脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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お待たせしました。予約投稿を忘れていたものです_(:3 」∠)_
忙しいのと色々重なったりなんだったりで書く時間が……。そして今回、後々台詞の一部を変えるかもしれませんがご容赦を。


Stories of the Past・Abydos.Ⅸ

 

アビドス砂漠での戦闘の最中、不意に通信が不安定になり途絶えてしまった。奥空さん共々大慌てで追加のドローンを飛ばそうと準備していれば、鳴り響く電話のコール。

 電話先は銀行で、その内容は「アビドスへの利子を3000%追加する」という無茶苦茶なもの。信用ランクが下がったとの事だったが、こんなもの誰の指示で利子が引き上げられたのかなど一目瞭然。信用ランクもクソも関係あるか、最初からこのつもりだったのだろう。

 

 その後、砂漠から戻ってきた先生達から詳しく話を聞いたが僕達がモニター越しに見えていた通りだ。あの施設はアビドス砂漠にある宝物を探すためのものと言っていたが、アビドス砂漠には石油も何も残っていない。そんなもの腐るほど調べた後だし、カイザー理事の話が事実でも嘘でも今現在アビドスの存続にはまるで関係のないこと。

 

 考えなければならないのは寧ろ借金の返済に関してだ。此処に来て、アビドス最大の問題である借金が牙を剥く事になってしまった。「一週間以内に三億を保証金として支払え」とカイザー理事が口にした通り、利子の分も含めれば支払わなければならないのは三億九千百三十万。凡そ四億という額を一週間で用意するなど、それこそ大企業でなければ不可能だ。……だが、これはもうそんな話ではない。

 

 

「保証金も要求してきましたし……あと一週間で三億だなんて……」

 

「…………三億じゃありませんよ、奥空さん」

 

 

 小さな「え」と言う声と共に、椅子に座ったまま項垂れている僕に視線が集まるのが分かる。アビドス砂漠に発つ前、想像していただけで言わなかったことが現実になってしまった。

 結局、アビドス砂漠に発つ前に抱いていた僕の懸念は問題を先延ばしにしてしまっただけ。できることなら、言うような状況にならないでくれと。或いは、カイザー理事もそこまでするとは思いたく無かったのかもしれない。浅はかな願望に過ぎなかった。

 

 

「…………九億九千万。凡そ十億。それが、アビドスを本気で救うのなら……僕たちが一週間で用意しなければならない額です」

 

 

 一瞬、静まり返る対策委員会の教室。理解が追いつかないという沈黙の後、堰を切ったのは黒見さんだった。

 

 

「…………ど、どう言うこと!?だって、向こうが三億払えって話を持ちかけて来たのに……!」

 

「黒見さん。……では、三億支払えたとして、その後に何があると思いますか?」

 

「何って、そりゃ……」

 

 

 再びの沈黙。先生と奥空さんは僕が何を言いたいのかいち早く気付いたのだろう、先生は眉間の皺を深くさせているし奥空さんは眼鏡の奥に見える表情がますます青ざめていく。

 

 

「三億、利子も含めて約四億を返したところで同じこと……。三億をカイザー理事に突きつけたところで、その次の週になればもう一度同じ額を払えと言ってくるに決まっている。なんなら、利子を更に引き上げてくるかもしれない。こんな馬鹿げた利子の引き上げ方をしてきた以上、何が何でも僕らを破産させるつもりだ。今より無茶苦茶を仕掛けて来ても何もおかしくない……」

 

 

 だから、もし返すとするならば、借金の全てを此処で叩き返すしかない。カイザーが油断している最初の一回で、全てを終わらせる。そうしなければ雪達磨式よりも酷く借金が積み重なっていき、アビドス高等学校という場所の本当の終わりが待っているのだから。

 

 

「……行ってくる。あそこで何をしているのか、調べないと」

 

 

 先程よりも更に重苦しく落ちていた沈黙を裂いたのは、砂狼さんだった。立ち上がると徐ろに銃とミサイルポッドを手に取る。彼女との付き合いも短くない、何がしたいのかは何となく僕には分かっている。多分……十六夜さんと、小鳥遊さんも。

