脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達 作:ぽけぽっぽ共和国
今回の話は先生との絆エピソード「前」のお話となっております。……ぶっちゃけ、ミサキの時以上に書くのが難しかった。カヨコを書く機会がまたあればリベンジしたいですね。
本日の空のご機嫌も、雨模様。
最近天気があまり良くない気がする。雨は嫌いではないし、どちらかと言えば好きな方ではあるが連日では流石に気が滅入ってしまう。雨の何が嫌かと言えば本が湿気るのが一番嫌だ、新刊を買うにも濡らす可能性があるから軽々に買えなくなる。
雨の日だけに顔を見せる
そんな訳で行く宛もなく、傘を差しながら素直に帰路についていれば、何とも珍しい――少なくとも、ミレニアムでは蝸牛より見る機会がないだろう人の姿を見かけてしまった。
ゲヘナ学園出身にして、あの色んな意味で手がつけられないアウトロー集団「便利屋68」所属――鬼方カヨコ。 灰色がかった黒と白のコントラストが映える髪に、髪留めのような形状が特徴的な角は後ろ姿であっても一度見れば見間違えようがない。なんだか随分と久しぶりに見かけた気がするが、そういえば随分前に伊草さんが起こした銀行の爆発騒動以来なのか。
…………まあ、その鬼方さんは大絶賛、ロボット型の男性と揉め事の真っ最中らしいが。
男性の方は道の脇で「ゲヘナの生徒が」「ミレニアムの治安が」だのなんだのと鬼方さんに一方的に捲し立てており、あまり宜しくない状況になっている。ゲヘナの治安が最悪なのはもう否定のしようがないのだが、だからと言っていい大人がそんな偏見を抱くのは如何なものか。路上で喧嘩するというのも、立派にミレニアムの治安悪化に貢献しているのが分からないのだろうか?
喧嘩相手――喧嘩と言って良いのか分からない状態だが――である鬼方さんは、顔立ちで怖がられると自称しているものの、実際のところはゲヘナ屈指の常識人だ。
どのくらい常識人かというと愛清さんと並ぶくらいには普通の感性を持った普通の女性だと思っている。そんな彼女の性格や気質を考えれば喧嘩の内容も十中八九誤解だろうと伺えるというものだ。
一応、知り合いである鬼方さんをこのまま放っておくのもあまり気分が良い話ではない。仲裁に入るべく、ヒートアップしてしまっている相手の肩を叩いた。
此方に気づいた鬼方さんが何かを話そうとしているが、僕と鬼方さんが知り合いと気付かれると肩を持ったと思われかねない。ので、男性に振り向かれる前に一瞬だけ人差し指を唇に立てて合図した。鬼方さんもウィンクで返してくれたが、こういう時に察しがいいのは本当に助かる。
「失礼。何か、トラブルですか?」
「なんだね君は!関係のない子は首を突っ込むんじゃ……」
「僕はミレニアム・セミナー所属の者です。自治区内での揉め事は見過ごせません、何かお困り事なら力になれないかと思いまして」
「!セミナーの…………?」
首から下げた名札を見せると、相手の男性も口籠る。学園都市に於いて学園の誇る権限というのは、例え大人であっても馬鹿にならない。ゲヘナやトリニティは勿論のこと、アビドスでさえ「自治区」があるほどだ。
それが生徒会ともなれば尚更のこと。黙っていても埒が明かないと思ったのか素直に相談した方が早いと思ったのかは知らないが、名札一つであっさりと揉め事の種を話してくれた。
なんでも、男性は「財布を盗られた」と主張。反対に鬼方さんは「目の前で落としたのを拾っただけ」だと言う。たまたま振り返った男性が財布を手に持つ鬼方さんを視界に入れて、盗った盗ってないの話に発展したそうだ。なんともややこしい話だが、揉め事の発生した場所がちょうど良かった。
「…………成る程、それでしたら直ぐにでも解決出来るとと思いますよ」
首を傾げる二人に、僕が指で指し示したのは監視カメラ。ミレニアムの治安が他学園の治安より良いのはこれも理由の一つ、至る所にとは言わないが、かなりの範囲で高性能な監視カメラが二十四時間体制で稼働している。
そして此処はミレニアムの自治区内。監視カメラの権限を持っているのは企業ではなく、ミレニアム・セミナーのトップである調月会長だ。碧くバッテリーが輝く携帯を取り出せば、通話を掛ける先は勿論、分かるだろう。
「調月会長、僕です。ミレニアム自治区エリアXXにある二十八番の監視カメラなんですが、……そうですね、十分ほどカメラの権限をお借りしても?他校の生徒と住民がトラブルになっておりまして、解決に使えそうです」
『許可するわ。少し待ってちょうだい』
