脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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最初に断っておきますが、今回のお話はあくまでフィクションとしてお楽しみください。こう……最近はほら……色々厳しいから……。

そしてもう一点。今回登場する生徒ね……僕も友人もだーれも持ってねぇんだ……。なのでキャラ崩壊的な部分があると思われますが、お許しください。

追記:リクエストに今回の生徒の名前がありましたが、今回はリクエスト分ではありません。もしダイスで今回の生徒と被った場合はもう一話、別枠として書きます。


9th.名前も知らない彼女と僕

 

「なんでこんな事に…………」

 

 

 重かった。僕の腕力が無いことは重々承知だが、それにしたって、水を吸った服を纏った上で脱力した人間というのはああも重いものなのか。

 

 息も絶え絶えに川から流れてきた女生徒を陸に引き摺り上げ、バイクに乗せて自宅まで戻ってきたら、落ちないように時間を掛けたというのもあるが深夜帯になってしまった。くそ、僕まで全身ずぶ濡れだ。明日は普通に学校もあるというのにどうしてくれようか。

 明かりを付ける体力も無くなったままに、ベッドに寝かせた下着姿の少女をほんの少しばかり恨めしく思う。

 

 女性相手に悪いとは思ったが、下着以外の服は脱がさせてもらった。あのまま放置していれば間違いなく低体温症に陥るし、それで死なれたら助けた意味も濡れた意味もなくなってしまうのだから勘弁願いたい。……如何に医療行為の一環とはいえ、下着まで剥がす度胸は僕にはなかった。まあヘイロー持ちは頑丈だし、多少なら濡れていても風邪を引く程度で済むだろう。

 

 しかし何故川から、そして何処から流れてきたんだ、この人は。ゲヘナで鬼怒川さんの川流れは何度か見たことがあるが、よもやあの人以外で川から流れてくる人間を見かける事になるとは。

 

 ぶっちゃけ、僕も当初はトリニティの医療部に丸投げしようと思った。が、彼女の制服にあった髑髏を思わせる校章を見て頭を抱えた。

 

 その学園は今後、トリニティとの「運命」に大きく関わってくるので僕はトリニティの医療部に頼ることができなかったのだ。本当に「本」がクソ過ぎる。先の物語を知ったところで、良い事なんか何もない。

 

 具体的に言うと、それはトリニティで大規模なテロを起こす学園だ。「本」でこの先に起こる出来事を知っている僕はさておき、他人から見ればこんなもの僕の妄想に過ぎない話。

 だから、テロ云々の話で医療部が彼女を治療しないというわけではなく、僕は「因果」によってどうあっても正しい「運命」へと収束させられる可能性を懸念していた。例えばそうーー「とある少女を移送中、運悪く大きな自動車事故に巻き込まれる。少年は死亡、少女の姿は何処にもなくトリニティには辿り着かないまま行方を眩ませた」と言ったふうに。

 

 勿論これは全てを悪い方向に考えた時の予測に過ぎない。()()()()()彼女は危険人物でもなんでもないし、名前も分からない以上、「運命」に関わる人間なのかどうかも不明瞭だ。何もかも僕の杞憂に過ぎない可能性はあるが、万が一を想定しておくに越した事はないだろう。

 

 ヘイローが消えていないあたり意識が完全に消えているわけではなかったのか、寝かせてから数分もしないうちに呻き声を上げながら顔を揺らして細い瞳をぱちりと開いた。一先ずは、水死体を引き上げたということにならなくて何よりだ。

 

 身体を起こして数秒は不思議そうに辺りを見回していたが、下着姿の自分の身体と僕を交互に見ると布団を引き上げて身体を隠している。まあ、当たり前の反応か。今更ながら眼を逸らすくらいはするべきだった。案の定睨まれているではないか。

 

 

「…………先に言っておきますが、何もしていませんよ。貴女が桃太郎よろしく川から流れて来ましたので。ずぶ濡れの服なら洗濯中ですから、一時間ほど待ってください」

 

「……その割に、包帯は外さなかったんだ」

 

 

 彼女の言う包帯とは、両手首と首に巻かれている包帯のことだろう。服に守られていてあまり濡れていなかったし、替えの包帯も切らしていたので取らなかった。

 それにわざわざ包帯の巻いている部位があまりにあからさまだ。包帯の下にあるものが何なのか見当も付いていたし、僕の勘違いでないのなら、それこそ女性なら見られたくない(もの)だと思ったから。

