脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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ブックマーク1000件越えとる……、ありがとうございます……。
評価バーも右まで埋まって、沢山の方に読んで頂いて本当に嬉しい。

さて、今回からアビドス過去編開幕です。
活動報告にも載せましたが、この過去編こそがこの物語の核と言って過言ではありません。気合を入れて書いているんですが、……そのせいで思ったより長くなりそう……想定してたより文字数が。
毎日投稿は難しくなりますが、一部の話は出来上がりつつあるので過剰にスローペースにならないよう、引き続き修正など行いながら頑張ります。


Stories of the Past・Abydos
Stories of the Past・Abydos.Ⅰ


 

 最初に感じたのは、全身に走る鈍い痛み。一瞬の鋭い頭痛と、車にでも引き摺られたのかと思えるような首から下の痛みだ。

 眼は、眩しくて薄く開けるのが精一杯。上半身を起こすべく、擦り傷だらけの――いや、包帯だらけの腕をベッドについたところで、額を誰かの人差し指に押されてベッドに帰される。もう一度この身体を無理に起こせと言われて、起こせる自信が今の僕にはない。

 

 仕方なく倒れたまま顔を傾ければ、ようやく光に慣れてきた視界に映ったのは、長い髪をした女性の姿。温和な笑みを浮かべており、ステンドガラスのような模様を描き、頭の上でふわふわと浮かぶ光輪――()()()()が揺れている。先程、押してきたのはこの人か。当たり前のようにその顔には見覚えがまるでなかった。

 

 

「起きましたね〜?……ヒトを呼んできますから、そのまま、寝ていて大丈夫ですので動かないように〜」

 

「………………っ、待っ……!」

 

 

「待ってくれ」と声をかける暇もなく、教室を飛び出して行ってしまった。伸ばした手のやりどころがなく、仕方なくベッドに戻して窓の外に視線を向ける。

 窓からは夕暮れの陽が差し込んでいるが、その外に広がる光景はとても美しいとは言えないもの。何処を見ても砂、砂、砂。稀に砂に埋まった何かが遠目に見える程度で、殆ど変わり映えのしない景色。

 このキヴォトスに置いてこれほどの規模を持つ砂漠地帯など、一箇所しか思い浮かばない。……恐らくアビドス自治区の何処かなのだろうが、何故自分がアビドスに。いや、そもそも自分は目覚める前にアビドスで何をしていた?思い出そうとしても、何かノイズでも走っているかのように不鮮明で記憶が引き出せない。

 

 手の甲を額に乗せながら如何にか思い出せないかと思考し続けていれば、先程出て行った彼女が二人の少女を引き連れて戻ってきた。

 

 片方は背の低い桃色の髪をした少女。金色と水色のオッドアイが何よりも他人の目を惹くことだろう。もう一人は灰髪に獣耳を生やしている少女で、表情がやけに薄い。砂漠だけあって室内でも暑いというのに首元のマフラーをしているのか何か理由でもあるのだろうか。

 

 

「お、本当に起きてるねえ。身体の具合はどう?」

 

「…………ええ、一応大丈夫……だとは、思います。お気遣いありがとうございます。それより、此処は、……アビドスで合っていますか?」

 

「はい、正確にはアビドス高等学校の医務室です。貴方、砂漠のど真ん中で倒れていたそうなんですよ〜?ホシノ先輩がすごい運び方で教室に飛び込んで来た時は何事かと……」

 

「……ち、ちょっと待ってください」

 

 

 信じ難い言葉が聞こえてきた。聞き間違い、或いは相手の言い間違いであって欲しいと願い再度確認を取るが、返ってきた答えは変わらずだ。

 

 

「…………さ、砂漠に?……その、都市部で倒れていた、とかではなく?」

 

「…………うん?そうだよ。君が倒れてたのは本当にアビドス砂漠。それもど真ん中もど真ん中、いやあ、偶々見つけられて良かったよ〜」

 

 

 俄には信じ難い。アビドスといえば、かつてはキヴォトス最大の学園として名を馳せていたものだが、今や砂嵐とそれによる自治区の砂漠化で激しく衰退した土地だ。人だって無事な都市部に集中しているだけで、それ以外の場所は過疎化――というか、殆ど人など残っていない。

 何が目的でそんな場所に僕は居たんだ。ますます頭がこんがらがってくる。寝ているままでは上手く考えが纏まらない、本当に怠いが仕方なくもう一度だけ起きてみようと試みて――ベッドから落ちそうになってしまい、オッドアイの少女に支えられてしまった。

 

 

