脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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お待たせしました、今回はマイルドです。重くないし湿度もない、極めて普通のお話なので刺激は足りないかもしれませんね。でも必要な話……なので……。

そしてリクエストのほう、沢山のリクエストをありがとうございました。正直こんなに来るとは思っていませんでした……。
結果の方は後書に載せてありますので、どうぞ。


10th.計算が完璧な彼女と僕

 

 翌日。僕は無事、風邪を引いた。

 

 案の定とも言うべきだが、自分で受け入れたことだ、仕方がない。朝になると彼女の姿は何処にもなく、机の上にはモモトークのIDが書いてあるメモ用紙だけが残されていた。……正直、このIDを入れるのは厄介事に繋がる気がするが、入れないのはもっと厄介事になる予感がした。

 そしてIDを入れて表示された名前を見て頭を抱えた。ただでさえ頭痛がするのに勘弁して欲しい。聖園さんとデートをするだけの予定だったのに、なんでこんな事になってしまったのか。

 

 取り敢えず学校は休みだ。別に大した風邪でもないが、他人に移す訳にいかない。調月会長に欠席の旨を伝えるモモトークを送ってから、色んな要素のせいでふらつきながらベッドに帰る。柔らかな布団に身を預けると、何秒かで夢の世界に旅立ってしまう。おやすみなさい。

 

 …………次に目が覚めた時はもう夕暮れを過ぎていた。カーテンがどうやって捲れたのか、オレンジ色の陽射しに当てられて目が覚めてしまった。

 本当に長く眠ってしまっていたが、それだけ疲労していたのだろうか。いや昨日一日で行ったことを考えれば肉体的にも精神的にも疲れていて当たり前なのだが。

 

 もう適当にカロリードリンクだけ飲んで、今日はゆっくり本でも読んで休もう。氷室さんから以前に渡された薬も残っていたはずだし、まだ未読の本も何冊かあったはずだし、外に出る必要もない。気怠い身体をベッドから無理矢理に起こして本棚から幾つか本を取ったところで――インターフォンの音が響いた。

 

 一瞬、一之瀬先輩の顔が頭に浮かんだ。が、一之瀬先輩には合鍵を渡しているし勝手に入ってくるはずだ。

 

 ……なんで合鍵なんか渡しているのかって?あの人、鍵を閉めたままでいたら以前にピッキングして入ってきたことがあるからだ。遊びの誘いのためだけにピッキングするんじゃあない、頭キヴォトスかよ。

 「なんかやったら出来た」とか言っていたが勘弁してほしい、そんな方法で入ってこられるぐらいなら最初から鍵を渡していた方がマシというものだ。

 

 閑話休題。

 インターフォンに急かされる形で最低限の身嗜みを整えてから扉を開けると、そこに立っていたのは我らが「ミレニアム・セミナー」会計――早瀬ユウカ。

 その左手には学生鞄、右手には買い物帰りなのか中身の詰まったビニール袋をぶら下げている。綺麗に伸ばされた藍色の髪が夕陽に照らされながら靡く様子は、何だか、やけに様になっていた。

 

 

「早瀬さん。何故、僕の家に……?」

 

「いや、何故って言われても。君が風邪で休んだって会長から聞いたから。様子見てきてって言われたし、私も気になったから普通にお見舞いなんだけど……」

 

「調月会長が、ですか。……あの人なら言っても不思議じゃありませんね」

 

「そ、そうかしら……?私は結構驚いたんだけど」

 

 

 相変わらずの心配性だ。早瀬さんはああ言っているものの、僕はそう思わない。調月会長は鉄仮面のせいで誤解されがちだが、結構面倒見が良くて優しい人だ。というかそうでなければ、わざわざアビドスに在籍していた頃の僕に資料なんか用意してくれないだろう。……尤も、それは調月会長の立場や「運命」を考えると優しさとはまた別の感情もあったのかもしれないが、僕にとっては関係ない話だ。

 

 

「そうでしたか……いえ、わざわざありがとうございます。ですが、明日にはもう学校に行けますよ。自分でも思ったほどではなかったですし、薬も残っていたのがありましたから」

 

「そう?なら良かったけど、体調管理はしっかりするように!……あと、ちょっとお邪魔してもいいかしら。これ、貴方のために買ってきた奴だから」

 

 