 

 視線が合う事数秒、先に視線を外したのは相手の方で、布団で体を隠したまま大きく息を吐いていた。

 

 

「その様子だと私がなんで川に居たのか分かってるんでしょ。……はあ、最悪…………放っといてくれたらよかったのに」

 

「今の言葉を聞くまでは確信していなかったので。というか、そうでなくても人が溺れてて放置出来るわけないでしょう……僕の倫理観を何だと思ってるんですか」

 

「気絶してる女の服は脱がすくせに」

 

「医療行為です。濡れていても平気だったのかもしれませんが、その辺の感覚はヘイローのない僕には分かりませんから」

 

 

 あとは単純に、ずぶ濡れの服を着せたままベッドに上げるのは流石に躊躇われた。ヘイローのない僕にとって、ヘイローのある彼女達が何がどこまで平気なのか分かり難いというのも本当だ。内包している「神秘」の大きさによってもその辺りは変わってくるし、そこをどうこう言われても困るとしか言いようがない。

 

 それに、はっきりと口にはしていなかったし予想に過ぎなかったが今のやり取りで彼女が川で流れていた理由も分かった。…………多分、入水自殺でも試みていたのだろう、僕みたいな頭でっかちに見つかったのは彼女にとって不運この上ない話だが、今回死ぬのは諦めて欲しい。

 

 

「……さっきも言った通り、道徳上見かけたら助けますが、見かけなければ助けません。助けられません。なので、死にたいなら誰の目にも付かないように死ねばいいんじゃないでしょうか」

 

 

 これについては非難される考え方かもしれないが、知った事ではない。僕は他人の生死観にとやかく言えるほど立派な人間では無いし、別に万人を救う正義の味方を目指しているわけでも無いのだから。というか、一人を救えた試しも無い僕に何を期待しているのかという話。

 

 投げやりと言えば投げやりな僕の言葉が雑に聞こえたのか、彼女は軽く鼻を鳴らしていた。此方としては本心なのだが、仕方ないか。

 

 

「…………随分、簡単に言うんだね」

 

「別にそうでもありませんよ」

 

 

 制服の袖を、そしてカッターシャツの袖までもを深く捲って肌を見せつける。彼女が眼を開くのが電気の消えた部屋の中でも分かったが当然か。

 ……誰が好き好んで、「自傷痕(こんなもの)」を見たいと思うのだろう。彼女がサイコパスであるのならまだしも、平常な人間なら忌避してしかるべきもの。

 

 これは僕が彼女の行為を過度に止めない理由の一つでもある。自分が過去にしていた行為を他人に辞めろと言ったところで、説得力なんか何処にもない。

 

 傷痕は左手首にたった一つだけ。右手にも首にも他の場所にもない。代わりに、医者には死ぬまで消えないと言われたが別に構わない。この傷は自戒として残しておくべきだと思うから。

 

 

「………………あんた、それ……」

 

「ご想像にお任せします」

 

 

 この傷は、あの時の僕に必要な傷だった。

 時に人間を救うのは甘言でも優しさでもなく、痛みという分かり易い赦しなのだ。

 

 自傷した事自体は別に後悔していないが、暑い日でも半袖に出来なくなった事や水を使う遊び場を選ばなければならないのが少し面倒には感じている。僕も以前はリストバンドや包帯で隠していたことがあるが、リストバンドはズレるし、包帯は一之瀬先輩に見つかった時に血相を変えられてしまったので辞めた。

 

 さて、いつまでも下着姿の女性と同じ部屋にいると言うのも宜しくない。袖のボタンを付け直しながら、今日はリビングのソファで寝るしかないと身体を翻したところで「待って」と彼女の声が響いた。振り向くことは、しなかった。

 

 

「………………ねえ。なんで、アンタは生きるの……?」

 

 

 その疑問には直ぐに答える事が出来なかった。

 何故、人間は生きるのか。哲学的な答えを除くのなら、人それぞれ理由なんか異なる質問だ。質問に答える事自体は簡単だけれども、彼女が欲しい答えは僕の思い浮かべるどれでもない気がしたから、口を噤んでしまう。

 

 

「生きてたって虚しい事しかないのに。何処まで行っても辛いだけ。偶に楽しい事があったって、すぐにそれを上回る虚無感や徒労感で上書きされる。……そんな世界で生きてる意味が、あると思う?」

 

「知りませんよ、そんな事」

 