「…………すみません」

 

「いやいや、どういたしまして〜。でも、あんまり無理しない方がいいよぉ?ノノミちゃんにも言われたのかもしれないけど、暫くは大人しくしてなって。……えーっと……悪いけど名前聞いてもいいかなぁ?」

 

 

 僕の名前を呼ぼうとしてくれたのだろうが、彼女達がこんな行き倒れの名前なんて知るはずもない。逆に知っていたら何で知っているんだ、という話になる。何せ面識など一切ないのだから。

 此方を向くオッドアイの少女に名前を名乗ろうとして、……名乗ろうと、して。一言も、喉から言葉が紡がれない。

 

――――名前。僕の名前が、出てこない。

 

 そんな馬鹿な、いくら疲労していたとしても自分の名前を早々に忘れるものか。それこそ、記憶喪失でもない限り。

 暑さによるものではない、嫌な汗が頬を伝う。しかし幾ら記憶を手繰ろうとも、――否、手繰るための記憶が喪われているのならば思い出しようがない。名前は愚か年齢、所属、倒れる以前に何をしていたのかさえも分からない。不鮮明だった記憶の理由が、単なる混乱や物忘れではなく脳障害だと理解できてしまう。

 僕のおかしな様子に気がついたのだろう、彼女達全員が顔を見合わせていた。

 

 

「…………待って、ホシノ先輩。これ、まさか」

 

「色々変なとこあったから疑ってはいたけどさ、まさか本当に記憶喪失とはねえ」

 

「…………手間をかけさせてばかりで申し訳ありません。恐らく一過性のもの、だとは思いますが……」

 

 

 今こうして話している間も思い出そうとしてはいるものの、全くと言っていいほどに何も憶えていることがない。キヴォトスに於ける地理の知識は残されていたり言語を扱える以上、エピソード記憶だけが抜けている状態なのだろう。何がきっかけで戻るのか分からないが、最悪の中でもマシな状況ではあるらしい。

 砂漠で行き倒れていたのを助けられた挙句、ここまで迷惑を掛けることになるとは思わなかった。

 

 

「いやいや、本当に気にしないでいいからさ。ていうか身体は本当に大丈夫なの?おじさん、そっちの方が心配だよ」

 

「ん、怪我がなかなか酷かった。ヘイローがないのも驚いたけど、全身擦り傷だらけだったことの方に驚いた」

 

「そんなに、ですか……いえ、今もかなり痛みはしていますが」

 

 

 シャツの袖を少し捲ると、ぐるぐる巻きの白い包帯が除いている。体の違和感は怪我もあるが包帯のせいもあるのだろう、今は少し麻痺しているからいいのかもしれないが、後になって痛みが今以上に感じられそうで少し怖い。

 

 

「そりゃあもう。防弾ブレザーも砂嵐に巻き込まれたのかボロボロだったし、鞄に入ってたのは壊れたスマホと変な本が一冊だけ。身元がわかんないから、眼が覚めなかったらどうしようかとおじさん結構焦ってたんだけど、……これはまた大変なことになっちゃったみたいだねえ」

 

 

 鞄。……そう言われて自分の体を見下ろしたり、ベッド周りを軽く見渡してみるもののそれらしきものは何処にもない。鞄を探している仕草に気づいてくれたのだろう、桃色の髪をした少女がベッド下に手を入れて引き抜くと、そこにはプラスチックの籠に入れられている小さな肩掛け鞄があった。

 入るものなんてせいぜい二つか三つ……どう詰め込んでも四つほど小物や本を入れたら限界になるだろうというような、本当に小さな鞄だった。

 

 

「はいこれ、さっき言ってた君の鞄。勝手に中身見たのはごめんねぇ」

 

「いえ……」

 

 

 自分を「おじさん」などと独特な呼称をする彼女から渡された鞄の中身は、何のこともない。

 小さな鞄に詰め込まれていたのは、ちょっとした辞書ほどの厚みがある一冊の本と画面が蜘蛛の巣状にひび割れている旧型スマホ。

 これが自分を探る手掛かりらしい手掛かりだが、スマホは勿論動かない。本に至っては砂に汚れてタイトルが異様に読み難いし、御丁寧なことに開かないよう表紙には鍵までついている。しかもこの鍵、鍵穴もなければダイヤルもないので開け方がまるで分からない。

しかし一つだけ、手掛かりらしいものは見つけられた。

 

 

「……名前は恐らく、これではないかと。砂に汚れていますが、一応、本の裏に書いてありますので」

 

 

