脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達 作:ぽけぽっぽ共和国
「"というわけで。セリカに逃げられちゃった"」
「何やってるんですか先生……」
軽く落ち込んだ様子で教室に入ってきた先生の話を聞けば、黒見さんが気掛かりだから後をつけまわしていたとのこと。何でも先日、ミレニアムから僕が戻る前に黒見さんが先生に「認めない」と発言して教室を飛び出していったらしい。アビドスの抱えている借金問題のことも勿論、先生には説明済みだ。
…………頑なな姿勢を見せる黒見さんの気持ちも分かる。正直、僕も心の何処かで納得が行かない部分もあるがアビドスに手を貸してもらえるというのなら是非もない。何より、話してみて分かったが先生は決して悪い大人ではないと思う。というか、そう思いたい。
それは今までのアビドス砂漠での失敗を先生に面と向かって「頑張ったね」なんて肯定してもらったのが嬉しかったから……なんて、そんな理由で信用してしまうのは僕がまだ子供だからだろうか。
しかしそれはそれ。先生の心配な気持ちも分かるが追い回すのはどうなんだ。普通にストーカーでは……しかし純粋に黒見さんを心配しての行為だと思えば何となく責め辛い……。
黒見さんのバイト先には思い当たる所があるものの、先生に伝えていいものか。後から威嚇する黒見さんの姿を想像して、少し怖く……いや、別に怖くはないな……。
「いやいやぁ、セリカちゃんのバイト先って言ったらあそこしかないでしょー」
どうしたものか悩んでいると、口火を切ったのは小鳥遊さん。対策委員会の机に上半身を預けながら、さながら溶けた猫のような姿勢で人差し指を立てている。
砂狼さんと十六夜さんも同調するように頷いて、奥空さんは苦笑を浮かべている。何のことか見当がつかないと言った表情なのは先生だけ。その表情がなんだかおかしくて、少しだけ笑いそうになってしまったのは内緒の話だ。
小鳥遊さんを止めるべきか悩んだが、最悪「僕は言ってませんよ」と言い訳が出来るし、別にいいか。何より僕と同じくヘイローのない先生の付け回しなんて、黒見さんも本気で嫌なら最初から振り切れたはずなのだから。
「ん、セリカは分かりやすいから。セリカはお気に入りのラーメン屋があるんだけど、バイト先っていうなら多分そこ。すごく美味しい、先生も一緒にどう?」
「"じゃあ、私も行こうかな。セリカのことも気になるし、何よりシロコお墨付きのお店みたいだからね"」
一瞬、小鳥遊さんの目が「きゅぴーん」と音を立てて煌めいたのを見逃さない。多分先生にたかる気だな……あれで結構、小鳥遊さんは強かだ。
まあ、たかるという表現をしたが実際は「先生」というアビドスで初めて素直に頼れる大人を相手に構って欲しいだけの気もしてしまう。大人だからと言って頼りすぎるのも僕は苦手だが、最悪、十六夜さんも居るので勘定が払えないと言うことはあるまい。ああ見えて十六夜さんの実家はとんでもない金持ちなのだから。
その実家にアビドスのことを頼らないのかと聞かれれば答えはノー。理由は話す機会さえあれば、話すだろう。
「チワワ君はどうする〜?」
突っ伏していた体勢から軽く反動をつけ、漸く起き上がった小鳥遊さんは大きく伸びをしながら此方に視線を寄越してくる。チワワってなんだと思ったが、そういえば先日、ミレニアムでの通話でそんな呼び方をしていたのを思い出す。もしかしなくても気に入ったのだろうか。
「その呼び方は勘弁してください、小鳥遊さん。……というか、僕も今日はバイトですよ、行くなら皆さんで行ってきてください」
学生鞄ではなく、いつもの小さな鞄を肩にかけながら首を振る。そもそも行ったところで食べ切れない。前回、皆と一緒に行った時には砂狼さんと同じ塩ラーメンのミニサイズを頼んだのだがギリギリ食べ切れずにダウンした。勿論、サイドメニューなど何一つ手をつけていない。
大将に「もうワンサイズ小さいの置くべきかな……」なんて言わせてしまったのを覚えている。流石に需要が無さすぎるから置かれないとは思うが、もし置いてもらえたら必ず食べに行こうと思う。
食べ切れこそしなかったものの、忖度抜きにして柴関のラーメンは本当に美味しかった。顔を上げると、なんとも言えない表情に変わっている先生と目が合った。
「"…………シロコ達が食べなさすぎって言ってたのが良くわかったよ……"」
「そんなこと言われても……別に必要分のカロリーくらいはちゃんと摂ってますし……」
別に食べなくてもそんなに腹が減らないのだからどうしようもない。文句をつけるなら僕の身体に文句をつけてくれ。