「……冷たいね。嘘でも無責任に、意味はあるって言うんじゃないかって思ってたよ」

 

「そんな慰めは無責任である以上に、無意味でしょうから」

 

 

彼女が欲しいのは上っ面の言葉ではないだろう。月並みな言葉を口で伝えるだけなら誰にでも出来るし、簡単だ。「いつか良い事があるから生きてくれ」だとか「生きていることに意味はいずれ見出せる」なんて言葉は無意味以外の何物でもない。

 

 

「だって貴女は、訪れるその『いつか』『いずれ』ではなく、『今』この瞬間が苦しいんですから」

 

 

 止まない雨は無いと言う諺があるが、僕はあまり好きな言葉ではない。確かに雨は降り続けるわけではないにしろ、その雨は今まさに降っているのだろう?雨に打たれている人間を相手に、屋根の下からそんな言葉を口にすれば殴り飛ばされても文句は言えまい。

 役に立たない言葉一つを口にする暇があるのなら、傘の一本でも渡してみろ。

 

 そして、その傘を持たない僕に出来る事なんか何もない。仮にあったとして、それは彼女が居た場所(せかい)に帰る時まで気休めの時間を作るくらいのもの。

 

 相手を分かった気になっている言葉が一番残酷だと思う。相手を勝手に自分の尺度で測って、勝手に心を測った気になって、無責任に言葉を投げかけて。

 

 それで救われるのは自分の良心だけだ。

 彼女の心は救われない。

 

 今度こそ部屋を出て行こうとした途端、腕を引かれる感覚が僕を襲う。ヘイロー持ちの身体能力に勝てるはずがないのは言わずもがな、無抵抗に引き倒された先はベッドの上だ。

 

 眼前には僕に馬乗りになったままの彼女が居た。下着のフロントを徐に外しながら、自傷痕以外の傷跡が残る身体でしなだれかかってくる。消えてしまいそうな雰囲気の中、色素の薄い唇が僕の耳に囁いた言葉は()()の四文字だった。

 

 

「抱いてよ」

 

 

 自分の顔が歪むのが分かる。彼女の肩を押してベッドから降りようとするが、縋り付く彼女を引き剥がす事が出来ない。くそ、これだからヘイロー持ちは。リスのような自分の身体能力が嫌になる。

 

 溜息を吐き、上体を起こした彼女と視線がぶつかった。無表情とも言い難い虚妄を映した瞳の色は、暗い部屋の中、いつの間にか響いていた雨の音に混じって異様なほどにインモラルなものだった。

 

 

「…………お断りします。退いてください」

 

「はっ……こんな傷のある身体じゃ、興奮出来ない?」

 

「貴女は、別に僕を愛しているわけでもなければ僕に恋しているわけでもないでしょう。不適切ですよ」

 

「いいよ、不適切でも」

 

 

 いいわけないだろう。医療行為とはいえ勝手に服を脱がせた僕が言うなと言われるかもしれないが、女性から男性に対しても強姦罪は適用されることを知らないのか、この女。

 

 僕の抵抗が本気だと分かったのか、それとも他の何を思ったのかは分からないが腕を抑えていた彼女の手がするりと解けていく。多分掴まれていた場所は痣になっているだろう、彼女も本気だったのが窺える。彼女が顔を伏せたせいで髪によって表情は隠れてしまったが、どんな表情をしているのかの想像は難くない。

 

 

「私、安心して気が済むまで寝た事もない。好きなものをお腹いっぱいに食べたこともない。これからの人生でも、きっとない。だったら……、……せめて一度くらい、男に抱かれて性欲を感じたいって願うのは、そんなにおかしなこと?」

 

「……貴女の考えは否定しませんが、自暴自棄な感情の自慰に付き合わせないでもらえますか。僕は恋人以外と性行為をするつもりはありませんよ」

 

「恋人、いるんだ」

 

「…………………………いえ、いませんが……」

 

 

 くそ、なんでこんなところで僕がダメージを喰らわなければならないんだ。別に僕の女性関係なんかどうでも良いといえばどうでも良いのだが釈然としない。

 

 だいたい、そんな感情の暴走に任せた快楽を得たところでお互いに何が残るのか。人間はもっと綺麗な生き物の筈なのに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、世界そのものから見捨てられたような気分になっているだけ。苦しくて辛くて悲しくて寂しくて寂しくて寂しくて、どうしようもないほどの欠落が心臓を抉る感覚は誰よりもよく知っている。