 砂を払った先にあったのは、表紙に刻まれた四つの文字。漢字が2文字、カタカナが2文字。まるで子供が描いたかのような雑に描かれた文字は、確かに「名前」だった。本のタイトルも出てきたが、まあ、これはどうでもいいか。

 

 この名前は偶々持っていた本裏に書かれているというだけで本当に自分の名前なのかは定かではない。しかしどうしてか、僕には「これが僕の名前」だという確信があった。証拠も何もない話だ、しかし言葉にし難い感覚だが、確証はないが確信はある。そんな感じだった。

 

 

「よかった、名前がわかるなら安心ですね。後で連邦生徒会に連絡して、生徒名簿に検索をかけていただきましょう。大丈夫、きっと何とかなる……と、思います!」

 

「…………だといいけどねえ」

 

 

 どうにも歯切れの悪い答えだが、連邦生徒会に対して思うところがあるのだろうか。彼女達は連邦生徒会をよく思っていないのだろうが、藁にもすがるしかない僕としては素直に連絡を入れてみようと思う。変に気を遣った結果、記憶だの所属だのがわからないままずるずる長居をして迷惑を掛け続けるよりはマシだ。

 

 しかしこの本、どうなってるんだ。無理矢理開けられないか試してみたものの、自分の貧相な腕ではとても無理そうだ。引っ張っても押してもうんともすんとも開く気配がない。鍵は一ミリどころかその百分の一ほども動かない結果に終わり、他人になんとも情けない姿を晒しただけ。嗚呼、早速凹みそうだ。

 

 本が一番の手掛かりだとは思うのだが、中身が分からないのでは手掛かりもクソもない。開かない本を片手に困り果てていれば、不意に横から一番最初、起きた時に隣にいてくれた女性の手が伸ばされた。

 

 

「私、やりましょうか〜?」

 

「………………貴女が?いえ、ですが」

 

アビドス(うち)じゃノノミちゃんが一番力持ちだからねぇ。お願いしてみてもいーんじゃない?」

 

 

 確かに、ヘイロー持ちの彼女達ならば身体能力も僕とは桁違いのはずだ。頼りきりで申し訳ないとは思うものの、こんなところで意地を張っても仕方がない。素直に任せた方が無難だろう。……いや、情けない言葉を重ねるようだが、仮にヘイローが無かったとしても自分よりは可能性があるか。自分の細腕を一瞥してから、手にある本を「ノノミ」と呼ばれた女性に差し出した。

 

 

「すみませんが、僕では逆立ちしても開けられそうにありません。お願いできますか、……ノノミ、さん」

 

「ふふ、そういえば自己紹介もまだでしたね。私はノノミ、十六夜ノノミです☆」

 

「では、十六夜さん。お願い、してもよろしいでしょうか」

 

 

「お任せあれ」と自信満々に受け取った十六夜さんは、なんともワイルドに本の表紙を鷲掴んで左右に強く引き始めた。梃子だの何だのと言った道具に頼らず、己の腕二本のみ。左右にかかるあまりの張力に、本がギチギチと音が立てている。

 

 が、これは鍵の音ではない。表紙が十六夜さんの手と擦れているだけの音だった。

 

 

「…………んん〜〜〜〜……!」

 

 

 どれほど彼女の腕力があるのかも分からないが、十六夜さんが目を閉じるほど力を込めているというのに僕の時と同じ結果だった。本の鍵は、微動だにしていない。

 これではまるで鍵が掛かっていると言うよりも、「そこに鍵が固定されている」とさえ感じられる。チープな例えかもしれないが、初代ワイバーンクエストで「選ばれし者にしか引き抜けないとされる勇者の剣」が他の豪傑にさえ引き抜けなかったように腕力云々の問題ではないと、理解出来てしまった。

 

 しかし僕の持ち物なのに、開け方がわからないというのはなんとも悲しい話。それこそ勇者の例えを出したが、持ち主である僕にさえ開けないのは一体全体どういうわけだ。……まあ、この歳になって「俺は選ばれし勇者なんだ」と妄想するつもりはないけれど。

 あくまで僕が持っていただけで、本来の持ち主は別人だって可能性もあり得る話。後は、開かないと言うのは人力だからで、実際は万力でも使えば案外あっさり開いたりするかもしれないのだから。

 

 十六夜さんは暫く頑張ってくれていたものの、流石に限界が来たのだろう。本をベッドに置いて、肩で息をし始めた。

 

 

「…………んんんんん……っ、本気でやってますが、……びくとも、しませ〜ん……!無理です〜……!」

 

「…………うへ、それマジ?」

 

 