多分僕の台詞――必要な分は食べているという言葉に不信感を持っているのだろうか、凄い視線で此方を見てくる砂狼さんの視線は無視させてもらう。
「うへ、そういえば君もバイトだって言ってたけど。また交通整理のバイト?」
「いえ、ガンショップの接客です。ほら、僕が十六夜さんに銃を買ってもらったあそこですよ」
「あ〜……なるほどねえ」
キヴォトスで暮らすなら銃の一丁でも持っていないのは話にならないと言うことで、十六夜さんに銃を買ってもらったことがある。別に立て替えてもらっただけで、その代金はちゃんと後々返したのだが物凄く悪いことをしている気分になった。十六夜さんが変に包容力があるのも理由だったのだろうが、将来、ヒモにだけはなりたくないと思わせてくれる良い経験だった。
バイト先のガンショップはアビドス区内にある数少ないガンショップ。それだけあって中々儲かってはいるらしく、日給も悪くないので出来るだけ役に立てるようにしたいものだ。少なくとも日給分くらいはしっかり働きたい。
ちなみに交通整理はゲヘナでのバイトだったのだが僅か二日で辞めた。あんなところでバイトなんかしてたら死んでしまう。なんで一時間ごとに車が爆発してるんだ、色々とおかしいだろ。
「あ。僕は今日少し遅くなりますので、もし施錠するなら裏口だけは空けておいて下さいね。そこも閉じられると僕の
「は〜い、了解です〜。じゃあ、頑張ってくださいねチワワさんっ」
「十六夜さんまで、やめてください」
小鳥遊さんに便乗するようにお決まりのポージングをしながら揶揄ってくる十六夜さんをじろりと睨みながら、教室の扉を後ろ手に閉める。前述の事もあって十六夜さんには強く言えないのを分かってて言ってるな、あれは。
今日、最初のため息を早速吐きながらアビドスを後にする。……さあ、今日も一日頑張ろう。
――――――――――――――――
「…………疲れた……、遅くなるとは言ったけど、こんな時間になるとは思わなかったな……」
空を見上げると翳った月が顔を僅かに覗かせている。もしこれが冬ならもっと暗く、生きている街灯の少ないアビドスでは危なくてこんな時間まではバイトなどとても出来ない。ちょっと張り切りすぎてしまったが、その甲斐あってガンショップの店長にはバイト代に色をつけてもらったし土産に手榴弾を幾つか分けてもらうことが出来た。……土産が手榴弾というのが中々キヴォトスクオリティを感じてしまう。
携帯で時間を確認すれば、時間より先に真っ赤な残りの充電マークに目が行ってしまった。当たり前だが、これは僕が最初持っていたひび割れのある携帯ではない。アビドスに来て一番最初に買ったものなので愛着もあったが、所詮は型落ち品の携帯だ。もしかしなくとも、そろそろ買い替えた方がいいかもしれない。
また出費が増えそうなことに小さく溜息を吐くと、同時にコール音が鳴る。携帯画面に映されていた名前は、大切な後輩――奥空アヤネのものだった。今日は遅くなると事前に伝えていたはずだが、どうしたのか。やや訝しげに思いながらも、コールボタンを押して携帯を耳に押し当てる。すると、開口一番に飛んできたのは安堵の声。
『先輩!良かった、先輩は無事だったんですね……!』
「…………奥空さん?何かあったんですか?」
彼女らしくないと言えば、らしくない声色。電話の向こう、奥空さんの顔が見えるわけではないが、あまり良くない雰囲気だと言うのは何となく察することができた。
また何か良からぬ資料でも引っ張り出されたのかと思いきや、耳に飛び込んで来た情報は僕を一瞬フリーズさせるのに十分なものだった。
『そ、それが……セリカちゃんが、何処にもいないんです……!家にもまだ帰ってないみたいで、携帯の連絡もつかなくて……!』
「………………、…………………………は?」
耳から携帯を離し、先程も確認したはずの現在時刻時を二度見する。X時を優に超えており、今まさに外をほっつき歩いている僕が言えることではないかもしれないが、こんな時間まで黒見さんが一報も入れずに何処にも居ない、なんてことがあり得るのか。少なくとも彼女の性格を考えれば、何も言わずに夜遊びなんてことはまず考えられない。
もしバイトが長引くにしたって、柴関の大将なら何かしら伝えてくれるはずなのに。
『今、ホシノ先輩と先生が調べて下さってますが心配で……先輩の身にも何かあったのかと……』
「……いえ、僕は大丈夫です。黒見さんの今日のバイト先は柴関ラーメンでしたね?それなら僕も場所は分かっていますので、少し調べてみます」
『お願いします、先輩……!』