「ありがとうございます」
通話が切れて一分も経たないうちに、僕の携帯にカメラの権限が渡ってきた。……毎度思うが、調月会長の処理能力は一体どうなっているんだろうか。僕も事務仕事には大概自信があるのだが、あの人は通常業務をこなす片手間で今のような不測の事態への対応もこなしているのだから意味が分からない。
まあ彼女が優秀なことなんて今に始まったことじゃないし、今この話はしなくていいだろう。意識を切り替え、カメラの映像を携帯を通して確認すれば、やはりそこには発端の一部始終が映っていた。
まず、歩いていた男性の鞄の隙間から財布が零れ落ちる。そして、その後ろを歩いていた鬼方さんが落ちた財布に気付いてそれを拾う。偶々、何かを感じて振り返ったのだろう男性が財布を手に持つ鬼方さんを見て詰め寄り始めた――映像としてはこんなところだが、案の定だ。
「映像を見る限りでは、鬼方さんの主張が正しいですね。……これで誤解は解けたでしょうか」
「…………だから言ったでしょ、盗ったりしてないって……」
「ごめん、手間かけさせた」と鬼方さんから言葉を貰うがこれも仕事みたいなものだ、軽く肩を竦めて首を振る。兎も角、これで相手も誤解だと分かってくれただろう。そう思って男性の方を向くと、何を考えているのか顔を顰めて如何にも「納得いかない」と言ったような顔付きだった。
あれだけ鬼方さんを強く非難していた手前、自分の非を認めるのが癪だというのが分からないではない。だが、現に映像として証拠が残っているのだから認める以外にないだろうに。何故か僕までも睨みつけられてしまい、大袈裟に溜息をつかれてしまった。
「……………………むう……。……いいだろう……今後は誤解されるような行動には気をつけるように」
顰めっ面のまま踵を返す男性。だが、このまま帰ってもらうわけには行かない。まだ、彼には一番必要な事をしてもらっていないからだ。
立ち去ろうとする彼の手を掴んで引き留めれば、驚いたような顔で振り返るがすぐにまた顰めっ面に元通り。他人をいちいち睨まないとやっていられないのか、貴方は。
「…………なんだね?私は忙しいのだが」
「引き留めてしまってすみません。ですが、鬼方さんに対する謝罪の言葉がなかったので」
「なに?」
「ですから、彼女への謝罪をしてくださいと言っているんです。…………経緯はどうあれ、誤解で窃盗犯扱いしたのであれば貴方は鬼方さんに謝るべきだ」
付け加えて言うのなら、気を付けるのは鬼方さんではなく貴方の方じゃないのか。見たところ鞄は随分と草臥れている。物を大切にする人なのかもしれないし、それ自体を悪く言うつもりは無い。しかし財布を仕舞う場所くらい気は使えるだろう。
例えば、そんなボロボロになった横ポケットなんかよりしっかり留金のついている鞄の内側に仕舞えば済む話。取り出す際に面倒なのかもしれないが、今回みたいな出来事に発展するよりは絶対にマシなはずだ。
僕の言葉を聞いた男性の顔はますます厳しくなっていくが、僕も引き下がるつもりはない。僕の言葉が間違っているとは思えない、仮に僕が間違っていて相手の方が正しいというのならその説明をしてほしい。
「ちょっと……私はいいって。こういうの、慣れてるから……」
「いいえ。鬼方さんがよくても、僕がよくない。……だいたい、こんな事に慣れるな」
袖を引く鬼方さんを軽く振り払う。慣れると言えば聞こえはいいが、それは感覚を麻痺させている事と同義だ。悪くもないのに悪役扱いされる事に慣れるなんて、鬼方さんに冗談でも言って欲しくない。
それに、僕が好きなのは「
このキヴォトスで、「大人だから」と間違いを振り翳して殴りつける真似を彼にもしてほしくなかった。
「貴方が大人だというのなら、お願いします。…………たかが財布一つの話でしょう、プライドの為に自分の頭一つも下げられないんですか」
「黙っていれば子供の癖に随分と生意気を……!」
次の瞬間――傘が僕の手から離れると同時、頭に鈍痛が走った。
なんとも無様に床に寝転がる羽目になってしまった。明らかな外的要因による鈍痛が頭から足先まで走り抜けていく。手を側頭部に持っていけば、指先に赤色が付着するがそれが血であることは疑いようもない。……随分と手加減なく殴ってくれたものだ。
怪我付きの喧嘩や撃ち合いなんてキヴォトスでは今に始まったことではないが、生徒や悪徳企業以外の一般人でこうもあからさまな奴も珍しい。
駆け寄ってきた鬼方さんは僕の怪我を見て銃を抜こうとしたが、その手を押さえて首を振る。別に相手を庇ったわけじゃない、むしろ逆。万が一にも、相手に「非が此方にあった」と言わせないためのもの。