 扉に向かう砂狼さんを止めたのは奥空さん。止めるなら彼女か、十六夜さんだとは思っていた。

 

 

「し、シロコ先輩!?行くって、一体どこへ……!」

 

「PMCの施設。徹底的に準備すれば、何とか潜入出来ると思う。行って、何をしてるのか確認する」

 

「ま、待ってシロコ先輩!それより今は、借金の話の方が先でしょ!?」

 

「……彼の言う通りなら、借金はもう真っ当なやり方じゃ返せない。何か別の方法を探るべき」

 

 

 それに反対する十六夜さんと奥空さん。

 それに賛同する黒見さん。

 それを諌める先生と小鳥遊さん。

 

 アビドスが、バラバラになっていく。繋いでいた手が徐々に解けていく感覚だ。手の中にあるものが、砂になって指の隙間から滑り落ちていくような不安と焦燥。

 僕は、……僕には、何が出来るのだろう。

 

 

「……ま、取り敢えず今日はこの辺にしとこう。うへ〜、それじゃあ解散解散。一回頭を冷やして、また明日集まることにしようよ。これは委員長命令ってことで」

 

「"……そうだね。とりあえず、みんな一旦帰ろう"」

 

 

 湯だった頭で何を考えても上手くいくわけがない。冷静な二人の提案は至極当然のもので、僕たちもそれに従う他はない。対策委員会の扉を開き退出するその瞬間まで、僕の頭の中には、小鳥遊さんが昔語ってくれた言葉がずっと離れないでいた。あの言葉がもし本当ならば――。

 

 

『大オアシスの下にはね〜、希少鉱石が残ってるかもしれないんだってさ〜。……私も探したことがあったなあ』

 

 

 僕に、出来ることはまだあるのだろうか。

 

 ――――――――――――――

 

 

「…………なんで、……どうしてっ……!」

 

 

 翌日のアビドス対策委員会。机の上には、小鳥遊さんが残していった退部届と退会届。そして、借金の代わりにカイザーの傭兵として働くという僕達宛の手紙だけがぽつんと残されていた。

 手書きの手紙なんて、キヴォトスでは古臭いと言ってもいい。なのにわざわざ小鳥遊さんが、手書き(それ)を選んだ理由が分からないほど僕達も馬鹿ではなかった。

 

 シャーペンで描かれた文字をなぞる。……芯が折れた痕が幾つもある。消しゴムを使った痕も。筆圧が強すぎるし、所々文字だって歪んでいる。なのに、筆跡は間違いなく小鳥遊さんのものだと分かってしまう。

 何が「私のことは気にしないで」だ。何が「敵になったらヘイローを壊してくれ」だ。そんなことを書き残すくらいなら、最初からこんなことをするなよ小鳥遊ホシノ。

 

 此処は、貴女が愛した学校(ばしょ)だろう。

 ……なのに貴女だけが居なくてどうするんだ。

 

 黒見さんも、砂狼さんも、十六夜さんも、奥空さんも、僕も。こんなもの納得できるわけがない。現に砂狼さんは一人でも乗り込んでやるとさえ言っているではないか。加速していく混乱の最中でも、現実は待ってくれやしない。

 

 響いたのは、爆発音。アビドスの校舎が軽く揺れるほどの規模。発生源は――すぐ近くの、アビドス自治区。小鳥遊さんという公的なアビドス生徒会最後の生徒が居なくなったのをこれ幸いとカイザーが攻めて来ているのだろう。連邦生徒会が機能していればこんな無茶苦茶が許される筈もないのだが、連邦生徒会から助けが来ないことを僕たちは分かっている。

 

 

「…………こ、こちらに向かって数百近いPMCの兵力が侵攻中!市街地にも無差別攻撃をしています!」

 

 

 せめてアビドス自治区に住んでいる市民の避難だけでもとは思うものの、カイザーの兵士がもうすでに校舎にまで寄って来ているが、兎に角その数が多すぎる。小鳥遊さんという大きな戦力が消えた今、この襲撃は余りにも痛過ぎる一手だ。

