念すべき存在から排除しなければならない存在に変わってしまった。そして彼らが君か君の周囲の者を襲えば、君は躊躇いなく彼らを潰してしまうだろう? 無論”それ自体は”問題ではないのだがね」

 

 

「問題は、魔法側が科学側を叩いてしまうと言う一点に尽きる」

 

「彼らの行動は、君に対する恐怖が原動力だ。その恐怖は君が彼らを叩けば叩くほど際限なく肥大化していき、やがて別の人間を恐怖から逃れる為の凶行(司波達也の襲撃)に駆り立てる悪循環に陥る。自分の身を守っている科学が君を相手に意味をなさないとなれば尚更だ」

 

 

 

悪循環

 

 

達也にできるのは襲われた際に自分と深雪のことを守り、襲ってきた奴らに報復することだけ。相手が敵対していても手を出してこないのなら先制するつもりもない。

 

だが”行き過ぎた力”による報復はいつか先制されるのではないか、という恐怖を煽り襲撃者を増やすだけだ。

それに達也が深雪のために振るうことのできる力は総じて”行き過ぎた力”だけで、襲われることを無くしたり減らせるように金や権力を振るう才能はない。

 

それ故に、『人間』の吐く言葉が酷く魅力的に聞こえた。

 

 

「だが、私達科学側が彼らを叩く分には問題ないだろう?」

 

 

 

「……………つまり、アリスがその役割を果たすと」

 

「無論、君の監視や日本から持ちかけられた交換留学の件に関する情報収集もある。総じて彼女は科学サイドの使者だとでも捉えてくれればいい」

 

 

 

正直に言えば科学サイドのことは信用できない。だが全員が全員信用できないと言うつもりはない。上層部や暗部は信用できずとも、個人レベルならば十分に信用に値する人間がいることも理解している。

 

 

 

 

そしてこの場合、達也から見てアリスと『人間』は決して信用出来る人間とは言い難かった。

 

 

「………納得した、という様子ではないな」

 

 

『人間』からの問いかけに達也は素直に答えた。

 

「……………自分のために何故そこまでするのか、理解できません」

 

先述の通り科学サイドは信用に値しない。だが同時にそれは不変のものではない。彼らが信用に値すると証明してくれれば、その存在は()()()()()()()()()()上で大きな助けになるはずだ。

 

達也はそんな気持ちを抱えながらも『人間』がどんな言葉を発するのかに注意を向けていた。

 

 

 

「私の『計画(プラン)』にとって、君は有意な因子ではない。だが同時に君が計画に与える悪影響はあらゆる因子の中でも上位にあたる。しかし他の因子と違うのは、君の与える悪影響が事前に防ぎ得るものであると言うところだ。防ぐことが出来るのならそうしない手はないだろう?」

 

 

プランと言う聞き慣れない単語が『人間』の口から出てきたが、特に何も言わないあたり詳しく説明するつもりはないらしい。機密性の高い情報なのか或いは単に煙に巻くつもりなのか定かではないが。

だが、この話が本当だと仮定すれば科学サイドの間に敵対するような間柄ではないのも、それどころか双方の協力に不利益がないのも間違いない。

達也は仮定のこととはいえ、一先ずそれに安堵した。

 

 

「繰り返すようだが、科学サイドに君と対立するつもりはない。むしろキミとは協力できればとも考えている。もちろん双方の技術流出には細心の注意を払ってのことだがね」

 

 

非常に魅力的な提案だが、この場で即答する訳にはいかない。ここまでの情報なら家に帰って深雪と共有した上で決めるべきだろう。もちろん科学と手を組むなど可能性の段階ですら四葉に知られるわけにはいかない。細心の注意を払う必要がある。

 

 

「……………今後自分が科学サイドに協力するにしても、今すぐこの場で返答することはできません」

 

 

 

 

「構わないよ。だが君の承諾の如何に関わらず科学サイドの不備は叩くことになる。こちらとしても技術の流出を抑える必要があるのでね」

 

 

達也と『人間』の会話がまとまりかけているのを察してか、今まで静かにしていたアリスが口を開いた。

 

 

「友人を待たせているのだろう。家に帰って考えるといい。返答が決まったら私に話してくれ、彼に伝えよう」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「科学か魔法か」という内心の逡巡を滲ませるような表情の達也が離れていったのを確認した少女は、周囲に張り巡らせていた”人払い”の効果範囲をちょうど自分と『人間』の二人が入る大きさまで狭めた。

人っ子一人見えなかった不気味な空間も、そのうち元の姿に戻っていくだろう。

 

 

 

「………さて、これで構わないな◼️◼️◼️◼️◼️」

 

こちらに視線を向けた『人間』の口から放たれれるはずだった言葉が、音を発する事なく霧散していった。

 

「………………ふむ、やはり無理か」

 

『人間』はそれに慌てる事なく左手を顎に当てつぶやいた。

その光景を見た少女が、さも当然かのような雰囲気を纏いつつも先ほどまではカケラも見せていなかった『人間』を敬う態度を表した。

 

「あなた方も所詮は魔術側の人間、魔術と科学の双方に通じてでもいない限り原型制御(アーキタイプコントローラ)からは逃げられません」

 