「馬鹿な真似をしてくれましたね。……まだあのカメラは僕が権限を持っているままなのを忘れたんですか。携帯の操作一つで映像データが送信されて、警備がすっ飛んできますよ」
「なっ…………!?」
幾ら治安が悪いとは言え、暴力行為が推奨されているわけではない。ここはミレニアム自治区、他校の自治区ならまだしも、銀行強盗を始めとして違法行為に対する罰はかなり厳格だ。自治区外であれば、ごく一部の民間警備企業は賄賂を受け取って揉み消せるかもしれないが残念、調月会長がそんなもの受け取るとはとても思えない。
わざわざ十分と、少し長めに権限の譲渡される時間を頼んだのは今みたいな最悪に近い状況を見越してだった。出来るなら何事もなく、素直に謝罪一つで終わってほしかったというのが本音だが。
鬼方さんに手を借りて僅かによろけながら立ち上がると、威嚇するように携帯を構えて画面を表にする。勿論、表示されているのは先程のカメラ映像。右下部分にある「送信」のボタンには既に僕の親指が添えられている。銃で例えるならトリガーに指がかかっている状態だと思え。
「さあどうする。…………此処で今、鬼方さんに謝るのか。それとも、そのプライドを優先して警備に連れて行かれるのか……!先に言っておきますが、僕の気は長くありませんので」
此処まで言っても尚、身体を震わせて顔を真っ赤にしていたロボットの男。これでもまだ鬼方さんへの謝罪がないと言うのなら、いよいよ僕も容赦しない。送信ボタンに指が触れるその直前――男性は傘とカバンを持っている手まで上に上げて、降参の姿勢を取ってみせた。
「分かった、分かったよ!…………くっ……、……し、……失礼な態度を取ってしまって悪かった……謝罪する……」
「………………そうだね。いいよ、私に対しての失礼な行動は許してあげる」
でも、と言葉を続けた鬼方さんはその手をホルスターに向かわせて――僕が止める前に、先程のような比喩ではない「トリガー」が引かれてしまった。
「私が許すのは、"私に対しての''行動だけだから」
――――――――――――――――
頭も耳もめちゃくちゃ痛い。
鬼方さんの愛銃である「デモンズロア」の特性を忘れていた僕は耳を塞ぎ忘れてしまった。元々が轟音を発するハンドガン故に鬼方さんはサイレンサーをカスタムさせているが、至近距離だったせいかあまり消音が機能してくれなかったのだ。サイレンサーを付けていて尚あの音なら、外して撃てば一体どうなるのか――少なくとも、不意打ちなら敵一隊くらい恐慌状態にはさせられそうだ。
「ごめん、結局やっちゃった」
「……今回のはゲヘナ流の『返事』ということにしておきましょうか」
「…………ふふ、そうだね。その台詞、
あの人も相変わらずみたいで、苦笑が溢れかける。そう、ゲヘナのアウトロー「便利屋68」と恐れられているのは実情を知らない他校の生徒だけ。……実際の所、便利屋の顔である陸八魔アルは、お前本当にゲヘナ生なのかと言いたくなるような善性の持ち主だ。それについていっている三人も同様……、…………いや、三人であっているはずだ、多分。一瞬だけ叫びながら爆弾を抱えて突撃してくる伊草さん――便利屋の平社員――が脳裏に浮かんだが、本人に悪気はないのだから。
「…………怪我、何処かで手当しよっか。血も出てるから、包帯とか買ったほうが良いかな」
「このくらいは慣れてます。流血はしていますが見た目ほどでは無さそうですし、撃たれるよりはマシですので」
「"慣れるな"って言ったのは誰だっけ」
「……………………」
吐いた唾は飲み込めぬ。遠慮の口実を自分で潰す間抜けを晒すとは思わなかった。
黙り込んだ僕を見て何を思ったのか、鬼方さんは口元に笑みを浮かべると僕の手を引いて立たせてくれた。少しふらつくが歩行に支障は無さそうだ、適当に雨宿りできそうな場所――コンビニの横で雑に包帯でも巻けば済むだろう。軽く鬼方さんに支えられながら歩いていれば、当初の疑問を思い出す。
「そういえば、鬼方さん。どうしてミレニアムに?」
「…………ああ。オーディオプレイヤー直しに来たんだ。ちょっと良いやつ買ったんだけど、壊れちゃってさ。まだ全然使ってないから買い替えるのも勿体無いし」
ああ、成る程。だからわざわざミレニアムにまで足を運んだのか。……ゲヘナの修理屋に出せばネジが一個だけになって帰ってくることもあるくらいだからな…………。店主がヤバいところも勿論あるが、何がヤバいって他生徒がネジ一個以外根こそぎ持っていった事例があるということだ。ははは、いったい誰がパソコンを丸ごと解体されたんだろうな。本当に許さんぞ。