 そう言って早瀬さんがひょいと右手のビニール袋を持ち上げる。透けて見える先には何やら野菜だの豆腐だのが見えていた。先に買い物なんて嵩張るのではと思っていたが、なんと僕の為に手間をかけてくれたらしい。調月会長を面倒見がいいと言ったものの、早瀬さんも大概だ。

 

 

「何かと思ったら……すみません、わざわざ。それ、幾らでしたか?」

 

「いいわよ、別にこれくらい。他校とのいざこざ含めて、面倒なこと普段から君に任せちゃってるしね」

 

 

 それはまあ、アビドス在校の時に得た繋がりで他校とのパイプを作ったのが僕だからな。面倒な事というが、それは仕事を増やした人間として増やした分の仕事をするのは当たり前のことなのではなかろうか。

 

 

「それで、お邪魔して平気?散らかってるなら見られたくないだろうし構わないけど……まあ、君の性格上ないと思うけど」

 

「ちゃんと片付けてますよ。上がっていただくのは勿論、僕は構いませんが……風邪、感染(うつ)りませんか?」

 

「計算上の確率なら大丈夫よ。万が一そうなったら、次は貴方にお見舞いに来てもらおうかしら」

 

 

 一体何の計算をしたのだろうか。いや、散らかしていないという言葉に嘘は無いが、しかし偶に早瀬さんのいう「計算」はよく分からない。しかしとんでもない桁数の計算だったり普通機械を使うだろうという数字を暗算したり、果ては電磁バリアをその場の計算で形成する彼女のことだ、僕如きには分からない何かが見えている……の、かもしれない。

 

 リビングで散らかっているものといえば、先程机に積むだけ積んでしまった幾つかの本だけだ。ゲーム類も教科書も、その他の本も綺麗に仕舞ってある。ゴミ出しは、……今朝、寝込んでいたから出来ていないが、これは流石に勘弁してほしい。匂うようなものが入っているわけでもないし。

 積んでいた本を横目で見た早瀬さんに、「相変わらずの本好きね」と言われるが言われ慣れている。まあ、普通は本用の部屋なんて作ったりはしないか……しかし、いつか本を置くスペースが無くなって困る日が来るとしたら嬉しい悲鳴と思えるくらいには好きな自覚はある。

 

 殆ど手付かずの――――というか使うのは遊びに来る一之瀬先輩くらい――エプロンを腰に巻いた早瀬さん。……制服よりこっちの方が似合っている気がするのは、僕だけか?

 

 

「とりあえず何か、簡単に食べられるもの先に作ってあげる。朝から何も食べてないんでしょ?冷蔵庫の中の物も、ちょっと借りるわね」

 

「えっ」

 

 

 キッチンの方に視線を向けた早瀬さんは、シンクに洗い物が無いのを見てそう判断したのだろう。律儀に一言断ってからキッチンへと入り、一人で暮らすにはやや大仰な調月会長の用意してくれた冷蔵庫の扉に手をかける。だが、待ってくれ――それは拙い。

 この冷蔵庫を、早瀬さんに開けられると大変困るのだ。

 

 

「早瀬さん、ちょっと待っ――」

 

 

 僕が止める間もなく冷蔵庫の扉を開いた早瀬さん。

 そう、開いた。開いてしまったのだ。

 

 この時点でもう僕はどう言い訳をするかに思考を切り替えていた。なに、冷蔵庫の中に怒られるようなものばかり入れているのかって?…………ああ、その通りだ。

 

 冷蔵庫の中に僕が入れていたのは、先程残っていると言った薬の袋とカロリードリンク数本、サプリメント十数種のボトル、そして先生への土産として買ったアクアリウムの飴袋だけだったのだから。

 

 冷蔵庫を開けたまま硬直していた早瀬さん。温度上昇の警告音が鳴ってから漸くその扉を閉め、幽霊のように ゆらりとこちらを振り返る。何故だろう、今の早瀬さんが浮かべている表情は笑顔のはずなのに、その顔に影が差しているように見えるのは。

 ついでに言えば角が生えているように見えた。ゲヘナ出身じゃあるまいし、これは完全に幻覚だが。

 

 

「………………ねえ、これはどう言う事かしら」

 

「……………………黙秘します」

 

「黙秘権は無いわよ。今日……は、最悪、寝込んでたから仕方ないとして。昨日食べたもの、教えてくれる?」

 

「…………冷蔵庫にある、そのカロリードリンク一本と、……カロリーバーを一箱ほど……」

 

「………………、…………それ明らかに朝と昼よね。晩御飯は」

 