 各々が武器を手に取る中、僕も鞄からハンドガンを取り出そうとしたその瞬間。

 

 

「対策委員会を発見!こっちだ!!」

 

 

 ――カイザーの斥候が、対策委員会の扉を開けて押し入って来た。アサルトライフルを手にしているのを見た瞬間、十六夜さんが僕を射線から退かすように押し倒す。入ってきた斥候は、砂狼さんが問答無用の近接格闘で瞬く間に制圧していた。黒見さんと奥空さんが構える暇もない、鋭過ぎる蹴り技だった。

 

 

「チワワ君ッ!」

 

「大丈夫です!……砂狼さんが瞬殺していたので。奥空さん、状況は?」

 

 

 上に乗る十六夜さんを軽く手で押して退けながら、身体を起こす。この数秒で起こった出来事の情報量が多かったのか、まだ半ば呆然としていた奥空さんは直ぐに意識を戻して外に待機させていたドローンのレーダーを確認してくれた。レーダーに映るその反応の数は、もはやヘルメット団が襲ってきた時の比ではない。

 

 

「アビドス高校周辺に、カイザーPMCの兵を多数確認!既に校内にもかなり侵入されています……!」

 

「とりあえず、学校に侵入したやつからやっつけよう!アヤネちゃん、お願いッ」

 

「はい!先生と先輩の安全を確保しつつ、学校に侵入した敵を排除します!」

 

 

 医療キットを装着させた奥空さんのドローンが飛び、黒見さんと砂狼さんが己のアサルトライフルを構える。先生もタブレットを開き、全員が完全な戦闘体制に入っている。唯一、十六夜さんだけがミニガンを担いだまま。恐らく彼女が僕に付き、校内の安全が確保できるまでは護衛をしてくれるという形なのだろう。

 

 だが、それは悪手だ。……十六夜さんというアビドスきっての広範囲攻撃持ちを僕如きの為に手離させるわけにはいかない。

 

 

「…………十六夜さん、皆に着いていってください」

 

 

 僕の提案が予想外だったのか、全員が振り返る。特に、僕が撃たれたことを唯一知っている先生の顔がかなり険しいものになっているが、これは譲れない。

 

 

「……待って。それだと貴方の安全が」

 

「僕なら大丈夫です。……今、小鳥遊さんがいない以上少しでも火力が欲しいはず。十六夜さんの火力を手放すのはキツいはず。……違いますか、先生」

 

「"…………正直なことを言えば、彼の言う通りだ。でもシロコの言う通り、一人で残すのは危険過ぎる"」

 

「1の戦力を守る為に10の戦力を割いてどうするんですか。…………先生」

 

 

 渋い顔をしていた先生だったが、数秒経ってから漸くその首を縦に振る。それが果たして僕を信じてくれたからなのか、本当に十六夜さん抜きのアビドスが対抗する為の戦力としてギリギリのラインだったのか、それとも今の僕を納得させられないと思ったのか、その意図までは分からない。

 

 

「"………………、…………。……絶対に。絶対に、一人で無理はしないこと。……約束できるかい"」

 

「お約束します。……砂狼さんも十六夜さんも、黒見さんも奥空さんも……行ってください……!」

 

「……っ、直ぐに戻ってきますから…………!」

 

 

 今度こそミニガンを構えた十六夜さんをプラスして、僕以外の対策委員会が教室を抜けて駆け出した。その背中を見送りながら――ありったけの手榴弾とパルスグレネードを仕舞ってあるダンボール箱ごと引き摺り出す。

 固定砲の置いてある場所も覚えている。ドローンは戦闘用・サポート用合わせて全八機。これだけあれば、()()()()()

 

 僕に出来ることは、まだ此処にあるはずだから。

 

 ――――――――――――――

 

「……だめ、弾切れ!一度下がる!」

 

「……っ、先生、私は弾もそうですが……そろそろ砲身の方が限界です。オーバーヒートしたら暫く撃てなくなります」

 

 