 

 ……………………よく、知っている。

 

 ただ、彼女は『寂しい』だけだ。

 そんな彼女の自棄に任せて性欲を受け入れるのは正しくないし、受け入れたなら僕自身を()()()()()と感じてしまうだろう。

 

 

「これはあくまで僕の恋愛観ですが。人間には必ず一人、誰か結ばれるべき相手が居るものだと思っています。……白雪姫、シンデレラ、人魚姫……結末こそ違えど、好きな童話の殆どはそうなので。騎士物語も、一部の例外はあれど恋愛が絡んだ部分は似たようなものでしょう」

 

「………………なにそれ。……本の読み過ぎじゃないの?」

 

「そうかも知れません。しかし現実には浮気も不倫も破局も有るんですから……自分の理想は物語のように、潔癖過ぎるくらいで丁度良いのではないでしょうか」

 

 

 現実に、汚くて醜く直視できないような部分があるのは否定出来ないだろう。僕達はまだ子供だから、尚更のこと濁った部分が見え難いだけ。いつか大人になってしまえば僕の恋愛観も大きく変わるのかもしれない。

 

 それでも僕は、「幸せな物語(ハッピーエンド)」の方が好きだ。雰囲気や感情に流され、彼女を抱いて互いに破滅するバッドエンドを迎えるより、馬鹿と思われようが今はただ自分の理想を信じていたい。

 もし此処に先生が居たのなら、理想を願う僕の事を肯定してくれるだろう。アビドスの屋上で、理想を願っていいと教えてくれたのは他ならぬ先生なのだから。

 

 恋愛とは、性愛とは、清廉で美しく重く誠実であるべきだ。焦がれた相手のために命を落とすことさえ喜びだと感じるような己の心を焼くほどの熱。それこそが「愛」であり「恋」なのではないだろうか。

 ただの自暴自棄で他者に身体を捧げるのが、人間の正しい愛情の在り方だとはどうしても思えない。

 

 先に断っておくが目の前の彼女に魅力がないわけではない。男性として少なからず思う部分はある。

 それでも、愛情でも恋情でもなく、ただの哀れみ以下の何かで彼女の純潔を奪うのだと考えると心底()()()()()()。そんな物語の役者になるのは、僕は御免被る。大根役者もいいところではないか。それなら僕は脇役で充分だ。

 僕は貴女の、王子様にはなってあげられない。

 

 

「…………だから、僕に出来るのは此処までです」

 

 

 項垂れている彼女に手を伸ばして、()()()()()。彼女の言う抱いてくれと言う願いとは違う意味の抱擁(もの)だろうけれど、これが僕には精一杯だ。

 冷えた体温が腕に伝わってくる。抱擁には親愛の意味も含まれるし、これなら僕の理想には反しない。ちょっと言い訳がましいかもしれないが、下心がある訳ではないのだから許されたいと思う。……先日知り合った下江さんに見られたら発狂される状況だろうな、はは。

 

 完全に動きを止めていた腕の中の彼女は、強張っていた身体の力を抜いていた。その声は震えているが、きっと、寒さのせいだろう。……そう思っておく事にした。

 

 

「………………冷たいでしょ、私」

 

「当たり前です、濡れていたんですからね」

 

「風邪引くよ」

 

「体調不良なら慣れています」

 

 

 これは本当だ、アビドスの頃から風邪を引くのはしょっちゅうだった。彼女の言う通り風邪を引く可能性は非常に高いし、そうなったら一日二日は休む事になるだろうが、それくらいなら構わない。セミナーが一番忙しくなるのはもう少し後の事だし、寧ろ今のうちで良かったと思うべきだろうか。いや、風邪を引くのに良い事なんか無いのだが言葉のあやとして。

 

 まあヒト一人の精神状態と僕の体調を交換出来るなら、安い買い物か。僕は見知らぬ人間のため理想を歪めるほど御人好しでもないが、見知らぬ人間を突き放せるほど悪人でもないつもりだ。

 

 猫のように腕の中で丸くなった彼女は、一言だけを呟いて眼を閉じていた。

 

 

「……………………朝になったら……出てくから」

 

 

 それまでは、どうか。この少女に安寧が在らんことを。

 おやすみなさい。良い夢を。




書いた感想その①:持ってないキャラ書くの難すぎる
書いた感想その②:重過ぎるよ恋愛観
書いた感想その③:湿度
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