「食べてません……」

 

 

 あんな騒動の後で食えるか。そして昨日の騒動の内容など早瀬さんに言えるか。伝えるにしてもどうやって伝えろと言うんだ……川から人が流れてきたと言う部分だけでも信じてもらえそうにない。

 

 ちらりとゴミ箱の方を見た早瀬さんは、恐らく溢れるギリギリまで積み重なったカロリーバーの箱を目にしたことだろう。深く深く溜息が溢れる音が聞こえてきた。

 良く言われるのだが、僕は結構これでずぼらな自覚がある。まあ、彼女のため息の理由はそれでは無いのだろうけれども。

 

 

「そのうち餓死しそうな食生活ね……まさかとは思うけど、趣味にお金使ってご飯買えません、とかじゃないわよね?」

 

「流石にそれはありませんよ。僕が単純に少食なだけで、生きるのに最低限のカロリーやサプリメントくらいは摂っていますから……弁当くらいは偶に食べてますしね」

 

 

 言うまでもなく愛清さんから受け取るものだが。もし、彼女の料理を食べたことのない人はゲヘナに行ってみて欲しい。味そのものは勿論、高級レストランのようなそれでは無いけれども、他には無い不思議な魅力がある味だ。

 温かみがある、と一言で表すのも何か違う気がする。美食研究会のテロリスト共を擁護するわけではないが、某ゲームに登場する姫のように、度々攫われる理由もわかると言うものだ。

 

 

「…………うーん、……ならいい……いや、良くはないんだけど。でも、君って美味しいもの食べたいとかってないわけ?少食なのは勿論知ってるけど……」

 

「そう言われましても……」

 

 

  実際、そもそも食べたいという欲求がまるで湧いてこないのだから仕方がない。朝どころか昼に食パンを一枚食べるのだって僕に取ってはかなり厳しいくらいだ。

 

 ……アビドスに居たころはもう少し食べていたような気もするが、ぶっちゃけ大して変わらない。相変わらずミニサイズのラーメンは食べきれないままの身体だが、かと言ってたくさん食べるのが羨ましいかと言われればまったくそんな事もなく。食費が抑えられるので寧ろ有難いとさえ思っているくらいだ。

 それに美味しいもの云々言われても、味がどうこうなんて殆ど考えたことがない。勿論、僕だって美味いに越した事はないと思うものの、どうせ量を食べないのだから大した差にはならないのだ。少なくとも僕にとってはそう。

 

 そんなわけで、僕が愛清さんの弁当以外で味を気にするのはせいぜい好き嫌いに関わる甘いものと珈琲の濃さくらい。……以前、僕の飲んでいる珈琲を砂狼さんがうっかり口にして無表情のまま気絶していたのはちょっと面白かったな。少しだけ、思い出し笑いも溢れてしまう。

 

 

「……笑ってるの初めて見た。貴方、ちゃんと表情筋生きてたのね」

 

「人のことなんだと思ってるんですか……僕だって普通に笑いますし、普通に怒りますよ」

 

 

 桐藤さんにも似たようなことを言われた気がするが、そんなに分かり難いものだろうか。自分では寧ろ感情豊かな方だと思っているのだが、こと早瀬さんや生塩さんに関してはそう思われても仕方ないか。

 

 なにせ彼女達と顔を合わせるのは業務連絡の時が殆どでプライベートの付き合いは薄いし、最初に顔を合わせた時はアビドス転校直後の精神状態だった。なんならシスターフッドにメンタルケアを頼んでいたぐらいだし、表情は間違いなく死んでいた。故に感情が希薄だというイメージを持たれていたところで何も言えない。そこに至る経緯も含めて、僕の自業自得だ。

 

 そんな付き合いも薄い彼女が見舞いに来てくれた理由なんて、調月会長に頼まれたからと言うのもあるだろうが、ひとえに彼女がそういう世話焼き体質だからだろう。

 僕にだけ特別というほど自惚れても居ない。聞けば先生にもしょっちゅうこんな感じで世話を焼いているようなのだし、ゲーム開発部なんかに対しても似たようなもの。誰にでも分け隔てないのが早瀬さんの魅力の一つだろう。腰に手を当てたままに力を抜く息を吐いている姿は、なんだか母親のような雰囲気すら感じる。勿論、年齢的にそんな事はあり得ないと分かってはいるけれども。

 

 