 制圧に出たアビドス対策委員会、マイナス1。戦闘面だけ見れば全く見劣りしないどころかカイザー兵を押してさえいるものの、兎に角相手の数が多過ぎる。前線のラインを一気に上げたところで、此方の全員に弾切れが見え始めていた。シロコとセリカは同じアサルトで同じ爆発弾、共有は可能だがノノミとアヤネはそうもいかない。

 

 此処に来て、キヴォトスでの銃戦闘の経験の少なさが私の方に出てしまった。当たり前だがキヴォトスの外でも私は銃を撃ったことなどない。故に必要な弾がどれだけの量なのか、どれほどの冷却剤が必要になるのか、「シッテムの箱」からの事前情報だけでは得られない銃に対する感覚が薄かった。

 

 これは間違いなく私の落ち度だ。彼女達には負担をかけてしまうが一度引き、状況のリセットをした方が賢明かもしれない。押し上げた前線を引くのは惜しいが、弾がないまま格闘だけで戦うのは不可能。戦況の確認を今一度「シッテムの箱」で行い、奥に戦車が構えていると把握したところで撤退を指示する――その直前、こちらに向かって飛来する一台のドローンが「箱」のレーダーに映った。

 

 非戦闘用の灰色ドローンだ。それはアヤネの医療キットを輸送するのと同じ型だが、ドローンのアームに掴まれているのは医療キットではなく鉄の箱。そのドローンの行先は、シロコの手の中だった。

 

 シロコはそのドローンの正体が分かっていたのか何の躊躇いもなく鉄の箱を受け取ると、それを開く。中に入っていたのは大量の弾。

 それもシロコとセリカ用の爆発弾とノノミの貫通弾が綺麗に2:1の割合で入っている。なんとなく、これだけで送り主の性格が伺えるだろうか。セリカがぽかんとした表情を浮かべている横で、やはりシロコがいち早くリロードを済ませていた。続いてドローンから聞こえてくるのは、「彼」の声。

 

 

『皆さん、聞こえますか。……そろそろ弾切れが来る時間でしょうから、ドローンに乗せて送りました。先生、他に必要なものは?』

 

「"――――ナイスタイミング!愛してる!あと、できればノノミの使う貫通弾と冷却剤がもっと欲しい。体育館奥に貫通装甲の戦車が構えてる!"」

 

『…………発言の一部は聞かなかったことにしますね。物資は直ぐに送ります。砂狼さんにはポッドの追加も送りますので、今ある分は打ち尽くして構いません。奥空さん、医療キットの余裕はまだありますね?冷却剤も、一緒に送りましょう。黒見さんには、……こう、気合を送ります』

 

「私だけ雑!?いや別に(これ)以外使わないからいいけどさぁ!」

 

 

 文句を言いながらもセリカはどこか嬉しそうだ。シロコに続きアサルトライフルのリロードを済ませ、ミサイルを撃ち尽くしたと同時に追加の灰色ドローンが2台、先の言葉通り物資を掴んで飛来する。新品のミサイルポッドが一機に余るほどの貫通弾と冷却剤が届いた以上、懸念点だった物資不足による継戦の不安が何もかも解消された。

 消耗に対するタイミングの把握が上手すぎる。割と真面目に補佐官になって欲しいくらいだ。

 

 これで残るは体育館の制圧のみ。戦闘のため、私の「シッテムの箱」が検知できる範囲は学校の中に絞っているが増援が来る気配はない。万全の状態になった彼女達に最早負けはないだろう。

 

 

「"みんな、行くよ!ノノミは突撃と同時に体育館の敵に向けて全力掃射、撃った後は冷却剤を使用して後方待機。その後は前衛をシロコ、中衛をセリカに!場合によっては格闘でも構わない、戦車の射線にだけは入らないよう左右に大きく動きながらの戦闘を!アヤネは常にドローンを浮かせて、誰かの被弾と同時にアンプル投下!"」

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 制圧自体は十分と経たずに完了した。やはりアビドス対策委員会は少数精鋭、私が来る前からずっとアビドスを守っていただけあって戦闘経験は人一倍。単純に強い。武器と物資さえあれば、カイザーの兵団にだって負けやしない。倒れ伏した兵士の一人が往生際悪く銃をまだ取ろうとしていたが、それもシロコに頭を蹴飛ばされて蹲っていた。…………ちょっとやりすぎなような気もするけれど、今回は相手が相手だ、何もいうまい。