奥空さんとの通話を切る。そのまま起動させたのはゲヘナで手に入れた
監視カメラの管理会社には申し訳ないと思うが、しのごの言ってられる状況ではない。砂狼さんではないが、キヴォトスではハッキング程度のこと日常茶飯事だ。
加えてアビドスではその管理会社自体が殆ど撤退しているし、残された監視カメラのセキュリティなどザルもいいところ。此処がミレニアムやトリニティならば、こんな型落ちの携帯でハッキングなど不可能。今だけはアビドスの現状に感謝するしかないな。
「………………っ、何処だ……!」
柴関の周辺から駅の周り、コンビニ付近に至るまでハッキング可能なカメラの全てを次々に回っていく。しかし何処にも黒見さんの姿が見当たらない。恐らくカメラに映る位置には既にいないのだろう、そうなるとカメラの記録から探る方が早いと言うことに今更気がついた。
馬鹿な事で時間を使った自分を責めるのは後でいい。急いでカメラを柴関周りに戻し、更に録画映像を巻き戻して黒見さんがヘルメット団の連中に拉致されるシーンを漸く見つけた。
車両が二台、戦車が一両。片方の車両に気絶した黒見さんが押し込められ、発進する先はアビドス郊外に向けた道。恐らく目的地は砂漠地帯だ。何を思って黒見さんをそんなところまで連れて行くつもりなのかは知らないが、発見したことを奥空さんに伝えようとして――一瞬でハッキング映像が途切れて暗くなる。
何事かと思えば、赤く点滅していたライトさえも消えて携帯は完全なバッテリー切れを告げていた。
「くそっ、こんな時にか!予備バッテリーくらい持ってくるべきだった……!」
だがヘルメット団の行き先は見つけられた。此処からならまだギリギリで間に合うかもしれない。
もしヘルメット団があのルートを通るのであれば、奴らには残念だがつい最近の砂嵐で道が塞がってしまっているのだ。まさかこんな形で砂嵐の調査をしていることが役に立つとは思わなかった。
奴らがアビドス郊外に向かうつもりならば、あの地点から大きく迂回せざるを得ないので、その分の時間が僕にはある。
バッテリー切れの携帯を雑に鞄に突っ込むと、そのまますぐ近くの駅に入る。窓口ではもう客など来ないと思っているのだろう、あくびをしているロボット型の駅員が残っていた。呑気な様子の駅員に対して理不尽な軽い苛立ちを覚えながら、鞄から今日のバイトの日給を引きずりだしてそれを叩きつける。荒っぽい自覚はあるが、今日だけはどうか許してほしい。
「――――X番市街地まで、まだ運行している車両はありますか!?」
「うおおっ、なんだいお客さん!?いや、えーっと、待ってくれ…………あったぞ、一本だけ残ってるけど、ほんとに乗るのかい?もう何分もしないうちに発車しちまうし、なんなら帰りの電車なんか今日は通らな――」
「お願いします!お釣りは要りません!」
切符を受け取るや否や改札にそれを突っ込んで駅内を走る。後ろから聞こえてくる「お客さん!?」という声も無視だ、ヘルメット団に追いつきたいのならば何としてでもあの電車に間に合わせねばならない。
普段は絶対にしない駆け込み乗車をすると、僕の他に乗客は誰もいない。車掌には迷惑そうな顔で見られてしまったので頭を下げておく。先の駅員のこともそうだが、彼等には本当に申し訳ないと思う。
目的の駅に着くやいなや、直様改札を飛び出してアビドス郊外に続く道に走る。既に時刻はY時を回っており、月も隠れて暗闇は更に増しており、かなり見えづらいがそれは相手も同じことだ。此方は待ち伏せがバレず、かつ相手は戦車を動かしている都合キャタピラの音までは誤魔化せない分むしろ好都合。
勿論、それは僕の予想が当たっていればの話。的外れな予想であれば此処で待つだけ時間の無駄になってしまうが、それは杞憂に終わってくれた。
「………………あれか……!」
数分も待たないうちに、道を曲がってくる一団が来た。カメラで確認したものと全く同じ車両で、間違いなくアレが黒見さんを拉致したヘルメット団だ。
小鳥遊さん達に連絡を入れたいところだが携帯はバッテリー切れだし、この地区には生きている公衆電話も滅多にない。先生も動いてくれているのは知っているが、救援がいつになるのかは分からないのが現状だ。
今、僕がどうするべきか――悩んだのは、二秒。
鞄から、拳銃と手榴弾を引き抜いた。
次回、この作品に於ける初の戦闘シーン。
しかし、安心してください。『黒見セリカを救うのは先生と小鳥遊ホシノ、砂狼シロコ、十六夜ノノミ、奥空アヤネ』です。皆さんの知るブルーアーカイブと、なんら変わりはありません。
彼に物語を変える力なんて存在しないのですから。