「試したまでだよ。私たちに君と対立するつもりはない。他でもない君の頼みだからこそ昨日の今日で顔を出した、ということを覚えておいてくれると嬉しいね」

 

本来、簡単には窓のないビルを離れることができないようにさせられている『人間』がこの場に現れたのは、少女が目にしたとあるの書類(手配名簿)が原因だった。

 

「しかし、名前だけとはいえ『計画』の存在まで話してしまって良かったのか? 彼は『計画』におけるジョーカーなのだろう? その大胆さは美点だが時に失敗を作り出す原因にもなり得るぞ」

 

想定外すらも利用するという在り方は少女が目の前『人間』が学園都市の王だった世界(原作)を読んで学んだことだ。だがしかし、そんなことを知っているのはこの場でこの少女だけでもあった。

 

「『計画』を完遂するためには、彼のような危険因子は取り込むべきでしょう。運がいいことに彼と協力する上での利害の対立はそう多くありませんから」

 

 

「…………『計画』か。あの時の決断が少しでも早ければ本来の私もその運命に足を踏みれていたかもしれんな」

 

「『ブライスロードの主犯』の濡れ衣を着せられるくらいなら、自分で起こしたと?」

 

『人間』の言葉に少女が疑問を呈した。

 

 

「もし『ブライスロードの主犯』になっていたら、確かに『計画』のようなものに手を出していたやもしれん」

 

肯定した『人間』に少女は笑みを浮かべて応えた。

 

「しかし、あなたは結局『黄金』を壊滅させなかった。あの追儺霊装を失い家族が”火花”によって不幸になることを躊躇ってしまった。”変態”だとか”史上最悪の魔術師”と言われた割に家族には甘いですね」

 

「甘いか、確かにあの時の私は見通しも何もかもが甘かった。焦りがああも視野を狭めるとは思わなかったよ」

 

「しかし、その視野狭窄のおかげであなたの家族だけでも飛沫から逃れることが出来た。それだけでも充分でしょう」

 

「確かに私の家族は火花を逃れた。だが『運命』のために涙しなければならない者達を見て、後悔の念に襲われるばかりだったその後の人生が果たして充分なものと言えるか?」

 

 

少女は自分の記憶とは運命を異にし、自責の念に駆られている『人間』を前に、ただ黙するしかなかった。

その身に失敗の呪いを受けながらも『ブライスロードの戦い』を生き延び、その後の人生で自分の手で掬い上げられなかった、火花という運命に全てをめちゃくちゃにされていく者達を見るのは相当に応えたのだろう。

 

しかし彼らを助けようにも自分の両手両足は、家族を火花から守るだけで精一杯。

 

家族と世界の二つを天秤に乗せられて、迷いなく世界を取れるほどこの世界の彼は絶望を経験していないのだ。

 

 

「まぁいいさ、今のはただの愚痴だと思ってくれ。君に制御を握られている以上、私たちにはそう多くの選択肢は存在しないのだから………………さぁ、私を『装置』の中に戻したまえ。こうしている今も可能性の散逸は進んでいる」

 

「…………えぇ、そうさせてもらいます。あなたの魔力パターンを誤魔化すためとはいえ、私が魔力を放出し続けるのも疲れますから」

 

 

そういって、少女が『人間』の前に手をかざす。せめてもの笑みはこの暗い雰囲気を打ち消すためだろう。

 

『人間』が足元から消えていく。

 

成仏などではない、ただ帰るべきところに帰るだけだ

 

器の中に収められていなければ、この世界に可能性を散逸させてしまうが故に。

 

 

 

「『汝の欲する所を為せ』」

 

消える直前に『人間』はある魔導書の冒頭の言葉を述べた。

 

「『それが汝の法とならん』ですか?」

 

 

「期待しているよ。テレマの体現者たるこの名を受け継いだ君が何を成すのか…………………その『計画』とやら、あるいは”その裏にある真意”が叶うことを祈っている。」

 

 

 




解説
原型制御
平たく言えば世界規模に洗脳装置
メタルギアシリーズの愛国者達に近いのかも?

窓のないビル
統括理事長の住居とされており、学園都市第7学区に存在する
名前の通り、窓が一切立て付けられておらず、外部からの侵入は非常に困難なため転移系能力者を使った出入りが基本となる

四葉家と学園都市の関係
親の仇(ガチ)

ブライスロードの戦い
過去に存在した魔術結社『黄金』を崩壊させるに至った戦い
本作では発生の経緯やその後に至るまで大きく改変されております。ご承知おきください

『人間』
窓のないビルに存在する容器の中に収められた『人間』
アリスと何らかの協力関係にあるらしく、達也の前に姿を現し自分のことをアレイスター・クロウリーだと誤認させた。




あくまでアリス=アレイスター・クロウリーです。それを頭の中に入れておいて下さい。
ならあの「人間」は一体なんだよと言うところですが、明確な答え合わせはかなり先になります。

まぁ、とある読者にはほぼ答えを言っているようなものですが、こいつの存在は割と矛盾しそうで戦々恐々としています。
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