 二人は信じられないと言ったように目を丸くしている。どうやら、十六夜さんがこの中で一番腕力があると言った言葉に偽りはないらしい。

 

 

「ノノミでも無理なら私たちには尚更無理。いっそ鍵を撃ってみる?」

 

「…………う〜ん、流石にやめといた方がいーんじゃない?現状、一番彼の身元に繋がりそうなものだし、撃っちゃったら万が一ってこともあるからさ」

 

 

 なんてことを言うのだろう、この灰髪の少女は。

 幾らそれぐらいしないと開かないだろうと――いや、銃撃したとしても開くかどうかも怪しいが、それはそれだ。命を助けられた手前、別に本の一冊二冊ダメにされたところで釣りを返すほどの感謝はしているが、流石に記憶に関わりそうな本に繋がっている(もの)を破壊しようとするのは勘弁願いたい。

 オッドアイの少女のおかげで事なきを得たが、もし彼女が居なかったらあの灰髪の少女は本気(マジ)で撃っていただろう。碌でもない話だ、アビドスの治安はどうなってる。とはいえやり過ぎだとは流石に思ってくれたらしい、灰髪の少女は目を閉じて小さく頷いていた。

 

 

「…………確かに。少し軽率だった、ごめん」

 

「私もごめんなさい〜…頑張っては見たんですけど無理そうです……」

 

「いえ、そんな。十六夜さんは充分やってくれました。それに、其方の……」

 

 

 ちらりと、オッドアイの少女を見る。名前がわからないことに気がついてくれたのだろう、手を降りながら名前を教えてもらうことができたがその名前を聞いて、先程とは違う意味で驚くことになる。

 

 

「ホシノだよ〜。小鳥遊ホシノ。気軽におじさんって呼んでくれればいいからねえ」

 

 

 何に驚いたかって、彼女が「ホシノ先輩」と言うことに対して、だ。小鳥遊さんの背丈は僕より一回り以上小さく、呑気な……というよりのんびりしている雰囲気も年上らしく見えないからか、てっきり灰髪の少女のほうが「ホシノ」だとばかり思っていた。

 とはいえそれはわざわざ口に出すことでもない。失礼に当たるし、心の内で驚愕は留めることにする。しかし「おじさん」とはいったいなんだ?幾ら年上とはいえ、どう見たって小鳥遊さんは十代だしそもそも女性だ。言葉の意図が分からず、「?」マークを浮かべながらの挨拶になってしまったのは申し訳ない。

 

 

「…………小鳥遊、さん……おじ、さん……?も、気遣って下さってありがとうございます。それに、僕を運んでくれたのも貴女だとか」

 

「君、真面目って言われない?……ま、その辺は気にしないでいいよお。困ったらお互い様って事で〜」

 

 

 明らかに困惑している様子に肩を竦めると、その隣から割り込むようにして手を伸ばしてきた先の物騒な灰髪の少女。握手を求めている、と言う事だろうか。少女が差し出してきたのと反対の手を恐る恐る取ると、どうやら察した意図は当たっていたらしい。

 

 

「……シロコ。砂狼シロコ。宜しくね」

 

「砂狼さん、ですね。ええ、宜しく」

 

「私も記憶喪失だから。一緒だね」

 

「は?」

 

 

 灰髪の少女改め砂狼さんと握手を交わしながら、さらっととんでもない事を告白された気がする。嘘だろ、アビドスって記憶喪失者が多発しているスポットなのか。

 思わず小鳥遊さんに視線を向けると、小さく頷くだけで終わらされた。その首肯はなんだ。砂狼さんが記憶喪失だと言うことに対する肯定なのか、それとも僕の懸念に対する肯定なのか。後者は言葉に出したわけではないし、考えすぎなだけで前者だろう。というか、前者だと思いたい。

 

 

「それで、これからどうする?と言っても、その様子じゃ家や学園も分からないよね〜……」

 

「…………残念ながら、そのようです。不躾だとは思いますが、今日はどこか教室を一つ貸していただけませんか。明日には市街地で安いホテルを探してきますので」

 

「それは構わないけど…………君、お金あるの?」

 

 

 ある、と小鳥遊さんに答えられたらどれだけ良かったか。鞄に財布や電子カードが入っていないと言うのは致命的だった。なんで僕はアビドスに、というか外出するのに財布の一つも持っていかなかったんだ。

 それがあれば交通機関なり最低限の宿泊施設くらいと思ったものの、アビドスの交通機関は殆ど死んでいたか。連邦生徒会が名簿検索による捜査をしてくれるまで、暫くは日雇いの仕事でもして繋ぐしかないだろう。