 

 

「ぐおおおお……!ぞ、増援はどうなってる……まだ外に待機させてた奴がいるだろう…………」

 

『来ませんよ』

 

 

 シロコがもう一度頭を蹴ると、ホバリングをしていたドローンがそれに答える。……心なしか声には息切れするような呼吸音が乗っている。無茶をするなと言い含めておいたが、嫌な予感がした。

 

 

『校内に繋がる入り口は戦闘用ドローンと固定砲、トラップを設置して全てシャットアウトしました。現在、侵入していたカイザー兵の九割は先生たちが制圧。……残りの一割、後ろから向かってきていた分は防火扉を落として閉じ込められたままトラップで気絶しました。勿論、窓も何もない脱出不能エリアでね』

 

「……ば、バカな……情報ではお前に戦闘力など……それに、その程度の防衛設備を突破できない数ではなかったはず……」

 

『はい。なので、三階(うえ)から一方的に攻撃させてもらいました。……向かってくる勇敢な兵士を優先的にパルスグレネードでスタン。動けなくなったところを固定砲とドローンの掃射で吹き飛ばすだけ。確かに力技で来られると無理な数でしたが……人間、"撃たれる"と分かっていれば突撃する最初の犠牲にはなれませんよ。中々ね』

 

 

 撃ち合いは無理でも、三階(うえ)から一方的に攻撃されれば流石のカイザー兵でもすぐ対応するのは難しいだろう。パルスグレネードは投擲物、ドローンは遠隔操作、砲撃は身を隠してトリガーレバーを倒すだけ。これならヘイローが無くとも何とか戦えるかもしれない。正しく、「弱者の戦い方」だ。カイザーの兵が結局は傭兵である以上、無駄に頑張ることはしない。人の心理を良く理解している上手い止め方だ。

 

 だが、それでもやはり危険だ。

「シッテムの箱」を持たない彼が敵の位置をどうやって正確に知るのか、肉眼で確認する以外にない。つまり一射毎に身を遮蔽物から出しているはず。それに、砲を撃つということは即ち自分の位置を教えているということに他ならない。もし敵に狙撃手が居た場合――。

 

 

「("アロナ")」

 

『…………先程、彼のバイタルを確認しましたが……右肩を被弾(うた)れています』

 

「("……後で約束を破ったこと、お説教しないとね。ホシノを連れ戻してから、二人いっぺんに")」

 

 

 あれだけ無茶をするなと言い含めたのに。どうにも彼は自己評価が低いし、自己犠牲的――というより破滅的な一面がある。戦えない事へのコンプレックスなのかもしれないが、それを言い出せば私も同じ。お説教と一緒に、彼の凄いところをもっと褒めてやらなければ分からないのだろう。

 

 あの夜と同じくお説教と褒め倒すことを心に決め、小声でアロナと会話しながら、何処か自慢気な表情を浮かべているシロコが軽く銃のメンテナンスを行っていた。異常がないと確認が終わったのか銃を構え直すと、ドローン越しの彼に向かって声を投げる。

 

 

「このまま、私達はアビドス市民の安全を確保しに向かう。……君はどうする」

 

『……流石に市街地でやり合うのは厳しいですが……いえ、必要なら固定砲を担いででも――』

 

「"駄目だ、それはちょっと許可できない。……君はここで待機。落としたシャッターは開けないように"」

 

 

ドローンから聞こえるのは「……了解しました」という声。自分の状態は自分が一番良くわかっているだろう。今は戦闘の興奮とアドレナリンのせいで高揚しているだけで、冷静になれば彼は絶対に市街地での戦闘を試みようとは言い出さない。そんな無謀な真似をするような子ではない、……と言いたいけれど、一度やらかしているのを知っているだけに心配だ。

 