苦い思い出に顔を顰めそうになっていれば、いつの間にかコンビニの近くまでもう来ていた。軒下を借りて鬼方さんに包帯を巻いてもらっていれば、不意に彼女の溜息が聞こえてきた。
「もっと可愛い顔だったら、面倒事は少なかったのにね」
突然何を言っているんだこの人は。いや、言いたいことは分かる。分かるが、その顔で「可愛くなりたい」だとか宣っているのを聞かれたら他の生徒に怒られてもおかしくないが。どうかその認識は改めて欲しい。
「……確かに可愛いという表現は違うかもしれませんが、別に怖い顔というほどでも無いでしょう」
「へえ…………じゃあ、君はどんなふうに思ってくれてるのか聞いていい?」
「一言で言うなら美人顔ですね。切れ長の眼だったり薄い頰だったり長い睫毛だったり……はっきりしたスカーレットの瞳も含めて見た目以上にシャープなイメージを抱きます。ヴィンテージ・ナイフを綺麗と取るか怖いと取るかは人次第でしょうが、僕は前者ですので――」
「ごめん、ちょっとストップ」
言葉を遮る形で鬼方さんが手のひらを向けてきた。その緋色の目を明らかに明後日の方向に向けて逸らしているし、口元を手のひらで隠している。
薄く頬も染まっているし、さては褒められ慣れていないな、この人。前言撤回だ、意外と可愛い部分もある。数秒して此方に視線を向け直した鬼方さんは、未だその頰は赤いままだった。肌が白いから隠せやしないな。
「…………ねえ、言ってて恥ずかしくないの?」
「別に僕は事実と感想を羅列しているだけなので、特に思うことはありませんね」
「いつか刺されるかもね、君」
「えっ」
嘘だろ。カズサにも言われたことがあるが、何故だ。
そんなに腹が立つことを口にしてしまっただろうか。しかし、見た限りでは別に鬼方さんも怒っている故の頬の染まり方では無かったし意味が分からない。
首を傾げていると、今度こそ本気で鬼方さんに溜息をつかれてしまった。何が悪かったのか聞こうとしたものの、「君はそれで良いよ」と抑えられた。謎しか残らない。
……ああそうだ、今のやり取りで肝心なことを忘れていた。
「先程言っていたオーディオプレイヤー、少し見せてもらっても?」
今からミレニアムに向かって修理の届を出すのも面倒だろう。ゲヘナまでの帰り道を考えると暗くなってしまうだろうし、それなら今ここで僕が見たほうが早い。
鬼方さんもそれを分かっていたのだろうか、あっさりと鞄から差し出されたプレイヤーを開くと中にセットされたままだったCDディスクが出てきた。余程好きなのだろう、壊れるその瞬間まで聴いていたんだろうか、ディスクに刻まれているバンド名は僕でも知っているものだった。
「ブラック・デス・ポイズンですか」
「…………知ってるの?」
「映画の主題歌だけ。あまり音楽は聴かないので……強いて言えばXXXという曲は好きと言うくらいですね、歌詞は少し過激ですが」
「それムツキがよく聴いてるやつじゃん」
ディスクを鬼方さんに預けながら、意外な人物と意外なところで趣味が合う事実が判明した。……なんの幻覚か知らないが、脳裏に不可思議なダンスを踊っている浅黄さんを幻視した。もしかして僕は疲れているんだろうか。
意味の分からない電波を眉間を押さえて振り払うと、意識をプレイヤーの方に集中させる。どうやら、ギアが衝撃で外れているのと、配線が二本やられているだけだ。大したことのない故障だろう、ミレニアムの技術者なら――というか、僕でも一日で直せる程度のもの。
「鬼方さん、このプレイヤーですが一日お借りしても?大したことがない故障なので、このまま持って帰って直したいのですが」
「……直せるんだ。うん、勿論。……良かった、買い直さなくて済むよ」
再びディスクをプレイヤーに嵌め直しながら、雨の音がしないことに気がついた。まだ空は曇天のままながら、いつの間にか雨は止んでいたらしい。
包帯を濡らさずに帰れることに安堵していれば、ふっと横から鬼方さんが跳ねるように軒下から抜け出して――。
「――――ねえ。今度、ライブ一緒に行こっか」
それは鬼方さんにしては珍しく、綺麗な歯を見せながらの振り返る笑み。雨上がりの光が地面から反射して、それはまるで小説の挿絵のようなワンシーンだった。
一瞬彼女に見惚れたことは、何故だか僕は言い出せなかった
先生は大人だからちゃんと場を納められるんですよね。
彼は子供なので自身の感情を我慢できなかった。そんな形の大人と子供の対比となっております。