 これから先の生活を考えて頭痛がし始めた頃、砂狼さんがまたとんでもない事を言い出した。

 

 

「それなら、ウチに来る?記憶喪失者同士、仲良く出来るかも」

 

「………………、いや、…………流石に異性の家に世話になると言うのは」

 

「そうだよシロコちゃん〜。男の人なんてみ〜んな狼なんだから、襲われ……は、無理か」

 

「なんで僕の腕を見て言うんですか」

 

 

 そんなに頼りないだろうか。確かに御世辞にも筋肉質な身体だとは言えないのは認めるが。

 実際、下手な真似など出来るわけがない。ヘイロー持ちの身体能力にとても敵うわけがないし、そうでなくてそんな馬鹿な真似が恩人相手に――というより、誰が相手でもやるものか。主に人として。

 

 

「ま、家に泊めるってのはあれだけどさ。空いてる教室はいっぱいあるから、暫くゆっくりしてっていいよ。おじさんだって怪我人、兼病人を砂漠に放り出したりはしたくないしねえ」

 

「……しかし………………」

 

 

 彼女達が善意で言ってくれているのは伝わるが、その善意に甘え過ぎるのはどうなんだ。実際、街に出ればキヴォトスで仕事など幾らでもある。下手に仕事を選ぶ真似をしなければ、日雇いのバイトくらいは今からでも見つかるだろう。

 何故って……キヴォトスの治安を考えてみれば分かるはずだ。あちこちでガラスは割れるわ弾が転がってゴミ回収も忙しいわ交通違反が多発するわ。

 

 それで思い出した。そういえば、僕の銃も無くなっているではないか。鞄の中に無かったのなら何処にもあるまい。砂漠に埋まっているかもしれないが……見つかる可能性は零に等しいし、例え見つかったとしても使い物になるまい。携帯、銃、記憶、一日であらゆるものを失くしてしまったとなれば笑いすら出てきそうだ。

 最悪ホームレスを覚悟したが、小さく手を叩いた十六夜さんが「折衷案」を出してくれた。

 

 

「それなら、泊まる間は学校のお手伝いをしてもらうと言うのはいかがでしょう〜?」

 

「手伝い、ですか?」

 

「はい。幸いと言っていいのかはわかりませんけど、アビドスには人手が足りなくて。雑用でもなんでもしてくれるなら、此方としては大助かりです」

 

「ノノミちゃん、ナイス!…………それで?強情な行き倒れ君はどうするのかな?」

 

 

 ……成る程、「対価」を出してくれたのか。何もせずに此処に泊めるだけというのは口に出さないだけ、或いはそう考えていないだけで、負担がかからないわけがない。僕の方もこれ幸いと乗っかる性格ではないからか、お互いに利がある形を提案してくれた。

 一番温和なようだが、一番ヒトを見てくれているのではなかろうか。気を遣わせまいとしたら余計に気を遣わせる結果になってしまったが、此処まで言ってくれているのだ。これ以上断るというのも逆に失礼になってしまうし、泊めてもらえる事が有難いことに変わりはない。漸く、僕も素直に頷く事ができた。

 

 

「…………わかりました。御厚意に甘えさせていただきます」

 

「よーし、じゃあ話も纏まったし……これから短い間かもしれないけどさ。宜しくね〜?」

 

「精一杯、頑張ります」

 

「んじゃ、歩けそうなら先に校内だけ案内しちゃおっか。着いてこれそう?」

 

 

 身体の痛みはやはりあるものの、所詮擦り傷だ。歩けないほど重傷なわけでもなし、砂狼さんに少し起きるのを手伝ってもらえればなんてことはない。

 医務室の扉からひょこりと顔を出した小鳥遊さんに、遅れないように――医務室に、本も携帯(スマホ)もそのままに置いて、着いていく。意外と早い――いや、待ってくれ、階段を三段飛ばしで昇らないでくれ。

 

 

「うへ〜、早く来ないと置いてっちゃうよ〜」

 

「……病人に優しくするって話はどこに行ったんですか」

 

 

 砂狼さんが本のタイトルを読み上げる声が、閉めた医務室の扉越しに小さく聞こえてきた。が、今は小鳥遊さんに着いていくのが優先だ。どうせ開かない本だ、置物以上の価値はないのだから壊す以外なら十六夜さん共々好きに扱ってくれ。

 その読み上げられた本のタイトルは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ブルー……、アーカイブ…………?」




脇役君は転生者ではないことを、此処に明記します。
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