 下手に戦えるところを見せてしまっただけに、シロコ達も私がノーと言わなければ彼を同行させていたかもしれない。特にセリカは「ちゃんと先輩だって強かったのに」と不満気だが、彼の戦闘はあくまでヘイローのない人間が必死に抗っているだけのもの。彼女達のようにとても撃ち合いに使えるものではない。

 サポート能力やドローンの操作技術、トラップの設置技術が明らかに防衛戦に特化されている以上、怪我していなくたって連れ出すのは悪手だろう。

 

 

「…………先生?」

 

「"…………いや、大丈夫。……市街地に急ごう"」

 

 

  首を傾げるシロコに小さく頷くと、そのまま体育館を後にしてシロコの先導で市街地へと向かう。

 これが「アビドス対策委員会」としての彼と最後の会話になるとは、今の私には分からなかった。

 

 ――――――――――――――――

 

 「……相変わらずいったいな……………………」

 

 壁を背に凭れ掛かりながら、右肩に包帯を巻く。撃たれた位置が位置なので一人ではやり難いが、自分でやった事だ、仕方ない。見え難い位置に一人いたからと、無理に身体を出すんじゃあなかった。

 

 ここ数日で一生分撃たれたような気さえする。また入院コースかもしれないな、そうなったらもう怪我は誤魔化しきれない。小鳥遊さんと先生には叱られるかもしれないが、……全てが終わった後なら何をどう怒られても構わない。あの様子では先生には既にバレているような気がするが、以前にも見抜かれたのだし今更驚きはしない。

 

 しかし自分でも馬鹿なことを言ったと思う。大量の武器があった上での防衛戦でこの様なら、市街地で自分が何が出来ると言うのだろう。下手に護衛対象を増やすだけならば、居ない方が余程マシだ。そうならないように十六夜さんを護衛から外してもらったのに、自分からそれをしてどうするんだ。

 

 

「…………はは……この分じゃ、撃ち合いなんて()()()があったって無理だな……」

 

 

 それは、溜息と自嘲と共に溢れた何気ない言葉。考えたわけでもない、単なる独り言。今の今まで僕も意識を全くしていなかったものが此処にあった。使う機会なんて訪れないと思っていたそれが――――「本」がある。

 

 包帯を巻くために、外していた普段(いつも)の肩掛け鞄の中からは「がちり」と金属の外れる音がした。呆気ない音だ。銃のパーツが外れた音や撃鉄が上がった音でもない――まるで、何かの「鍵」が開いた時のような音。

 

 白石さんの言葉が、天文学的な確率でしか開かないという言葉が脳の中で蘇る。

 

 何が「キーワード」だったのか、先程の言葉の中にそれらしい言葉なんて一つしかないじゃあないか。何を思って本の持ち主がそれをキーワードにしたのかなんて分からないけれども、……兎に角、硬く固く閉ざされていた本が、今、このタイミングで開かれた。

 

 誰かが狙っていたかのように、僕以外誰もいなくなってしまった教室の中で。

 

 

「………………なんで、今…………」

 

 

 声と手を震わせながら、僕は鞄から引き摺り出したその「青春の物語(ブルーアーカイブ)」を開いた。開いてしまった。開かなければよかった。ページを捲らなければよかった。閉じたままでいてくれればよかった。鍵が外れなければよかった。

 

 そうすれば僕は、馬鹿のままでいられたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『X月Y日 名も無き神々の王女AL-1Sが先生とゲーム開発部三名によって起動を開始。観測を続行』

 

『L月N日 聖園ミカのトリニティに対する裏切りが先生と補修授業部によって発覚。シスターフッドの介入により聖園ミカとアリウス校生数名が捕縛される。観測を続行』

 

『C月V日 エデン条約の締結日、古聖堂に羽沼マコトの発射した巡航ミサイルが着弾。巡航ミサイルはアリウススクワッドの手引きによるものである。重軽傷者多数。死者零名。ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)の顕現も同時に確認。観測を続行』

 

『K月B日 RABBIT小隊四名が――』

 

『G月H日 ミレニアムのセミナーより調月リオが――』

 

『E月E日 シロコ*テラーが――』




『観測を続行』
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