「まあ、思ったより元気そうだし良かったわ。これから査定の時期だし、繁忙真っ只中に倒れるのよりはマシだったのかもね」

 

「あぁ、そう言えばそろそろ査定の時期ですか。僕は去年のことを知りませんが……皆さん、口を揃えて大変だと言うので本当にきついんでしょうね」

 

「そうね……査定に出す側も大変なのは勿論、それを監査する側も大変なのよ。……君も忙しくなると思うし、覚悟してね。一日休んだら、もう一人じゃ捌けない量になるわよ」

 

「嘘だろ……ブラック過ぎませんか?」

 

 

 乾いた笑みを浮かべる早瀬さん。その口角はやや引き攣っているし、多分、本当に大変なんだろうな……。特に彼女は会計だけあって一番面倒臭い部費だの経費だのの管理をほぼ全て任される。彼女に頭が上がらない人間は、ミレニアムには少なくないだろう。

 査定というのはミレニアム特有の制度だ。部活に対する制度であり、この結果で部費が上下したり新たに入る生徒が増えたり、賞が与えられたりーー殆どの生徒が忙しくなるのは間違いないが、メリットも間違いなく大きいもの。セミナーそのものに恩恵らしい恩恵はないが、セミナーが生徒会のような役割だと思えば仕方がない話だ。

 

 結局、家まで来て何もなしに帰るのもどうかも思ったのだろうか、有難いことに早瀬さんは持ってきた材料だけで野菜入りの卵粥を作ってくれた。……レトルト食品くらいは幾つか持っておいて良かったと思う、米の一つもないとなると流石の彼女も頭を抱えていただろうから。

それも今日の卵粥で殆ど使い切ってしまったあたり、自分でどれだけ食に関心が無かったのかを理解してしまった。でも食べきれない量を買ったところで悪戯に食べ物を捨てるだけになってしまうだろうし、難しい。

 

 悩む僕を尻目に、適当にそこいらに外しておけば良いものを律儀にも外したエプロンを畳んだ早瀬さんは僕の様子を見て大丈夫と判断したのか「ちゃんと食べなさいよ」と口にして玄関に向かっていく――その途中で不意に足を止めた。

 

 

「あ。そういえば、治ってからでいいからゲーム開発部の名簿だけ会長に渡してくれる?更新しないといけないから」

 

「ゲーム開発部の?誰か入部したんですか、あのとんでもなく散らかった部室に」

 

「ええ。天童アリスって子がいつの間にか入部してたのよ。私も今日、初めて知ったわ……というか、貴方が行った時からずっと片付けてなかったのね……お説教追加しないと……」

 

 

 また明日ね、と早瀬さんが扉を閉めると家の中に静寂が帰ってくる。哀れゲーム開発部、特に散らかしている原因のモモイさんには早瀬さんの雷と拳骨が落ちる可能性が高いものの甘んじて受け入れてもらいたい。早瀬さんは理不尽に怒ったりはしないし、怒る理由も基本的に相手のことを考えた上でのものだ。言葉にするのなら「怒ってくれる」と言うべきだろうか、早瀬さんが本当に何も注意しなくなったらそれこそ終わりの合図だろう。僕も気をつけないといけないが……、……今日の事もあったのだし、頑張ってもう少し食べる量を増やしてみようか。

 

 取り敢えず、食べる前に机上に置きっぱなしにしていた本を何とかしないと。片付けるにしても読むにしても、置きっ放しというのが一番宜しくない。

 一番上の本を手に取ると、それはとっくに読了済みのものだった。恐らく、他の本を引き抜く際に一緒に出してしまったのだろう、その本のタイトルは――「不思議の国のアリス」。偶然にしては出来すぎている話だ。

 

 

「………………AL-1S(アリス)、ね……」

 

 

 果たして誰がそんな名前をつけたのか。

 口に出したその文字列は、どうしてだか懐かしいもののように感じられた。

 




1.ハルナ 2.トキ 3.ヒマリ 4.エイミ 5.アル 6.カヨコ 7.ミサキ 8.アリス 9.モモイ 10.セイア 11.ジュリ 12.カズサ 13.ナギサ 14.ノア
15.シロコ*テラー 16.サオリ 17.マリー

1D17→6.カヨコ/ 11.ジュリ
今後の予定としてはリクエスト分2話→パヴァーヌ前編&エデン条約前編の予定ですね。リクエストなんかについてはまた行う機会があると思いますので、その時は是非。ありがとうございました。
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